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 エストレージャ、ワゴン組無事帰宅の連絡をユーナギから受け、サキは安堵のため息をついた。すぐに部屋を出て玄関まで駆け降りると、ちょうど玄関の扉を開けたラインが、ただ今戻りましたと微笑んだ。

 ワゴンに乗って戻って来たのは、ギルとアニータ以外に出払っていた人々だった。疲労度を考慮し、アジトの傍でアクル、ヤツキ、レイカを拾う係に選ばれたのはギルとアニータだったらしい。

 ルークとアズム以外は怪我を負っていた。ミクロとマクロの怪我が酷い。二人はすぐに、医者二人に連れられて治療室に入っていった。


「俺は大丈夫です。ここで待ちます」

「僕も」


 ラインは微笑みながら、ニールは対照的に眉間にしわを寄せたまま、そう言った。


「私は……ミクロとマクロに助けられました。治療を、手伝っても?」


 ディーディーの申し出を、もちろんよとサキは許可した。ディーディーはすぐに、治療室へと駆けて行く。その背中を見送りながら、ラインとニールとサキの三人は、だまって玄関に立っていた。


「……外に出ますか?」


 ラインが、サキに提案した。そうね、と頷いたそのとき、うしろからばたばたと走ってくる音がした。振り向くと、ギャンとファインの姿があった。

 二人はラインとニールの姿を捕えると、あぁ、と同時に声を漏らした。


「皆さん無事で?」


 ファインの質問に、うん、とラインは頷く。


「とりあえず先に帰って来た組はね。今、アクルがレイカ救出に向かってるところ。ギルとアニータが足になって、ヤツキはアクルのアシスト。無線は壊されたみたいだし――上手く行っていることを願うしかないよ」


 そうですか、とファインは心配そうに頷いた。


「外で待ちましょう」


 サキが、静かに言った。はい、とその場にいた他の全員が返事をし、早足で歩きだした。

 外で、皆黙って門を見つめていた。

 一時間以上、誰も口をきかなかった。風が吹く音だけが、響いていた。

 二時間近くの時間が経過したとき、遠くからエンジン音が聞こえ、はっとサキが立ち上がった。続いてラインも立ち上がる。


「聞こえた」


 ニールも、ファインも、ギャンも立ち上がった。門の近くにある警備室から、ユーナギが飛び出すのが見える。サキは走り出した。皆もそれに続く。紫色の車が見えた。


「大丈夫か!?」


 ユーナギが叫んだ。ギルが窓を開け、何かを伝える。そうか、とユーナギは頷くと、門を開けるボタンを押した。門はいつものように、ゆっくりと開いた。車が通るぎりぎりの幅まで開くと、紫の車は勢いよく敷地内に入って来た。


「玄関扉の近くに戻ってください!」


 アニータが、窓から顔を出して叫んだ。サキ達は急いで足を止めると、すぐにまた逆方向へと走り出した。ちょうど同じタイミングで、車とサキ達は扉の前に到着する。


「ルーク兄さんを呼んでください! アクル兄さんの出血が酷いの! 気を失ってる!」


 後部座席のドアが開き、ヤツキが飛び出した。


「じゃぁ俺が運ぶ、渡せ!」


 ギャンが近寄り、アクルを抱える。頭から流れる血を見て、しっかりしろ、と呟きながら、ギャンはすぐに屋敷の中に駆けて行った。


「他は? 怪我は無いの?」


 サキの言葉に、はい、とヤツキは頷いた。


「ボスも――元気です」


 言ったヤツキは、糸がぷつんと切れてしまったかのように、ぽろぽろと泣きだした。サキはヤツキに歩み寄り、ありがとうね、とヤツキを抱きしめた。

 車から、ボスが下りてくる。サキはヤツキをそっと離すと、ボスと目を合わせた。ボスは、ローシュを左腕に担いでいる。


「ファイン、ローシュを受け取って」


 はい、とファインは頷き、ボスからローシュを受け取った。完全にのびているローシュが、ずるずると引きずられながら連れて行かれる。


「手足の自由を奪って、ひとまずそうね――どこかの空き部屋に閉じ込めておいて、ヤツキ、一緒にお願い」


 はい、とヤツキは頷くと、すぐにファインの後を追った。レイカは立ちつくしたまま、どうすればいいのか分からないでいる。

 サキは、右手を肩の高さまで挙げると、迷うことなく屋敷の方を指差した。


「アクルの傍に居てあげなさい、麗華」

「サキ様……」

「早く行きなさい、話はその後よ」


 しかし、と言いかけたボスに、


「いいから、早く行きなさいって言っているでしょ!」


 と、サキは怒鳴りつけた。ボスもラインも、屋敷のものは誰だって、初めて聞くような大きな叫び声だった。


 レイカは目を丸くした後、はい、と頷き、屋敷に駆けて行った。



「――サキ様」

 走って行くレイカの背中を見送った後、ラインはサキに向き直り――息を飲んだ。

「……サキ様?」


 サキは、俯いたまま、拳を握り、わなわなと震えていた。

 足元には、滴が何粒も落ちている。

 その事実に気がついた全員は、ラインと同じように息を飲み、そのまま言葉を失った。


「……何よ、皆黙りこくって」


 しばらくした後、サキはすん、と鼻をすすると、ほら、行くわよ、と歩き出した。


「アクルが無事だって分かった瞬間、私、麗華に何するか分からないから。ライン、止めてよね」

「……サキ様」

「行くわよ」



 振り向いたサキの目は赤く、口はへの字に曲がっていた。





「頭からの出血は止まってる、腹のはダミーで、他少しの切り傷だ。ガラスがいくらか刺さってたが、全て取れた。疲れやら安心やら、いろいろ交じって貧血起こして倒れた、ってとこだ」


 ルークの診断に、あぁ、と治療室にため息が広がった。よかった、と呟く声がぽつりぽつりと落ちる。


「心配掛けて……もう。血みどろで現れたからどうしたのかと思った」


 アニータが眉間にしわを寄せた。確かに、とギルが頷く。


「腹の傷を見て助からないと思った。まさか、ギャンさんの力作だったとはね」


 すまんすまん、とギャンは後頭部をかいた。


「ばれたらだめだろ、そういうのは。だから気合入れた」

「無線関係も全部作って、特殊メイクも、しまいにゃ仕込み時計もつくったんですって? アクルも無茶言いますよね」


 アニータの言葉に、まぁそもそも今回の作戦自体がめちゃくちゃだけどね、とラインが笑った。確かに、と皆が笑いあう中、レイカは顔を真っ赤にし、サキは相変わらず不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。


「……麗華、そろそろいいわよね? 時間、くれる?」


 サキの言葉に、治療室が静まり返る。はい、とボスが頷くと、よし、とサキは眉間にしわを寄せた。


「ルーク、ここで暴れたら困るわよね?」

「サキ様」

「ライン、まだ止めるべきところじゃないわよ。麗華、外に出ましょう」


 サキは言って、すっくと立ち上がった。麗華も、おずおずとサキの後ろについて行く。ラインも心配そうに立ち上がり、それに続くように、治療室にいた全員が立ち上がり、二人の行方を見ていた。

 サキは廊下に出ると、すぐにくるりとターンした。仁王立ちで、腕を組んでいる。ラインは、出るか出ないか迷ったが、最終的に治療室の扉を開けたまま、そこに立って見守ることに決めた。隙間から、治療室に入る全員がちらちらと様子を盗み見る。


「おかえり麗華。怪我はない?」


 無表情で、サキは言った。


「はい……怪我は、ありません。あの……ご心配おかけしました……」

「ご心配、おかけしました?」



 サキは、レイカの言葉を復唱すると、左足を一歩前に出した。



 あ、とラインが言ったが、その瞬間にはすでに、レイカの左頬を思い切りサキの右手がはたいていた。痛々しい音が、廊下全体に響き渡る。




「心配だったに決まってんでしょ!? ふざけるんじゃないわよ!」


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