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18-3

「そんなことしたら、残ったエストレージャの全員を殺してやるよ。君が死んだら取引の意味がないからね。死ぬ直前でとめて、俺の元で飼ってもいいけど」



「――止めてくれ、頼む」

「約束を俺は破ったか? むしろ親切だったよね、来るなって警告してあげたのにさ」

「頼むから」

「警告を無視したのはこっちだよ。俺は何も悪くない、今だって、約束を破るなんて酷いことはしていないよ」


 饒舌なローシュの背中を、アクルはじっと見つめていた。

 おしゃべりなやつだ。しかし、そのおかげで、大分意識がはっきりとしてきた。頭は痛いが、焦点も合って、動けそうだ。


「……い……あ……」


 声を出してみたら思いがけず小声になり、アクルはふ、と噴き出してしまった。しかし、ローシュは気がついたようで、何? と振り返った。


「何? どうしたの? 喋れるようになった?」


 近付いてくる。まだ遠いが、確実に。


「……くそ……あ……」

「ん? 何? くそ、やろうが? とか言った?」

「……ゆ……ね……」

「聞こえないな、何?」




 ローシュが、アクルの頭部に手を伸ばした。

 それを、アクルは軽々と避けた。




「……は?」


 意表を突かれたローシュは、しばらく固まってしまった。何、まだこいつそんなにぴんぴん動けるの? それとも火事場の馬鹿力ってやつなの? と考える。思わず声を漏らしながら、それでも冷静に、腰にさしていた銃に手を伸ばす――アクルはそれを、見逃してはいなかった。

 両手は使えないが、立ち上がることはできる。アクルは身体をそらして器用に立ち上がると、間髪いれずにローシュの手に向かって蹴りを入れた。踏みつけるような蹴りは、ローシュの右手に直撃した。銃は一瞬宙に浮き、勢いよく回転しながら、部屋の隅に転がった。


「くそっ」


 ローシュは振り返り、次に繰り出されていたアクルの蹴りを後ろに飛びのくことで避けた。アクルは止まらない。次々と襲いかかる蹴りを、ローシュは避けることしかできなかった。

 文句を言う暇もない。

 ローシュは少しずつ、後退していた――時間にして、十秒にも満たない間に、ローシュは壁に追い詰められていた。


「くそっ――」


 背中に壁があたり、ローシュは思わず後ろを振り向いてしまった。

 それが決定的な隙を生んだ。アクルはそれを、逃すことなど無かった。先ほどの仕返しとばかりに、思い切りのいい蹴りをローシュの下あごに向かって繰り出した。避ける暇は無い。足の甲が、ローシュの下あごにあたる。

 ローシュは蹴られた方向に上半身をひねらせ、ふらふらと三歩よろけた。アクルはふらつくローシュの懐に、そっと身体を入れ、左手につけていた時計のガラスケース部分を、自身の顎で強く押した。かちり、と音がして、ケース部分が勢いよく開く。その先には、コンセントのような二本の鉄が待っていた。それを、アクルはローシュの手首に押しつける。


「ほんとは殴って気絶させたいけど、なるべく無傷でってうちの医者が言うもんでね」


 ローシュの返事は無かった。その代わりにバチリ、と電気の通る音がして、ローシュはあっけなくその場に倒れた。




 耳鳴りがうるさかった。心臓の音も混ざり、体内の騒音が、他の音を完全にシャットアウトしている。ローシュが何かを言っていても、分からない。アクルは座り込み、ローシュを覗き見た。足で蹴り、動かないかを確認する。

 大丈夫、しっかりと感電しているようだ。さすがギャン、とアクルは小さく笑った。

 アクルが顔をあげると、レイカがまるで子どものように泣きじゃくりながら叫んでいた。何を叫んでいるのか、アクルには聞こえない。

 ざぁざぁと、血液の流れる音がする。耳鳴りの、高音も響いている。

 それを縫うように、だんだんとレイカの声が聞こえてきた。

 アクルは、それに導かれるように、ふらふらとレイカの元へ歩いて行く。


「……アクル、アクル! アクル!」


 あぁ、自分の名前を呼んでいたのか、とアクルは気がつき、静かに微笑んだ。喉が渇いている。声が上手く出るかも分からない。口が開けるかも定かではない。口の端で固まった血が、どうにもじゃまだ。

 いや、さっき俺は、ローシュに話しかけたっけ?

 俺も随分朦朧としてるな、と思いながら、アクルはボスの目の前まで辿りついた。

 座り込むと、ボスが泣きながら、自由な左手でアクルを引き寄せた。


「アクル……アクル……ごめ……大丈夫? 血が……」


 だんだんと、耳鳴りが遠のく。血の音も、遠ざかって行く。


「あ……ボス、腹のは嘘……ギャンが作ってくれて……頭はほんとだけど……いたい……ボス?」


 アクルが懸命に話しかけるも、ボスに届いているかは分からなかった。自分の声をかき消すかのように、ボスはわんわんと泣きながら、自分の名前を呼んでいる。

 ゆっくりと、しかし確実に、アクルの耳にはボスの声しか聞こえなくなっていた。


「ボス……手錠、外さないと」


 答えは無い。声になっていないのかもしれない。アクル、アクル、と、こんなにも近くにいるのに、まるでアクルがいないかのように、何度もアクルの名前を呼ぶ。


「ボス、もう大丈夫ですから、ボス」


 やはり、答えは無い。


「――ボス」


 アクルは、縛られている手を、とんとんとボスの腿の上にぶつけた。やっと気がついたのか、ボスははっとなり、静かに抱きしめていた手を緩めた。

 涙で真っ赤になった目が、アクルを覗きこむ。


「ごめん、アクル。痛かった?」


 その反応に、アクルは静かに微笑むと、ゆっくりと首を振った。

 俺の心配ばっかり。相変わらずだ。

 アクルから、ボスに言いたいことはたくさんあった。大丈夫です、大丈夫ですか、元気でしたか、俺は元気でした、何がありましたか、何もありませんでしたか、怪我はありませんか、傷ついたりしてませんか、嫌な思いはしませんでしたか、信じて待ってくれていたんですか――俺のこと、考えていてくれましたか。

 俺はずっと、ボスのことしか考えていなかった。

 縛られている手がもどかしい。本当は、抱きしめたいのに。

 大丈夫ですよ、と微笑もうとしたその瞬間に、ぐらりと世界が揺れた。

 あぁそうだった、とアクルは思い出す。腹の傷はギャン特製の特殊メイクだが、頭の傷は本物だ。他にも口の端や中がところどころ切れている。


「ボス……手錠、外しましょう」


 言って、アクルはベルト付近に忍ばせていた針金を取ると、ボスの手首を自分の足の上に乗せた。手は縛られているが、指先は動く。かちゃかちゃと動かすと、すぐに手錠は外れた。


「……痛くないですか、ボス」

「……痛くない」


 ボスはそう言って、アクルに両腕を伸ばした。アクルは、静かにボスの柔らかい髪の毛に顔を埋める。


「ボス、助けに来ました」

「無茶して……さっき、爆発してたのも、お前らだろ」

「ラインさんと……ニールが。ミクロとマクロも頑張りましたし、重要な人材も仲間に加わりました……あ……っと」


 めまいがする。ボスにもたれるようにしながら、アクルはとぎれとぎれに言った。


「ヤツキが……追ってきてくれています……どっかに必ずいます……空気読んで隠れてるだけかも……はは……ローシュを人質にすれば……リイビーノは動けませんから……」


 アクルの後ろで、小さな着地音がした。ボスが「ヤツキ」と呟く。

 アクルはほっとした。その瞬間、急に体に力が入らなくなった。ボスに全体重を預けてしまう。どうにかしようと試みるも、体が動かない。

 こりゃ気絶するな――いや、運が悪ければ――。


「ヤツキ、あとはよろしく」

「任せてください」


 ヤツキの声がする。よし、大丈夫だ、とアクルは安心し――





「ボス、愛してる」


 言って、アクルは気を失った。



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