表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/78

18-1

18



 アクルが、パターンGに変更する、と言った直後、アクルが潜伏していた部屋の扉が勢いよく開いた。扉の先にいた、黒髪青目の団子ヘアーの女性は、アクルに聞こえるぎりぎりの声で、独り言のように言った。


「五秒後に発砲する、抵抗したら即座に撃つ。五」


 アクルの反応は素早かった。瞬時に、マイクに向かって言う。


「あ、皆さんごめん、再度変更、パターンZ」


 ――繰り返すことはできなかった。カウントが二、と告げていたからだ。アクルはとっさにすぐそばにあった机をつかみ、自分の前に立てた。机の上に置いてあったものがばらばらと落ちる。全てが落ち切ったと同時に、カウントが零と告げた。

 一斉射撃が始まった。アクルはとっさに耳をふさぐ。先ほどまで使用していた機材の全てがハチの巣状態になった。ギャンの技術の結晶が、とアクルは思わず顔をしかめる。銃声は、きっかり五秒間鳴り続けた。部屋を散々荒らした後、ぴたりとその静寂は止む。


「抵抗したら撃つんじゃなかったのかよ! いきなり発砲するなよ……あぶねぇな!」


 アクルが叫ぶと、冷静な女性の声が返ってきた。


「机で防御したのは、抵抗だとみなしました。あなたが抵抗する意思をなくすため、それと、そこの機械やらをぶっ壊すために発砲したんですよ。あなたに警告したのは、善意からです。そのおかげで、あなたはまだ、生きている」


 そうだけどさ、とアクルはたてた机の後ろで呟く。

 かつん、とヒールの音がした。


「さぁ、交渉をしましょう。私はリイビーノのクレア。あなたの名前は何かしら。これからの質問、二秒以内に答えない、もしくは嘘をついた場合は、即座に発砲するわ」

「嘘をついたってどうやって分かる」


 はじけるような発砲音の後、アクルを守っていた机が激しく揺れた。わっ、とアクルは思わず声を出す。


「あなたの情報はこちらで握ってるっていう意味よ、分からなかったかしら」

「じゃぁ質問する意味……ないじゃないか」

「あるわよ。名前は?」

「……アクル」

「そう、エモニエ君」


 筒抜けね、とアクルは笑った。私語は厳禁、と言いながら、クレアがゆっくりと近づいてくる。かつり、かつりと音がする。


「エストレージャの何かしら」

「副ボスってことになってる……今はね」

「あなたは何しにここにいるのかしら」

「レイカって人を……探しに来た」

「いたのかしら」

「見つからないね……なかなか」


 それは残念だったわね、とクレアは言い、立てられている机の端をゆっくりと掴んだ。


「あなたもなかなか見つからなかったわよ」

「は……嘘つけよ。ここだってお前らのメンバーが……住んでる場所だろうが」

「……知ってたの?」


 クレアの返答に、アクルはわざとらしくふきだす。


「知るわけねぇじゃん……ばかじゃね、騙されて」

「――誘導ね、この状態で!」


 クレアは顔を真っ赤にさせると、机の真ん中を思い切り蹴飛ばした。


「随分と余裕じゃない、こんなに囲まれた状態で――」


 ぐい、と手を後ろに引き、クレアは机を遠くへと飛ばした。そして、アクルの姿を見て――思わず目を見開く。


「あ、俺の言葉……案外途切れ途切れじゃなかった?」


 俺ってば演技派、とアクルが笑った。灰色の目が、クレアを捕える。その瞳の横を、赤い線が一本通っていた。どうやら頭から血が流れているようだ。強打したか、切ったか――しかし、その傷は、彼にとってさほど重要な傷ではないようだった。


 問題は、腹の傷だった。血が出ている。かなりの量だ。


 わき腹から出ているのか、腹の真ん中あたりからの傷なのか、クレアには判断できなかった。白いシャツを、赤い血がゆっくりと染めていると言うことだけは分かる。アクルの左手は懸命に出血を抑えようとしていたが、その行為は大して意味のあるものではないようだった。


「あー……で、クレアさん。俺、そろそろふらついて来たんだけど……他に用事は? 殺すつもり? ……じゃぁさっさとしたら?」

「その傷、どうしたの」

「あんたらが無茶して……発砲するから、なんかのかけらが……突き刺さった」

「気の毒ね。でもよかった、私が撃つ手間が省けたわ」


 来て、とクレアは後ろで待機していた人を呼んだ。


「何、拷問でも……始めるの?」

「そんなもんよ」


 クレアは小さくため息をつくと、少しだけ我慢してね、とアクルに言った。


「痛いでしょうけど、そのまま連れて行くわ」

「どこにだよ」

「あなたが会いたがってる人のところよ」


 アクルの目が大きく見開いた。笑顔を失ったアクルを見て、対照的にクレアの唇が静かに歪んだ。


「やっと余裕のない表情を見せてくれたわね」


 アクルは両手を前で縛られ、口に布を噛まされた状態で連行された。目隠しをしようとした際に、必死に抵抗すると、呆れたようにクレアが言った。


「暴れないで、死ぬわよ」


 それでもアクルが抵抗を止めないと、分かったわよ、とクレアは面倒くさそうに言った。


「俯いて歩いてきなさい。顔を挙げたら殴るわよ」


 そうして、何人もの男と一人の女性に囲まれながら、アクルは引きずられるように連れて行かれた。階段を降りる際、アクルはうっと声を漏らしたが、それ以外のところでは黙っていた。クレアも、特にアクルに話しかけるようなことはしなかった。

 何度も階段を下りた。どうやら、本部のどこかの建物の地下に連れて行かれたらしいな、とアクルは足元を見ながら考えた。何度曲がったか分からない。何分経ったかも分からない。同じところを歩いているようにも思える。ただひたすら、前に進んだ。心臓は高鳴っていた。


 ボスに会える。


 ふらつく足取りで、それでも確かに一歩ずつ、ボスに近付いている。

 そう考えるだけで、アクルは痛みに耐えながら、前に進むことができた。

 そうして進むこと、数分後。アクルはある部屋の前に立たされていた。階段を下ったから地下か、とアクルは考える。地上から見ただけでは、地下の情報は分からない。あるだろうとは思っていたが、予想をすることしかできなかった。


「ローシュさん、連れてきました」

「ありがと」


 憎らしい声がした。アクルは顔をあげ、ローシュを睨もうとしたが――その前に、放り投げられるように突き飛ばされ、手もつけず、ぐるぐると転げ回って部屋の中に入る羽目になってしまった。



「アクル!」



 つんざくような声が聞こえ、あぁ、とアクルは心底ほっとして、安堵のため息を漏らした。頭がふらつき、立ち上がることもできなかったが――それでも。

 懐かしい、白くて、先だけ黒い髪。赤い唇、白い肌、大きな黒い目。よく通る、凛とした声。服は、いつもとは対照的な黒色だったが、それも良く似合っていた。

 元気そうだ。アクルは久々に再開したレイカを見つめ、目を細めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ