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アクルが、パターンGに変更する、と言った直後、アクルが潜伏していた部屋の扉が勢いよく開いた。扉の先にいた、黒髪青目の団子ヘアーの女性は、アクルに聞こえるぎりぎりの声で、独り言のように言った。
「五秒後に発砲する、抵抗したら即座に撃つ。五」
アクルの反応は素早かった。瞬時に、マイクに向かって言う。
「あ、皆さんごめん、再度変更、パターンZ」
――繰り返すことはできなかった。カウントが二、と告げていたからだ。アクルはとっさにすぐそばにあった机をつかみ、自分の前に立てた。机の上に置いてあったものがばらばらと落ちる。全てが落ち切ったと同時に、カウントが零と告げた。
一斉射撃が始まった。アクルはとっさに耳をふさぐ。先ほどまで使用していた機材の全てがハチの巣状態になった。ギャンの技術の結晶が、とアクルは思わず顔をしかめる。銃声は、きっかり五秒間鳴り続けた。部屋を散々荒らした後、ぴたりとその静寂は止む。
「抵抗したら撃つんじゃなかったのかよ! いきなり発砲するなよ……あぶねぇな!」
アクルが叫ぶと、冷静な女性の声が返ってきた。
「机で防御したのは、抵抗だとみなしました。あなたが抵抗する意思をなくすため、それと、そこの機械やらをぶっ壊すために発砲したんですよ。あなたに警告したのは、善意からです。そのおかげで、あなたはまだ、生きている」
そうだけどさ、とアクルはたてた机の後ろで呟く。
かつん、とヒールの音がした。
「さぁ、交渉をしましょう。私はリイビーノのクレア。あなたの名前は何かしら。これからの質問、二秒以内に答えない、もしくは嘘をついた場合は、即座に発砲するわ」
「嘘をついたってどうやって分かる」
はじけるような発砲音の後、アクルを守っていた机が激しく揺れた。わっ、とアクルは思わず声を出す。
「あなたの情報はこちらで握ってるっていう意味よ、分からなかったかしら」
「じゃぁ質問する意味……ないじゃないか」
「あるわよ。名前は?」
「……アクル」
「そう、エモニエ君」
筒抜けね、とアクルは笑った。私語は厳禁、と言いながら、クレアがゆっくりと近づいてくる。かつり、かつりと音がする。
「エストレージャの何かしら」
「副ボスってことになってる……今はね」
「あなたは何しにここにいるのかしら」
「レイカって人を……探しに来た」
「いたのかしら」
「見つからないね……なかなか」
それは残念だったわね、とクレアは言い、立てられている机の端をゆっくりと掴んだ。
「あなたもなかなか見つからなかったわよ」
「は……嘘つけよ。ここだってお前らのメンバーが……住んでる場所だろうが」
「……知ってたの?」
クレアの返答に、アクルはわざとらしくふきだす。
「知るわけねぇじゃん……ばかじゃね、騙されて」
「――誘導ね、この状態で!」
クレアは顔を真っ赤にさせると、机の真ん中を思い切り蹴飛ばした。
「随分と余裕じゃない、こんなに囲まれた状態で――」
ぐい、と手を後ろに引き、クレアは机を遠くへと飛ばした。そして、アクルの姿を見て――思わず目を見開く。
「あ、俺の言葉……案外途切れ途切れじゃなかった?」
俺ってば演技派、とアクルが笑った。灰色の目が、クレアを捕える。その瞳の横を、赤い線が一本通っていた。どうやら頭から血が流れているようだ。強打したか、切ったか――しかし、その傷は、彼にとってさほど重要な傷ではないようだった。
問題は、腹の傷だった。血が出ている。かなりの量だ。
わき腹から出ているのか、腹の真ん中あたりからの傷なのか、クレアには判断できなかった。白いシャツを、赤い血がゆっくりと染めていると言うことだけは分かる。アクルの左手は懸命に出血を抑えようとしていたが、その行為は大して意味のあるものではないようだった。
「あー……で、クレアさん。俺、そろそろふらついて来たんだけど……他に用事は? 殺すつもり? ……じゃぁさっさとしたら?」
「その傷、どうしたの」
「あんたらが無茶して……発砲するから、なんかのかけらが……突き刺さった」
「気の毒ね。でもよかった、私が撃つ手間が省けたわ」
来て、とクレアは後ろで待機していた人を呼んだ。
「何、拷問でも……始めるの?」
「そんなもんよ」
クレアは小さくため息をつくと、少しだけ我慢してね、とアクルに言った。
「痛いでしょうけど、そのまま連れて行くわ」
「どこにだよ」
「あなたが会いたがってる人のところよ」
アクルの目が大きく見開いた。笑顔を失ったアクルを見て、対照的にクレアの唇が静かに歪んだ。
「やっと余裕のない表情を見せてくれたわね」
アクルは両手を前で縛られ、口に布を噛まされた状態で連行された。目隠しをしようとした際に、必死に抵抗すると、呆れたようにクレアが言った。
「暴れないで、死ぬわよ」
それでもアクルが抵抗を止めないと、分かったわよ、とクレアは面倒くさそうに言った。
「俯いて歩いてきなさい。顔を挙げたら殴るわよ」
そうして、何人もの男と一人の女性に囲まれながら、アクルは引きずられるように連れて行かれた。階段を降りる際、アクルはうっと声を漏らしたが、それ以外のところでは黙っていた。クレアも、特にアクルに話しかけるようなことはしなかった。
何度も階段を下りた。どうやら、本部のどこかの建物の地下に連れて行かれたらしいな、とアクルは足元を見ながら考えた。何度曲がったか分からない。何分経ったかも分からない。同じところを歩いているようにも思える。ただひたすら、前に進んだ。心臓は高鳴っていた。
ボスに会える。
ふらつく足取りで、それでも確かに一歩ずつ、ボスに近付いている。
そう考えるだけで、アクルは痛みに耐えながら、前に進むことができた。
そうして進むこと、数分後。アクルはある部屋の前に立たされていた。階段を下ったから地下か、とアクルは考える。地上から見ただけでは、地下の情報は分からない。あるだろうとは思っていたが、予想をすることしかできなかった。
「ローシュさん、連れてきました」
「ありがと」
憎らしい声がした。アクルは顔をあげ、ローシュを睨もうとしたが――その前に、放り投げられるように突き飛ばされ、手もつけず、ぐるぐると転げ回って部屋の中に入る羽目になってしまった。
「アクル!」
つんざくような声が聞こえ、あぁ、とアクルは心底ほっとして、安堵のため息を漏らした。頭がふらつき、立ち上がることもできなかったが――それでも。
懐かしい、白くて、先だけ黒い髪。赤い唇、白い肌、大きな黒い目。よく通る、凛とした声。服は、いつもとは対照的な黒色だったが、それも良く似合っていた。
元気そうだ。アクルは久々に再開したレイカを見つめ、目を細めた。