17-3
ミクロとマクロは言いながらも、リズムよく発砲し、横と後ろから来る敵を眠らせている。ミクロとマクロが撃っていない方向の敵も、たまにぱたりとたおれるのが見える。アクルの援護射撃も、静かに、しかし確実に行われていた。
「アクルさん、いいって言ってるのにね」
「ねー」
という双子の冗談に、くすりとディーディーは笑う。その笑顔はどこか弱々しく、あれ、とミクロが顔を覗きこんだ。ん? と首をかしげるディーディーに、もう、とミクロは困った表情を浮かべる。
「ディーディーさん、まだ、どうして俺を連れて来たんだって顔してますね」
ミクロの言葉に、やっぱりね、とマクロが笑う。当人のディーディーは、小さく息を吸った後、しばらく何も言えずに俯いた。そんな彼の気持ちを代弁するように、ミクロが再度口を開く。
「俺は足手まといにしかならないのに、どうして、とか考えている」
「そんなことないのにね、マクロ」
「ほんとだよ、ミクロ」
「――でも、私は戦えていない」
やっと漏らしたディーディーの言葉に、だから違うって! と双子は両側から、ディーディーの背中を叩いた。わ! とディーディーは前につんのめる。
「ディーディーさんは威嚇の人ってアクルさん言ってました!」
「混乱の人だとも!」
ミクロとマクロが、ほら、と同時に違う場所を指差す。なんだ? とディーディーはきょろきょろとあたりを見回すが、何を指しているのかよく分からない。
「あの人は、ディーディーさんを知っている! 何でって叫んでた!」
「きっとローシュも、ディーディーさんの登場には度肝を抜かれたはず!」
「それで十分!」
「十分ですよ!」
「………………そう、か」
そうか、とディーディーはもう一度、噛みしめるように言った。そうですよ、とミクロとマクロは同時に微笑む。
「……俺も役に立ててるのか」
「当り前です」
「アクルさんはあぁ見えて、作戦に必要ない人は必要ないって言います」
「アクルさんが作戦上必要だと考えたから、ディーディーさんはここにいるんですよ」
「――そうか」
ディーディーが、顔をあげた。それと同時に、出口が見えたー! と双子が叫んだ。ニールとラインはもう出口に到着しており、その傍に入る敵を二人で次々と倒している。
「あと百数メートル! 走りますよ!」
「転ばないように!」
「――まかせろ!」
ディーディーは、力強く言った。
「アクルさんも、その意気ですって言ってます!」
「ディーディーさんにはインカム持たせられなくてごめんねとも言ってます!」
「数が用意できなかったんですって!」
そう言えばアクルも聞いているんだったな、と今さらになってディーディーは思い出し、はは、と声をあげて笑った。
「気にしてないって伝えて!」
追え! という声が後ろから聞こえ、ディーディーは振り返った。出口に近付くにつれ、前からの敵は少なくなり、後ろからの敵が多くなっていく。それを考慮してか、出口まであと数メートルになったところで、ラインとニールが逆走してきた。
「背中は任せて!」
すれ違いざまに、ニールが叫ぶ。
「よろしく!」
「頼んだ!」
ミクロとマクロは叫び返すと、少しだけ恐怖の表情を浮かべたディーディーの背中を、両側から思い切りはたいた。
「さ、もう出口です」
「あと百メートル、逃げ切りますよ!」
「今、出口通過したって」
アニータが、耳につけているスピーカーをとんとんと叩きながら、隣に立っているギルに言った。そうか、とギルは言って、あたりを見渡す。
「凄い人数が追いかけてきてるって、凄いね」
戦いがいがあるなぁ、とアニータはけらけら笑う。笑い事じゃない、とギルは苦笑した。
「怪我人は?」
ワゴン車の窓から、アズムが覗きこむ。その隣に座っていたルークが「ミクロマクロがそれぞれ負傷みたいだ」と割り込む。
「マクロは左腕を弾丸がかすめてるそうだ。無理はさせない方がいいな」
「――包帯、用意しておきます」
アズムはぐっと表情を歪めながら、必要最小限の言葉しか言わなかった。あとは全て飲みこんだのだ。ルークは、震える銀髪をそっと撫でると、手伝うよとこちらも言葉少なに、救護の準備を始めた。
「あ、来たぞ!」
と叫んだのはギルだ。遠目に、走ってくる双子とディーディーが見えた。おーいとアニータが彼らに向かって手を振る。双子はいい笑顔で手を振り返してきた。
「おつかれぇ! ギル、ここまで近かったら大丈夫でしょ、タッチ交代ね」
アニータはそう言うと、ギルの返事も聞かずに一目散に三人の方向にめがけて走って行った。
「ミクロー! マクロー! ディーディーさんも、おつかれー!」
「アニータさん!」
「後ろからわんさか!」
ミクロとマクロの叫び声に、まかせなー、とアニータは笑った。ミクロが、返事の代わりに銃を投げる。その銃をアニータは空中でキャッチすると、三人を追い抜き、その後ろから迫りくる集団を眺めた。
「おぉ……わらわら来てるね」
ラインとニールが戦闘はしているようだが、二人ではとても倒せない人数だ。
「アクル、パターンGのがいいかもよー」
耳につけている機械のボタンを押しながら言うと、すぐに了解、と返事が返って来た。直後、全員用の通達で、アクルが指示を出し直す。
「人数が思ったより多いようですので、パターンGに移ります」
オッケーオッケー、パターンGは、私とラインとニール、三手に分かれて敵を拡散するんだよね、とアニータが袖をまくった、そのときだった。
「あ、皆さんごめん、再度変更、パターンZ――……」
アクルの声が、皆にもう一度、指示の変更を告げた。
その声はひどく冷静だったが、その後に聞こえた銃声と、通信が途絶えるノイズの音は、その声を聞いていた全員を硬直させた。
「――戻って!」
一瞬の静寂を、一瞬の静止を、動かしたのはラインの叫び声だった。アニータははっと顔をあげる。そうだ、戻らなければ。アニータは踵を返し、すぐに元来た道を戻り始めた。ギルが、こちらに向かってくるのが見える。
「ギル! いいよ大丈夫だよ」
アニータが手を振ってくるなというジェスチャーを出すが、ギルはそれを無視して、すぐにアニータの近くまで走って来た。
「君らの背中を守るのが、ラインさんだけじゃかわいそうでしょ!」
「でも」
「いいの、俺にアニータの背中を護らせてよ、怪我したらどうするの。俺は、足だけは早いから大丈夫」
走って、とすれ違う瞬間にギルは呟き、同時に持っていた刀を抜いた。
「弱いくせに……!」
小さく呟くと、うるせえよと笑う声がした。アニータは、すぐ後ろまで追いついてきていたニールに聞いた。
「大丈夫? けがは?」
「擦り傷だけ! 走れます!」
「もう少しだから!」
用意していた黒いワゴンは、ライトを点滅させながら、ゆっくりとバックしてきていた。ゆっくりと近づいてくるワゴン車に、アニータとニールが辿りつく。解放されていたドアから、ディーディーとミクロが腕を伸ばしていた。ミクロの手をニールが、ディーディーの手をアニータが掴み、勢いよくワゴン車に乗り込む。
すぐにアニータが後ろを振り返ると、ギルが威嚇をするように刀を左から右に振るのが見えた。わっ、と追いかけてきていた集団の少しが、ひるんだように動きを止める。
「やるじゃん」
アニータは思わずにやりと笑った。ラインが、アニータに向かって手を振りながらこちらに走ってくる。どうやら、心配には及ばないようだったが――それでも。
アニータは静かに、引き金を数度引いた。前線を走っていた敵の何人かに、麻酔弾が命中する。ギルが驚いたように細い目を少しだけ見開き、ありがとうと言いたげに左手を挙げた。
「私も手伝います!」
アニータの後ろから、ミクロが発砲を開始した。アニータよりもさらに精度の高いミクロの射撃は、続々と続くリイビーノの人々を正確に倒していく。
あと数メートルまでという距離まで走って来たラインが、上を見上げてあ、と呟いた。え、とアニータもその視線の先を追い――「ルークさん、ハンドル切って!」
叫ぶと同時に、車ががたんと右に大きく揺れた。うわっ、と全員がバランスを崩す。直後、ワゴンの天井を何かがかすめる音がした。
「スナイパーですか!?」
ミクロが叫び、そうみたいだね、と答えたのは、乗り込んできたラインだった。
「気がついてよかったね」
危ない危ない、とギルも続いて乗り込んでくる。ワゴン車の中に、全員が乗り込む形となり、とても狭いが、ギルはすぐにドアを閉めた。
「捕まってろ、とばすぞ!」
ルークが叫び、ワゴン車がぐんと前に走り出した。全員が前につんのめる。
後ろの窓から後ろを見ていたアズムが、あ、と小さな声を漏らした。
「窓が、割れた」
その窓は、アクルがいた部屋の窓だった。