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 爆弾騒ぎで、アジトの半分は煙の中に埋もれてしまった。灰色と茶色の煙に交じり、白い煙も見えることから、ラインとニールが発煙弾を使用したことが遠目にも分かった。煙の中から逃げるように出てくる人が見える。混乱具合は最高潮のようだ。

 煙のない場所から、煙のある場所に駆けて行く人も見えた。助けに行く人や、何が起こったのか見に行っている人が大半だ。ローシュの部屋のある建物、つまりはミクロとマクロ、ディーディーがいる建物からも、多くの人が出てくる。

 大半は混乱しているように見えるが、しかし、混乱していない人も中には――「いたいた、やっぱりね」


 アクルはばれてたんだろうな、と呟くと、混乱していない人物を追った。その人物は十人ほどの軍団で、ローシュの部屋のある建物の中から飛び出て来た。慌てる様子は一切見受けられない。上から見ると、その冷静さは明らかだ。

 何か話しているように見えたが、アクルからはよく見えなかった。そのため、スナイパーライフルのスコープを覗きこみ、その集団を拡大してみる。

 彼らの中の一人が無線に向かって何かを言っていた。叫ぶ様子もない。やはり、向こうも対策をしていたようだな、とアクルはまたひとり呟く。人数の多い組織だ、それなりの対応はしてくる。

 アクルは一度スコープから目を話し、ヘッドホンについているダイヤルを中に押し込んだ。


「アクルです。全員に告ぐ、混乱している人もいますが、中には予想内の出来事としてすでに行動している人もいる模様。無線で連絡を取り合っています、注意してください。スナイパーはなるべくこちらで対処します」


 了解、了解、オッケー、と受信機から皆の返事がした。マクロとミクロは戦闘中のようで、はい! という言葉が返事なのか叫び声なのかは分からなかった。

 再度スコープを覗きこむと、先ほど集まっていた人々がばらばらになって散っていくところだった。誰がどこに行くのかは分からない。


「取りあえずは……」


 アクルはスコープから目を離し、ばらけた人々を眺めた。全員エストレージャと同様二人で行動しているため、迂闊に狙う事はできない。自分と言うスナイパー兼司令塔がいることは、なるべくばれない方がいい。しかしそれでも、少しでも敵を減らしておくためには――。

 あいつらだ、とアクルは狙いを決め、ひと気の少ない方に走って行った男女のペアを迷いなく撃った。二名は、どこから撃たれたのかも分からず、どさりと前に倒れたまま動かなくなった。


「おやすみなさい」


 伸びてしまった二人を確認すると、アクルはすぐに状況を確認した。

 ひと気の無い方に走っていったものは武器を補充する係だったのかもしれない、とアクルは推測した。先ほど散った他の者たちは、すでに姿が見えなくなっている人もいたが、半分以上は他のビルから出てくる人を待っているような気配だった。無線で呼び寄せたに違いない。集まった後、ミクロとマクロがいる建物に入っていく人も見えた。


「マクロ、そちらに援護が行った。出られそうか?」


 アクルは、マイクに向かって叫んだ。





「出られますよ! 出られる出られる! 出なきゃって感じですよね、無理だなんて考えない! 今ビルの半分を過ぎましたしね! いけるでしょう! でりゃー!」


 マクロは返事をしながら、ナイフを振り回してきた男の手首を思い切り蹴飛ばした。ぎゃ、と男がひるんだ瞬間、拳を顎の下に入れる。今度は男の口から空気が漏れるような音がして、男はひっくりかえってしまった。

 戦っている場所は階段だ。マクロが前、ミクロが後ろ、真ん中にディーディーをはさみ、三人は建物を出るためにひたすら階段を駆け下りていた。最上階が五階で、今は三階を過ぎたところだ。あと半分以下、余裕でしょ、とマクロは自分に言い聞かせる。

 男が階段を落ちて行くのを避けるようにしながら次に現れたのは、二人の女性。聴き手に構えた銃を撃ちつつ、こちらに向かって走ってくる。


「次から次へ……っとお!!」


 めんどくせー! と叫びながら、マクロは飛び上がり、向かって左側の女性に向かって両足の裏で蹴りを入れた。右側の女性は、マクロが蹴りを入れたそのタイミングでぱたりと膝をおる。ミクロが麻酔銃を撃ち込んだためだ。

 マクロが蹴りを入れた女性は、ひるみながらも攻撃を止めなかった。女性がふらつきながら銃を構える。直後、タン、と銃声がした。やみくもに撃ったのだろうが、女性にとっては運よく、マクロにとっては運悪く、その銃弾はマクロの左腕を少しだけかすめた。


「つっ……!」


 焼けるような痛みに、マクロは歯を食いしばる。マクロ! と自分の名を呼ぶ声がした。ミクロの声だ。そんなことまで冷静に判断できるのに、体は硬直する。

 一瞬だが、隙ができる。発砲した女性が、今だと言いたげに腕を振り上げた。

 避けられない。

 マクロが歯を食いしばったそのとき、マクロの顔の横を長い腕が横切った。その腕は女性の方まで伸びていき、見事に女性の腹に命中した。


「……ディーディーさん、ありがとう!」


 ミクロが叫ぶと同時に発砲していた。腹を殴られた女性の腕に麻酔弾が命中し、女性はしばらくふらつくと、がくりと前のめりに倒れた。


「マクロさん、大丈夫ですか」

「痛いけど、大丈夫! ありがとう!」


 マクロは歯を食いしばりながら、ディーディーに向かって笑ってみせた。赤い目が不安そうに揺れる。そんな彼の背中を、とんと押したのはミクロだった。


「進みますよ、まだまだ来ます、上からも、下からも」

「ゾンビゲームみたいですよね」


 きゃらきゃらとマクロは笑って、次に現れた筋肉隆々の男性の腕をさらりと避けた。ほぼ零距離で麻酔弾を撃ち、やっと階段の折り返し地点についた、と息を整える。この階段は、一階下に行くまでに折り返し地点がひとつある。今、二.五階にいることになるため、あと折り返し地点を二回曲がったら、外に出られる。


 あとちょい、あとちょい。呟きながら、マクロは折り返した先、二階に向かう階段に目をやって――その先に広がっている光景にぎょっとする。

 今までのやみくもに進んできてた相手とは違う、冷静な目つきの人が、十人と少し。

 目が合った瞬間、発砲音が響き渡った。マクロは素早く身体をひるがえすと、壁に背をやりながら、ミクロに目配せをした。

 ミクロは、その目配せに対し一度頷いただけだった。相手の格が違うことを、一瞬で理解したのだ。ミクロの目の前にあるディーディーの背中が、分かりやすく硬直する。


「大丈夫です、ついてますから」


 ミクロはそれだけ言うと、銃を持つ手に力を入れた。

 マクロが、スカートの中に手を突っ込む。確かあの場所には――「ディーディーさん、こっち!」

 ミクロが叫ぶと同時に、ディーディーの背中を軽くひっぱった。マクロが、スカートの中から取り出した丸い物体を、新たに現れた敵に投げる。直後、階段中に白い煙が蔓延した。

 ミクロが先頭となり、階段を登る。三階の廊下に飛び出すと、すぐそばにある窓を開けた。下を覗き見るが、少し高い――無事着地できるかどうかは、微妙なところだ。怪我をしてしまい、歩けなくなったら元も子もない。


「ミクロ!」


 マクロが、窓の正面にある扉を開けて手招いていた。部屋が空いていたようだ。ディーディーとミクロはその中に飛び込み、ミクロが鍵をかけた。

 小さな部屋だが、隠れる場所は多い。ソファの後ろ、ドレッサーの中、机の下――マクロとミクロは目も合わせずに同時に頷くと、ディーディーを机の下に引っ張った。


「ミクロ、今どこにいる?」


 ディーディーとミクロとマクロ、三人で机の下にもぐりこんだところで、ミクロのスピーカーにアクルからの無線が入った。


「今、三階の階段に一番近い部屋に隠れてます」

「部屋に窓はあるか?」

「ありますが、飛び降りるには微妙な高さです」


 ミクロは机のすぐ後ろにある窓をちらりと見る。隠れ場所として机の下を選んだのは、窓が一番近い場所だったからだ。上から状況を把握しているアクルさんなら、もうおそらくパターンをAから――。


「窓があるならいい。パターンDにしてる」


 ですよね、さすが。ミクロはほっと息をつき、


「パターンDに変更、了解」


 と、マクロに通じるように復唱した。マクロは、その言葉にこくこくと何度も頷いた。


「あと二十秒ぐらいだ」

「あと二十秒ぐらい――」


 了解、と言う前に、隠れている部屋の扉に銃弾が何度も当たる音がした。うわっ、と三人は思わず身を縮める。

 叫び声が聞こえる。多くの人が叫んでいるため、上手くは聞きとれないが、開けろ、降参しろ、隠れても無駄だ、といった類のことを言っているらしい。


「……すみません、上手く下まで降りるのは難しかったです」


 マクロがディーディーに言うと、何を言ってるの、とディーディーは苦笑した。


「私が邪魔をしていますよね、迷惑をかけてしまってすみません」

「迷惑なんかこれっぽっちもないですよ」


 ミクロは笑いながら、心の中で秒数を数えていた。あと、十二秒。


「人がたくさんいるってのは、それだけで心強いんです」

「――だと、いいのですが」

「絶対です」


 扉がみしみしと音を立てている。壊れるのも時間の問題かもしれない。


「もうすぐ、窓から飛び降ります」

「アクルさんからゴーが出たら。迷いなく飛び降ります」

「信じてついてきてくださいね」

「迷いなくついてきてくださいね」


 ミクロとマクロは、早口でそう言うと、同時に机から顔を出し、扉の様子を見た。

 あと五秒。


「マクロ」


 今度はマクロの方に、アクルの声が聞こえた。きたよ、とマクロが言う。それだけで、私が最初に飛び降りる、ということを理解したミクロは、オッケーと静かに答えた。それだけで、もちろんマクロには全てを理解したということが伝わっている。



「今だ」


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