16-3
部屋に音声が響く。その声は少しくぐもっており、部屋のどこかにおいてあるのだろうスピーカーから聞こえてくるということが分かる。しかし、ディーディーもミクロもマクロも、そのスピーカや、加えて自分たちを監視しているであろうカメラを発見することができなかった。
「ディーディー、君の名目は新しい人材を連れてきた、だったはずだけど、残念だったね。その双子ちゃん、俺、会ったことあるんだよ」
なんだと? とディーディーは立ち上がった。ミクロとマクロは動かない。
「おかしいな、この作戦を練ったのは誰? 双子ちゃんが僕に会ったこと、知らない人が作ったの? それともあれ? 双子ちゃん、君たちの独断で動いてるのかな」
はは、と乾いた笑いの後、静かにローシュは続けた。
「――まぁ、どっちでもかまわないけどさ」
ばん、と扉が開いた。そこから、雪崩れるように人が入ってくる。ミクロとマクロは立ち上がり、即座に隠していた拳銃を両手に構えた。ディーディーは反射的に、ソファを飛び越え、その後ろに隠れる。
「大して戦えないディーディーを、こんな少女に守らせるなんて、意味が分からないな」
その声はすでに、部屋中に響き渡る銃声でほぼ聞こえなくなっていた。しかし、ミクロともマクロはしっかりとその声を聴きとっていた。
聴きとった上で、はん、と笑ったのは同時だった。
「口が達者なくせに、表には出てこないんですか」
「うちのボスなら、真っ先に出てくるところですけど」
「やはりあんたに仕えようとは思わない」
「それに、何で私たちがここにいるかも分からないようじゃ」
「所詮はその程度ってことですよ?」
まるで一人の台詞のように、すらすらと話しながら、双子は引き金を引いていく。
何十もの銃口が二人を狙うが、その銃口が発射した銃弾は、二人をかすめることすらなかった。
響く銃声は、ほとんど二人の構えている銃が出す音だったためだ。
無駄な銃弾を使わず、無駄な銃声を響かせず。
確実に二人は、相手の武器をめがけて発砲していた。二人とも別々の人を狙い、被ることは一度も無い。弾が無くなると、ミクロもマクロも迷うことなくその銃を捨て、ドレスの下に隠していた銃を取り出し、発砲を続けた。銃が無くなるタイミングもずらしている。
無駄のない、完璧な動きだ。
「……そういうことかよ」
とマイクの向こうでローシュが言ったとき、すでに銃声は終わっていた。
部屋になだれ込んだ、実に百にも及ぶ、銃を構えた人達は皆――二人の攻撃により、あっさりと戦意をそがれていた。
その場に立ちつくす者、震えて座り込む者、逃げる者――戦意のある人は、誰ひとりとして残っていない。
「確かにあのとき、君たちは俺に対していい動きを見せたけど……ここまで凄いとはね。なるほど、俺を油断させるのが目的だったんだ。エストレージャが来たことを隠す気は無い、と。確かに油断したよ、というか余計なことまで考えちゃったかな」
ぱちぱち、とスピーカーの向こう側から拍手の音が聞こえた。
ふん、と双子は鼻で笑うと、動じず、静かに口を開いた。
「あんたみたいに私たちは」
「こっそり忍び込もうなんてみじんも考えてないんですよ」
ミクロとマクロは、銃を同時にくるくると回す。
「あんたと出会ったことのない人が」
「あんたに会いに来てどうするんですか」
銃を止め、再度構える。同時にあげた二人の瞳は、まるで青く燃えているようだった。
「あんたと出会ったことのない人が!」
「あんたに宣戦布告したってピンとこないでしょ!」
それを合図にするように――アジトの奥側から、爆音が三度、続けて鳴った。
「うわ」
思わず漏らしたローシュの声に、ふん、と満足げにミクロとマクロは足をどん、とふみならした。
「どこに隠れてるのか知らないけど!」
「待ってろよ!」
「すぐに!」
「叩きのめしてやるんだから!」
「ミクロマクロ、オーケーだ」
アクルは双眼鏡を覗き込みながら、よしよしと頷く。
ディーディーさん大丈夫ですか、しっかり走りますよ! という双子の声が聞こえた。彼女たちに任せていれば、無事ディーディーを救護班まで送ることが可能だろう。
ディーディーはアクルに、自分を使えばリイビーノ側を油断させることができるかもしれないと持ちかけたが、アクルはそうは思っていなかった。リイビーノ側も、こちらが動くことは想定しているだろう。そんなときにディーディーがやってきたら、むしろ警戒するはずだ――万が一、エストレージャに情報が漏れていて、エストレージャの傘下になったディーディーが来たのだとすれば? と。
それでいい、とアクルは考えていた。それを承知したうえで、ディーディーを実際に行かせたのには理由があった。
最初は、ミクロとマクロに「リイビーノに入りたい」などと言わせ、ローシュに会わせるように仕向けるつもりだった。
アクルは、こっそりとボスを見つけ出す気など、さらさらなかった。
やるなら派手に。
そのために、ローシュとは顔見知りのミクロとマクロを、ローシュ自身に会わせるような作戦を考えていた――直接的に会う確率は低いと踏んでいたが、とにかく、最初に動くのは、ミクロとマクロと決めていた。
どんな形であれ、ローシュに伝えることが目的だったのだ。
エストレージャが直々に来てやったぞ、と。
その段階をよりスムーズにすることが、アクルがディーディーをこの作戦に加えた一つ目の理由だ。
このことに加え、彼がいることでリイビーノ側によりプレッシャーを与えることができるとアクルは思ったのだ。これが二つ目の理由だ。
この考えを、アクルはディーディーに伝えてある。あたかもミクロとマクロにローシュが会ったことがあることを知らないように見せたのは、彼の演技だ。そうしてほしいとアクルが頼んでいた。
ディーディーはエストレージャの傘下に入ったのか? そうじゃないのか? とローシュ側が混乱するもよし。
演技だと見ぬき、そこまでディーディーがエストレージャの言う事を聞くようになったのだと認識させるもよし。
アクルは、ローシュに伝えたかったのだ。
エストレージャが来たことと、ディーディーを仲間にしたことを。
それほどの覚悟が、こちらにはあると言うことを。
「しかしミクロとマクロはかっこいいとこ持って行くよねー」
はは、とアクルは笑って、ヘッドホンのダイヤルを動かした。
「もしもしラインさん。爆弾成功、派手にやってくれて助かりました。パターンAのまま、適度に暴れてください。アシストは随時行いますが、ミクマク組を優先しますので、無理はしないでください。独自でパターンZにしてくださって構わないので」
「了解、日ごろの地道なトレーニングが生かされるときがきたね。でも、無理はしないよ」
ラインの声が受信機から聞こえた。ラインの声と共に、悲鳴や叫び声も入っていた。混乱してるね、よしよし、とアクルは頷くと、顔を挙げて、肉眼で現状を見つめた。
アクルから見て左側奥に、ミクロとマクロ、加えてディーディーが入っていった建物がある。双子が一旦外に出て、ディーディーと共にアジトの出口へと向かう予定だ。出口から百メートルと少し離れた場所に、車が停めてある。黒いワゴン車、救護班だ。車の外に、ピンク色の髪の毛と紫色の髪の毛が見える。アニータとギルが、しっかりと待機しているのが見えた。そこまで、ミクロとマクロが援護しつつディーディーを連れて行くのがひとつの大きなミッションだ。
おそらく数分はかかる。この間に少しでもミクロとマクロ、加えてギルとアニータの負担を減らすため、アクルから向かって右側にラインとニールを配置した。爆弾騒ぎで少しでも注意をそちらにひく作戦だ。爆弾の後は、ラインとニールが適度に暴れてくれるはずだ。煙が上がっているため、二人の姿は確認できない。しかし、先ほどの叫び声からも、混乱していることには間違いないようだ。
「ではいっちょ、援護射撃しますかね」
アクルは用意していたスナイパーライフルに触れた。ぴり、と身体に微弱の電撃が走ったかのような感覚に陥る。静かに呼吸をしながら、腹ばいになり、再度肉眼で状況を確認した。