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16-1

16


 アクルはその日の真夜中、一人でこっそり、リイビーノの本部のすぐそばまで向かった。人々も家に帰り、寝静まる時間だ。アクルがよく飲みに行く大通りはにぎわっている時間帯だが、リイビーノの本部付近は、必要最低限の街灯が光っているだけで、人通りも少なかった。

 本部より少し離れた場所に、車を停止させる。

 ヤツキから聞いていた位置情報を、もう一度頭の中で確認する。遠くから、本部を眺める――ボスがいるはずのビルを、じっと眺める。拳を強く握り、自分を抑制した。

 まだだ。まだ、動いてはいけない。

 ヤツキから、できるだけの情報を貰っていた。窓の位置やビルの数など、ヤツキは細かい情報を余すところなくアクルに伝えてくれた。さすが、エストレージャのほこるスパイだ。

 闇の中、アクルはひとつ、深呼吸をする。

 歩きながら、本部の大きさを確認する。思ったより大きくない。小さな空間に、ビルが所狭しと並んでいるようだ。

 アクルは大きさを確認し終えると、周囲を見渡した。本部の付近で、一番高そうなビルを探すためだ。暗闇の中、ぐるりと身体を一周させる。


「……あれかな」


 周りで一番高いであろう十階建てのビルに目星をつけると、アクルはまっすぐそのビルへと向かった。階段を上る。登った先に屋上に出る扉があればよかったのだが、あいにくそのような扉は無かった。屋上が解放されているビルではないようだ。

 めんどうだが、仕方がない。

 アクルは、最上階の部屋で、一番隅の部屋へと向かい、その扉を小さくノックした。はい、とすぐに返事が聞こえる。女性の声だ。


「頼みがあります」


 小さな声でアクルは言った。女性はドアに近づいて来ていたようだが、扉を開けようとはしなかった。警戒されるのは当たり前だ。


「部屋を、明日、少しだけ貸していただきたい」


 返事は無い。扉の真ん中に、覗き穴がついている。きっとそちらから、こちらの様子をじっと眺めているに違いない。アクルはポケットに手を突っ込み、おもむろに札束を出し、自分の顔の目の前で振って見せた。


「あなたは全くの無関係だ。危ない目にも合わせない。金も払う」


 かちゃり、とためらいがちに扉が開き、思わずアクルはよし、とガッツポーズをとりそうになった。だが、表に出してはいけない。ポーカーフェイスだ。

 中から出てきた女性は寝間着を着ており、大分小柄だった。じろじろと、アクルを観察するような視線で見つめている。


「明日は家にいますか?」


 アクルが訊ねると、女性は首を横に振った。


「では、明日の午前十時から午後三時ごろまで、部屋を貸していただきたい」

「――貸すだけで、こんなに、金を?」

「差し上げます。そのかわり、通報されたりすると困ります。そのときは、それなりの対処を――」


 ひっ、と女性は息を飲む。落ち着いてください、とアクルは微笑んだ。


「張り込み調査の一種なのです」

「……警察の方ですか?」

「スパイですね」


 嘘は言っていない、と、思う。アクルは動揺が表情に出ないよう気をつけながら、にこりと微笑んだ。


「素性はあまり申し上げられないのですが……危ない組織ではないですよ」


 嘘くせぇー! と自分でつっこみをいれつつも、微笑み通す。


「どうしても必要な捜査でして――詳細を申し上げたいのですが、そうしますと、あなたの身に危険が及びます。できれば、何も聞かず、協力だけしていただきたい」


 アクルの言葉に、女性は明らかに動揺し、目を左右にきょろきょろと動かしていた。詳細を言ったら、あなたの身に危険が及ぶかもしれない事件が起こっている、と暗にアクルは彼女に言っていた。そこに気がつき、悩んでくれるといいのだが――と、アクルはじっと、返事を待った。

 女性はしばらく悩んでいたが、やがて決心したように頷くと、アクルを恐々と見つめた。


「……分かりました。部屋を荒らしたりは、しないですよね」

「誓います」

「部屋の中、案内しましょうか?」

「いえ、この家の見取り図は把握させていただいております。鍵も必要ありません」


 もちろん前者ははったりで、後者はアクルのテクニックがあれば、という意味だ。


「必要、無いのですか?」

「はい。もちろん、誓って悪用はいたしませんよ。そのための保証金でもあります」

「……それでも、信じかねますが」

「では、さらに金を倍積みましょう。加えて、私の写真を持っていただいて構いません。指紋もどうぞ。家をあらされたりした場合、それを警官につきつければいいのですから」


 はい、とアクルは用意していた自分の写真を相手に渡した。その写真には、直に触れている。


「そのかわり、何もなかった場合、その写真を破棄して、全てを忘れていただけるとありがたいのです」

 女性はかなり迷っているようだったが、やがて小さくひとつ頷いた。

「分かりました……約束します。あなたは、安全のために――」

「調査をしているのです」


 察してもらえていたか、とアクルは本心で微笑んだ。


「お願いします」


 アクルは笑みを浮かべたまま、では、とその部屋を後にした。

 車に急いで向かいながら、ようし、場所確保、と上機嫌で屋敷に戻った。

 もう、皆に作戦は伝書鳩で伝えてある。たくさんのパターンを、今必死に皆頭の中に叩きこんでくれているはずだ。

 家に帰り、それを再確認し、準備をして、明日に備えて寝る。

 そうしてその後、早起きして、しっかりと食事をとり、最終確認をして――ボス、奪還だ。


「待ってて、ボス。あと少しだから」


 車がほとんどいない道を、アクルは最高速度で走った。



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