15-3
その後、アクルは部屋に呼んだ人全員に説明をし終え、続いてルークとアズムがいる救護室に向かった。そこでも作戦の説明はするが、彼らには彼ら用の説明をする。
「……こういうことで、二人には、医療のために待機してもらいたいと考えてる」
「車かなんかでか?」
「でかい車を用意しようと思ってるけど……救急車みたいな。そこを守るのは、ギルとアニータに頼んでる」
「なるほど……それと、お前も守ってくれるってことだよな」
「できればだけどね」
「救護班がくたばったら意味が無いからな。ギルとアニータがついてくれるなら、問題は無い、よな? アズム」
言って、ルークは振り返った。救護用のベッドに腰かけていたアズムは、だまって小さく頷いた。うん、とルークは返事をするように頷き、アクルに向き直る。
「いいか、むちゃだけはするなよ」
釘をさすように言われ、はい、とアクルはすぐに返事をした。
「絶対にしない。でも、絶対にボスを助ける」
「うん、そうだな」
ルークは小さく微笑むと、で、と静かな声で言った。
「決行は?」
「明日の昼」
「わかった、それまでに準備をしておく」
「よろしくね。あとでまた、伝書鳩で作戦回すから、見ておいて」
「はいはい、了解」
「それと、ニールの看護、ありがとうございました。もう、大丈夫みたい」
アクルが言うと、そうか、とルークは少しだけ目を見開いた。
「作戦の中にニールの名前が出てたからな。そうなんだろうとは思ってたが」
「俺、ニール抜きの作戦なんて考えてなかったよ」
「そうだな」
じゃぁ、とアクルは手短に説明をし終え、すぐに救護室を出て行った。ドアが閉まる同時に、ふう、とルークがため息をつく。
「よかった……」
「本当に、ニールが元気になって……よかった」
アズムは、ふっと力が抜けたように後ろに倒れると、そのままベッドに寝転がった。手を上に伸ばし、んっと伸びをする。
「あとは、アクルさんが頑張るしかないですね……みんな、怪我だけはしないでほしいです」
「そうだな、救護班は暇に限る」
「本当ですよ……あ……ルークさん」
上半身を起こし、アズムはルークに確認するように聞いた。
「この作戦から察するに、アクルさんはボスを好きだって自覚したんですよね?」
「そうみたいだな」
「やっとですか」
「そうみたいだよ」
言って、アズムとルークは目を合わせ、同時に小さくふきだした。
アクルはその後、ディーディーの部屋に向かったが、彼はそこにはいなかった。たまたま通りかかったラインが、彼はサキの部屋にいると教えてくれた。
一緒でもいいかな……。
アクルはそう思い、サキの部屋に向かった。ノックをすると、はい、と相変わらず冷静な返事が聞こえた。
「お話中すみません、アクルです。ボス奪還の作戦が決定したので、お二人にお話をしたいのですが」
「入って」
アクルがドアを開けると、ソファに座って二人は話していたようだった。面と向かって何を話していたのかは分からなかったが、アクルはそれには触れなかった。
「雑談をしていたのよ、本当に、ね」
サキが、黒い髪を耳にかけながら、ディーディーに言った。はい、とディーディーは微笑する。先ほどの嫌味な男は、すっかりどこかに消えてしまったようだ。
さすがサキ様、と思いつつ、アクルはディーディーの隣に腰かけた。
「大丈夫そうなのね?」
「はい。サキ様には、最終報告ですので」
「聞かせて」
アクルは、作戦をサキとディーディーに伝えた。
「………………」
作戦の全てを、サキはだまって聞いていた。ディーディーもそれに倣い、じっと黙って聞いていた。
そうして、全てを聞き終わった後も、しばらくサキは黙っていた。
「……ど、どうでしょうか……」
アクルが沈黙に耐えかねて訊ねると、唐突にサキは立ち上がり、思い切りアクルの頭を叩いた。
「えっ!」
「わっ!」
アクルが驚きの声をあげ、ディーディーが思わず後ろにのけぞった。
「人にはやれ危険だやれやめとけ言いながら、あなただって同じじゃないの」
「……ごめんなさ……」
力はそれほど込められてはいなかったものの、まさかはたかれると思っていなかったアクルは、どうしていいのか分からなかった。この前の一件と言い、サキ様は俺にまだご立腹なのだろうか……と、こわごわとサキを見つめる。
当人のサキは、ふう、と満足げに息をつくと、静かな動作でソファに座った。
「正直に、俺がレイカを助けたいんですって言えばいいじゃない」
「だっ………………なっ………………」
「皆に説明したのなら、皆にもこう言われなかった? なのにその反応、自覚したのは本当に最近だと見えるわね」
「じ、自覚してっつ言うけそ……!」
「噛みまくりね」
「っ……だって、恥ずかしくて!」
「助けたら、真っ先に言うのよ」
「え?」
「言うのよ」
何を、とアクルは訊ねなかった。
ただ、黙って頷くと、サキはよろしいとばかりに頷き返し、良かったわともう一度ためいきをついた。
「よろしく頼んだわ……必ず、レイカを連れて帰ってきてね」
「もちろんです」
「あ、あの」
二人の会話に、ずっと黙っていたディーディーが割って入った。ん? とアクルが首をかしげると、彼はおずおずと続きを話しだした。
「私……も協力できないか」
「え?」
「その作戦に、私を使えないか。私はローシュと接触があったんだ、どうにかして、使えないか?」
ディーディーは必死だった。どういうことだ、とアクルは思わずサキを横目で見る。彼女は何も言わず、ただこくりと頷いた。信用してもいい、と言うことだろう。
ならば、とアクルは考える。脳みそを回す。
「……正直、油断させるためには、ありがたいと思う。でも……」
全てを言う前に、じゃぁ、とディーディーは乗り出した。
「連れて行ってくれ、詳しくは知らないが、君の大切な人を助けに行くんだろ? エストレージャには恩がある……これからも、ずっとだ、ずっと恩がある。少しずつだが、それを返したいんだ」
「危険だぞ? 大怪我をするかもしれないんだ」
「大丈夫だ、私はエストレージャを信頼している。使ってくれ、頼む。情報提供だけじゃ、私の気持ちがおさまらない」
「……――じゃぁ、頼む」
あぁ、とディーディーは笑った。
彼の自然なその笑顔を、アクルはそのとき初めて見たな、と思った。