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15-1

15


「そう……レイカは、無事だったのね」


 よかったわ、とサキは安堵のため息をついた。サキだけでは無い。その部屋にいた全員が、ほっと胸をなでおろす。

 ヤツキは、帰宅後すぐに皆をサキの部屋に集め、ボスは無事だということと、引っ越しが四日後に行われることを告げた。四日後にどこへ行くのかは分からないが、どこか遠い国に行かれてしまっては困る。ここ三日でボスを助けに行かなければならないことは、そこにいる全員がすぐに察していた。

 作戦を立てるのも、行動をするのも、何もかも急を要する。それは理解していたが、それでも皆、とりあえずはボスの無事に安堵することしかできなかった。


「よかった……」


 アクルももちろん例外ではなく、小さく呟いたその言葉は震えていた。


「あの……」


 と、安堵の空気の中そっと挙手をしたのはニールだ。顔は相変わらず白く生気が無いが、両脇に座っているミクロとマクロに支えられ、なんとか姿勢を保っている。


「先ほど、ユーナギさんがこの手紙を受け取ってくれたそうで……母の安全が、書いてありました」


 挙手していなかった方の手に、小さな手紙が握られていた。


「――そう」

 と、サキは優しい声で言った。


「よかった、ローシュは取引の約束を破るようなまねはしなかったのね……ずっと気にかけていたわ。本当によかった。あなたはお母様を守ることができたのね」

 はい、と俯き、ローシュは泣いた。嗚咽を漏らしながら、すみません、ありがとうございます、すみませんと繰り返す。


「謝ることは何一つないわ。何度も言うようだけど、あなたはエストレージャとお母様を最大限に守った……素晴らしいことよ。そして、ヤツキが情報を持って帰ってきてくれた。喜びましょう。ディーディーの情報と組み合わせれば……大丈夫、よね?」


 確認するように、サキは言った。

 アクルは静かに、頷く。


「もちろん、です」

「任せるわ。私はここでレイカの帰りを待つ。戦闘要員じゃないし、機敏に動けるわけでもない……私の仕事は終わったわ。あとは、アクルを中心に、皆で動いてちょうだい。よろしくね」


 はい、と全員が一斉に返事をした。

 と、その時だった。ピリリ、と控えめな着信音が部屋に響いた。誰だ? と皆がきょろきょろすると、すみません、私です、とユーナギがポケットから携帯電話を取り出した。

 画面を見て、はっと息を飲む。どうしたのかと誰かが訊ねる間もなく、彼は電話に出た。


「もしもし? お前今どこにいるんだ? ……屋敷の前!? すまん! すぐ行く!」


 ユーナギは早口でそう言うと、電源を慌てたようすで切った。


「どうしたんです?」


 アクルが訊くと、ユーナギは立ち上がり、一言叫んだ。


「ギャンが帰ってきました、今屋敷の前にいるようです」


 ギャン! アクルも立ち上がった。


「いいタイミングだ……間に合って良かった!」


 とアクルが小さく言ったのを、そこにいる誰もが聴き逃しはしなかった。




 ギャンは屋敷から随分と離れた場所にいたようだが、出来るだけ早く帰って来たようで、屋敷に入るなりファインに頼み込んだ。


「腹が減った、すまん、用意してもらえるか!」

「おかえりなさい、ギャンさん。もちろんです、食堂で待っていてください」


 ファインは、いつものように優しい笑顔で答えると、すぐにキッチンに飛んで行った。

 サキの部屋に行き、帰宅したことを報告すると、サキは(表情は無いが)とても嬉しそうにかれの帰宅を歓迎した。


「戻ってきてくれてありがとう。いろいろあってね……ほっとしたら少し疲れたわ。アクル、詳しい事情を話してもらってもいいかしら」

「かしこまりました」


 アクルが軽く礼をする。


「ルークとライン、残ってもらっていい? あとは皆、解散で。ヤツキ、ありがとうね。ゆっくり休んで、お疲れ様」


 いえ、と答えたヤツキの表情は確かに疲れており、歩幅もせまかった。アニータが彼女の後ろから、お疲れ様、と声をかける。


「大丈夫なのかよ?」


 アクルに、ギャンは小さな声で訊ねた。筋肉隆々の彼が、心配そうに肩をすくめる。


「うん、とりあえず、食堂で」


 アクルは心配しないでよ、と肩をすくめ返した。お前がそう言うならな、と笑ったギャンの笑顔は、アクルが今まで見たどの笑顔よりも弱々しかった。




 ファインが作ってくれた即席パスタを食べながら、ギャンはなるほどな、と頷いた。


「そんなことがな……早くからいれなくて、すまなかったな」

「いいよ、飛んで帰ってきてくれたんでしょ」

「そうだけど……でもよ。その場にいれてたら、って考えちまうな」

「ヤツキも言ってた。でも、帰ってきてもらえて嬉しいよ、おれ、ギャンに頼みたいことがあるんだ」


 アクルの言葉に、ほうとギャンは乗り出した。


「俺にできることがあるか」

「うん。作ってほしいものがある」


 そうか、とギャンは白い歯を見せた。


「まかせろ、どんなものでも作ってやるから」

「うん、信頼してる。俺の出来たての作戦も、聞いてよ」


 飲み物を持ってきたファインが、その言葉にぴくりと顔をあげた。アクルは「ファインも」と手招く。

 ギャンとファイン、二人を前にして、アクルは考えた作戦を伝えた。

 二人の感想は、一致していた。


「アクルが危険すぎるだろうが」

「アクルさんが危険すぎますよ」

「分かってるよ」


 自分でも、自分自身に負担がかかりすぎるとは思っていた。

 それでも、この作戦を実行したい理由はある。

 自覚してしまえば、開き直る性格だったんだな、と思いながら、アクルはでもな、と腕を組んだ。


「皆を危険に合わせたくないっていうのが大前提だけど……でも、俺、ボスが好きだから、俺が助けに行きたいんだよ。ローシュも、俺がぶちのめしたい……はらわた、煮えくりかえってんの」


 開き直っても、言葉にするのは恥ずかしい。

 ギャンとファインの反応は、またも分かりやすいものだった。二人とも、あぁ、と納得したように頷いて、まるで打ち合わせでもしていたかのように、ぴったりのタイミングで返事をする。


「やっとかよ」

「やっとですか」


 二人の表情はとても柔らかく、アクルはますます恥ずかしくなって俯いた。


「くそ……悪かったよ! 俺はどうせ自覚するのが遅すぎますよ! うるせーうるせー! こんだけ離れないと自覚できませんでしたよ! 笑いたければ笑えばいい!」


 耳まで赤くしながら叫ぶと、がははとギャンが笑い、くすくすとファインも笑った。正直すぎるやつらだ、とアクルは上目で二人を睨む。


「ははは、いや、素直になるのはいいことだ。お前が危険を顧みてまで助けに行きたいんなら、行け行け。皆も納得するさ。それに、お前ならへまはしないんだろ」

「そうですね……ふふ、いいと思います。私は、とびきりの料理を作って待ってますよ」


 はやくその作戦を皆にも伝えろよ、とギャンが急かした。


「驚くぜ、その理由を聞いたら」

「からかうなよ、俺は本気だ!」


 知ってるよ、と言いつつ、ギャンはそれでも楽しそうに、豪快に笑った。


「やっと自覚するとはね、がはは、いいニュースもあるもんだ!」

「何とでも言え! いいよもう、皆に説明するよくそっ!」


 アクルは勢いで立ちあがったが、その後すぐに座りなおす。どうした、と驚くギャンに、違うってばとアクルは笑った。


「ギャンに頼みたいことがあるんだって」

 アクルの言葉に、そうだった、とギャンは笑った。


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