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14Y-1

14-Y


 ――ボスのいる場所が分かった、内情を探ってきてくれ。


 ヤツキは、アクルに言われ、一目散に指定された場所へと赴いた。始めて行く場所だったが、一時間と少しで辿りつくことができた。ばれないであろう場所に車を止め、そこから徒歩で、リイビーノの本部へ向かった。


 随分と警戒の強い建物で、最初は入れる場所が無いのではないかと思ったが、幸運なことに大きなトラックが何台も行きかっていた。その分人も多かったが、監視カメラの目を盗むより、人の目を盗む方がたやすい。トラックにはりつくようにして、ヤツキはなんとか本部への侵入を成功させた。


 頭の中の地図を思い出す。おそらくここにボスがいる、と指定された場所に走る。監視カメラがいたるところについているが、ヤツキは冷静に、慎重に穴を探していく。案外上の方を監視しているものは少ないな、と思い、ヤツキはローシュの部屋があるとされている棟の壁をするすると上った。もちろん、人の行き来が少ない場所はどこかを観察したうえで、誰にもばれないという確信ができてからの行動だ。


 屋上に着き、死角となる場所でまずは一息つく。夕方は、夜に比べて格段に視覚でとらえられる場合が多い。あまりしたことの無い任務にへとへとだが、それでも近くにボスがいるかもしれないと考えると、勇気が沸いた。


 足元を見る。この下に、いるとしたらローシュって人がいるんだよな、とヤツキはひとり、確認する。彼の姿を生で見たことは無いが、ユーナギのスケッチとその他情報により、かなり彼の像は頭の中にできている。


 ギャンが作ってくれた、高性能のマイクをポシェットから取り出す。手の平に収まるお椀のような形のそれは、床や壁にくっつけるとその先の音を拾う仕組みになっていた。壁の厚さによっては聞きとれない場合もあるが……頼む、とヤツキは床にそれをつけた。


 専用のイヤホンを耳につけ、静かに聞き入る。


「――はさ、――でしょ?」


 小さいが、男性の声が聞こえた。何を話しているのかは分からない。ヤツキはイヤホンを耳に押し付ける。


「――うだ、二時間半、長く働かせているな。それも、いつもだ」


 ヤツキは叫びそうになった。間違いない、ボスの声だ。


「いつもか、悪いやつだね」


 はは、と笑う声が聞こえる。何をしているのか分からないが、もしかしたらローシュかもしれない。ローシュの部屋からする音だ、その可能性は高い。


「ありがとうレイカ。以上で尋問は終わり、お疲れ様でした。遅くなったけど、昼食にしよう。クレア、よろしくね」


 男の声だ。ボスと昼食をとるのか? やはり、こいつがローシュなのだろうか。ボスの声がその後聞こえたが、小さすぎて聞きとれなかった。かしこまりました、という女性の声。ボスより高い、彼女がクレアだろうか。


 足音、ドアの開く音、足音――ちょっとおいでよ、いいワインを見せてあげる、というローシュ(と思しき人)の声。ボスの返事。違う方向から扉の音がして、足音、消えて行く。


 部屋から、声が消えた。おそらく別の部屋に移動したのだろう。今がチャンスか。

 ヤツキは、外側から誰にも見られていないことを確認すると、上半身を屋上から出し、下を覗いた。ベランダがあり、下に繋がる梯子もある。中に入ろう、とヤツキは決意した。外から様子をうかがうより、実際に中に入って様子を探る方が、ヤツキは得意だった。部屋は狭くて、隠れる場所がたくさんある。


 ポシェットから、次は小型のカメラと、小さな筒をとりだした。小型のカメラはピンポン玉ほどの大きさだ。筒は棒が折り畳まれていたもので、先を持って引っ張ると、元の長さに戻った。これくらいかな、とヤツキは長さを調節する。


 丸いカメラの下には小さな穴が開いており、そこに棒を差し込む。その後、カメラの横についているスイッチを入れ、そろりそろりと下に降ろした。部屋の中が映っているであろう位置まで降ろすと、棒をゆっくり回す。カメラで、部屋の内部を撮るためだ。棒の先にスイッチがついており、回してかしゃり、回してかしゃりを繰り返す。

 全て撮れたと思ったところで、そのカメラを引き上げ、棒を引っこ抜くと、今度はそこにコードを指した。棒を折り畳み、今度は小型の画面を取り出す。そこにコードの先を指し込み、再生ボタンを押すと、すぐに先ほど撮った写真が映し出された。


 部屋の隅々を拡大して確認する。

 どうやら監視カメラは設置されていないようだ。

 組織のトップの部屋だから設置されていないのか、それともカメラが隠されているのか。

 ヤツキは唾をごくりと飲む。無いことを願うしかない。

 人がいない今のタイミングでベランダに降りるのがベストだった。しかし、はやる心を押さえながら、ヤツキは様々なパターンを想定する。


 ベランダに降り立った瞬間、警報機が鳴るかもしれない。

 隠しカメラがあり、しばらくしたら誰かがやってくるかもしれない。

 ベランダに下りた瞬間、運悪く外にいた人に見つかってしまうかもしれない。

 様々なパターンを考えたうえで、それでもその時は逃げればいいんだ、とヤツキは自分に言い聞かせた。


 アクル兄さんが言っていた。


「ヤツキ、今回は、別に見つかってもいい、監視カメラに映ってもいい、情報を集められなくてもいい。最重要任務は、ヤツキ、お前が捕まらないことだ。やばいと思ったら入口で逃げ出してもいい、それだけでも十分な情報になる。捕まっちゃ、だめだからな。できれば怪我もせず、逃げてきてくれ」


 もちろん見つからないに越したことはないため、全力で取りかかるが、それでも、ヤツキには心の余裕があった。

 普段は闇に乗じ、絶対に見つかってはならない、という任務をこなしてきたし、それがいつも自分に求められていることは分かっていた。今回の要求はとても特殊だ。変だとも思う。


 でも、アクル兄さんが大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだろう、とヤツキは理解していた。見つかってもかまわないことを前提に、全力で見つからないように行動する。


 監視カメラは多分無い。下りるなら、今だ。


 思い切って、ヤツキは足から、静かにベランダへと下りた。小さな着地音は、トラックが行き来する音にかき消される。下りてすぐ身構えたが、どうやらすぐに警報機が鳴る、といった事態にはならなかったようだ。ひと安心のため息をつく。


 ベランダの向こう側にある、全面ガラス張りのその部屋は、シンプルな部屋だった。応接間のようだ。中に人はいない。ソファが置いてあり、その前にある机に飲み物が放置されていることから、先ほど聞こえた声の主とボスは、あそこに座っていたのだろうと推測できた。隣の部屋に移動していたはずだ。ヤツキはちらりと横を見る。ベランダは、ビルの先から先まで続いている。


 ボスの声は聞こえた。どうする、ボスの姿を確認するより、内情を探った方がいいか? でも、一目見ておきたいし――どうしよう。


 ベランダの隅から、移動して、一目だけでも見てみようか、と動こうとしたそのとき、応接間らしき部屋の扉が勢いよく開いた。

 ヤツキは至って冷静に、小さくかがむ。相手の位置を確認し、家具のおかげで死角になる場所を探す。幸い、部屋の隅には観葉植物が置いてあった。背の高いその植物は、ヤツキを隠してくれる。


 鼻にばんそうこうをつけた男の子と、短い髪の女の子だった。ヤツキは、観葉植物に隠れながら中の様子をうかがう。どうやら、片づけをしにきたらしい。

 女の子が食器を片づけている間に、男の子はベランダの窓を開けにきた。つかつかとこちらに歩み寄ってきたが、ヤツキは特に気にしなかった。ただだまって、気配を消していれば十中八九ばれないという自信があった。息を静かに殺す。


 男の子はヤツキに気がつくことなく、窓を少しだけ開け、すぐに女の子の手伝いを始めた。窓を開けたのは、換気のためだったようだ。


 ヤツキは、ギャンお手製の盗聴器を窓につけた。天井より窓の方が薄いため、さきほどよりかなり中の音はクリアに聞こえる。


「――は、話したこと無いんだっけ?」


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