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背の低い男だった。前髪が長く、目が隠れるほどだ。金というよりクリームに近い髪の毛の色は、染めているのだろうか。荷物は持っていない。汚れたシャツに、ジーンズ姿だ。足取りはふらついている。
ユーナギは、一通り全身を観察すると、もう一度男の顔を見た。
目、口、鼻、眉、頬、首……全ての特徴を覚え、一度目を瞑る。しばらく考えたが、自分の記憶にはない。
彼は、人を覚える能力に長けていた。この能力がなければエストレージャのメンバーにはきっとなることができなかっただろう、と彼は考えている。それは、エストレージャに入る資格がなかったという事ではなく、エストレージャにそもそも会う事がなかったろう、ということだ。
人を覚える能力、というよりか、忘れられない能力は、つい最近まで自分を狂わせることしかしなかったが――こうやって、門番をすることで役に立つ日が来たのだ。自分の居場所を見つけた彼は、その安堵感に包まれ、一つ大きく息を吐く。
見たことのない来客は、ゆっくりと近づいていた。ユーナギはずっと彼を見ていたが、彼と目があったのは、声が届くほど、二人の距離が近くなってからだった。
来客の目は、どよんと沈んでいるようだった。隈がある。寝てないのか、食っていないのか。家出でもして迷ったのかな、とユーナギは考えていた。ずいぶんと苦しそうだ。
「……あの」
来客は、ユーナギの目の前に来ると、小さく声をかけた。はい、とユーナギは返した。いつも、来客に自分から声をかけるようなことはしない。話しかけられたら、話しかける。そちらの方がスムーズに行く、とユーナギは考えているからだった。
「これ」
細い手が、震えながらある一枚の紙を差し出した。大きな星のマークが目に入る。ユーナギは少し驚いて、瞬きを数度繰り返したまま黙ってしまった。
まさか本当に「来客」だったとは。
でも、見たことのない顔だ。この前どたばたと現れた若者集団の中にも、こんな顔はいなかった。
もう一度、黙ったままユーナギはカードを見る。古いものではないらしい、汚れてはいるが、新しい。
「貸してください」
ユーナギが手を出すと、はいと来客はカードを差し出した。ユーナギはカードを静かに受け取ると、少々お待ちを、と言って部屋に戻った。調べなければならないことがあるからだ。
ユーナギは、胸元からペンを取りだした。その後ろについているボタンを押すと、ペンの尻からぼんやりと明かりがともった。その明かりを、カードに当てる。するとそこには、黄色の文字でぼんやりと数字とアルファベットが浮かび上がった。
J-322。
その番号は、配ったカードの番号だ。数字が大きいほど新しい、つまり最近配った番号という事になる。
やはり新しいな、と呟くと、ユーナギは本棚からファイルを取りだした。
J-322……あった。ほう、とユーナギは呟く。
そのファイルには、カードを上げた人物が誰であるかが彼の文字で記入されていた。人物の情報は名前ではなく、彼が見た特徴だ。すぐに思い出せるようにメモをしている。エストレージャのメンバーが外で配ってきた場合は、出来るだけ渡した相手の特徴を教えてもらっている。
その番号と人物との照合は、とても大切な役割を果たしていた。そのカードは「招待状」であり、エストレージャの屋敷に入ることのできるカードだが、そのカードを本人が持ってきたか、違う人が持ってきたかで、警戒するレベルが異なって来る。
J-322を持っていたのは、あいつか、とユーナギは少しだけ驚く。
そいつの紹介か……そいつから奪ったのか?
いろいろな憶測が飛び交うが、招待状を見せられた以上、通してボスに合わせるのが決まりであり、来客への礼儀だ。ユーナギは外に出ると、大人しく待っていた来客にカードを返した。
「失礼しました。確かに本物であるという確認をさせていただきました。本日は、どのような御用件で?」