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12-1

12


 サキはテーブルを挟んでディーディーの正面に座り、後ろにラインを立たせた。ルーク、ギル、アクルの三人は、テーブルの横で立って待っている。


「ギルバート、アクル、彼から聞きたいことは聞けた?」


 サキからの質問に、はいとギルが頷いた。


「彼は今後、リイビーノにエストレージャのことを報告するそうですので、その口止め料と、それとは別に、エストレージャの情報を一切口外しないための契約量が必要かと」

「分かったわ。料金はこちらから提示すればいいのかしら」


 サキに訊ねられたディーディーは、えぇ、と小さく頷くだけだ。アクルは彼の様子を観察する。にやついた表情が無くなったのは、なぜだろうか。アクルには全く予想もつかなかった。


「サークルスターと言う会社を御存じかしら」


 サキは、ディーディーに向き直り、静かに質問をした。ディーディーは随分と貸し困った様子で、小さな声を出す。


「存じ上げております……詳しくは知りませんが、ネットサービスを中心とした会社、ということぐらいなら……」

「それで十分です、ありがとう」


 礼を言われた意味が分からなかったのだろう、ディーディーは眉間にしわを寄せたが、けろっとした声でサキが「私の会社なんです」と付け加え、硬直してしまった。

 大分黙っていたが、やがておずおずと、ディーディーはサキに訊く。


「……失礼ですが、お歳は」

「もうすぐ二十歳です」

「そう……ですか」

「サークルスターが私の会社だという証拠は、これからお見せしますね」

「証拠なんて……信じています」


 ディーディーはそう言って俯いた。どうにも居心地が悪そうだ。これからの交渉に繋がるんですよ、と言って、サキはライン、と手を肩まで挙げる。ラインハ流れるような動作で、数枚の紙を彼女に手渡した。アクルは目を細めてみたが、何の書類かはよく分からない。


「契約書です」


 サキは机に紙を置くと、少し前のめりになった。前に流れる髪を手でどけながら、開いた方の手を机に伸ばし、紙を指差す。ディーディーも大きな体を前に倒し、その指の先を追い――えっ、と声をあげた。


「この金額では、少ないでしょうか」

「多すぎます」


 困ります、とディーディーは言った。体をのけぞらせ、いやいやと首を振る。


「多すぎて困るのですか?」

「俺のポリシーの問題です」

「……やっぱり」


 言って、サキは首をかしげた。ディーディー以外は知っている。これは「笑っている」仕草だ。

 彼女はどうして笑っているのか? 全く状況が読めず、アクルはギルを横目で見た。ギルは視線に気がつき、そっとアクルを見て肩をすくめる。ギルの向こう側にいたルークも同じような対応だ。ラインだけが、そんな彼らの表情を見て、静かに俯いて微笑していた。


「私は、今までいろんな人を見てきたんです」


 サキは、まっすぐとディーディーを見つめた。低い位置から見上げられたディーディーは、困った表情のまま、サキの言葉の続きを待っている。

「ビジネスをやっていると、金の問題は本当にシビアです。事あるごとに突っかかる問題でもあります。金が欲しい人は本当にたくさんいます――理由もたくさんあります。深刻な理由がある人もいれば、金集めが趣味の人もいる。限度がある人もいれば、限度がない人もいる――あなたはどんな人か知りたくて、あなたを試したんです、ごめんなさい」

 サキは言って、長い髪を耳にかけた。ディーディーは返事をしない。一息ついた後、サキは続けた。


「これは私の経験に基づく勘でしかありません。でも、おそらくあなたは目的を持って金を集めている。莫大な金……だからこそ、公平なんです。多すぎる額を提示しても、あなたはそれを受け取ろうとはしなかった。あなたのポリシーに関するから――つまりは、信用問題にかかわるからですよね? あなたは金を積んでくれる客を公平に大切にする……今後、エストレージャがあなたに依頼をするかもしれないから、私たちに嘘の値段は言えなかった。違いますか?」


 ディーディーの表情は、そのとおりだと言っているようなものだった。ずばりと言われたことに、驚いているようだ。


「イエスと取りますよ」


 サキは首をかしげ、これからが本題です、と言ってまた前のめりになり、書類を指で叩いた。


「サークルスター、およびエストレージャは、あなたを全力で支援します」

「……どういうことです」


 ディーディーが、静かに、しかし震えている声で訊ねた。そのままの意味ですよ、とサキが言う。


「あなたの目的のために、私は資金面での援助を惜しまない。その代わり、あなたはエストレージャの情報を誰にも漏らさない、もちろんリイビーノにも、一切報告しない。加えて、人攫いで培った技術と情報を全てエストレージャのために使ってもらいます」

「私が……エストレージャに入る、ということですか?」

「残念ながら、そのための条件をあなたはクリアしていないわ」


 サキは肩をすくめた。もちろん無表情のままだが、アクルには彼女が困った顔で笑っているように見えた。その後、そんな表情を今、自分自身がしたいからこそそう見えるのかもしれない――とアクルは考えなおした。


『私も私をかけて彼女を助けないで、どうするの』


 サキの言葉を思い出し、アクルは不意に泣きそうになった――サキにとって、私というのはサキ自身ではなく、エストレージャそのものを指していたことに気がついたのだ。

 ボスがボスをかけてまで、エストレージャを守ってくれた。

 エストレージャがエストレージャをかけてボスを助けないで、どうするの。

 彼女の言葉は、こんなにも重かったのだ。

 だから彼女は、自分の目でボスと繋がれるかもしれない唯一の情報源であるディーディーを見て、話を聞き、自ら判断を下し、エストレージャの一番上に立つものとして、彼自身を味方につけてしまうという方法を取ったのだ。

 アクルの勘は言っていた。彼女は、いつも俺が行うように、いくつものパターンを想定してディーディーに会ったに違いない。

 彼と話をし、多すぎる額を提示し――もし、そこで彼がすぐに首を縦に振ったら、違う方向に話を持って行ったのだろう。

 きっとこうだ、きっとこうした、次々とアクルの頭の中をいろいろな案が駆け巡る――きっと短時間で、彼女も同じようなことを考えたのだと思うと、胸が苦しくなった。

 俺には出来ない。彼女にしか出来ない方法だ、とアクルは思った。ディーディーとサキが会ったら、ただエストレージャが不利になるだけだなんて、そんなことを考えていた自分を殴ってやりたかった。

 サキは、自ら堂々と交渉してのけたのだ。

 ディーディーの返事は聞かなくても分かった――彼は、背中を丸めて目を右往左往させている。とても困惑した様子だった。


「……ギルバートさん。先ほど、情報は金に代わるかと訊かれ、今回は代わらないだろうと答えましたね」


 あぁ、とギルは静かに頷いた。「撤回します」とディーディーが言う。


「今から話す情報を、どうか多すぎる援助の、せめてもの交換条件としてやってください……サキさん、あなたの言うとおり、俺には金を集める目的があります……医療費です」


 言って、はは、とディーディーが笑った。随分と悲しげな声だった。


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