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11-3

 アクルが叫ぶ。おい、とギルが慌てて止めるが、もうすでにときは遅い。あ、とアクルが口をつぐむと、ディーディーがまたもはは、と笑った。


「そうですか、彼はここに来ましたか。そうでしょうね」


 分かっていたような口ぶりだ。ギルはその態度に少しだけ疑問を感じながら、静かに、次の質問をした。


「……ローシュについて、出来る限りの情報をくれ」

「年齢不詳本名不詳、生まれはこの国では無いはずですが、過去も不明、家族構成も隠しに隠しています……下手に探ろうとすると、彼につかまってそのままその嗅ぎまわった『能力』を彼のために使わされます。名前もおそらく偽名でしょう、正体不明の男ですよ」

「……性格は? 君が思ったことで構わない、俺たちはあいつの本性すら良く分かっていない」

「私も分かっていると言えば嘘になってしまいますが」


 ディーディーは、少し困ったような表情を浮かべた。どういう事だ? とアクルが次の言葉を促す。


「個人的に言わせていただくと、どこまでも何を考えているのか分からない人ですね。私と仕事をするとき、その仕事内容でごまかしたり、私が不利になるよう仕向けたり、といったことはしません。あくまで仕事上は非常に公平です」


 しかし、何て言うんでしょうか、と、今まで流暢に言葉を紡いでいた彼が、うーんと言葉を詰まらせた。アクルとギルは、黙ってディーディーを見つめている。

 まぁ、簡単な言葉で申し訳ないのですが、とディーディーは肩をすくめた。


「根本的に嘘つきなんです、彼は。先ほど、アクルさん、あなたは『そんな風じゃなかった』とおっしゃいましたね……おそらく、彼が直々にあなたと接触したのでしょう。リイビーノの下っ端だとでも言っていませんでしたか? 私も最初に彼に会ったときは、嘘をつかれました。彼は嘘をつくのがとても上手いんです、態度も口調も、ころころ変わる。

 少しだけあなた方と似ていますよ。素性が分からないエストレージャも、ローシュ、彼自身も、巧みに嘘をついて隠してきたのでしょう?」


 エストレージャとローシュを一緒にするなよ、とアクルは少しむっとしたが、ギルバートの視線を感じて黙りこむ。分かってる、もう怒りはしない……事実だし、とアクルは俯いた。


 ローシュは、確かにとんでもない嘘つきだ。


 初めて会ったとき、彼は空腹なただの青年だった。しかしすぐに、ニールに接触し、本性を現したかのように見せた――雇われている、あの人に逆らうな、と警告してきたのだ。しかし、その姿も実は本当の姿ではなかった……リイビーノのトップだ、なんて。

 そう言えばボスも困惑していたことを、アクルは思い出した。ローシュがやってきて、ご飯を食べさせた後に、ボスの部屋に行った時も、ミクロとマクロが報告に来た時も、彼女は翻弄させられていた――何度も言っていた。

 あっ、とアクルが息を飲んだ。


 なるほど、そういうことか!


 声をあげたアクルに、どうした? とギルがすぐに声をかける。


「ごめん、ディーディー、少し時間をくれ、ギル、来て」


 アクルはつっかえながら、ギルの手をひっぱり部屋の外へ無理やり連れて行った。どうしたんだよ、と驚くギルに、分かったんだ、とアクルは小さな声で言った。


「ボスは、何度も言っていたんだ、ローシュは嘘をついていないって。でも、嘘をついていた、その矛盾がどうもしっくりこなくてずっともやもやしていたんだ……でも、分かったんだよ。


 考えてみれば単純だ、ローシュはボスに嘘をつけたんだ。


 悔しいけど、ローシュのエストレージャみたいなもんなんだ、天性の能力なんだよ、あいつは生まれついての嘘つきなんだ……ボスを騙せるほどの。だから、こうやってボスが連れて行かれた」


 ギルは目を細めた。なるほどな、と小さく言う。


「……ボスでも、見抜けなかった嘘つきって……そういうことか。確かに、それなら全てつじつまが合うな」

「だろ、嘘つきのあいつは、嘘が分かるという最高の人物を見つけ出した。嘘つきが、他人の嘘は見破れるようになったんだ、最高だろ」

「そうだな」

「俺だったら、絶対に傍に置いておく。万が一にでも誘拐されたり、殺されたりしたらたまったもんじゃないだろ」

「物騒なことを言うなよ」

「ギルバート」


 眉をしかめたギルに、アクルは真剣な表情でこう言った。


「ローシュは、それでも知らないことがある」

「……なんだ?」

「俺も、あいつと同じような立場にいるってことだ」


 アクルの言葉に、ギルは目を丸くさせた。小さな声で「知ってたのか……」と言う。あぁ、とアクルは頷いた。


「ボス、俺の気持ちも分からないよね。ずっと、俺は知らないよって顔をしてたけど、だいぶ前から気がついてた」

「アクル、話しがずれるようだが……お前、それがどういうことだか……」


 懸命に言葉を探しながら問いかけるギルに、当たり前だろ、とアクルは頬を緩める。


「分かってて知らないふりをしてた。俺はこの前、そのことについて大いに反省したところだ」

「大いに反省?」

「ギルバート君の想像力で補填してくれ、詳細は言わない。ただ、今は一刻にでも早くボスに会って――伝えたいと思ってる」


 アクルが困ったように笑うと、そうか、とギルバートははにかんだ。


「やっと自分自身の気持ちに気がついたととるぞ、馬鹿め」

「うるせぇ、これでも紆余曲折あったんだよ」


 ふん、とアクルがそっぽを向くと、ははとギルバートが軽快に笑った。


「で、お前のことだ、まさかローシュの能力と自分の気持ちが分かったことを俺に伝えたかったわけじゃないだろ?」

「もちろん」


 言って、アクルはギルを見てにやりと笑い、こめかみを二度、とんとんと叩いた。


「いいのが思いついている。突然呼び出して悪かった、情報収集を再開しよう」




 ギルとアクルが部屋に戻ると、ディーディーは相変わらずの笑顔でにやついた。


「もう大丈夫ですか?」

「あぁ……失礼した」


 アクルとギルは、神妙な顔つきに戻る。続けましょうか、とディーディーが言った。


「たくさんいただいていますからね、どうぞ質問してください」

「ローシュがいる場所、検討はつくか?」

「えぇ、ローサはご存知です? 薔薇の町です」

「知ってる、ここから少し遠いな。芸術と工業の町だろ」

「そうです、その町に工場の振りをして、彼らが活動の拠点としている場所があります。地図でも描きましょうか」

「移動はしないのか」

「リッツはたびたび移動しますけど、本部はここ数年、移動していませんね」


 紙とペンを頂けますか、とディーディーが手を差し出したので、ギルは資料で散乱する机の上から、メモ用紙とペンを彼に渡した。すらすらと慣れた手つきで、ディーディーが紙に地図を書いていく。


「少し複雑ですけど、これが彼らの住んでいる場所です」


 入り組んでいる地図はそれでも大分分かりやすく描かれており、地図の右端にバツ印が描かれていた。そこに、ボスがいればいいのだが。地図を受け取ったアクルの指先に、ぎゅっと力が入る。


「中は分からないか?」


 ギルが聞くと、そうですねとディーディーはにやりと笑った。聞かれなければ答えるつもりは無かったけど、良く聞いてくれたね、とでも言いたげな表情だ。


「全部を知っているわけではないのですが、ローシュさんの部屋は分かりますよ」



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