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屋敷に着くと、三人はギルの部屋に向かった。ディーディーはにやにやと笑いながら、屋敷をきょろきょりと見わたしていた。観察しているのを隠すつもりもないらしい。
「そんなに珍しいかよ」
アクルが問うと、まぁねとディーディーは見わたすのをやめずに返事をした。
「エストレージャの屋敷内なんて、そうそう見れるものじゃないから」
ギルとアクルは目を見合わせた。小さく頷き、少しだけ歩調を早める。
「あからさまだよ」
と言いながら、ディーディーは困ったように小走りで二人の後をつけた。
ギルの部屋に入り、ドアを閉める。ふうん、とディーディーはギルの部屋も見わたした。
「大したものは無いし、これからすぐに仕事の話を始めたい。だからどうぞ、そこに座ってくれ」
言って、ギルは二人掛けのソファを手の平で指した。その正面には、一人掛けのソファが二つ置いてある。いつもは無いものだが、今回の交渉用にと、アクルとギルがあらかじめ用意していたものだった。
「――ありがとうございます。あ、そうだ、今までこんな不躾な格好で、失礼致しました」
ディーディーの口調が、また少し変わったことにアクルは気がついた。かたことから、なれなれしくなり、そうして次は敬語……仕事モードに切り替わったのだろうか? ますます変な奴だ、と眉をひそめる。
ディーディーは長い指で帽子をつかむと、ゆっくりと帽子をぬいだ。その帽子の中に隠してあったのだろう、長い髪の毛がふわりと出てきた。まるでマジックのようなその光景に、思わずアクルは釘づけになる。
ながい髪の毛は三つ編みになっており、彼の腰より下まで伸びていた。色は真っ赤だ。にやり、と口の端でディーディーが笑う。驚いたかい、とでも言いたげな表情だ。
次に、ディーディーは右手で左手の手袋をゆっくりと外した。細い指がゆっくりと姿を現す。薬指以外の指に、ごつごつとした指輪がつけられていた。最後に現れた爪には、親指が赤、人差し指が黒……と、赤と黒の交互に色が塗られていた。
赤い親指と黒い人差し指が、今度は右手の手袋を外した。右手は、親指が黒で人差し指が赤と続いている。指輪は人差し指と中指につけられている。左手と同じようにごつごつとした指輪だ。
その指が、慣れた手つきでコートのボタンをはずす。コートの下は、随分とシンプルな茶色の上着に、黒いユーネックのシャツが一枚だった。そのシンプルさを補うかのように、首から派手なネックレスがふたつぶら下がっていた。ひとつには宝石がついており、もうひとつには羽と糸でできた飾りがついていた。
ディーディーは身につけていたもの――身を隠していたものを丁寧にソファに置くと、これが俺の正体さ、とでも言いたげに、静かに頭を下げた。
「この恰好を見せる相手は信頼しています、どうぞ信じてくださいね」
にこりとは笑わない、常ににやりと笑っている彼は、そう言ってソファに座った。ギルとアクルはまたも目を合わせ、無表情のままソファに座る。ギルが座ったのはディーディーの目の前だった。アクルは、ディーディーの荷物の正面に座ることとなり、体を少し右に向ける。
「エストレージャの、ギルバートだ」
言って、ギルは手を差し出した。よろしく、とディーディーもその手を取る。
「アクルだ」
アクルもギルに倣い、手を差し伸べた。どうも、とディーディーはアクルの手を握りながら、静かに笑った。
「知ってますよ」
アクルは一瞬、目を丸くさせた。ゆっくりと彼の手を離しながら「何て?」と聞き直す。
「私も一応人専門の『泥棒』ですからね、有名な泥棒のことは知ってますよ……随分と前ですが、腕利きの泥棒だったでしょう? まさかこんな所でお目にかかれるとは。髪の色が違うので最初は気がつきませんでしたが……灰色の目は変わりませんね」
ディーディーは、カラフルな指先でアクルの瞳を静かに差した。
「会ったことは……」
アクルが聞くと、ディーディーはいえ、と首を横に振る。
「あなたがまだ黒髪だったころの写真を、一度見たきりですので。ちなみにギルバートさんのことも、噂ですが聞いたことはありました。人攫いで情報が足りず、どうしても困ったら彼に依頼しろ、とね……随分と前に、彼も姿を消したそうですが」
「そうか……内密に頼む」
アクルが言うと、そうですね、とディーディーは少しだけ首をかしげた。
「情報は金に変わりますからね。料金次第です」
ディーディーは意地悪く、左の口端だけを上に吊り上げた。なるほど、とアクルは眉を吊り上げる。本当に何でも金で交渉するタイプの人間だという事が、少しの会話で十分理解することができた。
「料金次第、と言ったな」
横から割って入ってきたのはギルだ。アクルのことはもういいのか、ディーディーはギルの方を向き、えぇと頷く。
「どのように料金を決める?」
「そちらから、どの人を盗んでほしい、これぐらい出す、と言っていただければ、出来るか出来ないかを私が申し上げます。誓って、ずるはしません、相場が決まっています。私の中で、ですけれど」
「なるほど」
ギルは頷き、まずはだな、と両ひじを膝の上に乗せ、手を前で組んだ。
「今回、あなたに人攫いの依頼はしない」
「そうなんですか?」
ディーディーは本当に驚いたようで、表情からにやつきが消えた。変わりにきょとんとしたかれは、どこか拍子抜けしたような顔だ。
「ただ、過去の仕事の情報が知りたいだけだ。君が持っている情報を、俺たちが買う。まさか、人攫いだけしかしませんってわけじゃないんだろ?」
「もちろん、金さえ積んでいただければ。情報を盗んでこいというなら畑違い、しかし、情報を話すのは、私にもできます」
背筋をぴんと伸ばしたまま、ディーディーはゆっくりと頷いた。アクルは黙って、二人の交渉を見ている。
「方法は、同じでいいんだな? 俺がほしい情報と、交換条件となる金を言う。君はそれに、イエスかノーかで答える」
「そうですね」
「ではさっそくだが、過去に君が行った、リッツとリイビーノ、その情報が全てほしい。どんな契約をしたのか、どうしてその契約を破棄して逃げるようなまねをしたのか、リイビーノと繋がりはあるのか、噂を聞いたことがある、でもかまわない」
ギルはそう切り出すと、最後に値段を口にした。高い車一台分、と頭の中で換算しながら、アクルはディーディーの返事を待った。
んーとしばらくディーディーは首をかしげ、ですから、と困ったように眉をよせた。
「私はリッツなんて、知らないのです」
どうする、とアクルはギルを思わず見つめたが、そうか、とギルは頷くだけだ。では、と次の金額を提示する。高い車一と半台分だ。
「ですから、知らない情報は、いくらお金を積んでいただいても……良心的ですよ、嘘をつくこともできるんですから」
困ったようにディーディーは首をかしげた。心配になってきたアクルは、おいおい、とギルを見つめる。本当にこいつ、何も知らなかったらどうするんだ……?
「やはり、なかなか高いな」
アクルの心配をよそに、ギルはそう言って、最初提示した金額の数倍の値段を口にした。その額は、ギルがサキに言っていた限度額ぎりぎりの値段だった。いくら吊り上げても無駄なのでは、とアクルが思っていた矢先、あらま、とディーディーは驚いたように口をぽかん開けた。
「ぽんとお金が出てくるんですね、エストレージャってお金持ちなんですか」
「無駄口は嫌いなたちでね」
「失礼、驚いたもので」
ディーディーはいい商売です、と両手を小さく上にあげた。
「いいでしょう、話しましょう」
ジェスチャーは降参の意だったことが分かり、アクルはおお、とのけぞった。
「……ギル、すげぇ」