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10-2

 八時ちょうどにギルの部屋に行くと、ギルはもうしたくを済ませていた。共に大食堂に行き、ギルは朝食を取った。ファインの姿は見えなく、アクルは少し心配になりキッチンを覗いた。


「あれ、また食べに来たんですか?」

 と、ファインはキッチンに立ちながらアクルを見て笑った。アクルはそっと胸をなでおろす。


「……昼食は作らないんじゃなかったの」


 何かを調理しているファインに向かって、アクルは言った。あぁ、とファインははにかむ。


「夕食の仕込みです」

「ほんと、休めよ」

「これが終わったら」


 約束だぞ、絶対だからな、とアクルはファインを指差し、食堂に戻った。




 食事を済ませ、二人はサキの部屋へと向かった。暗い階段を上って行く。


「ラインさんはサキ様の部屋かな」


 アクルが聞くと、さぁ、とギルが首をかしげた。


「もしいなかったら、一緒にいてもらった方がいいだろうから、起こそう。旧ラインさんの部屋で寝てるかも」


 サキ様の部屋のすぐそばにある部屋か、とアクルは頷く。階段を上って左に小さな部屋があり、前はそこがラインの部屋だったのだとアクルは聞いていた。その向かい、階段を上って右は――昔の、ボスの部屋だ。アクルは静かに顔をしかめた。無事だろうか、元気だろうか……心配で仕方がない。

 ギルがサキの部屋のドアをノックすると、はい、と中からラインの声がした。その後すぐに、ドアが開く。


 ラインの目は赤くはれていた。表情はこれ以上ないのではないかと言うほど曇っている。いつも意気揚々と笑っている彼の面影はどこにもない。披露しきったラインの表情に、アクルもギルも思わずどきりとして言葉を失う。


「どうした?」

 ラインは、静かな声で聞いた。顔に巻いている包帯が少し緩んで、瞼にかかっているが気にとめる様子もない。


「――サキ様に、お話が」

「何?」


 ラインの後ろから、サキが顔をのぞかせる。その顔色に、アクルとギルはほっとした。予想していたよりずっと、顔色はいい。


「入って、聞かせて」


 ギルとアクルはサキの部屋に入ると、いつものソファで話しを始めた。リイビーノのこと、ディーディーのこと、ディーディーが今のところ、リイビーノの情報を持っている確率が高いこと。サキもラインも、口を挟まずに静かに聞いていた。

 話が終わると、なるほどね、とサキはひとつ、頷いた。


「ライン、伝書鳩で、今のことを皆に送信してちょうだい。報告連絡は大切よ」


 はい、とラインは頷き、部屋の奥に行ってしまった。ラインはすぐに紙とペンを持ってきたが、彼を待つことなく、サキは急ぐように話しを進めた。


「いくら必要かしらね」


 と、ずばりと切りだしてくる。ギルが金額を提示すると、そう、とサキは小さく頷いた。ギルの隣で、そんなに必要か、とアクルは内心驚いていたが、サキにとっては予想内だったようだ。立派な屋敷が三軒も四軒も建つような額を動かせるなんて――と、アクルは改めて彼女が大企業「サークルスター」の社長なのだという事を再認識する。


「今すぐに用意できる額がちょうどそれぐらいだわ。でもね、私の予想だとリイビーノもかなり口止め料にお金を使っているはず。もし足りなかった時のことを考えて、以下のことを提案するわ。正直、それ以上のお金も出せることには出せるけど、そうしたら今後の生活にかかわってくるからね。いい、そのディーディーとやらがそれ以上の金額を要求してきた場合は――」


 その後、サキが提示した案を、ギルもアクルも最後まで聞かずに止めた。ラインだけが、書いていた手を止め、ちらりとサキを一瞥するにとどまる。


「サキ様、それはだめです!」

「危険ですよ!」


 アクルとギルが止めたが、そんなことないわよとサキはさらっと言ってのけた。


「もうすぐ私も二十歳、大丈夫よ」

「ですが」

「いいの。まぁ、もしレイカがこの案を聞いたら絶対に止めるでしょうし、こんなことするのはレイカの意思に反するのかもしれない。でもね、彼女が彼女をかけてまで私を守ってくれたのよ、私も私をかけて彼女を助けないで、どうするの」


 サキの目はまっすぐで、揺らぎ無かった。思わずアクルは目をそらし


「……ラインさん」

 と、助けを求めるようにラインに声をかけた。


 ラインは、アクルに対し、静かに口の端でにこりと笑った。今日、アクルとギルが初めて見るラインの笑顔だった。


「俺はレイカと違うからね、基本サキ様の考えにはイエスマン、従うよ。サキ様もそれが分かっていて、俺の前で堂々と提案したはずだ。あ、ルークも俺と一緒だからね」

「そういうことよ」


 表情は無いが、凛とした姿でサキは言った。話は終わり、と言って立ち上がる。


「ライン、それを送っておいてね。私は一仕事した後、朝食を食べに行くわ。今後仕事をする予定はなくしておくから、ギル、アクル、いつでも呼んでちょうだい」

「サキ様……」

「考えは変わりません。金を要求してくる人攫いは、情報の重さも良く分かっているはず」


 言って、サキはギルとアクルに歩み寄り、両者の肩に両手を置いた。


「私のいいたいこと、もう十分に分かっているでしょう」

「………………はい」


 アクルとギルは、参ったというように同時に返事をした。よろしい、とサキは言う。その声は、笑っているようでもあった。


「では、アクル、ギルバート、ディーディーをよろしくね」

「はい」

「報告ありがとう」


 言って、サキはいつもの指定の場所であるパソコンに囲まれた椅子に戻って行った。アクルとギルは「失礼します」と立ち上がり、サキの部屋を出た。

 サキの部屋のドアを閉める直前に、ラインがするりとドアの間に体を入れ、アクルとギルとともに廊下に出た。表情は、心なしか先ほどより明るい。


「ありがとう、いろいろ調べてくれて」

「……サキ様を止めてくださいよ、そう思うなら」


 アクルが嫌味を言うと、はは、とラインは頬を緩ませた。


「それはそれ、これはこれ、だね」


 ラインは笑って、じゃぁよろしく、と部屋に戻ろうとした。


「あ、ラインさん、寝てくださいよ、しっかり」

「うん、君らのおかげで、寝られそう」


 ラインは言って、手を挙げた。包帯が少しだけずれるが、気にはしないようだ。ドアが閉まると同時に、ギルが小さく「大丈夫かな」と呟いた。


「ラインさん?」


 階段を下りながら、アクルが聞く。


「ラインさんもそうだけど、サキ様」


 ギルが心配そうに言う。


「……サキ様にも考えがあるんだよ」

「ボスにばれたら、俺達半殺しだよ」


 ギルは言って、小さく笑った。アクルもつられて同じように笑う。


「はやく半殺しにされないとね」



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