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9-3


 アクルの質問に、ルークはすぐにふ、と鼻で笑った。おい、こっちは真剣だぞ! と怒鳴るアクルをまあまあと手で制し、なるほどね、とルークは腕を組む。


「何を思ったが知らないが、家族だからって全てを知っているわけじゃない。家族より、このエストレージャは確かに密な関係では無いかもしれんが……家族に近いものもある。家族より密に接していることだってあるはずだ」


 ルークが、じろりと探るような視線をアクルに投げかける。


「俺も、そのことについて何度か考えたからな、即答できる」

「……やっぱり、考えますか」

「あぁ。アクル、お前はエストレージャを家族のようだと思ってたのかもしれないな。それだけ近しい存在に思っていた。でも、実際に考えてみると、知らないことだらけで、不安になったか」

「……そうかもしれない、です」


 はは、とルークは笑って、眠たそうな目をこすった。なんだよ、とアクルが口を尖らせる。


「確かにエストレージャは、まぁ、家族じゃないかもな。でも、だからこそ知りたいと思う相手なんじゃないのか。ボスも、サキ様も、他の人だって」


 それが「エストレージャ」だろ、とルークは笑った。


「妙な関係だよ。家族でも、友達でもない。それを分かってて、きっとサキ様は、最初にこの集団に名前をつけたんだろうな」

「……確かに」

「寝ないでそんなことばかり考えてたのか。体力も精神力も持たないぞ?」

「それでも、もう思考が止まんなくて……俺の、癖だよ」

「エストレージャだな」


 ルークは笑って、がしがしとアクルの頭を撫でた。なっ、とアクルがびっくりして後ろに飛びのく。


「俺は、お前のこと、弟みたいに可愛がってるつもりだ」


 ふん、とルークは笑って、白衣のポケットに手を突っ込んだ。


「レイカは妹。なぁ、こんな質問、するのは余計なお世話かもしれないが――」


 ルークはそこで一息ついて、まっすぐに、真剣な表情でアクルを見つめた。


「お前にとって、ボスはなんだ?」

「俺にとって? ……ボスは………………」


 そのとき、医務室の扉が開き、

「ルークさん」

 とアズムが顔をのぞかせた。アクルにすみません、お話し中に、と申し訳なさそうに頭を下げる。


「ニール、苦しそうです」

「また? アクル、すまん、話の途中だが。なんだか悪夢を見ているようでな……」

「目隠しは?」

「してる。だから暴れることは無いだろう。まだ朝早い、寝ろよ」

「あぁ……ありがとう。話し付き合ってくれて」


「俺もありがとう。


 アクル、よく、考えろよ」


 ルークは言って、びしりとアクルを指差した。ばたんとドアが閉じる。暗い廊下に、アクル一人が取り残された。


「……ボスは、俺の何かって?」


 そんなの、決まっている。

 決まっていて、即答するのをためらったぐらいだ。

 でも……ボスの過去に何があるか良く分かんないから、俺は何もできないんだよ……! アクルはぎり、と歯を食いしばった。



 忘れもしない、ボスの寂しそうな横顔。エストレージャに入る前、ボスと出会って、三度目の夜。


「俺はさー……――――――」


 その言葉を聞き、あぁ、この女性は過去に何かあったのだな、とアクルは思った。酔って、思わず言ってしまった言葉なのかもしれない。それでも、きっと本心なのだろう。

 それは、レイカがアクルに初めて見せた弱さでもあった。

 ボスの過去に、何があるのかをアクルは知らない。

 その後、エストレージャに入った後も、何となくしか過去の話を聞いたことがない。

 

 あのとき言ったボスの言葉を、アクルはずっと、鮮明に覚えている。


 ずっと引っかかっていたのだ。

 あの、夜に聞いた言葉が。


 だから。

 ボスの態度が明らかに変わったことを察しても。

 ボスが自分の心を上手く読めていないことに気がついても。

 ボスが自分のことを考えすぎて心が読めなくなっているのだと推測できても。

 ボスが自分の前で何度も頬を赤らめることがあっても。

 ボスが照れたようにはにかむ姿を見ても。

 ボスが何かを言いたそうにしながら言葉を飲みこんだのを知っていても。


 ボスが、自分のことを好きかもしれないと思っても。


 あの夜に聞いた言葉が、自分を踏みとどまらせていた。

 気がつかないふりをして、ちょうどいい距離感を保って、自分の気持ちを封じ込めた。何重にも何重にも。


 だって、自分の気持ちに正直になってしまったら――打ち明けたら、ボスは、レイカさんは、苦しんでしまうのかもしれないのに。


 彼女は、アクルにこう言ったのだ。


「俺はさ、きっとこの先、恋愛なんてできないんだ。

 人の心が、分かっちまうからね」




 だから、だからこそ、アクルがレイカを好きだと認めてしまったら――思い上がりかもしれないが――両想いになってしまったら、ボスが、アクルの心を読めるようになってしまうかもしれない。


 片思いだから、アクルのことを推測し過ぎて、アクルの考えが読めなくなってしまっているのなら――この距離間でないと、この関係は崩れてしまうかもしれない。


 両想いになれたとして、俺の心が分かるようになってしまったら――ボスは、苦しむかもしれない。

 何より、それで離れられたら。人の心が分かるから、と恋愛から離れていた彼女が、同じように自分から離れて行ってしまったら――自分は、耐えることなんてきっと出来ない。



 だからこそ、アクルはボスと一定の距離を保ち続けた。

 自分の気持ちを封印して、鈍感なふりをした。周りにも、自分にも、何度も何度も嘘をついた。

 それでいて、傍にいて、保ち続けた距離のまま、幸せにはなれないかと、アクルは模索し続けた。迷い続けた。一番良い方法を、自分の感情を殺してまで。



 ボスがいなくなって、初めて「ボスに訊いてみればよかった」とアクルは心底後悔していた。過去に、彼女がそう思ってしまうことが、何かあったのか。どうして、恋愛なんてできないと言いきってしまうのか――どうして、最初から自分を恋愛対象外にしてくれたのか。

 ――気にならない女性と、もう一度飲もうなんて思うほど、あの時の俺はできてないのに。

 頬が赤くなっていた理由は、酔っていたからだけではなかったのに。


 ルークの言葉を、アクルは思い出した。

 家族じゃないからこそ、知りたいと思う人。

 そうだ。エストレージャの皆、誰だって、知りたい。知って、理解して、同じような境遇だと笑いあい、一緒に歩んでいきたい――それが、エストレージャだ。


 特に、ボスは。

 レイカさんは。

 アクルにとって。

 俺にとって。


「一番……家族になりたい人なんだよ……」

 真っ暗な廊下で、アクルはひとり、呟いた。

 ずっとずっと秘めていた想いを、暗闇の中で一人、呟く。

「……好きなんだ、大好きなんだ、愛している人だ……」


 彼女を傷つけるのが怖くて、自分も傷つくのが怖くて、自分の気持ちを封印して、それでも傍にいたいと思うほど、好きだ。愛している。


「……いなくなるなんて、想定外だっつの」

 どん、とアクルは黒い壁を拳で叩いた。

「でも、離れたから分かったんだ」

 と、現状をポジティブにとらえないと、やってられない。

「帰ってきたら真っ先に聞いてやる」


 一刻も早く、ボスを助けないと。

 アクルは、暗い廊下を歩きだした。きっと、ギルも起床していることだろう。

 もう眠れない。もう待てない。目はさえきっている。思考は順調に、まわり続けていた。


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