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ある昼下がり、ひとりの「客」が、黒い屋敷を訪れた。その客は荷物一つ持たず、汚れた身なりで、ふらふらと歩いていた。最初にその姿を捕えたのは、黒い屋敷の門番だった。
門番のユーナギは、門の傍にある小さな小屋で、ひたすらに折り紙をしている最中だった。部屋の床一面には、折り紙でおられた作品が散らばっている。どれも違う作品だったが、折られた作品は用なしと言うように、寂しげに放置されているだけだ。彼にとっては、折る過程が大切であり折ったあとの作品はどうでもいいのだった。
細い体のユーナギは、黙々と作品を作っていた。時折、本当に気に入った物を部屋の隅にある箱に投げ入れていた。ただ投げるのではなく、紙飛行機を作り、セロテープで作品をつけて飛ばすのだ。その箱の周りには、狙いが外れて漏れてしまった作品が転がっているが、ユーナギは気にも留めない。
白いシャツにベージュのカーディガン、黒いズボンに黒い靴とした、きちんとした格好だ。カーディガンと同じ色の髪の毛も、毎朝丁寧にセットしている。短くも長くもないその髪の毛の前髪は、きっちりと六対四になるように整えてあった。ネクタイは好まないため付けていない。腕をまくり、静かな部屋で折り紙を折り続けている。
小屋の壁は四面あり、それぞれドアがついていて、電話や伝書鳩、武器が並んでいる壁、本棚で埋まっている壁、大きなテレビが置いてある壁、小さな画面がずらりと並んでいる壁だった。その真ん中に、ぽつんと机が置いてあり、ユーナギはそこでいつも作業をしていた。
指の長い初老の門番は、ふと顔を上げ、右の壁に目を移した。それとどうじに、機械の音が部屋に小さく響く。フクロウの鳴き声によく似た音だった。
「……フクロウだ」
ユーナギは、珍しい、と一人で呟いた。
フクロウという、自分より二つ三つ年上の大工、ギャンが作った装置が作動したのだ。画面に人が映ると鳴るようになっているシステムだ。しかも、エストレージャのメンバーが映った時には反応しない。彼らの靴や持ち物に、何かを埋め込んでいるとギャンは言っていたか……ユーナギはよく分かっていない。
ただ、凄いものなのは良く分かる。あいつは本当に凄いものを作る、と感心しながら、ユーナギはゆっくりと立ち上がり、小さな画面が並んでいる壁を見つめた。
床に敷き詰められている折り紙が、くしゃりとつぶれるが、やはり気に留める様子は無い。
ユーナギは、右端にある画面に、人の姿を捕えた。その姿は画面をすぐに横切った。真下の画面に目を移すと、すぐにまた、その人の姿が現れた。同時に「ホウ」と、フクロウが鳴く。
エストレージャの屋敷の周りには、侵入者を見張るための隠しカメラがいくつも設置されていた。そこから送られてきた映像を見るのが、自分の仕事の一つだった。仕事と言っても、滅多に来客は現れないため、こうやって「知らない人」がひっかかり、フクロウが鳴くのは随分久しぶりのことだ。
ユーナギはやれやれ、とゆっくりとした足取りでドアに向かった。くしゃり、くしゃりとカラフルな折り紙がつぶれる。ドアの近くにかけてある警官の制服を着用し、警察の帽子もかぶった。外に出るときはいつもこの恰好で出るようにしている。形だけでも門番らしく、だ。
ドアを開けようとすると折り紙がひっかかり、上手く開かなかった。そこで初めてユーナギは折り紙を意識し、面倒くさそうに折り紙を足で払いのけた。
外は曇り空だった。どんよりとしている。ユーナギはふうとため息をつくと、来客を待つことにした。あと少しで、彼は遠くに見える曲がり角を曲がって、こちらに歩いてくるはずだ。
「……来た来た」
ユーナギはすぐに、来客の姿を捕えた。ポケットから小さな双眼鏡を取り出し、目に当てる。きっと向こうも自分の姿に気がついているだろうが、気にはならない。
ユーナギはじろじろとその客を観察した。