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9-1


 アクルは、ベッドから起き上がり、窓まで歩み寄って空を見上げた。月が輝く夜だった。黄色い月だ。月を見上げると、実はいつも思い出すカクテルがある――ブルームーン。ボスに初めてあげたカクテルだ。


 意味は、出来ない相談。あのとき、実は意味を知ったばかりで、すぐに使ってみたかったのだと言ったら、ボスは笑うだろうかと思っていた。


 なんとなく、言えないままでいた。


 ボスと出会った日のことを、アクルは鮮明に覚えていた。そろそろまた泥棒にはいるかな、なんてことを考えながら、一人で酒を飲んでいたのだ。唐突に、全身を白で染めた女性に声をかけられたときは、本当に驚いた。警戒心が働いたため、自分では洒落ていると思った方法で、なるべくスマートにその場を去った。


 ボスを見ていたのは数分だ。しかし、その強烈な外見は、アクルの脳裏に焼き付いていた。

 三日後、同じバーに行くと、いつもの席のすぐ隣に、その女性は腰かけていた。あれは、自分を待っている、とアクルはすぐに感づいた。この前は随分と友好的だったが、実は俺を捕まえに来たのか? 逃げるか。そう思ったが、それより一瞬早く、アクルはその女性に見つかってしまった。


 よう、と女性は朗らかな笑顔と共に手を挙げた。

 うーん、やはり自分を捕まえに来た、例えば警察関連の人には見えない。

 アクルはしばらく迷ったが、女性が来いよ、と何度も手招いているので、渋々と彼女の隣に座った。

 しつこく手招いていたくせに、アクルが歩み寄ると、女性は少し意外そうな顔をした。アクルはぎろりと女性を睨みつける。なんだよ、来いって言ったのはお前だろ。


「睨むなよぉ」


 女性は、そう言いながらも嬉しそうに笑った。どうして、睨まれたのにこの人は嬉しそうにしているのだろう。


「何だよ」


 よく分からず、思わず小さく漏らしていた。女性は気にせず、自己紹介を始めた。


「俺、レイカ。レイカ・ツキカゲ。なぁなぁ、お前、ロカソラーノって知ってる?」


 自己紹介の後は、いきなりの質問だ。


「……ある会社の社長の姓、じゃなかったか?」

「あぁ、やっぱ有名だよなー、そこそこなー。やっぱり俺、ツキカゲで名乗っていく方がいいわ、サンキュー」


 レイカは言って、手にしているグラスを口に持っていった。こいつは、一体何の話をしているんだ? アクルはため息をつき、近くにいたバーテンダーに、気に入っているカクテルを頼んだ。


「なぁ、お前泥棒だろ。しかも腕利きの」

「………………」


 質問ばかりしてくる女性だ。しかも、唐突に俺の正体を知っている宣言をしてきた。

 アクルはしばらく沈黙して考えた。こいつは、やはり警官関連なのか? それとも、俺を雇いたいと思っているのか? どちらにしろ、「泥棒」という隠れてしている行動を知られているのは、自分にとっては不利なことだった。――このまま黙っているのが、吉か。

 アクルは黙って、肩をすくめた。レイカも同じような行動をし、あはは、と笑う。


「そうだな、いきなり言われても、なんですかって感じだよな」


 全くだ、俺の自己紹介も聞かずに。


「いいや、喋りたくなったら喋ってくれ。俺はお前が身寄りもない泥棒だってのを知っている。形跡も最小限で、実に見事な盗み口だと聞いているよ。計画性も凄いんだってね。どこかに雇われてもおかしくない――それでも雇われていないのは、ただ単にそれが嫌なんだろ? 命令でするんじゃなくて、あくまで君は、盗むのが楽しくてやっている。盗み癖が凄いんだ、そうだろ?


 アクル・エモニエ君」


 自分の盗み癖のことを知られていることに加え、自分の本名をさらりと言われ、アクルはぎょっとした。赤い唇がすぐそこでにこにこと笑っている。


「………………単刀直入に、何が目的かを言ってくれ」


 考えて、アクルはそう言った。

 自分の情報を、自分が思っている以上に掴まれているのは良く分かった。だとしたら、変にこちらから散策するより、相手の要望を聞いた方がいいだろうと判断したためだ。


「よければ、君によく似た人達で溢れてる家で暮らさないか」


 ……俺によく似た人達?


「泥棒集団の誘いか? だったら断るが」

「あぁ、違う」


 レイカはすまんな、と笑って、ずいとアクルに近寄った。真黒な目がいたずらっぽくきらりと光る。思わずアクルは後ろにのけぞってしまった。近い。


「盗み癖のせいで、一人で暮らしてくことを余儀なくされているだろ。盗みをやめようと思っても、止められなくて。能力は違えど、その能力のせいで一人ぼっちになっちまってるような、そういった人が集まってる家があるんだよ。俺、その集団のボスしてるんだけどさ。ライン、知ってるだろ?」


 ライン! その名を聞いて、アクルは合点がいった。このレイカとか言う女性、やけに自分のことを知っていると思ったら、あの人経由か! 随分気立てのいい人で、そういえばえらく酒を飲まされた……酔った拍子に、自分のことをべらべらと話してしまったのかもしれない。記憶が飛んでは、いる。くそ、やられた!


「ラインさんはただの役者じゃねぇのか?」

「役者! あははははあいつそんな自己紹介したの、ほんとあいつ面白いよね」


 くすくすと笑って、レイカは頬づえをついた。少し頬が赤い。どうやら酒はそんなに強くなさそうだな、と思いながら、アクルはいつのまにかできあがっていたカクテルを一気に飲み干す。


「あいつは俺と一緒に暮らしてる。あいつも訳ありだ。君――アクルと同じように、ある癖を持っていた。その癖をどうにかしたくて、一緒に暮らすことになった。他にもたくさん、元一人身の奴がいるよ。詳細は教えられないけどね」


 なるほど、とアクルは視線を落とした。あの人も訳あり、か。そんな人が山ほどいるのか。


「……そこに行ったら、俺の盗み癖はどうにかなるのかよ」

「お前が望めばの話だがな。ま、そういう集団があるんだよってこと、覚えといてくれ」


 レイカはよっ、と立ち上がった。適度に酔っているらしく、うーんと目をつむる。


「明日、明後日、明々後日、一週間後の今日、その四日、俺はお前をここで待つ。もっと話が聞いてみたいと思ったり、来てみたいと思ったら、ここにいてくれ。嫌だったら、悪が四日は来ないでくれな。じゃ」

「えっ、もう行くのかよ」

「お前が来るのが遅いんだ!」


 レイカはそう言って眉にしわを寄せた。


「俺は五時間も待ってたんだぞ!」

「まだ十二時じゃないか」

「十分夜中だ! 今度は七時に来い!」


 まだ来るか来ないかも行っていないのに、レイカはまるで来ると確信しているような口調でそういうと、子どものような笑みを見せた。

 思わずどきりとする。

 口調は男勝りで、おしゃべりで、思わず翻弄されていたが……こんな表情もするなんて、予想外もいいところだ。


「じゃっ!」


 レイカは顔の横で手を振ると、かつかつとハイヒールの音を響かせて店を出て行った。

 後ろ姿を、アクルは目で追っていた。


「……変な人」


 というのが総評だ。店を出て行ったのを確認し、アクルは前に向き直った。いつも一人で来ていたのに、なんだか妙に寂しく思えた。

 ふと、彼女がいた場所を見て――思わずあっ、と声をあげる。


「――やられた!」


 飲み終わったグラスの下に、カードが挟んであった。遠くからでも分かるような大きな文字で、彼女からのメッセージが置いてあった。


『支払いよろしく! ブルームーンと、俺を何時間も待たせた仕返しだ』


 カードを手に取り、もう一度読む。だんだんと笑いがこみあげてきて、アクルはひとりで声をあげて笑ってしまった。視線を感じるが、そんなの気にもしない。

 しばらく笑った後、カクテルをもう一杯頼み、それを飲んで会計をすませた。とんでもない料金になることを覚悟していたが、大した金額にはならなかった。彼女は五時間で三杯ほどしかのまかなったらしい。


「……レイカ……なんだっけ」

 名字を忘れてしまった。白髪、白スーツの女性。


「今度聞いて見るかな」

 アクルは、カードを財布にしまうと、店を後にした。


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