表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/78

8-4

 少し眠り、起き、まどろむ時間を過ごした。


 高い位置にある小窓から、月明かりが射しこむ。あぁ、あの窓があんなに高いのは、逃げられないようにするためか、とレイカは今さらになってそのことに気がついた。月が見えなくて、寂しい。ギャンなら、外が見える窓を望んだら、すぐに作ってくれるだろうに、と思った。


 もう、随分と時間が経っているに違いない。レイカは横になったまま、あたりを見渡した。ドアの向こう側にいる見張りが「どうしたの?」と話しかける。


「いや……」


 時間は、と聞こうとしたがやめた。案外時間が経っていなかった時の落胆を味わいたくは無いからだ。

 レイカは、見張りに背を向けた。手が痛い。怪我人の手を拘束するなんて、あいつも酷いことをする。

 目を瞑ると、そう言えば夢にアクルが出てきたことを思い出した。


 ユーナギも出てきたか……エストレージャの屋敷を出るときに見せた、ユーナギの不安げな視線が、夢の中で再生されたのだ。

 ところどころしか覚えていない。よく考えると、全員出てきた気がしなくもない。

 だめだ、また泣いている。レイカは首を何度かふったが、それで涙が止まるはずもなかった。涙を手で拭えないのは辛い。どんどん、とめどなく溢れて行く。


 一度で始めると、涙は止まらなかった。

 もう、何年分の涙を流したのだというほど、今日は泣いたのに……。


 会いたい。

 みんなに会いたかった。

 あの家に戻りたかった。


 もしかしたら、アクルが、今必死になって私を助ける作戦を練ってくれているかもしれない。そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。


 ひどく受け身で、弱々しい。

 サキ様が危険にさらされるのを食い止めるために――ついてくるなと、言ったのは自分自身だ。アクルが助けに来てくれないかと願う反面、そんな危険なことを頼むからしないでくれ、と思うのも確かだった。


 彼の、最後に見せた絶望にそまる表情。


 あんな表情をさせた――もう、彼は私のことを、嫌いになってしまったかもしれないのに。助けに来てくれるかも、なんて、虫のいい話だ。

 嫌いになってしまったかも。

 そうか、そういう可能性も、十分にあるな。思って、レイカはきつく目を閉じた。

 あんなに慕ってくれていた皆を――彼を、私は裏切ってしまったのだ。

 考えたくは無い。それでも、考えてしまう。悪い想像と良い想像ががんじがらめになって、レイカを傷つけていく。

 しばらく横になっていると、やっと涙が止まった。目を閉じたまま、しばらくまたまどろむ。


「レイカさん」

 と、声がして慌てて飛び起きた。アクルの声だ。後ろを振り向くが、誰もいない。


「………………アクル?」

 返事は無い。ただの夢だ、懐かしい夢だ。随分と前……ボスと呼ばれる前の出来事だ。

 レイカさん、と、名を覚えてくれた彼はそう言って照れたように笑っていた。

 それよりもう少し前は、話をしてもくれなかった。恰好つけて、ブルームーンをくれた。出会いの時だ。


 また涙が出てきた。レイカは嫌になった。これ以上ないのではないか、と思うぐらいの孤独感と寂しさが押し寄せてくる。動かない手で、それでも必死に体をひねり、毛布を体に巻き付けた。

 彼の名を小さく呼ぶ。彼の、絶望の表情を思い出し、違うのだと、もう一度すがるように名を呼ぶ。その声は、虚しく寝室に響くだけだ。

 どれくらい時間が経ったろう。廊下から足音が聞こえた。ドアが開く。きっとローシュだ。慌てて寝たふりをしたが、ローシュが歩み寄り「……寝てないじゃんね」と肩をゆすった。


「寝られないの?」

 どうして眠れないか、一から十まで知っていて尚、自分にこんな言葉をかける。

 こいつは、こいつが楽しいだけなのだと、レイカは痛感した。皆を楽しませたいんじゃない。自分が楽しい状況を作り、皆もその中で楽しさを見つけろと、そんな風に思っているだけだ。

 やはりこいつのやり方は――エストレージャとは似ているようで、全く違う、別のものだ。


「あのさぁ、扉の前に、見張りがいるの。男の名前呟きながら泣いてたんでしょ? 苦しいの? アクルって、あの白髪の男だよね? 君と同じような……」


 ローシュは、最初面倒くさそうな声をあげていたが、やがてあぁ、と発した声は、とてもわざとらしい、楽しそうな声だった。ぐいと、レイカの髪の毛が引っ張られる。


「君と同じような、髪の毛だ。白髪に、毛先だけ黒。たしか彼は前髪だけ黒かったね? おそろいなの?」


 きっとこいつは、分かって言っている。レイカは枕に顔を押しつけたまま沈黙を守った。泣き顔を見られたくはないし、こいつにかまっている心の余裕もなかった。

 忘れられないの? と言って、ローシュはレイカの髪の毛を何度も引っ張った。そうだと言って、泣いてほしいのだろうか。そうではないといって、抱きついてほしいのだろうか。こいつは何を――望んでいるのか。


「アクルのこと、忘れられないの?」


 ローシュは、レイカの耳元でそっと囁いた。

 体がかっと、熱くなる。レイカは飛び起き、目を丸くしているローシュのことを、思い切り蹴り飛ばした。あくまで冷静に攻撃を受けたローシュは、はは、両手が自由じゃないのにさすがだね、と笑っていた。


「別に逃げないから、これ、外してくれないか?」


 レイカは、静かにそう言った。はっ、とローシュは鼻で笑う。


「俺を蹴り飛ばすくせに、逃げないとか、どうだかね」


 その後、レイカがいくら本当だと説得しても、ローシュはにやにや笑ったままその拘束をほどこうとはしなかった。明日にははずしてあげるから、と言って部屋を出て行ったが、どうだか、とレイカは心の中で悪態をついた。


「いいよな」


 ローシュが出て行ったあと、見張りがどろんとした目つきでレイカにそう言った。目いっぱい睨みつけるも、ひるむ様子は無い。


「お前、嘘が見分けられるんだろ。生まれつきの能力でさ、可愛がられて、羨ましいよ」

「……お前はあいつに可愛がられたいのか?」

「当り前じゃないか」


 ふう、とため息をつくと、見張りはむこうを向いてしまった。

 そうか、可愛がられたいのか……レイカはベッドに戻りながら、その言葉の意味を考えようとしたが、息つく暇もなくローシュは戻ってきた。手には、コップが握られている。

 薬だと、彼は言った。いらないといったが、ローシュは強制的にレイカに薬を飲ませた。力づくで――見張りの手を借りて。見張りの彼は、見かけに寄らずとんでもない力を持っていたのだ。足を押さえられ、強制的に錠剤を口に入れられる。

 コップの水も無理やり口の中に流し入れられる。


「飲まないとチューするよ」


 ふざけた口調で警告をしてきたが、明らかにレイカを脅していた――こいつには、もう見ぬかれている。レイカは薬を飲みこみながら、悔しくて表情を歪ませた。

 好きな人にキスをしてほしい、それ以外はいやだ、という、少女のような願いをレイカが秘かに抱いていることに、気づかれてしまっている。

 きっと、私の今までの反応を見たことにより、その仮定は彼の中で確信に変わっているのだろう。脅し文句として、これからも使っていくに違いない。そうして、私は多分、それにしばらくは――脅されるのだ。

 薬が体内に入る。意識がもうろうとして、体が重くなっていった。



「おやすみ、レイカ」



 ローシュははそっとレイカの髪をかきわけ、額にキスをした。止めろ、なんてことをするんだ、お前は……そう怒鳴ってやりたかったが、もう、体に力は入らなかった。

 レイカの頬を、涙が一粒流れ落ちた。

 深い眠りに落ちる直前、レイカが思い出したのは、アクルの絶望的な表情だった。

 彼の名前を呼ぶことすら、出来ないのかもしれない。

 悲しみと絶望の底に落ちて行くような感覚に引きずられ、レイカはそっと目を閉じた。


 アクル。

 あなたに、キスをしてほしいと、何度思ったか知れないのに。


「ごめん……」

 暗闇の中、レイカは静かにそうこぼした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ