8-2
ローシュが値段を言う。レイカが嘘か本当かを言う。それを繰り返し、やがて彼女が隠していた金額がぴったり判明した。
「すみません……っ」
ミズは恐怖に震えながら、必死にローシュに頭を下げた。
「いいよいいよ、今日は俺、機嫌がいいから」
ひらひらと手を振り、ローシュはミズに歩み寄った。震えているミズの肩に、ゆっくりと手を置く。
「それに、俺の予想だとおそらく君が一番、この中では善人だよ」
そっとささやくように言ってはいるが、実際には後ろの人達にも丸聞こえだ。
残りの人々が、一斉に顔を青くする。この表情は、さすがに誰でもわかるだろう、とレイカは思った。皆の表情が「そのとおり」と言うように、青ざめている。
「ミズ、隠してもばれるんだ。次にやっても、ぴったり分かるからね……もうしないで」
「は、はい」
がたがたと歯を震わせながら、ミズは答えた。うん、とローシュは笑う。
「クレア、ミズちゃんは一週間謹慎で、よろしく。あ、あと給料の調整もよろしくね」
「かしこまりました」
「ここのみんなもおそらく謹慎だから、とりあえずミズはそこで待っててね」
じゃぁ次は、とローシュは高々と名前を呼んだ。
その後、レイカはひたすらに嘘を発見し、真実をローシュに教える役をし続けた。最後の一人は、とんでもない額を隠していた。皆が部屋を出た後、ありがとうとローシュはレイカに笑いかけた。いつもにたにたと笑う彼が、時折見せる柔らかい笑顔だ。
「困ってたんだ、なかなか口を割らなくて、でも優秀な奴らに限ってそう言う事をするから、上手い方法が見つからなくてね」
「ウラウにしたように、乱暴に聞きだせばよかったのに」
レイカが皮肉を言うと、そんなことはしないよ、とローシュは肩をすくめた。
「みんな大事な商品だもの」
「……私もか」
「レイカは、貸し出しする予定は無いけどね。だから商品じゃなくて、相棒になってってば……違うな、ねぇ、恋人になろうよ」
とんでもない提案をしてくるが、レイカはふん、と笑って一蹴する。
「やだよ」
俺はしつこいからね、と笑って、ローシュは立ち上がった。
「食事を用意させてる、二時間後に俺の部屋に来てくれる?」
「……分かった。なぁ、ウラウに会えないか?」
会えないね、とローシュは冷たい微笑みを見せた。
「彼は療養中だ」
「………………生きてはいるのか」
「殺すのは趣味じゃないんだ、生かしておくよ。あいつは、大分口を割らなかったから、死にかけたけどね」
「そうか……」
大分口を割らなかったのか。レイカは立ち上がると、ローシュに何も言わずにベランダに出た。
部屋に戻る。
ウラウは、ぎりぎりまでエストレージャのことを話さなかったのか。
でかい図体のくせに、腰を曲げて、肩をすぼめて、最後は何かを言いたげに、それでも何も言わずに、一礼だけして行ってしまった、ウラウ。彼の姿を、レイカはすぐにでも思い出すことができた。
死にかけるまで、言おうとしなかった。
「……くそ……」
ニールのことで、頭がいっぱいになり過ぎていたのだ。
エストレージャの屋敷に入った人は、面倒を見てあげようと、そんなことを考えていたあのころの自分を殴ってやりたい。
面倒を見るなら最後まで見てやらなくては。
見ていたつもりになっていた、はいい訳にならない。
自分達のせいで、ウラウは死にかけた。
他の人達は大丈夫なのか? 今さらになって不安になる。遅すぎる。
守れた気になっていただけか。
私は、私は――リッツの若者全員を守った気になって、やすやすとローシュの侵入を許し、ニールを傷つけ、サキ様を危ない目に合わせてしまった。
「――くそっ」
部屋の奥に行き、そのまま力任せに壁を殴りつけた。ばきりと醜い音がする。壁が壊れたのか、それとも手が壊れてしまったのか。
どっちだってよかった。
「くそっ……私は……私は!」
ばきりばきりと、右手で壁を殴り続ける。ぱらぱらと壁が壊れていく。手から血が滲み出る。
私は、何も守れやしなかった。
せっかくの、せっかくのあの居場所を――あの、仲間たちを。
目の前が涙で歪む。気がつくと、唇を目いっぱい噛みしめていたようで、口のなかに血の味が広がった。
「レイカ?」
後ろから声がし、振り向くとそこにはローシュがいた。どうやら、自分の叫び声が上の階まで聞こえていたらしい。
「何してるの」
ローシュはレイカに駆け寄ると、血にまみれたレイカの手をそっと取った。見て、少しだけ表情を歪ませる。
「……何してるの」
ローシュは顔をあげ、少し怒ったような口調でもう一度言った。
「……なんでもない」
ず、と鼻をすすり、レイカはふいと横を向く。まったく、とローシュがため息をつく。
「前言撤回、今日は俺の傍にいて。こんなことされちゃ、たまらない」
「もうしない」
「信じない」
酷い傷だ、とローシュはレイカの手をじっと見た。今さらになって、痛みが押し寄せるが、レイカは顔色一つ変えない。
ローシュは携帯電話を取りだすと、すぐに来いと誰かに命令をし、場所を指定した。待っている時間は三分足らずだったが、レイカもローシュも口を利かなかった。ローシュは黙って、ドアの方を見ながら、ずっとレイカの手を握っていた。
三分後、レイカの部屋のドアが勢いよく開き、外から白衣を着た男性が入ってきた。白い髪に、レイカは思わずぎょっとする。髪が長いのが救いだ――短ければ、アクルに少しだけ似ていたかもしれない。大して背丈も変わらない。
ウェーブがかった髪の毛をかきわけ、男性はレイカに駆け寄った。はい、とローシュがレイカの手を男に差し出すと、あーあーと男はレイカの手をそっと握った。
少し、アズムに反応が似ている、とレイカは思った。怪我をするたびに、また派手にやって、としかめっ面をしていたのはアズムだ。いつものことなんだからいいかげん慣れろ、とどんな怪我でも笑って治療をしてくれていたのは、ルークだ。
――何が何でも、エストレージャに思考が繋がってしまう。
もう、仕方のないことなのかもしれない。忘れるのは無理なのかもしれない。私にかせられた、罰なのかもしれない。
名も知らない医者がてきぱきと治療をしてくれている間、レイカはずっと目を伏せ、皆のことを思い出していた。
そんな様子のレイカを、ローシュは見逃すはずもなかった――レイカから見えない位置で、露骨に不満そうな表情を浮かべる。
どうすれば、この人はエストレージャを忘れてくれるのか。ローシュはずっと、そのことを考えていた。なかなかの難問だ、とローシュがため息をついたことに、レイカが気がつくことは無かった。