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7-1


 その日の七時、エストレージャのメンバーは、いつものように大食堂に集まって食事をした。

 毎日、七時に夕ご飯が出来上がる。七時数分前に皆そこに集まり、七時きっかりにボスが号令を出し、食事をする――いつものことだった。もちろん全員、大食堂にボスがいないことは分かっていた。


 今日、ボスはいない。


 それでも、そこに人は集まった。


 ニールの姿は無かった。アズム、ルークの姿もない。ミクロとマクロは、神妙な顔つきで席に座っていた。アクルが食堂に入ったのは、ミクロとマクロに次いで三番目だった。双子の表情を見て、きっとニールの傍にいたがったのを、医者二人に止められたのだろうなと、アクルは思った。

 すぐに、ギルが部屋に入ってきた。席に着いた後も、俯いて何かを考えているように見えた。ファインが、静かに夕ご飯をテーブルに運ぶ。


「何か手伝う事ある?」


 アクルが訊くと、大丈夫ですよ、とファインは答えた。いつもより少し元気のない笑みに、アクルも同じような笑みしか返すことができなかった。


 しばらくしてアニータが入室した。心配そうにアクルを見たため、アクルは大丈夫だ、というように右手を挙げた。うん、と小さくアニータが頷く。そんな表情は似合わないから、いつものようにふてぶてしく、堂々としていろよ、とアクルは思った。あんな彼女の表情を見たのは初めてだった――きっと、いや、当たり前かもしれないが、ボスが心配で仕方がないのだろう。


 最後に、ラインがぎりぎりの時間に入ってきた。一緒にサキもいる。サキが共に夕食を共にとるのは、普段なら二週間に一度あるかないかだ。仕事の忙しい時間帯と夕ご飯の時間が重なるのだと、いつか言っていた。しかし、今日は何が何でも来てくださったのだろう、とアクルは思った。彼女がいることで、場の空気が少しはいつものように――ボスがいる時のようになる。


 飲み物を持ってきたファインが、静かに席についた。ぴったり七時。


「ファイン、素敵な料理をありがとう」


 サキが言った。とんでもないです、とファインが寂しそうに俯く。


「全てのものに感謝を――頂きます」


 サキはそう言って、掌を合わせて祈りをささげた。皆もそれに倣う。静かに食事が始まった。

 その日の食事は、ほぼだれも口を利かなかったが、それは落ち込んでいるのではなく、各自がそれぞれ考え事をしているからだった。アクルも、静かに考えていた。大分、脳みそは冷静に動き始めている。


「ごちそうさま」


 アクルは、いつも通りの量を食すると、静かに席を立ちあがった。いつもはしばらくここで談笑、ということが多いが、今日はそんなことをしている余裕がない。


「ファイン、美味しかった」


 アクルの言葉に、ファインは静かに笑って頭を下げた。ちらりとファインの皿に目をやる。あまり食が進んでいるようには見えなかった。


「俺はお先に失礼。サキ様、失礼致します」


 サキは、アクルが声をかけると、静かに手にしていたナイフとフォークを置き、ゆっくりとしたどうさでアクルの方を向いた。


「何かあったら、いつでも来て」

「――はい」


 アクルは頭を下げ、食堂を後にした。

 食堂を出て、自室に戻り、ベッドにダイブする。はぁ、とつく深い深いため息は、枕に沈んでいくようだった。


「……あー」


 枕に向かって声を出す。

 どうしようどうしよう、何をすれば正解なのだろう。

 自分でも、急いでしまっていることは分かっていた。自分が正しいのかどうかが分からず、あたふたしていることも知っていた。


「それでもなぁ……あーあーあー」


 アクルは枕に顔を押しつけた。

 苦しくて苦しくて仕方がない。怖くて怖くて、叫び出してしまいそうだった。


「アクル」


 ドアの外からギルの声がし、おう、とアクルは慌てて起き上がる。アクルの返事と同時に、ギルはアクルの部屋に入ってきた。


「今、平気か」

「大丈夫。お前こそ大丈夫かよ、顔が真っ白だぞ」

「……正直、食事も喉を通らない」


 ギルの言葉に、おいおいとアクルは心配そうに眉をあげる。


「食事しないと、脳みそまわらねぇぞ?」

「あぁ、無理やり詰め込んだ」

「ならいいけどよ……吐くなよ」

「吐き気はずっとしてる」


 神妙な顔つきで、ギルは言った。表には出さないが、彼もボスを、心配し、混乱もしているのだ。そりゃぁそうか、とアクルはひとつため息をつく。


「どうしたよ、ため息なんかついて」


 ギルはアクルを気遣ったが、アクルは返事の代わりに、すぐに本題に入った。


「何か分かったか?」


 アクルの質問に、いや、とギルは首を横に振る。


「分からん、いや、ある程度は分かったが、それでも分からんことがある。アクル、今分からないことを教えてくれ」


 ギルは随分と焦った様子でアクルに言った。まぁ座れよ、とアクルはギルを一人用の椅子に座らせ、自分もベッドのふちに座る。

 分からないことねぇ。アクルは思いついた不明点をすぐに口にした。


「リッツの上にある組織のことがまず不明だ」

「リイビーノだ。調べた」


 即答だ。アクルは目を丸くする。


「早!」

「随分前に、俺がリッツについて調べたろ」


 ギルは足を組みながら言った。あぁ、とアクルが頷く。


「その時、あの集団はガキばっかりのくせにビルを買っていたことが判明した」

「あぁ、あのたまり場な。ニールの時、ラインさんに接近してもらった」

「そうだ。きっとリッツって組織はでかい、俺はそう思って捜査を続けようとしたが、お前に危険だからと止められたんだ」

「……そうだっけな」

「そうだよ」


 アクルが思わずとぼけるも、ギルは不満そうに眉間にしわを寄せた。声も、明らかに不満たらたら、といった口調だ。


「俺はもっと調べたかった」

「……まぁ、強制停止だったもんな、すまん。お前のためを思ってだ。危険な目にはあってほしくなかったんだよ」

「うむ」


 ギルのエストレージャ――特殊な能力は、情報収集癖だもんな、とアクルは心の中で思った。気になったことはとことん調べたい。調べて調べて調べつくしたい、そんな彼の癖を、俺に止められたのだ。確かに、不満はたくさんあっただろう。申し訳ないことをしたと思いつつ、ギルの安全のためでもあったし、同時に作戦のうちだったのだから仕方がない、とアクルは自分に言い聞かせる。


「ニールの事件が終わった後、俺は調べたんだよ」


 ギルが不満そうな口調を残しながら、きっぱりと言った。アクルの目が少しだけ大きく見開かれる。


「まじかよ」

「癖だからな……悪い癖だが、でもな、気になって仕方がなかったんだ」

「今、役に立ってるんだ、結果オーライだろ」


 アクルの言葉に、ありがとよ、とギルは少し頬を緩ませた。


「この癖のせいで、なんど深入りし過ぎたか分からんがな――まぁ、その話はいい。リッツの上にあった組織は、リイビーノという組織だった」


 リイビーノか、とアクルは呟く。


「リッツに……ビーノハウス、なるほどね」

「そういうことだ」

「洒落たつもりか」


 タバコ吸っていいか? とギルが聞き、俺もとアクルは手を伸ばした。ギルは煙草に火を付け、はい、とアクルに渡す。相変わらずギルの煙草は濃いな、と思いつつ、アクルは煙草の煙を吐き出した。ギルも煙を吐くと、それでだ、と話を続けた。


「リイビーノっていうでかい組織があって、その下の小さな組織がリッツだ。いくらかあるようだ」

「ふむ」

「で、ウラウはリッツのひとつを任されていたわけだな、俺たちがつぶした」

「なるほどね。じゃ、ウラウはその後リイビーノに制裁を加えられ、ついでに俺たちがあげた招待状も奪われちまった可能性が高い、と」

「そういうことだ」


 ふう、と白い煙がギルを包む。


「リイビーノは、人貸しをしているみたいでな」


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