6-2
数分後、ラインが屋敷にいた人を引き連れて先の部屋に訪れた。
「皆、座って。ソファが足りないわ……ごめんなさい、何人かは床に座っても、立ってても、ベッドに座ってもいいわ」
サキはそう言って、皆を部屋に招き入れた。
ラインを先頭に、ギル、アニータ、ファイン、ユーナギ、ルーク、アズムが入室した。少し遅れて、双子の声が聞こえた。何を言っているのか、アクルの位置から聞きとることはできなかったが、その後彼女たちはニールに向かって話しかけていたのだという事が分かった。ミクロがニールの両手を引き、マクロが後ろからそっとよりそっている。双子に挟まれる形で、青ざめたニールがサキの部屋に入室してきた。目は朦朧とし、顔を上げようともしない。だまって床の方をぼんやりと見つめているだけだ。
「これで全員ね?」
サキの言葉に、はいとラインが答える。
「ヤツキは部屋にいませんでした。携帯に電話をしたのですが出なかったため、メールを打っておきました。気がつき次第帰って来るかと。ギャンは仕事でかなり遠くに出掛けています、同じくメールを送っておきましたが、いつ帰って来られるかはわかりません」
「分かった、ありがとう」
座りましょう、とサキが静かに言った。アクルの隣にライン、その横にファインが腰掛ける。サキの隣にはアニータとアズムが彼女を挟んで座る。ユーナギは壁にもたれかかったまま座り、ファインもその隣にそっと座り込んだ。ギルとルークは、それぞれソファの肘置きによりかかった。ギルはアニータの隣、ルークはアズムの隣だ。
「ベッド、お借りします」
マクロはそう言って、ニールをベッドに連れて行った。ミクロとマクロにニールが挟まれる形になり、ソファの横に置いてあるベッドに三人が腰かけた。
ユーナギとファインは、なんだか申し訳なさそうな、どうすればいいのか分からないような、そんな複雑な表情で座っていた。彼らはローシュ本人を目撃したのだ。どうしてこんなことになっているのだ、と言いたくもなるだろうな、とアクルは二人の表情を見て思った。
ギルとアニータは、ただ「ボスが連れて行かれた」という事実だけを聞かされたのだろう。ギルは眉間にしわを寄せたまま詳細を待っており、アニータは心配そうな顔でギルに寄り添っていた。アズムは心配そうにニールの様子を伺い、そんな彼女の心境を察してか、ルークは優しくアズムの肩を抱いていた。
「……いる人はみんなそろったわね。ほとんどいてくれてよかった、頼もしいわ。じゃぁ、まずはアクル、状況が分かっていない人がいるわ、説明して」
サキに促され、アクルは端的に今までのことを説明した。皆、アクルの説明を黙って聞いていた。ニールのことをどう話そうか、アクルは少し悩んだが、ただ起こったことをそのまま説明した。
説明が終わり、しばらくは誰も口を聞かなかった。数分の沈黙の後、サキはすっと立ち上がった。
「ニール」
と彼女に呼ばれ、ニールはびくりと体を震わせた。両側から双子が寄り添い、ミクロはニールの頭を、マクロはニールの肩を抱いた。
「何があったのか、話せないかしら」
「………………」
「あなたが話せるか、話せないかを聞いているの。意味は分かるかしら」
冷静な、それでいて強い口調でサキは言った。それは責めているのでも、脅迫しているのでもなく、ただ事実を淡々と述べているような口調だった。
また、少しの沈黙の後、耐えかねてアクルが立ち上がった。
「ニール!」
叫んだ声は震えていた。「おい!」とギルが立ち上がり、落ち着けとアクルをなだめる。アクルはすみません、と小さくつぶやいてその場に座った。
ニール、頼む、教えてくれ。アクルは祈るように、手を組んで前かがみになった。
さらに無言の時間が流れた。皆、辛抱強くニールの反応を待った。
何分経っただろう、ニールが口を開き、震える声でこう言った。
「……母が、人質にとられました」
「――あなたの、お母様が?」
サキが首をかしげた。ニールは床を見つめたまま、はい、と頷く。
「リッツが、リッツが……僕は知らなかったんです、ウラウさんより偉い人だと、手紙に書いてありました。母を、助けたければ、エストレージャの情報をよこせと――ボスを脅かす情報は無いのかと、手紙に書いてあり……一緒に、母の、写真がありました――手足を縛られて――久々に見たんです……でもあれは間違いなく――」
ニールはかたかたと震えだし、わっと泣き出した。
「もう止めてあげてください、サキ様!」
「彼は今、冷静じゃないんです、サキ様」
双子は必死にサキにそう訴えたが、サキがゆっくりと手を挙げることで、発言を停止させられてしまった。うっ、と二人は黙り、泣きそうな表情でニールを抱きしめる。
「……誰だって、できればニールの気持ちをくみ取ってあげたいわ。でも、知らないとレイカが帰ってこれないの。だからニールは話してくれたのよ」
続けて。
静かに、サキは言った。はい、とニールが答え、双子が心配そうに顔を見合わせる。他の人は、動きもせずにニールの言葉を待っていた。
「……ごめんなさい」
わなわなと震えながら、はっきりとニールは謝罪の言葉を述べた。
アクルの組んだ手に力が入る。
「エストレージャの秘密を教えてくれれば……君の母親は助かるよ、と言われて……ごめんなさい……! 僕はもう……もう母親を守れないのは嫌だったんです……!」
アクルは、そうだったなとニールの言葉を聞いて思い出していた。
そもそも、原因不明の発作に彼が悩まされるようになったのは、彼の母親を守ろうとしたのがきっかけだったのだ。目覚めたときに強盗に襲われていた母親を守り、そのときから、目覚めるたびに防御反応としてところ構わず破壊してしまうようになって――母に、助けた母に、恐れられるようになってしまったのだ。
母を、守れないのは嫌だった、か。
ふう、とアクルは静かにため息をついた。訳の分からない感情が、彼の中で渦巻いていた。
「でも、エストレージャも守りたかった」
ニールは震える声で、続けた。
「だから嘘をつきました。サキ様のことは、ばれていません。二階に、エストレージャがこっそりと隠し持っている爆弾があると、それをばらすと言えば、ボスは従わざるを得ないと――僕にできる限りのことを――でも――僕は――」
「言ってないのか?」
アクルは思わず立ち上がった。緊張が少しだけほぐれる。
「爆弾が、って、そうか、あいつ比喩だと思ったけど……ラインさん」
アクルがラインを見ると、ラインがあぁ、と頷いた。少しだけ表情が和らぐ。
「ニールは、エストレージャもあなたのお母様も、両方守ろうとしたのね」
サキは、静かにニールに歩み寄り、そっとニールを抱きしめた。その胸の中で、ニールはわっと声を上げて泣いた。
「ごめんなさ……い……ボスが……ボスが……!」
「あなたの報告で、来客は満足して、お母様を逃がしてくれるって?」
「はい、確かに、言ってくれました」
「なら、お母様の安否を確認しつつ、次はレイカを助けましょう。二人とも助けられるわ」
サキは、まっすぐニールを見つめた。
「あなたのお母様は、あなたしか助けられなかったの。でも、レイカは、エストレージャみんなで助けられる。そうでしょう?」
そうだ、そのとおりだ、とアクルはサキの言葉に、思わず俯いた。
やはり彼女は冷静だ。俺よりか、何倍も、何十倍も。
でも――俺にしか、きっと出来ないこともある。
ニールにしかできない方法があったように。サキ様にしかできない方法があったように。
ボスを助けなければ。
「少しは落ち着いたみたいだな?」
ラインがそっと、アクルに話しかけた。えぇ、とアクルはゆっくり頷いた。サキは、ニールを強く抱きしめていた。我慢の糸が切れたように、ニールは再度、声をあげて泣きじゃくった。