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5-5

 すまん、おじさん。

 思いながら、レイカはばっさりと「嘘ですね」と言い捨てた。なっ、と男が立ち上がろうとするのを、ローシュがまぁまぁとなだめる。


「十時間もかかっていませんよ」

「何時間かは分かったり?」


 ローシュの言葉に、ぎろりとレイカは彼を睨みつける。どう? と聞いてくるのがわざとらしい。分かったり? じゃねぇ、分かるに決まってるのを知っているくせに――悪態をつきたくなりながらも、レイカは静かに頷く。


「えぇ、まず、時間内に終わっていないというのがそもそもの嘘――」


 相手の顔色を見る。顔がなぜばれたのだと叫んでいるようだ。


「――ですね。七時間以内で終わっているはずです」

「そんなことはない!」


 叫び声自体が嘘、そうですと叫んでいるようなものだ。もう喋らない方がいいぞ、と思いながら、レイカは続ける。


「六時間?」

「だから!」

「まだですか、五時間? 違う? 四時間?」


 表情を、態度を、全てを見る。


「さすがに無理でしたか、四時間半、違いますね? じゃぁ――五時間半ほどで、終了していた、でしょうか?」

「………………」


 まくしたてるようなレイカの言葉に、男は言葉を失ってしまった。もう一度レイカが五時間半? と聞くと、右の眉毛がピクリと反応した。あたりだ。


「だ、そうです」

「ありがとう、愛してる」


 レイカはローシュの新しい恋人、という意味のわからない設定を守り続けるローシュは、甘い声で静かに呟いた。悪寒が走る。後で本当に殴ってやろうか、と思いながら、いえ、とレイカは静かに答えた。もう、目の前の男は見ない。もう見ていられない、気の毒だ。


「社長殿。今回は見逃して差し上げますが、今後このようなことがございましたら、もう二度と、うちから人材は貸しません。それでよろしいでしょうか?」

「……恋人だなんて、ぬけぬけと」


 男は静かに笑うと立ち上がった。どうも、とローシュが頭を下げると、ふんと鼻息を荒げ、どすどすと勢いよく部屋を出て行ってしまった。勢いよく閉めた扉の音がわんわんと部屋に響く。


「……まぁ、あぁやってね、よく嘘つきが来るんだよ」


 ローシュはふう、とソファの背もたれに体重をかけ、足を組んだ。レイカは黙ったまま動かない。


「取引の際に、常に俺の傍にいてもらうから。今みたいに働いてね。君は今日から、俺の右腕だよ」


 俺の右腕。

 その言葉に、レイカはうっと思わず声を漏らしてしまった。

 閉じ込めていた感情が爆発しそうだ。



 アクル。



「おめでとう、今日みたいに働いてね、右腕さん」

「……名前で呼んでくれ」

「ねぇ、レイカ」


 ローシュはそっと手を伸ばし、レイカの髪をつかむと、口元に持っていって髪先にキスをした。


「君ってアクルとかいう彼と、どういう関係だったの?」

「離せ!」


 レイカは腕を振り上げ、ローシュの手を振りほどいた。ばちんと痛々しい音が響く。そのままレイカは俯いた――声を殺すレイカを、ローシュはあれぇ、と覗き込む。


「泣いてる?」

「――――だ……まれ」

「泣かないでよ」


 うるさい、とレイカが叫ぶよりも前に、ローシュがどん、とレイカを押し倒した。何が起こっているのかも分からず、はっと息を飲むレイカの首元を、ローシュの唇が噛みつくように乱暴に触れる。


「やめっ……」


 レイカは慌ててローシュの肩を両手でつかみ、ぐいと上に押し上げた。今度はローシュがきょとんとした顔で目を丸くする。


「力、強いね……エストレージャはそういう訓練もするの? そう言えばやけに強かったってウラウ君漏らしてたっけな……」


 言いつつ、ぐいとローシュはレイカの方に体重をかける。なんだよこいつも力強いじゃないかよ、とレイカは必死に抵抗をする。何を、本当に何を考えているんだこいつは!


「ねぇレイカ、本当に俺の恋人にならない?」

「ならねぇよ!」


 飄々とした声で言いながらも、ローシュはぐいぐいとレイカに体重をかけつつ、手を腹や腿に這わせてくる。レイカは必死に抵抗しながら、ローシュをぎろりと睨みつけた。へらり、とした表情は、全ての感情を隠してしまっているようだ。


「人材によっては莫大な金と引き替えに売ったりするけど、俺は君を売るつもりは無いし、いっそ付き合っちゃおうよ。楽しいと思うよ? 俺それなりにもてるのは知ってるでしょ」

「そいつらが悲しむだろ? やめとけよ、ひとりに絞るなんて、お前らしくねぇんだろうが」

「あ、何、少しは俺のこと分かってきちゃった? でも残念ながら、それは今までレイカみたいな人材に会わなかったからなんだよねえ」

「嘘つけ! なんでこんなに強制的なんだよてめぇ!」

「え、何それ誘ってるの?」

「嫌がってるだろうが! 蹴り飛ばすぞ!」

「痛いのは好みじゃないんだけど」


 そのとき、扉が二度、ノックされた。ローシュが答える前に、扉が古びた音を立てて開く。

「失礼しま――」

 言いかけて、クレアが頬を真っ赤に染めた。ローシュは、レイカの上ではぁ、と長いため息をつく。


「あのさあ、いつも言うじゃない、俺の返事を待てって」

「すす、すみませんっ」


 お邪魔しました! とクレアは慌てて出て行った。


「興ざめー」


 と天井を仰ぐローシュのすきを見て、レイカは慌ててソファから飛び降りる。立ち上がって言葉を探しながらローシュを睨みつけると、ローシュはソファに座ったまま、にやりと笑った。


「レイカの部屋に行こうか」

「……どういう意味だ」

「いやらしい意味じゃないよ、いやだなぁもう」

「冗談でもあぁいうのはやめてくれ」

「強制的なのは喜ばないってのは覚えとくよ」


 次第にね、と笑って、ローシュは立ち上がった。

 レイカは、彼を睨みつける。

 全くもって、こいつの考えていることの、意味が分からなかった。


 不気味なほどに。



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