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5-3

 ゆっくりとハンドルを切りながら、呆れたようにローシュは言った。


「ニール君を逃がしちゃったでしょ? あんなに力がある子、なかなかいないのに。上手くいけばいい人材になったのにさぁ」

「リッツで若者を集め、そこから貸せそうな人材を掘り出しているんだな」

「そそ、さすがエストレージャの元ボスさん、話の飲みこみが早いね」

「エストレージャの名前は出さないでくれ」

「あいあい、失礼」


 大きなカーブを曲がり、体が揺れる。この揺れ嫌いなんだ、とローシュは呟いた。レイカはその言葉に反応せず、話を続ける。


「お前は、どういった立ち位置にいる? ウラウよりかは上のようだが、今から向かうのは子会社か、本社か?」

「いっぱい質問だねぇ、まず後半。君が働くのは本社だ、基本的に能力があって貸せる奴は本社に来る。まぁレイカの場合は特殊で、俺の傍でずっと働いてもらうけどねー」


 意外な言葉に、そうなのか? とレイカは顔を挙げる。


「てっきりどっかに貸されてはそこで嘘発見機になるもんだと思っていた」

「案外さっぱりしてるよね、そういうとこ好きだよ」

「うるさい」

「ざっくりしてるのかなぁ」

 きゃらきゃらと笑うローシュに、どうなんだよ、とレイカはいら立ちながら言う。

「うん、嘘発見機にはなってもらうよ。俺の傍でね、俺の相棒になってもらうからさ。俺、何かと嘘つかれて困ってるの」

「お前はいったいどんな立場なんだよ」

「俺は、リイビーノのてっぺんだよ」


 さらりと言われた言葉に、レイカはぽかんと口を開ける。

 もちろん嘘でもなんでもない。

 が、しかし、嘘なはずだ。


「上の人は?」

「いないいない」

「いないってお前、だってあのとき……」

「あぁ、俺ねぇ――――」


 俺ねぇ、の後に続いた言葉を聞き、レイカは思わず笑ってしまった。

 ローシュの正体がやっと分かった。

 こいつは紛れもなく、リイビーノのてっぺんだ。


「なるほどな。そんなの、気がつくわけがねぇだろ」


 でしょぉ、とローシュも楽しそうに笑う。


「俺もびっくりしたわ」

「あぁ、もうそう来られちゃ、対応できない。はは、お前、とんでもないな。一杯喰わされた」

「ここまで上手くいくとは思ってなかったけどね」

「だろうよ」


 くく、とレイカは笑いをかみ殺す。

 あまりに馬鹿らしい、そんなトリックとも言えない彼の作戦に、私はまんまと引っ掛かっていたなんて。

 はあ、と深いため息をつく。


「笑った顔も可愛いね」

「ふざけんなよてめぇ」

「おおお、ころころと変わる」


 ローシュを無視して、レイカは連続してため息をついた。

 まんまと引っ掛かった。

 私は、馬鹿か。


「こんなんじゃ、エストレージャのボスなんて言ってられないわ」

「お、諦めた?」

「諦めるも何も」

「どうにもならないもんねぇ、弱み握られちゃ」


 ち、とレイカがひとつ舌打ちをすると、ローシュは目を細めて満足そうに頷いた。


「嫌な奴だ」

「結構だよ」


 さぁついた、とローシュが指で示した先には、工場のような建物が建っていた。灰色の壁で囲われており、中に何棟か同じ色をした建物が見える。


「広いでしょ? 使ってるのは一部だけどね。随分前に廃業した会社の工場をまるまる買ったんだ。なかなかお洒落な廃工場だよ」


 ローシュの言葉にふうん、と返しただけで、レイカはあまりその建物に興味を示さなかった。

 頭の中に浮かぶのは、あぁなんて私は馬鹿だったのだろうという後悔と、もう忘れてしまわなければという強制ばかりだった。

 やめろやめろと思えば思うほどに、エストレージャのことを考えてしまう自分がいた。


「じろじろ見られるとは思うけど、基本的に俺の傍にいる人が浴びる視線は羨望だからね、気にしないで」


 あぁ、とレイカが答えると、急に口数が少なくなったね、とローシュは笑った。はいはい、とそれを受け流し、空を見上げる。

 工場の壁の色にも似ている、どんよりとした天気だった。

 ローシュは工場に入ると、すぐ横にある駐車場に車を止めた。他に車が数台止められていたが、どれも古びたものばかりだった。最初は古く見えたローシュの車が新しく見えるほどだ。


 二人は車を降りると、すぐ目の前にある小さな建物に入って行った。味気のない、窓も少ない三階建の建物だった。入る前にレイカはあたりを見渡した。五階建のビルが一番高く、敷地内の真ん中奥にでんと建っている。その横に二階建の建物が続けて二棟あり、寄宿場所のようにも見えた。廃ビルの中では一番新しい。奥にもいくつかビルがあるようだったが、ローシュがさっさと歩いて行ってしまうので、レイカはよく見ることができなかった。


 門番一人を除いて、他の人物を見かけることは無かった。寂しい場所だ、とレイカは俯いた。

 ビルのドアは随分と古びたガラス戸で、開くとみしみしと音が鳴った。いつ壊れてもおかしくないな、と思いながら、ローシュと共にビルへ入る。床も壁もぼろぼろのビルだった。改修工事を行った形跡もない。


 目の前には階段があった。向かって右には、いくつか部屋があるようだ。レイカが右側を眺めている間に、階段を駆け降りる音がした。かんかんかんかん、とせわしない。ヒールの音が響いている。


「ただいまぁ」

 ローシュが階段に向かって叫ぶと、頭上から「おかえりなさいぃいいぃ」と甲高い声が聞こえた。うるせーと笑いながら、ローシュが振り返って「とりあえず俺の部屋に」とだけ言って階段をのぼりはじめた。数段上った場所で、大きな眼鏡をかけたお団子ヘアーの女性が顔をのぞかせた。

 あのお団子がひとつではなく、ふたつだったらヤツキに似ている。でも、彼女はあんなにせわしなく動くことは無い、いつだって静かだった……と、ほぼ自動的にエストレージャの面々が浮かび、レイカは静かに頭を横に振る。


「早かったですね」

「予定よりね」


 スーツを身にまとった女性は、何よりです、と笑顔を浮かべた。短く黒いスカートから、細い足が見える。よくまぁあんなに動きづらそうな恰好で走れること、とレイカが彼女を見ていると、彼女もレイカに目をやった。

 ミクロとマクロによく似た、青い目だ。


「その人が、新しい人で?」


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