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4-2


 その後、ボスは部屋に戻った。

 青ざめた表情で戻ってきたボスをアクルは心配したが、強制的に部屋に戻した。

 荷物をまとめる。服意外に持って行くものなど、思いつきもしなかった。混乱しすぎて、脳みそが上手く回らない。訳も分からないまま、ただサキ様とエストレージャを護らなければと思い、その一心で行動していた。

 服を、自分が持っている中で一番大きなバッグに詰め込む。荷造りはあっという間に終わった。


「それだけでいいの?」

「……構わない」

「もう戻ってこれないよ?」


 挑発しているのか、ただの事実を淡々と述べているのか、ローシュはボスにそんなことを言ってきたが、ボスは軽く流していた。

 そんなこと、もうどうだってよかった。

 早くこの危険人物を、屋敷から追い出したくて仕方がなかった。


「電話をする」


 そう言ってボスは壁にかかってある電話を手に取ると、まずはラインの部屋に電話をかけた。コール音が数回鳴った後、はぁいとラインの声がした。


「俺だ」

「どうしたの、ボス?」


 副ボスのラインは、明るい声で応答する。あぁ、こいつの声も、これが最後か。思って、レイカは目を閉じた。エストレージャ創立前からの、大切な友人だ。


「ありがとう」


 気がつくと、ボスは言っていた。何が? と電話の向こうでラインが答える。どうしたの、寝ぼけてるの、と笑っている。


「いや、すまん。部屋に来てくれるか? 来るときに、アクルも誘ってくれ」

「ん? はいはい、何、告白?」

「違うよ、ばか、早く来い」


 告白か。思って、レイカはそっと受話器を置いた。

 アクルに、自ら連絡はできなかった。

 余計なことまで、言ってしまいそうだったから。



「唐突だが、俺はエストレージャを抜ける」


 本当は、エストレージャの全員を呼んで言いたかった。

 創立前からの友人ルークから、ギル、ギャン、ユーナギ、ヤツキ、アニータ、ファイン、ミクロ、マクロ、アズム、ニール、そして――サキ様にも。

 しかし、そんなことをしたら、変な混乱を招くだけだ。

 最小限の混乱に留めたかった。


「嘘でしょ……ボス、急に何言ってるんですか……」


 言ったのはアクルだった。絶望的な声だ。俺のいない数分に、何があったんだ、と言いたげだ。その横にいるラインは、アクルと同様に、訳が分からないと言った表情で首をかしげている。


「何事、ボス?」

「ライン、急にすまん。こいつはさっき伝えた来客で――」

「そいつは別にどうだっていいんだよ、急に何を言っているの。唐突すぎる、納得しないよ、レイカ」


 ラインがボスの名を呼ぶのは、珍しいことだった。彼女の名を呼ぶのは、決まって真面目な話をする時だ。表情と声色から、不安と、少しの苛立ちが見て取れた。少なくとも、嘘だと思ってはいないようだ。


「……詳細は伝えることができない」

「なぜ」


 ラインがすぐに問う。レイカはじっと金色の目を見つめて言った。


「言えないからだ」

「じゃぁ納得しない」

「別にいいよ? 言ったって」


 からりとした声で割り込んでくるのは、レイカの後ろに立っていたローシュだ。



「面倒くさいから俺が言っていい? 二階にある爆弾のことを俺は知っている」



 その言葉に、アクルもラインも目を見開く。その反応に対し、ローシュはにたぁ、と意地悪く笑った。


「そのことをばらさず、なおかつ君たちにも手出しはしない、という条件で、レイカさんを貰って行くから。それで、二人には伝えたいことがあるんでしょ?」

「……そうだ。エストレージャを、俺は抜けるから、ライン、お前が今日からボスだ。副ボスにはアクルがついてくれ。以上だ……もう、何も言わないでくれ」


 言って、レイカは部屋を飛び出した。あはぁ、と呆れたように笑い、じゃぁねとローシュが残された二人に手を振る。


「ばいばい、そういうことだから」


 ばたん、と扉が閉まった。ボスの部屋に、ラインとアクルが残される。

 一瞬間があり、すぐにアクルはその部屋を出た。ボスの背中と、ローシュの背中が見えた。


「待って、ボス! ボス!」


 叫び声は屋敷中にこだました。


「レイカ! おい、聞こえてるんだろ!」


 ラインも叫び、走り出す。そのタイミングを見計らったように、ローシュはくるりと振り返り、手に持っている銃を二人に向けた。


「それ以上こっちに来てみろ、取引は不成立だぞ」


 ゆっくりだがよく通る声に、二人もレイカもその場に止まる。


「追いかけて来てみろよ? 上の爆弾をどうにかするだけじゃなくて、お前らをひっつかまえて、お前らの大切な大切なボスの前で、ずったずたにしてやるからな?」


 ははは! と乾いた声は最高にけがらわしく、レイカは俯いたまま、つかつかと歩き始めた。

 もう、ついてこないでくれ、頼むから。

 私抜きでいいんだから。みんな、幸せになってくれ。

 何度も通った玄関を開け、レイカは黙って屋敷を出た。アクルとラインの叫び声が聞こえたが、レイカは振り向かなかった。



 ぎい、と古ぼけた扉は、レイカの背後でゆっくりと閉まった。足音がひとつ、レイカの後をついてくる。その足音はすぐにレイカに追いついた。


「よくできました」

 と、挑発する台詞を、レイカは無視する。屋敷の右端にとめてある白いオープンカーに向かい、無言でそれに乗り込んだ。隣、いい? とローシュが笑う。

 そこは、アクルの席だ、と言えるはずもなく、レイカは黙って横に首を振る。


「……後ろの方が、安全だ」

「じゃぁ後ろで」


 ローシュはオープンカーの後ろに乗ると、大丈夫だよと猫なで声で言ってきた。レイカは乱暴な運転で、車を発車させる。

 玄関で、警備員室から何も知らないユーナギが顔をのぞかせた。不審そうに眉をひそめ「どうしました?」と問う。レイカはユーナギを一瞥しただけで、ハンドルに視線を移動させると、静かに答えた。


「何でもない、出してくれ」

「……何時頃、お戻りで?」

「アクルかラインに、聞いてくれ」

「ボス……?」

「開けてくれ!」


 きっとユーナギは異変に気がついただろう、いや、誰だって今の私を見たら、おかしいと思うのだろうな。そう思って、レイカは自嘲気味に笑った。後ろの席でローシュがどうも、と挨拶をしている。門がゆっくりと開いた。ローシュが隣にいなくて本当によかった、いたら苛立ちで掴みかかっていたかもしれない。


 黒い門を、白い車は通り過ぎた。

 さようなら、エストレージャ。

 ボスは心の中でそう言って、振り返りもせずに左折した。


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