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「何でもする」
サキ様が、狙われている。
ボスは銃を落とした。かん、と虚しい音が廊下に響く。
なぜだ、どうしてだと、そんなことを考えている余裕もなかった。
サキ様は、何としてでも護らなければならないのだということだけが、ボスの脳内を占めていた。
「質問に、まずは答えてね」
ローシュはにたにたと笑いながら、静かにそう言った。ボスは黙って、ひとつ頷く。
「あんた、嘘が分かるというのは本当?」
「あぁ、本当だ」
レイカは即答した。自分の情報なぞ、いくら漏れてもかまわなかった。
ふふ、とローシュは満足げに頷く。
「その即答、真実なんだろうね。聞きたかった言葉だよ」
ローシュの言葉に、ボスは違和感を覚え、思わず眉をひそめる。聞きたかった言葉だと?
訊ねる前に、ボスの心を読んだかのようにそうだよ、とローシュは言った。
「この屋敷に来た本来の目的は君さ、レイカさん」
「……ウラウから聞いたのか、俺の能力を」
ボスがすぐに訊ねると、ローシュは目を丸くした。
「わぁ、よくわかったね。あの名刺に細工でもしてあるの?」
「……ニールに用事があるやつなんて、リッツ関係しかないと踏んでの回答だ」
ふうん、まぁどうでもいいけど、とローシュは笑う。
「無理やりにね、彼は最後まで必死に隠してたよ。あの人には世話になったんだ……ってね、まぁ最後の最後で吐いたけどさ。名刺も彼がくれたんだよ、なんなら彼が苦しみもがくさま、教えてあげようか?」
ウラウにあげた名刺を持ってきたのは、ウラウから貰ったのではなく、奪い取ったのか。なるほど、と思いつつ、同時にボスは混乱する。くそ、ますますこいつが分からない。
ウラウは、リッツのリーダーだったはずだ。
元リーダーとは言え、力のあるトップを無理やり説き伏せ、情報を吐かせる集団……リッツであったころの部下がまだ他にいて、反乱を起こしたか? それともエストレージャと関わった奴らのトップをつぶそうと試みたか? エストレージャに侵入するために?
加えて、目的は俺、だと?
分からないことが多すぎて、ボスは推測をすることすらできなかった。
ボスが考える間も与えず、ローシュは会話を続ける。
「次は取引だ、お前は俺の部下になれ」
にこにこと絶え間なく笑い、馬鹿にしたような視線をボスに投げかけたまま、さらりと彼は言った。
「なっ……!」
ボスの思考は完全に停止する。何を言っているんだこいつ……!?
「嫌なら、これをぶっぱなすまでだよ」
ローシュはそう言って、銃を振って見せた。
分からないことだらけだが、この余裕が、彼の確信を物語っていた。
ボスはぎり、と奥歯を噛みしめた。私が何をしようと、彼はもう、エストレージャの秘密を握っている。そうしてそれを、もう上手に使っている。ここで彼を止めたところで、彼が広めてしまっていたらおしまいだ。次々と、サキ様というエストレージャの「弱み」を振りかざした輩が、エストレージャを襲いに来てしまうかもしれない。
相手が何かなど、ボスにはもう関係がなかった。
彼女は、ただ必死に、エストレージャを、護らなければと考えていた。
「……俺がお前の部下になったら、エストレージャの情報は漏らさない、エストレージャに今後手出しはしない、エストレージャを何事にも巻き込まないと、誓ってくれ。頼む」
ボスはそう言って、頭を下げた。ボスの態度にローシュは満足したのか、にっと白い歯を見せ、あぁ、と頷いた。
「最後まで仲間を護ろうとするその姿勢、嫌いじゃないね。オーケー、取引成立だよ。最後にしたいことはある? 俺はすぐにでもこの屋敷を出たいんだけど」
「……エストレージャのボスと副ボスを、任命させてもらいたい」
「オーケー、すぐにできる? 俺はお前の傍を離れないからね」
「あぁ、すぐにする。俺の部屋に戻ろう」
「アクルとかいう奴は」
「もちろん一旦部屋に返す。その後、荷物をまとめて、俺の部屋にみんなを集める」
「上等だ。なるべく早めにね」
帰ろうか、と言ったローシュは、相変わらず銃を上に向け、へらへらと笑っていた。
ボスは考えるのをやめていた。相手がどうだなんて、こいつらに交じればすぐにでも分かることだ。
彼女にとって、エストレージャを護ることが最優先事項だった。