3-2
「冷静にっつったってあいつが何を言ってるのかわかんねぇんだ」
ボスは冷静になるよう努めてはいたが、早口で、混乱しているのは確かだった。ゆっくりと話してください、とアクルはそれでも冷静に言う。
灰色の目が、とても静かにボスを見つめる。
「俺が分析しますから、落ち着いて。数分です」
「来客から手紙を貰ったって、これは僕とあの人の問題で、手出しは頼むからしないでほしいって。大丈夫だからって……声が震えていた、大丈夫なわけがないだろう。何が起こってるんだ?」
「……手出しはするなって、言ったんですね」
アクルがその次に言おうとしていることを、先に言ったのはミクロだった。
「ニールは脅されているんですか」
「リッツに」
続けたのはマクロだ。二人の表情は無い。ただ、事実を訊きたいのだと言っているような表情だ。その二人を見て、ボスは長いため息をつく。
「悪い、取り乱した」
自分をつかんでいるアクルの手を二度叩き、もう大丈夫だと合図を送る。アクルはそっと、ボスの腕から自分の手を離した。
ボスは、両手を強く握りしめる。酷く混乱していたが、静かに自分の考えを口にし始めた。
「ニールが何かされている……とりあえず、伝書鳩を。ファイン以外、来客に会わないように、部屋から出ないように、だな。マクロ。そこの引き出しに紙とペンがある、よろしく頼む」
はい、とマクロは頷いた。すぐに示された引き出しを開け、紙とペンを取り出しペンを走らせる。
「よく分からねぇが、ニールは何かをされてるな?」
「そうですね」
うん、とボスは頷いた。アクルも、冷静に、素早く状況を分析しようと試みる。まずは現状を確認するため、二人は早口で話し続けた。
「ローシュは、ニールに会いにここに来たんですね」
「だな、ミクマクが一緒にいて、銃を突きつけたのは予想外だったろう」
「そうですね。きっと彼は、ボスに二人が報告していることを予想しているはず」
「だろうな。予想外のことに対してすぐに対策を練れないようじゃ……よっぽど間抜けだが、そっちのほうがありがたいのも事実だ」
「まぁ、その時はその時でローシュに吐かせればいいんです。雇われならその可能性もありますよ」
「そうだな」
うん、とボスは顎に手をやった。目が左右へとせわしなく動く。アクルも、目を伏せて懸命に考えを巡らせている。そんな二人の表情を見て、しゅんと落ち込んだのはミクロだった。二人が黙ったその一瞬に、ゆっくりと入りこむように、小さな声で彼女は言う。
「……思わず銃を突きつけました。ただの子どもを演じていればよかったんでしょうか……すみません」
言って、ますます落ち込んだように、彼女は頭をゆっくりとさげた。ボスとアクルは、そんな彼女の様子を見て、次に互いに目を合わせる。言いたいことはお互い同じのようだ。ボスは、そっとミクロの頭を撫でた。
「んなわけねぇ、二人は最良の判断を取った。俺が保障する」
うう、とそこで初めてミクロが表情を崩した。歯を食いしばり、悔しそうに表情を歪ませていたが、俯いていたためにボスにもアクルにもその表情は見えなかった。伝書鳩でメッセージを送信しているマクロも、同じような表情をしていた。それを隠すように、ボスとアクルに背を向けているが、肩はこわばり、全身が少し震えていた。
「ミクロ、マクロ、考えすぎるなよ」
と言って、アクルは笑った。同時に顔を上げた二人の表情は今にも泣きだしそうで、そこでやっと二人がとんでもなく不安だったことにアクルは気がつく。二人に、大丈夫だ、と悩むことなく繰り返した。
「考えすぎるのは俺の役目だから」
ぎゅっと、ミクロとマクロは拳を握り、同時に頷いた。頷いて、顔は上げることなく、床を見つめていた。ボスはミクロを引き寄せ、そっと片手で頭を抱く。アクルはマクロに歩み寄り、そっと同じように片手で頭を抱いた。
双子はぎゅっと目を瞑った。泣くのを懸命に我慢しているようだった。
「……双子は部屋に帰ってろ、な」
ボスは言うが、二人は小さく首を横に振る。
「ここにいます」
「いさせてください」
「……じゃぁ、ここにいろ。そこに座ろう、ソファに座って話そう。アクル」
「えぇ」
四人で、現在の状況をもう少し確認しようとした、まさにその時だった。
ボスの部屋の中に、ノックの音が響き渡った。続いて「あのぉ」と声がする。部屋にいる全員が身構えた。
「来客」の声だ。