3-1
3
何かあったらすぐに報告。
そうだったよね、と確認し合うように、ミクロとマクロは、顔を合わせて頷いた。それだけで、互いの考えは大体分かる。
二人はできるだけ静かに駆けだすと、まずは自分達の部屋に戻った。とても落ち着いていた。何があったのか分からない場合は、あれこれ考えずに助けを借りる。二人は、そのことをよく分かっていた。
部屋に入ってすぐ右側、伝書鳩を確認する。ボスからのメッセージが届いていた。ミクロは無言でそれを取り上げ、二人は急いでそれに目を通した。
「……空腹の様子?」
「あの手紙を渡しに来たのはそのついで?」
「いやいや、おかしいよね」
「ごまかしたってこと?」
「仕事が無いから三日泊めてもらう、って、その間に探すってこと?」
「仕事って手紙を渡しに来るお仕事じゃないの?」
「分かる?」
「分からない」
二人は、まるで一人が思考しているように早口で会話のキャッチボールをすると、うん、と同タイミングで頷いた。ミクロが手紙をたたみ、ポケットに入れる。それと同時に、マクロは伝書鳩の横に置いてある黒電話に手を伸ばした。受話器を取り、ボスの部屋の番号にかける。
「はい、レイカです」
すぐにボスが出た。まだ、来客について何も知らないようだ、声が明るい。マクロです、と名乗ると、おうどうした? とのんきな声が帰ってきた。冷静に、ゆっくりと、マクロは話しだす。
「ボス、先ほどの来客の方、クリーム色の髪の毛で、小柄な男性で間違いありませんよね?」
「おう、違わないよ。何、もう会ったの?」
「会いました、裏庭で遊んでいたんです。少し、お話が」
真剣な声色に気がついたのだろう、レイカは落ち着いた声で「部屋で待ってる」と答えた。お願いします、と言ってマクロは受話器を置く。すでに、ミクロが自室のドアを開けていた。
二人は無言で、黒い廊下を走る。靴の音がカンカンと鳴り響いたが、気にはしない。
無言のまま、彼女たちはできる限りの現状を分析していた。背中に汗が流れる。嫌な予感しかしない。胸の奥がざわついた。
「……やめてほしいね」
「本当にね」
どうかこの予感が外れますようにと、願っていたのは言うまでもない。
「手紙?」
双子は、ボスの部屋に入るなり、二人で起こったことを手短に説明した。ボスも、ボスと一緒に部屋にいたアクルも、だまって二人の話を聞いていた。ボスは不安そうな表情を浮かべ、アクルは冷静に分析するような表情をしていた。二人とも、最初はソファに座っていたが、やがて立ち上がり、ミクロとマクロの話に耳を傾けた。
離し終わった後、ふむ、とボスが首をひねる。腕を組み、眉間にしわを寄せる。
「……手紙……どういうことだ。予想外すぎるぞ、アクル」
最後にボスがアクルの名を呼んだのは、同意を求めたのではない。「どう言う事だと思う」と意見を求めたのだ。ミクロもマクロも、だまってアクルの返答を待つ。アクルはひとつ頷くと、すぐに返答した。
「リッツの残骸でもいたんですかね。ニールに関わってくる存在は、それか、彼女の母親かぐらいしか思いつきませんよ」
「……どうしてだ。あいつは確かに、腹が減っていたぞ?」
「えぇ、嘘では無かったのでしょう……雇われたんじゃないですかね。母親なら、なんらかの理由で母親が来れず、彼に託した……しかし、それなら普通に来ればいいんですよ」
「わざわざ、腹をすかせて来る理由がない、だからリッツ関連の可能性が高い……」
「です。それに、ウラウにあげた名刺も、手に入れやすいのはリッツ関連のだれかでしょう。例えば、彼の部下の反乱、とか」
「あぁ、そうだったな」
彼は、ウラウにあげた名刺を持って屋敷にやってきた。
リッツ。ニールを長いこと幽閉し、目覚めるときに発作的に出てしまう破壊衝動を、上手いこと使えないかと、そんな酷いことを考えていた、あの集団だ。
ウラウは、そのリッツのリーダーだった。彼は改心したと思ったが……ボスは俯く。しおらしく帰って行った彼は、その後また、元の世界に戻ってしまったのだろうか。
「何の用事かはわかりませんがね。もしかしたら、リッツに関係した別の人や組織が介入してきたのかもわかりません……ニールに訊かなければ……」
ルル、ルルルとボスの部屋に電話の音が響く。ボスは顔をあげ、すぐに壁にかかっている受話器を取った。
「もしもし? ……ニール? どうした?」
ニールの名前に、ボスの声は思わず大きくなる。他の三人は、静かに硬直した。
「……あぁ、……見せることは……あ? え、ちょ、まておい! おい!」
――切りやがった、とボスは受話器を数秒見つめた後、部屋を出て行こうとした。慌ててボスの右手をアクルが掴む。ボスはその黒い目をぎらつかせながら、アクルに向き直った。アクルは冷静に、と言う。
「ボス、冷静に。何があったか教えてください」