ドリームノットヒロイン!
昔懐かしい夢小説の裏でこんな事もあり得たのでは?と思って書きました。
皆さんはオネエ系男子ってありだと思いますか?私?はい大好物です。
私は頭を抱えていた。
現在進行形で進んでいる目の前の光景が信じたくなくて目を背けようと努めた。
でも……。
「可愛いなお前……俺のもんになれよ」
「えっ、そんな急に言われても……!」
無理です。ええ本当に無理です。
だって大好きなキャラクターが実際に目の前にいたと思えば、とんでもないキャラ崩壊起こしてんだから!!
なんで……なんで!
「(なんで夢小説の世界なんですかー!)」
これって、罰なんですか。神様……。
柱の陰に隠れ、事の成り行きを奥歯を噛み締め恥ずかしさに顔を手の平で覆い隠しながらふとそう思う波浜梨花──つまりこの世界の正規ヒロインである私はいるかどうかも分からない神様に問いかけるのだった。
はい、もうお分かりだと思いますが私には前世の記憶が御座います。と言っても何故か好きで好きで堪らなかった乙女ゲームの記憶だけしか持ち合わせておりません。なんでこれだけ意図的に残っていたのか。不思議でならない。
さてその記憶に残ったら乙女ゲーム、その名称は「イケドル育成計画!リンクコンタクト!」、そしてサブタイトルが「僕らのマネージャー育成計画!」だ。
こらそこ、笑うんじゃない。良いじゃないかイケドル。良いじゃないか僕らのマネージャーっていうフレーズ。ちゃんとキャラにプレイヤーが認められてるってことでしょ。素敵やん。
さて、この名称から分かる通り勿論このゲームの攻略対象はアイドル。しかも内容はアイドルの一生をなぞって進行するゲームで、エンドは各対象ごとにノーマルエンド、ハッピーエンド、更にはブライドエンドまで完備してある。
ちなみに大事なことだから言うけどハーレムエンドはない。攻略は必ず一人ずつしか攻略できないからだ。
その内ブライドエンドは特に人気で、それぞれのブライドエンドをクリアすると特典として対象キャラクターの永遠の愛を誓うボイスが聞ける。素晴らしくて、咽び泣いたことは覚えてる。なんで余計なことは覚えてたんだ。あっ、このゲームに関することだからかな。
そして最後に、このゲームのアイドル達を実際に育成するマネージャー──もとい、正規ヒロインである主人公、浜波梨花(初期ネーム)というのはこの私だ。
何度でも言う。
私はヒロインに転生した。
最初の頃はこれ神様の思し召しかと鏡と何度も向き合い、その度に私が浜波梨花だと言うことを思い知った。くるりと内側に跳ねたショートに活発そうな明るい茶の瞳。リンコン!(略称)がアニメ化した時に出てきたヒロインそのものだ。
更にこのゲームには悪役令嬢がいない。そうこのゲームに悪役はいないのだ!
その代わり攻略対象との間に何度も試練のようなものが待ち構えているのだが、それら全てを乗り越えてこの人だと決めた人と幸せなエンドを迎えることができる──
最高かよ、と思った。
でもそれは、私がマネージャーとしてアイドル事務所に所属した瞬間から覆されることになる。半ば喜び半分、緊張半分で事務所に初めて足を踏み入れたのとほとんど同時。
「きゃー!退いてえー!」
何ぞ、と思うよりも早く私の横を勢いよく通り過ぎた影があった。私がその姿を捉えるより早く、いまだ止まらない影の前に良く知った顔が現れた。
「きゃあ!」
「おっと……おい、大丈夫か?」
二人は勢いよくぶつかったものの、背丈の高い彼は影を諌めるどころかその姿をしっかり抱きとめ、更に相手を心配するその様はやはり彼そのものだ。思わずうっとり見つめていると、彼の腕の中にいる彼女もまたほうっと息をついている。……うん?あれ、あの子何処かで見たような……。
「……っ、かわ……いい」
……え?
嘘でしょう?今、彼はなんて言った?可愛いと聞こえた気がした気がしたような……いやそんなはずがない。だって、だって彼は──
「はっ、しょ、初対面で可愛いとか言うとか、頭おかしいでしょう貴方!」
「……へえ、成る程。その態度も良いな」
ずいっと彼が彼女に顔と近づける。その瞬間、私の頭の中に衝撃が走り、そして浮かび上がった文字の意味を理解した瞬間思わず近場にあった柱の裏に隠れた。
「可愛いなお前……俺のもんになれよ」
「えっ、そんな急に言われても……!」
私は、この場面を知っている。
──違う、知ってしまっている。
思い出したくもない恥ずかしい思い出に、私は思わず顔を覆う。
ああ、そんな。ただの乙女ゲームの世界だと思っていたのに、なのになんで──
「(なんで夢小説の世界なんですかー!)」
この世界は、ただの乙女ゲームの世界なんかじゃない。乙女ゲームを題材にした夢物語の世界だったんだ。
あれから、彼──もとい舞阪鈴亮はあの夢小説ヒロインである少女、夢宮杏奈にべったり引っ付いている。そもそも彼のキャラは少しクールで男前。そして女の子の前では奥手で、相手を褒める言葉なんて滅多に口にしない硬派なキャラだった筈だ。それなのに、目の前にいる彼は、いまや別人と化している。
「杏奈、いつになったら俺と一緒になってくれるんだ?」
「もうっ、何言ってるの鈴亮君!貴方はアイドルなんだからそんな事言っちゃいけないよ!」
へーそう。一応基礎は覚えてるのねふーんそう。
……でも、ならそんなに彼にべったりくっつくのはやめたらどう?それじゃあまるで恋人とでも言ってるようなものじゃない。あんたも一応マネージャーだよ?こっちに来いや夢ヒロインめ。
「あー!りんりん狡いぞ!それなら俺だって杏奈ちゃんと一緒になりたい!……それにりんりん、杏奈ちゃんにくっつきすぎでしょ?離れてよ。杏奈ちゃんは僕のなんだから……」
「やだ、龍郎君まで……!」
あ、こんにちは最近ハーレムに加わった一ノ瀬龍郎君。ははっ、ゲームではあんな顔しなかったのに。あんな目元に影が落ちることなんて無かったのに。いつ闇堕ちしたのかな。ああ見てるこっちが辛い。
そうそう、言い忘れてた。大事なことだから前に言ったけど、リンコン!にはハーレムエンドはない。絶対にないのだ。
なのに、どうしてこんな状況になっているのかと言えば──勿論、夢小説のせいである。
リンコン!は人気に火がついてあらゆる二次創作が作られた。その中には、どうしてもヒロインでの恋愛ではなく自分自身での恋愛を求めたり、自分の作ったオリジナルヒロインでの恋愛を求めた人もいた。
そんな中で、ある伝説の夢小説が生まれた。
それは良い意味ではなくどちらかと言えば悪い意味の伝説となった。
何せその夢小説は、キャラの殆どがキャラ崩壊、夢ヒロインは超ぶりっ子、挙げ句の果てには私の扱いについて酷かったものだから特に批判が多かった。
何故なら、ゲームには存在しないハーレムを築いた夢ヒロインに嫉妬した私が夢ヒロインにとんでもないいじめをした挙句──最後には自滅し、自殺に追い込まれるから。
投稿されたサイトには批判が殺到し、更に表にまで引き上げられてしまったものだからいくつもの善良な夢小説が巻き込まれて消滅した事故があった。
けれど、その小説は消えることはなく、10周年を迎えた頃まで存在していた筈だ。
悪評の数々を得ながらもずっと生きながらえてきた夢小説。
そして、確か私もこの小説を非難した記憶がある。正規ヒロインが自殺するのは酷すぎると──
「……なんで、こんな事になっちゃったかなぁ」
こんな世界なんか望んでいなかったのに、やはり神様の意地悪なんだろうかと落ち込む私の肩を、とんとんと誰か小突いた。
「梨花ちゃん、お疲れ様〜。疲れてるみたいね、お水でもどう?」
「あ……ゆうちゃん、お疲れ様。いただきます」
はあい、と間延びした声で水を手渡してくれたのは同じマネージャー仲間であり、先輩でもある加谷裕樹さん。通称ゆうちゃんで、ゲームではヒロインのアシストをしてくれる気さくな人だ。少しオネエ口調が入ってるが、それ以外では仕事でもとても頼りになる人だから、私は結構好いている。
だってオネエだとしても、少なくともあんなハーレムに成り下がる奴らよりはまともだ。
「それにしても杏奈ちゃんは駄目ねえ。何度くっ付くなって注意しても話を聞いてくれないのよ」
「彼女いわく、向こうから来るから拒むに拒めないだそうで……」
「そんなの関係ないわよ。はあ、もう少し梨花ちゃんみたいにしっかりしてくれたら良かったのに」
やれやれと頭を振るゆうちゃんを尻目に、私は杏奈の様子を眺めていた。
……次はとうとうあの人があの中に加わる。その時、私は平常心でいられるのか。それだけが、どうしても不安でたまらなかった。
「ごめんな、梨花?俺やっぱりあの子の方がいいんだよ」
遂に、待ち望んでいなかった日は来てしまう。屋上の階段前に呼び出された私は、担当していたアイドルの一人、佐倉郡に見下されながら言い切られた。
分かっていた、この世界が夢小説を基にした世界なら、いつかこんな日がくると。
でもわたしは望んでなんかいない。望んでいないのに、世界は私の事なんか無視して進んでいくんだ。
「……でも、アイドルの貴方が簡単にマネージャーを変えることはできない」
「だからさ、梨花には一身上の都合って事でここをやめてほしいんだよ。ああ大丈夫、その時は俺が別の仕事紹介してやるからさ。な?悪くない話だろ」
そんな心無い言葉に込み上がってくる涙をなんとか堪える。そんな事言わないでよ。私は、貴方に憧れていたから郡君のマネージャーになったのに。
けれど彼は私の様子に一向に気づかないまま、だから、と付け足した。
「梨花がマネージャーをやめたらマネージャー新人教育として残る杏奈が俺のマネージャーになる。そしてお前は新しい、それでいって高待遇な会社に行く。うぃんいぅん、ってやつだろ」
もうやめて。
それだけの言葉を、私は飲み込む。こんな姿の郡君なんて見たくなかった。彼は確かにチャラ男系の軽い男子だった。でも女の子には誰にだって優しく、誰にだって真摯に付き合ってくれる人だった。
なのに、彼もまた結局夢小説の中の人間に成り果てる。……私はもはや、この世界に愛されてなんかいない。
そう考えると、胸が何度も何度も軋んだような気がする。けれど私はどうにかそれを押し込めて、にっこりと笑って返した。
「うん、ありがとう。それなら私も安心して辞められる」
「なら良かった!じゃあ早速……」
「でも待って、まだ今月ぶんの仕事は終わってないの。だからそれが終わったらまた改めて佐倉君に相談するよ」
私の言葉に少しだけ口籠もった郡君だったけど、すぐに理解してくれたようでじゃあとその場から立ち去った。立ち去る郡君の後ろ姿を見送り、その姿が階下に消えたのを確認してから、私はその場に崩れ落ちる。
ああ、もう終わりだ。郡君の中に私はいない。でも私の中にはまだ彼がいる。ずっとずっと蟠っているんだ。
それなのに簡単に諦めろっていうの?そんなの──そんなの、無理に決まってる。
「……あの、小説の中のヒロインも、こんな思いだったのかな」
ぽつりと零した言葉は誰にも拾われないと思って。だから、立ち上がった瞬間によろけて、背後にあった屋上の扉に当たって──そのまま背後から倒れるなんて事も考えていなかった。
「はい?」
「あっ……!」
ぼんやりと涙で潤んだ視界に映ったのは、青ざめた顔のゆうちゃんだった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
「ゆ、ゆうちゃん、そんなに謝らないで……ちょっと頭を打って気絶しただけで、医者の方も大した傷じゃないって言ってたでしょ」
「だからって、女の子に傷をつけたことには変わらないでしょう……?」
次に目覚めた時は、私は病院のベッドの上だった。呆然と白い天井を見つめていた私に気づいたゆうちゃんがあたふたと慌てたり、ものすごく謝ってくれたり、しょんぼりと落ち込んだりところころ表情を変えて接してくれた。
そんなゆうちゃんが新鮮で、私は思わずくすりと笑みをこぼしていた。
「あ……ああ、ようやく笑ってくれた」
「え?」
「だって、その……梨花ちゃん、佐倉君にあんな事を言われてたでしょう」
その言葉を聞いて、私はようやく気絶する前の出来事を思い出した。少しだけ胸の奥が痛んだが、今はゆうちゃんが目の前にいる。なるべく顔に出さないようと全然気にしてないからと笑って返す。
「本当に、事務所を止めるつもり?」
「……はい。ゆうちゃんと話して、改めて考えてみたんですが、やっぱり無理に留まるよりも別の場所に移動した方が私にとっても良いんじゃないかと思ったんです」
それにその方が私のとってもきっと都合が良い。郡君に言われた直後はふつふつと湧いていた憎悪が、今はすっかりと小さくなってしまっていた。これはきっと、目の前にいてくれるゆうちゃんのおかげだ。
そういえば、ゆうちゃんだけはあの夢小説の中にはいなかった。作者が忘れていたのか、それとも偶然なのかは分からない。
でもこれだけは分かる。──ゆうちゃんは私の味方だ。それを考えると自然と憎悪は薄れていった。
けれども、何故かゆうちゃんはしばらく苦虫を潰したような顔をしていて……かと思えば、急に真面目な表情を作って私をじっと見つめてくる。
「ゆ、ゆうちゃん?」
「……梨花ちゃん。急にこんな事を言って、それでいてあんな事の直後でとても不謹慎であることは分かっているつもりだけれど、でもどうかこれだけは伝えたいの」
そう言ったゆうちゃんの顔が、珍しく男らしく見えて、私はそこでふとリンコン!の設定集の1ページを思い出していた。
そういえば、ゆうちゃんは裏設定で……。
「私はね──貴女が、梨花ちゃんが一目見た時から好きだった。そう、一目惚れっていうものね。でも、私はこんな言葉遣いだからきっと好きだって告げたら貴女が私から離れていくと思ってとても怖かった」
シーツが小刻みに揺れた。見るとシーツの上に乗るゆうちゃんの握りしめた両手が震えている。
……きっと、ゆうちゃんは怖いのだ。私に嫌われることが、私がゆうちゃんの前から消えてしまうことが。そんな姿を見て、私はあの屋上前の階段の私自身を思い出していた。
「でも貴女がやめるかもしれないと聞いたら、もう我慢なんてしてられない。せめて最後にでも貴女に想いを伝えることができて、その結果こっぴどく振られたとしても別に構わない。私は、ただ貴女が好きな人がいるんだって事を、知って欲しかったの……」
下を向いて今にも泣きそうなゆうちゃんを見ていた私は、ほろりと頬を伝う物があることに気づく。でもどうにもそれを止めることは出来なくて、いつの間にかぼろぼろと零れ落ちていく。ようやく顔を上げたゆうちゃんがぎょっとして私の頬に触れようとして、すんでで止まる。
「ねっ、ゆうちゃん。覚えてる?」
その止まってしまった手の平を、私は両手で握り返した。どうか、もう離すことのないように。私を好いてくれた人を、私も好きになることができるように。
「私、恋をしたことのない女だって、入社した時に言ったこと」
それは本来乙女ゲームで、ゆうちゃんに「貴女は恋をしたことがある?」と聞かれた時に出てくる選択肢の一つだ。
ゲームではそれを選ぶと、ゆうちゃんは一瞬驚いた後にすぐに微笑んでくれる。けれどもその裏に隠された理由を知っている今、その直後に口にする言葉の意味も痛いほど分かる。
「「なら、どうか幸せな恋ができる事を祈ってる」──そう言ってくれたゆうちゃんが、どうして幸せな恋をすることができないの?だったら、ゆうちゃんが私に幸せな恋を教えて欲しいな」
また涙で濡れた視界に映るゆうちゃんの顔は、屋上の時とは違って嬉しそうな、でもやっぱり泣きそうな顔をしていた。
いつでも私を心配そうに見てくれていたこの人となら、私は幸せになれるかもしれないと確かな想いを持って私は彼の想いを受け止めたんだ。
その半月後、私は事務所を退職した。ゆうちゃんも同じ時期に退職して今は別の事務所に就職して、結局私の方も郡君に頼むこともなく自分で新しい職場を探して今はそこで働いています。
ゆうちゃんと付き合いながら、私は静かで幸せな日々を過ごすことができている。
その傍で、あの夢ヒロインが男を侍らせた結果壮大なスキャンダルを起こしたとか、彼女に惚れ込んだアイドル達がドロドロの泥沼を展開してるとか聞いてるけど、それは今の私には関係ないことだ。
「ねえゆうちゃん、そろそろうちのお父さんとお母さんに会いにいく?」
「えっ!?そ、そうね、もう少し心の準備が……」
「うちのお母さんにゆうちゃんの事話したら一度会ってみたい、それと聞いてみたいって言ってたから大丈夫」
「ああ!?まさかもう言っちゃったの!?やだ恥ずかしい!」
そんな風に顔を真っ赤にさせるゆうちゃんが可愛くて、それでいて愛しく感じられる。
……こんなヒロインのエンドも、きっと何処かにはあったんだろうなと思いながら、私は今を生きている。
ああ、きっとこれが、私の幸せな恋なんだ。
17/6/21
・文章をいくつか修正
・タグを追加
・タグの「ヒロイン=悪役令嬢」になっていたのを「ヒロイン=悪役」に変更しました。予測変換ギルティ。