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誰かの語り  作者: opitaru
8/11

その8

 ――そう、そうして私は、私の愛するパートナーの仇をとったのだ

 馬鹿な雇い主がいなければ、引き起こされなかったであろう、あの戦闘。

「……」

 昨日のことにも拘らず、ひどく遠い昔のように思える。酒に口をつけようとして、残りがほんのわずかしかないことに気がついた。せいぜいあと二口、三口。

「ふっ、ふふっ……」

 ――あの時、本当は私のほうがずっと、魔法を望んでいたのかも知れない。

 そう思うと、おかしさが込み上げてきた。

 そろそろ、私の語りを終わらせよう。


 


 燃え盛る森の木々。倒木のせいで、道もふさがっている。

 私は道の真ん中に座り込み、何をするでもなく、炎を眺めていた。

 しばらくの間、燃え盛る火の様子を見るのは暇つぶしになった。が、なんとなく、息苦しくなってきた。空気が足りないのかも知れない。体中の痛みも、どこか鈍いものになっていく。

 世界が横倒しになる。いや、私がか。目を閉じれば、楽になれそうだった。耳鳴りだろうか。耳元で鉄砲を撃ったような、ひどい音した。

「おい、大丈夫か――」

 意識が、遠のく。


 

 目が覚めると、まず視界に入ったのは天井。左には明かり窓(といってももう閉めてあるが)、右にはドアと火の灯った燭台があり、ほかにベッドが二つ、いずれにも傷ついた仲間が眠っていた。

 まだ思考回路が整わず、目を瞑ろうと考えた矢先にドアが開いた。コリーともう一人が――宿の従業員だろうか――水桶と包帯を持って入ってきた。

「誰か、起きたか?」

 小声でコリーがつぶやく。

「起きていない、誰も」

 体を起こし、そう答えてやると、コリーはため息をついた。

「よかった、結構心配だったんだ」

「それはどうも。だが、私の怪我はたいした事じゃない」

「んなこと言ってると、傷口に鉛ぶち込むぞ。 少しは頭のいい戦い方しろよ」

「十分洗練された戦い方だろう? おかげであの怪物は死んだ。もう、森の道の危険は去った」

「ん、まあ、そうっちゃそうだけどな」

「……」

 あの怪物は、あのまま放って置いても、恐らく死んだだろう。私が、仕留めたと言うことを否定しないのは、コリーなりの気遣いだろう。

 隣で、コリーと一緒に包帯を換えている従業員が、興味深そうにこちらを見ている。

「森の怪物を、倒したんですかい?」

「ああ、倒した。でも、こっちもやばかった。何人も死んだ」

「……」

 あの馬鹿な雇い主の所為だと、だれかれ構わずに吹聴することはしなかった。

 そうすれば他の生き残った者達に迷惑が及ぶからだ。

「でもよ、むしろ生き残れたのが奇跡、みたいなもんだろ? こいつが例の火吐きの話してなきゃ、皆死んでたかも知れない」

 そう。火吐きも含め、ああいった特異な怪物は、滅多にいない。それでデマだと高をくくって全滅、というケースもままあるのだ。

 私の包帯を換えていた従業員の手が止まる。

「え? 火吐き、ですかい。それはどんな怪物なんです。黒い奴でしたか?」

「いや、黒と言うより、緑に近いかなぁ。……あ!」

 コリーがこちらを見た。私も気がついた。どう考えても、火吐きは噂の怪物の特徴と合致しない。

「まだ、いんのか?」

「……まあ、街にいれば、とりあえずは安心、だろう。それに、道を迂回すればいいんだ。オーナーも今頃は、考え直してくれているだろうしな」

 包帯を換え終わり、従業員がおじぎをして退出した。

「じゃあ、俺ももう寝る。しっかり休めよ」

「……いや、ちょっと付き合えよ」

 ドアに手を掛け、去ろうとするコリーを、私は引き止めた。ベッドから降り、靴を履く。それから、武具も身に着けた。とはいっても、剣だけだ。小手と皮鎧はやめておいた。

「外で一杯飲もう。月見酒だ」

 私はそう言って、懐から酒を取り出す。

 それを見て、コリーは苦笑した。

「どこにしまってたんだ? それに今夜の月はたいした事ない。イモみたいな形だった」

「ふん、月は月だ。行くぞ」


「でもよ……」

 コリーがつぶやく。

 ここは屋根の上。見晴らしがいい場所を見つけるのが面倒で、結局宿の屋根の上で飲むことにしたのだ。

 コリーは足を屋根から垂らし、干し肉をくわえている。平屋根なので滑り落ちることはないが、子供のように足をぶらぶらさせることに保守的な私は、縁から少し離れた所に落ち着いた。

「よかったな、奥さんの仇、とれてよ」

「”奥さん“か。……そんな言うほど、あの頃、実感は無かったな」

「そうか、新婚ほやほやだったんだな?」

「ああ、今のお前と似たようなもんだろう?」

 コリーは頭を掻き、小さく笑った。その様子は私に、こいつが幸せいっぱい野郎なのだと再認識させた。

 酒を注いでやり、自分でも一口すすり、ため息をついた。

「仇を、とったのか。だが……」

 やはり、何も変わらなかった。劇的な心境の変化だとか、ばら色の未来が見えてくるとか、そんなことまで望んだ訳ではない。ただ、歩を進めたかった。前に、もしくは後ろでもいい、今いるところから立ち上がって、何処かへ行きたかった。

「なあ!」

 私ははっとした。いつの間にか、眠りそうになっていたようだ。軽く首を振り、立ち上がって、コリーのそばまで歩いていく。

「どうした? 私は寝てないぞ」

 コリーが、心持ち真剣なまなざしでこちらを向く。




「……大丈夫だって。お前、ちゃんと立ち上がれてるよ」



 

 私は、自分が酔っ払ったのかも知れないと思った。

 目の前のコリーが歪み、目の周りがかっと熱くなった。声もやけに震える。

「……そうか?」

「ああ、ちゃんと立ち上がってるよ」

 キャスとの思い出、最後に思い出すのはキャスの最期だった。いつも、火吐きを倒した時ですらそうだった。だが、この時、最後に現れたのは、愛しいあいつの、無邪気な笑い顔だった。

「そう、か。――ああ、そうだったのか」

 私は、やっと自覚した。自分は今、立ち上がって、そして泣いている。

 コリーに涙を悟られぬよう、上を向き、月を見る。イモのような月は、ゆがんでもイモのようだった。




「ありがとうな。コリー」

「おう」

 とめどなく流れた涙も乾き、私は、首を戻してコリーのほうを向いた。

 そして、眼と眼が合った。

 空っぽな、眼ともつかない眼。黒い、もやのような体。月の光を受けているはずなのに、その眼と口の中には、空恐ろしいほどの暗やみが広がっていた。

 それ(・・)は、コリーのひざ元の近くからその虚ろな顔を覗かせていた。コリーの足を掴んで。 

「ん? どうした――」

 コリーが気づき、絶叫する。

 私は、骨の髄まで恐怖に侵された。

――それはまるで、まるで



 


 死のかたまり






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