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誰かの語り  作者: opitaru
7/11

その7

 

 私は酒に口を付け、状況を確認する。

 

 残った虫は7匹。火吐きは道の中央に立ち、我々を威圧している。対する我々は、火吐きの攻撃に警戒し、間合いを取っていた。前衛は私も含め十人ほど。めいめいが武器を構え、その後方では、他の者たちが火砲の準備をしている。コリーも後方だ。

 我々前衛は役割を分けた。すなわち、火吐きの注意を逸らす方と、その間に虫共を掃討する方とだ。当然私は火吐きの注意を逸らす方を選んだ。虫型どもの襲撃を避けつつ、火吐きに接近してゆくのだ。

 銃撃音が続くが、どうも当たっていないようである。

 こちらはこちらで、火炎弾が味方に当たらぬよう、怪物の向きを誘導しながら接近するのはなかなかに骨が折れる。

「こっちだ、怪物!」

 火吐きがこちらを向く。隙を突いて全力で突っ込み、ついに相手を私の間合いの中に捉えた。

「うおぉ!」

 かけ声と共に跳び、渾身の一撃を食らわせる、つもりだったのだが、火吐きがまたうなり始めたのだ。つんのめりながらも制動をかけるが、怪物は容赦なく火の玉を撃ってきた。

「うおぉ!」

 先ほどとは違う意味の言葉を叫び、頭から滑り込んで、しゃにむに避ける。当たりはしなかったが、地面に伏しているところを虫共が突いてきた。転がり避けるのが精一杯。だが、それでも先ほどの爆弾の効果はあったようだ。何度か地面を転がった挙句、どうにか虫を追い払い、立ち上がることが出来た。

 さらに、剣をふるう仲間の一人が、虫型を串刺しにするのが見えた。こういう時ばかりは、軽い剣が羨ましい。

 

 仲間の活躍に気を取られていると、右方向から虫型が二匹、並んで突っ込んできた。避けようとしたが、後ろを見ると、他の虫と戦っている仲間が見えた。

「チッ」

 覚悟をきめ、剣に手をかける。左足を前に出し、体を右にひねった。ほとんど後ろ向きの状態から、左腕に力を込めて、ほぼ水平に抜き払う。

 右側の虫の腹を切り裂き、もう一方の虫にもその切っ先が届こうかというところで、剣の間合いから外れた。すなわち、接近されすぎたのだ。私の左肩に、怪物の針が深々と突き刺さった。剣が手から離れ、そのまま飛んでいく。

「ぐっ、おおっ!」

 針を抜かせる前に、私は左手で虫の翅を握りつぶし、飛べなくなった怪物を思い切り地面に叩きつけた。

 

 虫型を殺し、私は膝をついた。左肩の痛みが、脈打ちながら襲ってくる。

「おい、大丈夫か?」

 隣にいた仲間が声をかけてきた。

「ああ、大丈夫、かすっただけだ。油断するな」

 明らかに穴が開いていたが、そう答えておいた。幸い、急所には当たらなかったようだ。まだ動かせる。

「!」

 後ろから虫が突撃してくるのが、彼の肩越しから見えた。私の顔色を見て彼も察したが、私の計算では、反撃は間に合わない距離だ。

「避けろ!」

 私は怒鳴ると同時に、無理やり彼を引き倒した。攻撃から逸れるようにだ。

 虫は私めがけまっすぐに飛来する。私はとっさに小手で身を守る姿勢をとった。しかし、針が激突するものと思っていた小手に、当たったのは怪物の破片、そして体液だった。

「よお、危なかったな」

 私は左を向き、声の主のほうを見た。

「いや、全く危ないことはなかった」

「おいおい、助けてやったんだ。礼ぐらい言えよ」

「そうだな、ありがとう。コリー」

 傍らにコリーが立っていた。手には煙の立つ銃。普通のものより大分銃身が長い。彼の後ろでは、火砲を火吐きに向ける仲間の姿が見えた。

 その火砲はまたずいぶんと巨大な代物で、全鋼製、さらに、分解して持ち運べる優れものだ。そのためところどころに継ぎ目があるが、暴発の危険はない、という。口径はなんと従来品の二倍、威力は四倍、そして値段は16倍、だとか。コリーの受け売りだ。

 私は仲間の手を借り立ち上がった。気つけとして酒を飲み、傷口にも酒をかける。

「虫どもは全滅させました、いけます!」

 怪物の方を見ると、攻撃を引き付けていてくれた仲間たちが後退している。コリーが銃口を怪物に向け、叫ぶ。

「いよし、今だ! 撃てぇ!」

 ここら一帯の全てが震えた。

 真っ赤な砲弾は恐ろしい速さで怪物に向かい、そして直撃したはずだ。というのは何しろ、土煙で何も見えないからであるが。

 だが、代わりに怪物の怒号が響き渡った。

「まだ死んでないぞ!」

「火の玉に気をつけろ!」

 一瞬の静寂ののち、怪物の足音が轟き、土煙が揺らぐ。

 火吐きが煙の中から突進してきた。向かって顔の右半分が潰れ、砲弾の痕は首筋まで続いている。

 血を噴き出しながらも、怪物はあの破壊的な大声をはなってきた。前線にいた傭兵たちが硬直する隙を突き、怪物が角を振り上げそこに突っ込んでいく。

 三人の傭兵が逃げ遅れ、その中の一人は、まともに角の一撃を受けたようだった。それがとぶさまは、関節が自由に曲がる人形のようで、もはや人間がとる事の出来る動きではなかった。

 他の二人は、直撃こそ避けたものの、怪物の、とがった岩肌にかすったのだろう。回転しながら地面に叩きつけられ、そのままぴくりとも動かない。

 

 突撃の後、惰性でそのまま前進していた怪物が、ゆっくりと止まった。

「くそっ!」

 周りの者たちが火吐きに向かっていく。

 仲間の一人が、怪物の後方から斬りかかる。が、鞭のようにしなる長い尻尾で、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。

 私も、戦おうとして、剣を手放してしまったことを思い出す。周りを見渡すと、遠くの木の幹に刺さっていた。

 急いで剣を抜きに行くが、後ろからは激しい戦闘の音が響き、走っている時間ももったいなく感じられる。

 私はやっと木のそばまで行き、剣を鞘に収めると、全力で仲間のところへ駆けつけた。

 

 戦況は思わしくないようだ。死傷者が増えている。木の陰に寄りかかっている者、地面に倒れている者。私は、それらの側を走り抜けた。

「第二弾準備、装甲の薄い腹を狙え!」

 火砲の照準を定めている数人のそばを通り過ぎ、前衛に助勢する。怪物は怒り狂い、尻尾を力の限りに振り回していた。

 

 ――ズン

 

 大砲が火を噴き、怪物は腹をよじらせたが、

「まだ、倒れないのか……」

 踏みとどまった怪物が、火砲隊の方を向いた。これまでにないほど激しい火炎が、口からもれている。

 怪物の後ろに回りこんだ私は、火砲隊への攻撃を阻止するため、お留守になった怪物の尻尾に思い切り剣を振り下ろした。

「うおおっ!」

 鈍い音がして、尾の根元近く、剣身が食い込む。血が噴き出し、一瞬遅れて怪物の叫び声。火炎弾があさっての方向に飛び去るのは見えたが、尻尾がうねり、私は吹き飛ばされてしまう。

「ぐっ……」

 受身をとれず、地面に激突した。

 

 どうにか身を起こし、剣を収める。体中が痛むため酒を飲み、痛みをごまかした。

「ん?」

 見ると怪物の動きが止まっている。だが、目を引いたのはそこではない。

 怪物の背中には、まるで鍾乳石のように発達したうろこが密集しているのだが、そのうろこがいくつにも裂け、パックリと割れはじめているのだ。その中身は紅く、まるで大輪の花々が咲くようである。

 そして、開ききったその花々は、炎をちらつかせ始めた。

「なにか、ヤバイ気がするぞ」

「おい、どうする? 火砲の一発でもお見舞いしてやるか?」

「逃げよう、逃げようぜ!」

 徐々に炎は激しさを増しているようだ。意見の大勢は、怪物から離れるのが賢明という判断に動いた。



「皆は下がっていてくれ。奴に止めを刺したい」

 皆が振り向く。コリーが話しかけてきた。

「火砲、使うか?」

「いや、剣で行く」

「馬鹿か! ……って言わねえと、あれだよな。流れじゃねえよな」

 火吐きの背中から、火炎弾が噴き出した。放物線を描いて飛んで行き、地面に落下。とたんに爆発を起こし、大穴をひとつ、地面にあけた。

「まるで火山弾だな……」

「逃げろ! 早く!」

 最初は後ずさっていた者も、火山弾の間隔が短くなるにつれ、背を向けて逃げ出した。

 私も走り出した。怪物に向かって。

 四方八方で爆発が起きており、火吐きの背中からは、花火の打ち上げ音のような甲高い音が続く。

「むっ!」

 すぐ前方で、爆発が起きた。煙で何も見えはしないが、構わず走る。爆音で耳鳴りがするが、関係ない。煙を抜け、私は怪物の目の前に躍り出た。



「……もう、復讐なんて忘れたと思っていたんだがな」

 目の前の怪物は、頭部を地面に載せ、足を折り曲げていた。私が話しかけると、ゆっくりと頭を上げ、こちらを向く。

 その目には、誇りと怒りと、そして凄まじいほどの、疲労が見て取れた。その間にも火山弾は一帯に降り注いでいる。森の木にも引火して、怪物の周囲の森はまるで火の海だ。

「お前は、ここで死ぬ」

 怪物は、低いうなり声を上げて口をあけた。あえぎながら息を吸い、それでもその口腔は、再び赤みを帯びてきている。

 私は一気に間合いを詰め、怪物の顔にとり付いた。怪物の下顎に足を掛け、上顎に左手を掛ける。私は怪物の口の中を覗いた。のどの奥から炎がちらつき、熱い息が顔にかかる。発射寸前の状態だ。

 肩の痛みをこらえ、怪物の頭の上に乗る。火炎弾が、足をかすめた。

「私が、殺す」

 切っ先を怪物に向け、剣の柄を強く握る。砲弾で傷ついた右目を狙って、私はまっすぐに、その重たい剣を突き刺した。

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