その3
外に出ると、夜風が涼しい。キャラバンが無事ならば、とっくに荷降ろしも終わっている時間だ。少し気になったが、キャラバンは大丈夫だろう。あそこには、罰を食らってふてくされたコリーがいる。それよりも、さっきの怪物だ。
砦を基にしたこの町に、怪物が侵入するのはありふれたことではないはずだ。店主に聞いても、初めてのことだという。
私は迷路のような道を抜け、キャラバンへと向かった。夕闇の中、町門にほど近い場所にテントが見える。空の荷車と、ノハン数頭とコリー、それにほかの傭兵が二人ほどいた。
こうして名前を並べると、まるで彼も動物の名前のように感じておかしい。心の中では心配だったのか、彼らが無事だとわかり、余裕が出てきたのだろう。些細なことで笑えた自分がそこにいた。
「よお、もう交代の時間だぜ。どこ行ってたんだよ」
そう言いながらも、私がどこに行っていたのか、すっかりばれているようだ。顔がにやついている。
いや、ばれている、というのは正しくない。何しろ、仕事中は飲酒は控えるべきであるというコリーの正当な意見を退け、密かに例のグィラン・レ・マルビス酒を飲ませてやったのは、私だからだ。
それを考えると彼の報酬を減らしたのは間接的に私のせい、ということになりそうだが、コリーはそんなことを責めるやつではない。
私は、自分の仕事である町の偵察の報告を行った。
本来なら、形だけの偵察結果を話し、見張り組と酒盛りでもするのだが、今回はそうもいかなかった。町で出くわした怪物のことを彼らに伝えた。
「だが、まあ、よくあることだ。さして異常なことでもないだろう」
そう言って私は軽く片付けようとしたのだが、周りの反応は、あまり軽いものではなかった。コリーなどは深く考え込んでいる。
「なんだ、何かあったのか?」
「…実は、変な噂を聞いたんだよ」
私は少し身構えた。
「この付近の森に、最近やばい奴が住み着いたらしい。真っ黒い怪物で、一撃をぶちこもうとしても、煙のように消えちまうんだと」
「煙のように?どういうことだ?」
「しらねぇよ、ただそう聞いただけ」
私も、少しいやな予感がし始めていた。コリーがこちらを窺うように見ている。
怪物の中には、全く常識を超えたものがいる。学者のなんたらいう法則を、完全に無視している奴らだ(別に私は皆のように、科学を信じていない訳ではない。ただ、そういう例外は、常に存在するものだ)
実際私も、一度だけそういう奴に出くわしたことがある。奴はいきなり火の玉を吐き出してきたのだ。
「……っ」
思わず右肩を押さえてしまう。もう無いはずの右腕の痛み。
「おい、大丈夫か?すまん。こんな話しちまって…」
頭にこびりつく映像を振り払い、答える。
「いや、大丈夫。もう昔の話だ」
こういうとき、心配してくれるコリーが少し、うっとおしいと感じるのはわがままか。よく気がつき、信じやすく、人懐っこい。体格のいいその姿からは想像しにくいが、コリーはそんなヤツなのだ。
私の身の上話も、一度したことがある。酒の上の話だったにもかかわらず、覚えていたのだろうか。
私はコリーと交代し、次の見張り番が来る夜明けまで、しっかり見張りをしていた。酒盛りは、しなかった。
いつの間にか、うたた寝をしていたらしい。わずかに差し込む光が、夜明けを告げていた。物語をどこまで進めたか、一瞬分からなくなる。気付け薬として件の酒を飲み、ようやく思い出してきた。たしか、私のどうでもいい日常を、たらたらと連ねていったところだ。
しかし、そろそろ閑話休題、といこう。夜通し語り続けて、私の体力も続くかどうか疑わしい。