その2
怪物のシルエットは、黒と赤。薄暗い店内と夕焼けのコントラストだ。破られた入り口から差し込む西日がまぶしいが、どうやら人型であるようだ。長い影がY字型にみえる。
両手をだらんと下げ、こうべを垂れたその様子は、己の行為を悔いているのだろうか?
いや、決してそうではない。その胸についた真っ赤な欠片をなめとる仕草は、これが主食としているものを指し示し、その両腕についた重量級の爪は、これがどんな方法で狩りを行っているのかを如実に物語る。
私は、もう少しこの怪物を観察する。重量級なのは、なにも爪だけではないようだ。全身のほとんどを、堅そうな皮膚でおおわれている。否、装甲と言ったほうがいいだろうか?しかしその分、動きは鈍そうに見えた。
怪物が顔をあげ、こちらを向く。と、一瞬ののちにこの生き物は、目の前の私に突進してきた。私の椅子は粉々になったが、私は右に逃れ、剣を抜かずに間合いを取る。
怪物は、破壊したのがただの椅子だと分かると、雄叫びを上げた。
こちらを振り向き、巨大な爪で周りの椅子や机を弾き飛ばす。私のほうにも飛んできたが、剣で防ぐことはせず、私の防具で唯一鉄製の小手を使って受け流す。しばらくすると、怪物は作戦を変え、爪を構えた状態で、ゆっくりとこちらに向かってきた。
邪魔な調度品がなくなり落ち着いたのだろうか?私は戦う場所を変えようと、出口のほうをちらりと見たが、そこで怪物の行動の真意を知った。
椅子と机の残骸で、出口はとても通れそうになかったのだ。私は舌を巻いた。私の戦術とは正反対だったからだ。
視線を怪物に戻すと、怪物は笑った。獲物を仕留める直前の高揚感からだろうか。
「案外頭のいいやつだな」
私が話しかけると、怪物は更に口の端を広げる。
実際、よく考えられた戦術だ。この怪物の欠点である鈍重な動きを、見事に補っている。さらに、火砲でもなければ、この怪物の厚い装甲は打ち破れないだろう。
では、どうするか。実に簡単だ。
私は壁に向かって走り、壁を蹴り、怪物に向かって跳んだ。その際、剣を引き抜き、大きく振りかぶって、である。
怪物も、私めがけて爪を振りかざす。あと少しで、わずかに見える装甲のない部分に斬撃を加えられるか、というところで左の爪が当たった。怪物はついにおぞましい高笑いを上げ、満面の笑みで右の爪を突き出してきたのである。
そしてその爪は、途中で止まる。怪物の高笑いもだ。怪物が左の爪をみやると、その爪は切り落とされていた。
むろん、私の一撃によってである。しかし怪物は、どうして爪が無くなったのか分からないようだ。そして、その理由を悟り、死んだ。
怪物の思考をつかさどっていた脳を、強固な装甲で覆われた頭部ごと、私は真っ二つにしていた。
怪物が死んだことを確認すると、私は息を吐き、よろめきつつも剣を床に置いた。続いて小手をはずして、床に放る。ごとんという音と共に、周りの土が震えた。
肩を回して筋肉をほぐしていると、カウンターの陰に隠れていた店主が、顔を出した。
「倒したんですか?」
「ああ、まあな。」
手近な椅子を立てて座る。酒を一口飲み、背もたれに寄りかかった。
「すごいですね、怪物を剣一本で倒せる人なんて、初めて見ました。しかも…」
「しかも、何だ?」
「い、いえ…ところで、ちょっとこの剣見せて頂けませんか?」
私はうなずく。店主が私の剣を持ったときの反応が見たかったからだ。
私の剣は、重い。傭兵が良く使う2.3ゴール級の剣の4倍はある。案の定、店主も持ち上げようとして、その重さに目を見開いた。見た目はごく普通なだけに、そのギャップは大きいのだろう。
そう、これが私が行き着いた、一人で、片腕で、怪物と渡り合う方法だ。
小手と剣に重量を集中させ、一撃の下に相手を叩き潰す。たとえ相手が鉄の鎧を着ていようが、関係ない。この破壊力は、火砲のそれに匹敵すると、私は自負していたのだ。店主は一瞬納得の言ったという顔をしたが、すぐに不思議そうな顔をした。
「失礼かもしれませんが…最近では、この辺りでも銃は手に入りやすくなりました。あなたはなぜ、こんなものを使っているのですか?」
私は答えないつもりだったが、酔いが少し回ってきたのだろう。つい呟いていた。
「それじゃあ、相手を潰す感覚が残らないだろう?」