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誰かの語り  作者: opitaru
10/11

その10

 実際のところ私は、この怪物の正体など知らない。あの気のいいコリーが私のことで悩まなくていいように、口からでまかせを言ったに過ぎなかった。

――身勝手、かもな

 つまり私は、コリーたちの未来に自身の望みを託したのだ。安い劇のような言い方をするならば、「私の分まで幸せになってくれ」と言うところだったか。

 あの時点では、コリーは私の狙いに気づいたようには見えなかった。だがいつか悟られてしまうのではないか。そのときコリーは、どう思うだろうか。重荷に思うだろうか、改めて引き受けてくれるだろうか。

 私には、それが大変気がかりだった。

 

 私の生きた証。キャスの生きた証。もう、私たち二人には残すことの出来ないものを、どうにかして残そうと、私はあの月の下で誓ったのだ。

  



 深いふかい暗闇。

「さて、どうしようか」

 声を張り上げても、何も響かない。だが、身体全体が微かに揺れているのは感じられた。未だ、この怪物はどこかへ移動しているのだ。内臓が上方に押し込められる感覚で、落下しているのだと気づく。今度は着地だろうか。内臓が下に揺れる。

 時間の感覚は当てにならないため、なんとも言えないが、あまり長い時間落下していた訳ではなさそうだった。

 ――私をどうするつもりだろうか

 私は最初、この怪物は取り込んだものを喰らうものと思っていた。だが、今のところ私は生きており、身体が溶け出す、といった異常も感じられない。

 ――ひょっとしたら、本当に財宝があるのかも知れないな

 もしそうなら、ずいぶんな喜劇だ。嘘から出たまこと、という言葉でよかっただろうか。

 だがもちろん、自分の巣へと獲物を持ち帰っているだけなのかも知れない。

 そして、それは唐突だった。

 

 ――ん?

 暗闇の中で、何かが見えた。目にごみが入ったのかとも思ったが、それは間違いなく、光だった。光はみるみる押し寄せ、目も眩むような奔流に変わった。そして、全身を刺すような痛みが襲う。

「――っ!」

 痛みのあまり息が出来なくなる。

 ――なんだ、これ、は

 幻覚だろうか。しかしこの痛みは、とても夢まぼろしのものとは思えなかった。

 しかし痛みは消え去り、あふれる水が私の呼吸を遮っていた。光の奔流は、いつの間にか大水に変わっていたのだ。水の流れは容赦なく私を弄び、空気を奪う。

 意識が遠のき、視界いっぱいに白い斑点があらわれだした。

 死ぬ瞬間に、視界に白点が見え出す、という話があったことを思い出す。

 ――しぬ、のか

 視界に広がる白い点は、次第にゆらゆらと動き出していた。その動きは、舞い落ちる木の葉のようにも見える。

 私が死を覚悟した次の瞬間、白い粒が激しく舞い、風の音が響くようになる。白い点は掻き乱され、ひとつ、またひとつ消えていく。

 最後のひとつが完全に消え去ると、残るは暴力的な風だけになった。大水も消えている。 

 身体の自由が利かず、手足がばらばらになるかと思うほどの強風。思わず目を瞑ってしまう。

 

 私は、何か得体の知れない現象に遭遇している。しいてこの変事を言葉で表すならば、

 ――魔法、なのか? これが

 

 風の音はいつの間にか止んでいた。代わりにパチパチと跳ね回る音が聞こえる。次第にその音は激しくなっていった。

 音が気になり目を開ける。すると私は、自分が真っ赤な炎の渦の中にいることに気付いた。

 ――熱い、焼けてしまいそうだ

 私はあの火吐きの炎を思い出した。キャスもこんな苦痛を受けたのだろうか。

 大量の火の粉が舞い、視界を遮る。


 外套を被った見知らぬ者達が、巨大な怪物を取り囲んでいた。雷鳴が、太鼓を十基重ねて打ち込んだかのようにうるさい。轟音と共に、まばゆい雷光があたりを包む。

 怪物がその光に乗じて一人の男に襲い掛かった。

「危ない!」

 私は駆け出した。しかしちょっとも進まぬうちに地面が揺れだした。大地には何本もの大きな亀裂が入り、私は亀裂に落ちてしまう。

 

 落ちながら大地の奥底に目をやると、暗がりのなかに何かが見えてきた。

 崩れた城壁、なだれ込む兵士、そしてその軍勢と戦う兵士たち。そのなかに、どことなくコリーに似た、筋骨隆々の男がいた。腕中に火傷の跡があり、果敢にも、後退する味方の兵のしんがりをつとめているようだった。

 私は叫んだが、ひどい怒号が飛び交い、その男には届かない。

 何かの気配を感じて振り向くと、目の前に剣を振り下ろそうとする兵士が見えた。

「くっ!」

 

 気がつくと、私は森の中にいた。

 叫び声がして、そちらの方をみると、一人の青年がこちらに疾走してくるのが見えた。その後ろから、火の玉が飛んでくる。その火元は、なんと火吐きだった。

 しかしその体躯は、私が止めを刺したものとは似ても似つかぬ小ささ。

「……ない。あれを、書き上げるまでは、死ねない」

 そう言いながら私のそばを通り過ぎる青年を見て、何か、引っかかるところがあった。

 ――デン、クレイ?

 私が見た彼の原本の挿絵に、似た場面が描写されていたことを思い出したのだ。

 訳の分からないこの状況で検討していたある仮説が、確信に変わっていく。

 ――これは、過去の映像なのか?

 火吐きが声を張り上げた。身がすくむというよりは、頭をなでてやりたくなるような声だった。

 

 耳を澄ますと、鳴き声のほかにも何かが聞こえた。

<<まだ、死ねない>>

 その声は、地の底から聞こえるようにも感じられたし、空の上から囁いているようにも感じられた。

 それは、様々な人々の声だった。あの青年の声も、いつの間にか混じっていた。

<<まだ、死ねない>>

 

 私は暗い(くら)い小部屋にいた。明り取りの窓は小さく細く、快適さなどという言葉とは無縁の部屋だった。

 ――牢屋、か

 一人の囚人がいた。ツギもあたっていない服を着ており、体中ひどい痣が出来ていた。落ち窪んだ眼には生気というものが感じられない。

 ――いや、本当にそうだろうか。

 私はその男をよく観察してみる。この男はなんと、細身の剣を持っていた。これで脱走するつもりなのだろうか。この男は剣の柄から何かを取り出した。針のようだった。男はその針で剣身に、何かを一心に彫り込んでいた。

 ――何を、書いているのだろうか

 男の目には、何かが宿っていた。それは幽かな光。悲しみと絶望と怒りに翻弄され、それでもなお、なにかを持つ人の目だった。

 足音が近づいてくる。男は慌てて針を剣にしまい、今度は剣自体を石壁の石のひとつをはずし、そこに隠した。

 重い音と共にドアが開き、看守らしき男が現れた。腰には粗末な棍棒。後ろには、手を縛られた若い女性。囚人服というより、ぼろ衣をあてただけ、という姿だった。

 看守は女性を中に突き飛ばすと、囚人の男を引っ張りだした。囚人の男には、抵抗するそぶりが全く感じられなかったのだが、看守は男を殴り倒し、早く起きろと言って男の腹部を蹴りつけた。看守は男のそばに屈み、こう呟く。

「お前の最期なのに、これっぽっちしかお返しできなくて悪いなぁ」

 よく見ると、看守の顔には丸い痣があった。

 看守は女性に向き直り、死刑囚としてのなんとかいう生き様を雄弁に語りだす。

 あまりに悪趣味なその内容をあえて伝えはしないが、女性の顔は見る見るうちに青ざめていった。

 女性は叫ぶ。

「私は何もやってない!」

「うるさいぞ、黙ってろ! お前の旦那は、お前が盗んだと言ってたぞ」

「違う! 何かの間違いよ!」

 看守は突如棍棒を抜き、女性を殴りつけた。何度も何度も、非道い罵詈雑言とともに。

「誰か、だれか……」

 女性はうずくまり、ただ暴力を受けるのみ。頭からは血が流れだしている。

 私が殴りかかる前に囚人の男が飛び掛り、看守に体当たりを食らわせた。手を縛られていたその男は、女性のそばに倒れこむ。

 女性が彼を抱き起こすと、男は女性の耳元になにかを囁いた。絶対に第三者には聞こえないはずのその声は、こう言っていた。

「君の真実を、物語にしてつなぐんだ」

 女性は男に問う。

「だれに? どうやって?」

 男は一層声を低めて言う。

「石壁の中に物語が綴られている。それから、誰への語りかというと……」

 男は、こちらを見た。





「君たち、未来に……」

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