Ⅰ-1
スマホのアラームが大きく響く部屋の中で俺こと佐々木雄太は目を覚まし、ベッドでもぞもぞ動きながら枕元に置いてあるいまだ鳴り響くスマホを手に取りアラームを止める。ちなみに時刻はただいま7時ジャストでございます。
「音大きかったな・・・明日はもう少し音量下げるか」
何の考えも抱かずにそのまま思ったことを口に出したが、それが正しくないことをすぐに思い出し溜息ひとつ吐いてから頭を軽く掻き毟る
「ま、さすがに寝起きですからね。しょうがないしょうがない」
と開き直りながらベッドから降り、部屋の反対側にあるクローゼットへ向かい高校の夏服に着替える。何事も開き直りは大事ですから、悪いことはしてませんよ?
「開き直りすぎるとただのバカになっちゃうけどね?お兄ぃがそうなってないか佳奈は心配だよー」
「まず、一人称が自分の名前ってとこでお前の方がバカっぽいけどな。あと勝手に部屋に入るな。せめてノックぐらいしろよ」
何の前触れもなしにいきなり部屋に入ってきた我が妹の発言に突っ込みつつ着替えを完了させる。・・・あれ?こいついつから俺の着替えを見てたんだっけ・・・?
「もちろん!お兄ぃのパンツはしっかりとこの目に焼き付けてって・・・ちょ、お兄ぃそんな怖い顔で佳奈を見ないでごめんなさいごめんなさい許してーー!!!!」
・・・何気にこれが佐々木家の日常だったりする。いつからこいつはこんな妹になったのやら。腕の中で何か叫んでいた炭素の塊が静かになったのを確かめ、早くも本日二度目の溜息を吐く。
「イタタタ・・・相変わらずお兄ぃは過激なスキンシップがお好きですなー」
「おいこら、誤解を招く言い方をするな」
残念ながら復活してしまった妹が首に手を当てながら、玄関で革靴を履く俺に声を掛けてきた。何気にこいつタフなんだよなー・・・なんでだろう・・・。
「・・・今お兄ぃが佳奈に対して失礼な事を考えてた気がするんだけど・・・。」
おっとまさかこいつはエスパーだったのか。とりあえず顔に出ないように妹の前では真顔で過ごすことにしようか。
「・・・なんかその顔だとますます怪しいんですけど・・・。まあいいや。それよりお兄ぃ学校行くの?相変わらず真面目だねー」
「別に真面目ではないよ。強いて言うなら特にすることがないから遊びに行くだけさ」
靴を履き終え、学生鞄を手に取りながら訂正させる。にしても何も入っていない鞄は軽いな。そういえば素材は何でできてるんだろうな。そんなことを思い鞄を見つめる俺に対し妹は
「でもさ、明日で世界終わるんだから普通学校行こうとか思わなくない?」
・・・そうだ。普通はそう思うだろう。そもそも世界が終わるなんて普通ではないが、現実にそれが起こっているのだからそれは仕方がないだろう。
妹に目を向ければ花柄のかわいらしいパジャマを着て、学校に行く雰囲気は全く感じられない。
そうなのだ、誰が見てもこの状況下でどちらが正常な判断をしているのか聞かれれば大多数の人は妹が正常だと言うだろう。
けれども大多数なのだ。少なくとも全員とは限らないのだ。俺のこの行動が正常だと言う人は存在するはずなのだ。
「まあ、俺は俺の道を行くだけなのさ。理解できたかね、我が妹よ」
「うん、そういう言い方をするお兄ぃは気持ち悪いってことは理解できたよ」
うん、それは俺も思った。
「でも、お兄ぃはお兄ぃの考えがあってそれを行動に移しているってことも理解できたよ」
なんて言いながら微笑む妹は身内ながらかわいいと思ってしまった。ちくしょう、内面はともかく外見だけ見ればかわいい妹にそんな顔でそんなこと言われたらお兄ぃ、ときめいちゃうぞ!
「ふふふ・・・これでお兄ぃは佳奈の魅力に堕ちたも同然だね!!」
・・・前言撤回・・・別にときめいてなんかいないぞー
「うん、まあそういうことだから学校行ってくる」
なんか少し複雑な気分のまま妹に背を向け玄関のドアを開け、外に踏み出す。
「いってらしゃーい!気を付けて登校するんだよー!!」
そんな元気な声に押されて俺は学校へまた一歩踏み出した。