僕と彼女の花言葉
文学賞ように書いた短編です。評価とかしてもらえるととても嬉しいです!
「ん…………」
何か眩しい物が目に入ってくる気がして目が覚めた。視界は一瞬ぼんやりとしたが、すぐに元に戻る。体を起こすと見覚えの無い光景が広がっていた。
「ここは……」
周りを見渡す。天使の羽のように真っ白な色をしている壁の部屋にあるのは、四角形で今自分が座っているこれまた真っ白なベッド。それに加え、斜め上には小さな窓から日差しがさしこんでいた。
「どこだろう、ここ」
思い出そうとしても記憶がぷっつりと消え、自分がどんなことをしていたのかすら分からない。
だが名前と歳だけは分かった。
「尾崎蓮。17歳……」
なぜ自分はここにいるのだろうか。17歳なら高校生がふさわしい。なのになんで僕は病人が着るような服を着て何も無いこんなところで寝ていたのだろう。
もしかして犯罪でも犯して捕まったのだろうか。いや、それはないだろう。犯罪を犯したのだとしたら監視官やらが居るはずだ。見渡す限りそのような人間は居ない。
他に考えられることは……ダメだ。考えようとすると頭がズキズキする。深く考え込むのは辞めよう。
「……外はどうなってるんだろう」
頭を上げ、窓の外を除く。そこに広がっていたのは辺り一面彩るように花が咲いていて、つい見入ってしまうほどの可憐な花畑だった。
「ーー綺麗だ」
その言葉に尽きた。日差しを浴び、風に揺れる花達はまるで楽しそうに踊っているように見えた。
ーー懐かしい。僕は反射的に思った。こんな景色を見た覚えはない。だけどなぜか心のどこかで懐かしく感じた。その懐かしさは喜びがある一方、どこかに切なさがあった。
「…………」
ぼんやりと眺めていると、女性らしき人影が写った。
「……? 誰かいる」
目を凝らして見直す。するとその人影が明確になった。
茶色ロングヘアーの髪。そして花の中に交じるように綺麗な純白のワンピース。歳は同じくらいだろうか。見た目からして若者であることは判断できた。
「何してるんだろう」
数十秒彼女を見ていると、花をぐるりとゆっくり回りながら眺め、近くの石に腰を下ろした。
ーー花が好きなのかな。
一つの疑問から、彼女と話したいという気持ちが強くなった。僕はベッドから立ち上がり、ドアを開けた。
「うわっ」
ドアを開けた瞬間に暖かい風が頬に当たった。
「おー、実際に見ると凄い綺麗だなぁ」
キョロキョロと色々な種類の花を見ながら前に進むと、彼女は僕に気づいたのか、少し微笑んだ顔でこちらを見ていた。
「あなたも花を見に来たの?」
僕は彼女の隣に座り、首を横に振った。
「いいや、君と話したいからここに来た」
「……私と?」
「そう。君と」
不思議そうな顔をする彼女に、僕は続けた。
「花をずっと見てたけど、好きなの?」
「まぁね」
「そうなんだ。僕も好きだよ。綺麗だし、ずっと見てられる」
「私も」
彼女がクスッと笑った。
「好きな花とかあるの?」
「そうだなぁ……。この花とか結構好きかも」
そう言って指を指したのは、大きな花びらが5、6枚ついている青色の小さな花。それを見て彼女は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに戻った。
「あぁ、これね。クロッカスって言うんだよ。早春、ちょうど今に咲く花なんだよ。見ての通り地面にすれすれのところに咲くから他の花に隠れちゃってるのがちょっと残念だけどね」
「……詳しいんだね」
「……花が大好きな人がいてね、良く教えてくれたんだよ」
彼女はうつむいて呟いた。
「その人とは一緒じゃないの?」
「遠くに行っちゃったんだ。多分もう会うことは出来ない」
「そんなに遠くなの?」
「うん。でも、離れる時これをくれたから寂しくないんだ」
彼女がポケットから出したのは、細長い紫の花びらが印象的な1輪の花だった。
「この花ね、紫苑っていうんだけど、これをくれた時あの人は言ったの。紫苑の花言葉は『君を忘れない』って」
それを聞いた時、僕はその言葉と花を知っているような気がした。有名な花なのだろうか。
「だからもう会えなくても悲しくないんだ」
嘘だ。彼女は今嘘をついている。なぜなのかは一瞬で分かった。そう言っている彼女の手が震えていたから。
「……我慢しなくたっていいよ」
「え?」
「辛いなら辛いってい言えばいい。我慢するのは体によくないよ」
優しく、囁くように言うと、彼女は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、僕に抱きついた。
「本当は悲しくてしょうがないよ……。だってもう会えないんだもん。あの時の彼には……」
「そっか」
「あんなに楽しかったのに……。なのに、なのに……」
「よしよし。頑張ったね」
僕は彼女の頭を優しく撫でた。なんだろう、凄く懐かしい。この感覚。この匂い。だがやっぱり思い出せなかった。
それから彼女は黙って僕を抱きしめ、数分ほどすすり泣き、やがて涙が止まった。僕はそれを見て、彼女の肩をポンポンと叩いた。
「……1つお願いしてもいい?」
「なに?」
「僕と……。友達になってくれないかな」
「なんで?」
「友達になるのに理由なんて要らないよ」
「うん。そうだね。いいよ」
彼女はくしゃくしゃの顔を無理やり笑わせて見せた。
僕は彼女がどういう人だかも、なんでここにいるのかも知らない。でも僕はこの人と一緒に居たい。そう思った。
「じゃあ友達の誓いにこれ」
僕は好きな花、クロッカスを摘むんで彼女に渡した。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
彼女の表情を見ると、なぜか少し赤くなっていた。
「……ねえ。クロッカスの花言葉、知ってる?」
「ごめん。分からない」
申し訳なさそうに言うと、彼女は再び笑った。
「『愛をもう1度』だよ」