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モテたいから魔王になる 2

 オリガちゃんの美しくさらさらとした髪が、少しだけフードからはみ出して見える。こうして改めて見てみると、魔族と言えども見た目は人間と殆ど変わらないもんだ。オリガちゃんはとりわけ人間に近い見た目を持つ魔人族だから猶更だった。

 先の少し尖った耳が特徴的だが、エルフ族のように長い訳でもない。白くきめ細かい肌は陶器のように滑らかで、外が寒かったのか少しだけ頬に紅が差すのもなんとも言えない趣がある。


「……などと急に言われても、お困りになられるでしょうが」


 僅かに目を伏せながらオリガちゃんが言った。顔にかかった髪をかき上げる、その仕草の全てが洗練された美しさを誇っている。


「あ、ああ……ええと」


 対して俺はタジタジである。理解のできない情報が多すぎて、俺の脳味噌が処理できる許容量をとっくに上回っている。魔王の魂の欠片だって?何のこっちゃ、という感じである。自棄ぱちになった頭が思考を放り出し、ただオリガちゃんに見とれるだけだ。


 人間と違うところとなると髪と目の色くらいだな、と思いながらその透き通るような白い髪を見つめていると、蠱惑的な紅い瞳が俺の目をじっと覗き込んでいるような気がして、慌てて視線を逸らした。


 俺は美人と目と目を合わせて話が出来るようには出来ちゃいない。だから今すぐ見つめるのをやめなさい、惚れるだろうが!いや、むしろもう手遅れだろうか?


 さて逸らした視線の先では、ちょうど給仕が2人分の飲み物を取ってくるのが見えた。話は小休止だ。


「こちらお飲み物でございます」


「ありがとな。……?」


 受け取ったのはいつものエール……ではなく、ワインだった。

”いつもの”ものを頼んだのに、普段俺が全く頼まないものが出てくるのはどういうことだ?マスターどころか大体の従業員とは顔見知りの常連客だし、何よりそんな間違いをマスターがするとも考えにくい。そう思ってマスターを見やると、意味ありげにこちらに目配せをしながら、何やら口をぱくぱくさせている。


「上手くやれよ」


 どうやらそう言いたいらしいことがわかった。

 確かにエールよりワインの方が高尚だとはされているが、ブドウの名産地が多い地域とはいえ、安価なものまで全て美味いという訳ではない。俺はそういった安いワインの味が苦手で、だからこそ値段が大して変わらずともエールを好んでいるのだ。


 まあ、だけど、それでもエールよりは好感が持たれるものかもしれない。だとすればマスターの心遣いを無駄にする訳にはいくまい、俺は「まあ、とりあえず飲もうぜ」と、あくまで平素を装ってオリガちゃんに薦めた。


 勧めた手前である、気は進まないが口を付けると、なんだこれは!危うくグラスを落としかけた。

芳醇な香りが鼻腔を突き抜けると同時に頭に多幸感をもたらし、程よい酸味が口の中で広がり舌を悦ばせ、飲み干した先から喉、胸中へとワインの通る道の心地よさよ!


 驚き戸惑いながらも、その美味さには抗えずだらしなく破顔してしまう。しまった、こんな姿を見られては飲み慣れていないのがバレてしまう!と慌ててオリガちゃんを見ると、彼女はグラスに口をつけながら目をぱちくりさせている。どうやら見られていないようで一安心である。


「これは……いつも、こんなものを飲まれているのですか?」


 言葉に詰まりながら彼女は言う。


「お、おう!いつも飲んでるぜ!」


 俺は演技力というものに乏しく、どう聞いてもぎこちない虚勢を張ることで精一杯だ。

 恐らくマスターが気を利かせて用意しただろうこのワインは明らかに高級品で、おいそれと普段から飲めるような代物ではない。魔王が討伐されてから仕事も目に見えて減った傭兵の安月給からすれば、尚更である。


 だがオリガちゃんはそれを看破し咎めるでも、また目を輝かせて称賛するでもなく、ただ悲しそうに顔を伏せて


「そうですか」


とだけ呟いた。

 それが余りにも儚げで今にも消え入りそうな声で言うものだから、何だ、俺が何かやらかしたか!?と慌てていると、直ぐに顔を上げて「では、話の続きを致しましょうか」と言う彼女は、存外平気そうで拍子抜けしてしまう。

 

 女心の機微というものはやはり掴みどころがなく、先程の悲痛な面持ちも、すぐさま平静に戻ったことも、何一つ俺の納得できる理由は置き去りにされたままだ。


「最近、というより……そうですね、ここ1年間程、お身体に変調を感じることなどはございませんでしたか?」


 そんな俺の葛藤もつゆ知らずと言った具合にオリガちゃんは話を続ける。

 だがむしろ、こと現在に至っては女心よりもそれが本題である。女性に真摯な対応をする紳士とあるならば、ここは上の空という訳にも行かず、だとすればしっかりと頭を切り替えるとしよう。


 さて紡がれた問いはまたしても俺には理解しがたいものだった。無論それは内容そのものではなく、その問いの持つ意味と、先ほど言われた”魔王の魂”の話との関連性が、である。

 俺が答えあぐねている内にも、彼女は続けた。


「例えば、お身体の調子が優れない、思ったように動かない、ですとか。

 逆に、すこぶる調子が良い、等と言ったことはございますでしょうか」


 依然として理解は進まないが、更に詳しく聞いてくるあたり存外それは重要な質問であるらしい。なるほど、思い返してみれば確かにこの1年間、身体に変調を感じることも多かったように思う。


 というよりも、俺は魔王討伐後に英雄として認知されなかったせいで再び一介の傭兵に戻ることを余儀なくされたのだが、その稼業として戦地に赴く度に体調の変化を実感していたのである。


 魔物の動きがよく見えよく分かり、対して自身の身体は想像を超えて自由に動く。勇者達との旅で鍛えられたのか、最近は随分と調子が良いな、等と考えていたこともある。

 いや、それは自分を納得させる為の方便に過ぎなかったのかもしれない。一度本格的な窮地に陥った時、いよいよ以て誤魔化しの効かない事態に陥った。



 味方部隊はほぼ壊滅、残った俺は大型の魔物、グリフォンと対峙するが満身創痍。左腕は折れて既に使い物にならず、地面に背を付けた俺の鼻先に敵の顔が迫り、開いた口から強暴な牙が見える。

 考える程に絶望的な状況で、近く地面に転がるハルバードが目に入る。グリフォンがその咢で俺に食らいつこうとするその瞬間、最早無我夢中だ、右手でその長柄を握りしめ、大口向けて突き出した。


 絶体絶命、必死の状況下で放ったその一撃は、ただただ力任せの技術もクソも無いもので、咄嗟に顔を背けたグリフォンの顎──つまり、急所を避けられたのだ──に当たった。

 ──当たって、その骨を貫き、口内を、そして頭蓋を突き破った。一瞬激しく痙攣したあとゆっくりと地面に倒れ込むグリフォンの巨体が、その時ばかりはどこか現実感のない光景に見えたのを、今でもよく覚えてる。


 自分でやったことではあるが、何が起きたのかを理解するのに少し時間を要した。上体こそ少し起こしてはいるが下肢は地面に投げ出され、寝そべるのと殆ど変わらない。

 つまり上半身の筋力、しかも片手だけでハルバードを持ち上げ、グリフォンの頑強な毛皮を、骨を、一撃のもとに貫いたのだ。


 動体視力や身体の動きであれば技術や訓練の賜物かと考えられようが、その時ばかりは誤魔化しようがない。火事場の馬鹿力を発揮したとしても、果たしてそれが常人の膂力であるだろうか?今度ばかりは”調子が良い”で済まされる問題ではないな、と思った。


 しかし教会で診断を受けても一切の異常は見受けられなかった。だとすれば他に寄る辺も無い俺は、あっさりと自身の身体の変化について考えるのをやめてしまった。

 もちろん違和感はあったが、いくら考えたって分からないことを延々と考え続けるより”どうしたらモテるか?”を考えた方が何倍も有益だからな。


 ただ、その時のような力を発揮する為の訓練を始めたのは大きな違いだった。

 感覚を思い出しながら修練を積むと、なるほど確かに飛躍的に筋力が向上している。とは言え流石に片手で長柄を振り回すことは叶わなかったが、両手であれば以前と比べて相当自在に扱えるようになった。


 そういった体調の変化、というにはあまりにも飛躍的な、進化とすら呼べそうなそれを俺は確かに感じていた。

 そのままそれをオリガちゃんに話すと「ええ、ええ」と満足気に可愛く頷いている。


「それでは、その……言い難いのですが、精神的な変化は、ありましたでしょうか?」


 今度は打って変わって様子を伺うように、恐る恐るといった調子で聞いてきた。さらに「たとえば」と続けてから口篭ってしまう。

 だが紳士たる俺は先を急かすことはしない。つとめて穏やかなジェントルスマイルで安心感を与えようとすれば、オリガちゃんがこちらを見ていない空回りにももう慣れた。


 さて、今までにもだいぶ衝撃的な受け入れがたい発言を繰り返してきたオリガちゃんだ。その彼女が言い淀む程の事ともあれば、どんな言葉が飛び出してくるか。


 「たとえば、ミアズマ病のような」


 意を決したというようにオリガちゃんが言う。しかし俺には一切心当たるところが無く、覚悟をした分拍子抜けである。

 だがその持つ意味はわかる。つまるところ”魔王の魂”の影響によってミアズマ病と同じような症状が出てもおかしくない、ということだろう。


 勇者達と共に瘴気に汚染された魔族領を旅をしていたものだから、ミアズマ病に関しては多くの発症者を目にするし、嫌でも詳しくなってしまう。といっても、一般的に知れ渡っている”瘴気ミアズマに当てられた者がなる病気”という認識は正しい。より高濃度の瘴気に触れれば、その分早く、強く発症することになる。


 俺が詳しいのは実際のその症状であるが、主たるものは精神的障害である。軽く浴びるだけなら気分が優れないだとか鬱屈とした気持ちになるだけで済むが、重度の発症ともなれば正気を失い知性を無くして茫然自失、場合によっては人に襲いかかることもしばしばだ。酷い状態になると、人肉や屍肉を喰らうようにすらなるらしい。


 また肉体的なところでは免疫も落ちるようで、持病が悪化したり、軽い発症であってもそうして心が弱ったところに他の病を併発し死に至るということも多い。病は気から、というが、そのことがよくわかる事例でもある。


 大体そのくらいが俺のミアズマ病に対する認識だが、自身に関して言えば特にこれといって当てはまる症状もなく──はなかった。

 自慢ではないが、俺はフラれることに慣れている。モテないのは今に始まったことではないが、モテたい衝動の発端は更に根深い。ありとあらゆる女性に声をかけフラれ続けた俺は、今更そのようなことで落ち込む程ヤワではなかった。


 そう、ヤワではなかった、筈だった。だが、最近の俺はどうだ?昨夜もフラれたことに傷心しマスターを無理やり朝までやけ酒に付き合わせたばかりだ。それだけではない。ここ一年、特に半年間くらいの間はフラれる度に深く落ち込み、立ち直るのに相当時間がかかっていた気がする。

 更に重要なのは正に先程オリガちゃんと出会う寸前のことで、あの時俺は──。


「なるほど」


 思わず口に出ていた。なるほど合点が行った、つまるところあれはそういうことだったのだ。

 ここ最近の情緒の不安定さも、あの時の絶望感も、そして世界中の全てに向けられたようなどす黒い殺意と憎悪までもが、この”魔王の魂”による影響であるらしいことを、俺は理解した。

 それだけではない、身体能力全般の著しい向上にすらそれが影響を及ぼしているに違いない。つまるところ近況における俺の変化は、全て”魔王の魂”の欠片が原因だったのだ。


「思い当たる節が、お有りなのですね?」


 俺の反応を見てかオリガちゃんが言う。


「ああ、色々と、やっと納得がいったよ。

 だがそうなると、オリガちゃん。君の目的は──」


 そうなのだ。もし俺にその影響を与えているのが”魔王の魂”だとして、それが精神にまで表れているとすれば、それは”魔王の魂”が依然としてその機能を保ち俺の意識をも乗っ取ろうとしているのではないだろうか。

 だとすればその魂の持ち主である先代魔王に仕えていた侍女、オリガちゃんの目的は、その魂を利用しての先代魔王の復活──「いえ、違います」──ではないらしい。


「あれ?」


「私の目的は魔王様の復活。ですがそれは、先代魔王様そのものの復活ではございません。

 つまるところ私にとって、ひいては魔族にとって重要なのは”魔王”という存在の復活なのです」


 果たしてオリガちゃんは思考を読み取る力でも持っているのだろうか。喋っているところに割り込まれてしまったが、美人なので許してしまえ。


「ええと、それは、やっぱり人族に対抗するための──「いえ、違います」──はい」


 またしても割り込まれる。俺は再びタジタジである。仕方がないので大人しく話を聞きながらワインを飲む。美味い。


「私達魔族は奪うことしか知りません。

 作物や家畜を育てることも、自分達で料理や酒、文化を創り出す術も持たないのです」


 それは知っている。そしてそれらに加え、命までもを奪うからこそ魔族と人族は長らく戦争を続けてきたのだ。


「ですから先代魔王様主導のもと、奪った糧で生きてきたのが私達です。

 しかし魔王様亡き今、事実上戦争に敗北した私達は困窮に瀕しています」


 だから再び俺が魔王として君臨し魔族達を束ねて人間領に侵攻、その領土を奪って糧とする……というのが目的な訳ではないらしい。最早全く話についていくことが出来なかった。だがやはり、それにも慣れてきているのがなんとも悲しい。


「今でも残った魔族の一部は人族との争いを続けております。

 ですが統率を失い散発的な争いを繰り返している現状では、数で勝る人族にいずれ淘汰されるでしょう」


 紛れも無い事実だった。

 1年たったとはいえ未だに魔王崩御という混乱の最中にある魔族とは、今や少数による偶発的な戦闘が起こるだけで、魔王が健在であった時のような戦略的な侵攻や、大規模な争いというものは起きていない。

 だとすれば如何に個としての力に優れた魔族であっても、圧倒的な兵力の前には太刀打ちできず、人族にとって大した脅威とすらなっていないのが現状だ。いずれ聖王教会の主導で魔族領土を一斉に侵略する大規模な浄化作戦が行われる、という噂もある。

 ここ1年程度で、それほどまでに魔族と人族の勢力図は変化してしまった。


「それさえまだ良い方でございます。

 争いを好まない温厚な魔族達の中には、既に飢餓に苦しんでいる者も居ります。

 だからこそ、今私達は必要としているのです。

 奪うことではなく生み出す術を。殺し合いではなく、人族との共存の道を」


 ようやく話が見えてきた。見えてきたが、果たしてそれを本当に俺に頼むのか?

 俺は傭兵だ。そして勇者一行に追従し、魔族領を侵攻したこともある。殺した魔族は数知れない。更に知る者が限られるとは言え、魔王を討伐したパーティの1人ですらあるのだ。

 それに俺だって魔族に対する個人的な恨みが無い訳ではない。最も、温厚な魔族の存在も知っているし、目の前のオリガちゃんのように話が通じる相手がいることも知っている。だがそこには確かなわだかまりがある。


「そしてそれを解決できるのは、私達を救っていただけるのは、アマデオ様。

 貴方様を措いて他に居ないと、私は思っているのです」


 奪うことしかしてこなかった魔族が滅びることはある種自業自得だとすら思う。いくら”魔王の魂”を持とうが俺は人族として生まれ育ち、その思想は変わらない。

 努めて冷静に判断しようとして、否定的な意見を並べて見ても、ああ、だが、やはり、しかし。


「魔族の頂点に君臨するに足る”魔王の力”を持ちながら、人の持つ”創り出す力”を持っている。

 そんなアマデオ様に、私を──私達を、救っていただきたいのです」

 

 果たして初めから断れる訳がないのは分かりきっていた。

 そもそも、美人の願い1つ叶えてやれないようなら、そいつは男じゃねえよな。


「私には、貴方様が必要なのです」


 暗闇に一条の光が差し込んだ。そんな気分だった。今までの全てが報われる思いだ。俺の進むべき道はこれなのだ。どこまでやれるかは知らないが、俺の全てを以てそれに応えよう。


「いいぜ」


 俺は大仰に、ニヤリと笑みを浮かべて言った。


「今この瞬間から、俺は魔王だ」


 かくして俺のモテない人生は終わりを告げ、全ての魔族の王として民を導く華やかな道を突き進むことになる──筈だ。





「……あの、大変申し上げ難いのですが、アマデオ様」


 俺が高らかに宣言したあと、しばらく間を置いてオリガちゃんが口を開いた。

 恐る恐るといった調子で続ける。


「今すぐ魔王、という訳には参りません。

 魔族全体を統べる王となられるからには、まずは各種族を束ねる長達に認められなければなりませんので」


「…………」


 俺が魔王となる為の道はまだ始まったばかりで、先は果てしない。出鼻を挫かれたこの会話が、前途多難なこの先の運命を暗示したものでないことを祈るばかりだった。

少ない書き溜めはこれにて終わりを告げましたので、次回から更新に間が空きます。


次はひとまず来週水曜日を予定中。

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