エピローグ
お久しぶりでございます。
全く心底呆れた話だ。どこまでも見下げ果てた奴だ。
色恋沙汰に現を抜かすばかりでなく、その衝動を以て覇道を進もうとは。一体、魔族の頂点足る魔王という役割を何だと心得ているのか。
「──モテたいから魔王になる。それだけだ」
愚劣で醜悪な人間族の中でも、これ程の阿呆は他に居ないだろう。間違い無くそう言い切れる程、この男の思考は浅はかで薄っぺらい。
「……魔王、殿。そいつぁ、本気で言ってンのか?」
ゾラトが白けた顔で此奴を睨むのも頷ける。それでいい、もうこの器に価値は無くなった。貴様なら瞬きをする内にやれる筈だ、殺してしまえ。
「おう。本気も本気、大真面目だ」
これ以上口を開くな!余りにも低俗な発言を、仮にも我が魂の宿る身体で発せられると、まるで精神が汚染されていくかのようだ。かつての勇者や、それに連れ立つ僧兵の放った光の術、それすらも遥かに上回る苦痛である。
「……モテる為、か……」
しばらく沈黙していたゾラトが、口元を大きく歪めて凶暴な牙を露わにした。さあ、そのまま首を食い千切れ!
「……クッ、ガッハッハッハ!そりゃあいい、傑作だ!」
貴様ァ!この魔王を裏切ろうと言うのか!我に歯向かうということが何を意味するか、よもや忘れたとは言わせんぞッ!
「モテる為と来たか!お前は最高に楽しい男だな、魔王殿!」
「だろう!?分かってるじゃねえか獅子王!やっぱりさあ、この世に男として生を受けた以上、誰もが一度は夢見るよなあ。世界中の女性を自分のものにしたいってさ」
「違ェねえ!しかし魔王となってその夢を叶えようとは、ガッハッハ!なんとも豪快な男だ、気に入った!」
耳を塞ぐことすら出来ない自身の無力さが恨めしい。全盛の四分の一程度の力さえあれば、今直ぐ此奴等の頭蓋を砕いてやるというのに!臓物の煮え滾るが如き憎悪は、しかしこの男の精神に爪の先程も届きはしない。
「だがなあ、魔族の王ってなァ、人間族の社会じゃ忌み嫌われる存在なんじゃねえのか?」
「そりゃそうだ。でも、そんなことは関係ねえ。人間族、いや、人族に限らず、俺は魔族を含めた全部の女の子にモテたいんだ。魔王就任は、その第一歩ってところだな」
「ガッハッハッハ!なんとも器のでっけえ話だな!いやあやっぱり、男はそうでなきゃいけねェ」
「だろ!?」
獣人族には知性や品格というものが足りないとは常々思っていたが、現状その長たる者がこの有様では仕方がない。一族郎党、根絶やしにしてしまう他無いだろう。
「ようし、それならオレの娘をてめえにやる!」
「マ、マジで?」
「おうよ!アイツはどうも、女だってのにいつも戦場に行きたがるお転婆でな。一族の中だけじゃなく、お前と一緒に居て外の世界を見て回った方が、アイツも楽しいだろう」
知らぬ間にこの男共は酒盛りでもしていたのか。そうでもなければこの低能さには納得が行かぬ。欠片ほどの理知も持ちあわせていないかのような会話に、最早業腹を通り越して呆れすら覚える程だ。
しかし何よりも遺憾なのは、このような男に我が意思が破れてしまったという事実である。
数日間たっぷりと瘴気を取り込み、万全の状態に訪れた好機。此奴自らが生み出した迷いに乗じて、心身ともに疲弊した隙を突き、精神を、肉体を支配せんと試みた。その結果がこれだ。
徐々に気勢を削ぎ落とし、思考を蝕んでいく行程はさぞ順調であったと言えよう。最後の一押し、詰めが甘かったとも思わぬ。またとない、万全の、完璧な環境だった。”女にモテたい”等という、俗に染まり切った稚拙な原動力では、我が支配から逃れられよう筈も無い。無いのだ!
だが、これはどうしたことだ。此奴は自身を取り戻したあと、驚異的な自我を以て呪縛を跳ね除け、それどころか我が意識を、魔力さえもを完全にその支配下に置いた。何故我が敗北を許したのか、幾度考えても答えは出ない。
只々、圧倒的だった。全く以て納得は行かぬが、到底太刀打ちも出来ないような、圧倒的な精神力だった。
無謀にもこの魔王に挑み、我が前に姿を見せた人族共の中で、他とは比べようも無い程に非力であったのが此奴だ。平凡、凡庸、正に凡夫といった出で立ちの、取るに足らない人間族。だと言うのに、まさか内側にこれ程のポテンシャルを秘めていようとは。
「それからよ、困ったことがあったらいつでも言えや。力になってやる」
「おいおい、いいのか?さっきも言ったけど、俺は獣人族を従えられる器じゃないぜ」
「獣人族としてじゃねえ、オレ個人として、だ。友の頼みを聞くぐらいなら、誰も文句は言わねェよ」
「そりゃ最高だな!あんたが助けてくれるってんなら百人力だ」
まあ、良かろう。我が魂を宿した器は、他にも有るのだ。そして内の二つは、今や完全に我が手中にある。そう遠くない内に、必ずや貴様等を血祭りにあげてやろうぞ。その時が来るまで、精々笑っているが良い。
これは、紛れも無い事実である。従って、負け惜しみなどでは無い。……決して無いのだ!




