誰が為に、何の為に 4
この話を含めて、お見苦しい殴り書きが4話ほど続いたことをお詫びします。
どよめき立つ広場は、町中から集まった群衆で混み合っていた。
「一体なんの集まりだ?」
「お前知らねえのか、獅子王様と人間族が決闘するんだってよ」
「何だそりゃ、殆ど自殺じゃねえか」
中央に空けたスペースに彼らが入り込まないよう、獣人族の若い男達が手を広げて制している。そうして出来た空間の真ん中には、獅子王ゾラトの姿があった。
逞しい筋肉を黄褐色の体毛で覆うゾラトは、獣人族の長である証、深紫の毛皮──魔物の最上位種、ベヒーモスの毛皮だ──を腰に巻いている。城を訪れた時と同じように腕を組んだままで、尊大な態度の立ち姿は堂々たるものだ。
「おい、人間の魔王はまだか!」 「遅えんだよ、早くしろー!」
いつまで経っても姿を見せない魔王に痺れを切らした町民が野次を飛ばした。囃し立てる声は次第に大きくなり、やがて広場全体に広がった頃、ゾラトが吠える。
「黙れィ!!」
猛る獅子の咆哮に縮み上がった人々は一様に口を噤んで、広場には一転、静寂が訪れた。ゾラトはその様子を満足気に見回したあと、一点を見つめ静止、そして。
「待ちくたびれたぜ」
視線の先には、漆黒の鎧姿があった──もちろんそれは、格好良いこの俺の、格好良いマントを羽織った、格好良い鎧だ!
待たせて悪かったな。満を持して登場した魔王の鎧に、人混みがいそいそと道を空けるのがなんともいい気分だ。
広場の中央でゾラトと向き合う。勇猛な深紅の鬣を揺らし、ゾラトの双眸は真っ直ぐに鎧の、バイザーの奥を射抜いた。
「滾るなァ、人間、いや、魔王殿……オレの相棒、セレブロを倒したってえ腕前、楽しみにしてるぜ」
笑顔の形に歪んだ表情は、滾る戦意を隠そうともしない。胸の前で組んでいた腕を解き、両手を民衆に向けて、深い呼吸のあと叫ぶ。
「さあァ!民共、待たせたなあ!いよいよ開幕だ、活目しろッ!」
声を張りながら大仰な仕草で周囲を煽る。大きく膨らんだ、十字傷の残る胸を張り、開いた右手で勢い良く叩いて見せた。
「獣人族の長たるこのオレ、獅子王ゾラトと!」
少し間を置いて、次に指差したのは重鎧の胸甲部分だ。
「愚かにも魔族を統べんとする、人間族の魔王殿との!」
天を高く見上げ唸るゾラトに、民衆は湧き上がった。
「世紀の大決闘の、始まりだァ!!」
向き直り正対するゾラトは前傾姿勢を取り、左腕を前に出す。かつての獣人族の少女、ゾラトの娘と同じ構えだ。両手には鋭い鉤爪が鈍く光っている。
俺は鎧に張り巡らせた魔力糸を操り、脇に携えた剥き出しの大剣を引き抜いた。その剣先を真っ直ぐゾラトへと伸ばし、よし、これなら振り回せるぞ。
「せいぜい粘って見せろよー」 「はっはっは!」
「引っ込め人間、魔王様の鎧なんか着てんじゃねえ!」
浴びせられるのは罵倒か嘲笑だけ。そんな俺とは裏腹に、ゾラトは歓声を一身に受けていた。
「いいぞ、やれー!」 「ゾラト様ーっ!」 「獅子王ー!!」
くそう、羨ましいじゃねえか。だが心配そうに見つめるオリガちゃんの、そしてソーニャの瞳が、俺の心をどこまでも奮い立たせてくれる。少し待ってな可愛いレディ達、すぐにこの俺が優雅な勝利をプレゼントしてあげよう。
「行くぜえ、魔王殿ォッ!」
発する気合と共にゾラトが地面を駆る。瞬く間に肉薄する速度は、かつてのセレブロ以上だ──が、捉えられない程では、無い!
空を切る鉤爪と大剣が激突、拮抗し、しかし重量の分こちらが打ち勝った。剣と言うには余りにも無骨なその獲物は、最早鉄塊とすら呼べるだろう。その鉄塊を振り抜いた衝撃に、ゾラトの巨体が後退る。
「ほおォ、こいつぁ、なかなかッ!」
離れた距離も束の間、ゾラトは再び接近。兜の視界の悪さを突くつもりか、鎧の脇まで回り込む。左側面に迫る斬撃を、手甲の板金、その上に更に重ねた魔力装甲で受け止める。
付け焼き刃の魔法では防ぎ切ることは叶わない。ゾラトの爪がそれを引き裂く隙に、狙うは胴の正中線、大剣の切っ先を突き立てる。刺突は腰を捻ったゾラトの脇腹を掠めた。
返す刃を振るう横薙ぎは、その頭上を通り抜けた。ゾラトは地を這う程に身を屈め、浮上に併せて爪を振り上げる。慌てて引き戻した大剣の腹で受け、切れない。大剣と共に両腕が高く上がった。
がら空きの鎧姿を襲うのは右の鉤爪。後退してそれを避けると、動きを見据えた左爪が既に放たれている。右手甲で防御、纏った魔力を容易に貫き、装甲を削り取るその爪の威力たるや!
被撃と同時に鎧の右足、グリーヴ部分でゾラトの胴を蹴り飛ばす。鎧の自重を乗せた一撃で、もう一度距離を取った。
「やるじゃねェか、魔王殿!」
そいつはどうも。なんとか互角に渡り合えているのは、文字通り、必死の訓練の賜物だった。
「出来るだけのことをやろう」
三日前、俺はオリガちゃんにそう言い放った。
頭を抱えて蹲っていた矢先、急激に高笑いを始め、あまつさえ今までとは一転してそんなことを言い出したのだ。脳の異常を心配するのもわかるが、何も狂った訳じゃない。彼女がそれに納得するまでに、何度も同じことを説明した。
改めて俺は言った。出来るだけのことをやろう、諦めるのは死んだあとからでも遅くはない。そうだろ?
「で、ですが……」
口籠るオリガちゃん。何でもいいよ、忌憚ない意見を聞かせてくれ。
「……獅子王ゾラト様は、魔族の中でも屈指の実力者です。確かに、いずれ力を見せなければならない相手ではございますが、今はまだ対峙なさるにはお早いかと……」
とは言っても、放っておく訳にも行かないだろ。だから、残された三日間でやれることは全部やる。それでも勝てなかったら仕方ない、その時は逃げ出せばいいさ。それに。
「勝算が無かったら、こんなこと言わねえって」
俺に巣食う魔王の意思の、その記憶。そして漆黒の鎧を見た時、かつて魔王がとった戦術を思い出した。
それからもう一つ。ゾラトの胸に傷を付けた張本人、勇者の戦法。この二つが合わされば、俺でもゾラトに勝てるかもしれない。そう思う程に、確かな手応えを感じる策があった。
ともあれそれらを行う為には、俺自身が魔力をもっと上手く扱う必要がある。魔法の指導はオリガちゃんに、身の回りの世話をソーニャに任せながら、城内地下の空き部屋にて、ひたすら研磨を続けること数日間。
──その成果が、今ここに集結していた。織り重ねた魔力の繊維を筋肉のように収縮させ、そうして生み出す瞬発力は、筋力の比では無い。身に付けた技法を駆使し、自由自在に振り回す大剣と鉤爪とが、ぶつかり合って火花を散らした。
切迫する度に互いの武器を打ち鳴らし、一合、二合。数え切れない程打ち合いを繰り返す中、俺は引けをとっちゃいない。繰り広げる攻防は、一進一退の接戦だ。
「ガァーッハッハァーッ!楽しいなァ、魔王殿ォ!」
飛び退いて間合いを空けたゾラトが、心底楽しそうに笑った。上体を倒し低い姿勢から疾駆、一瞬で懐深くまで潜り込まれる。迎撃に振り下ろした大剣は躱され、次の瞬間には既に鎧の背後を取られていた──やはり、疾い!
だがそれは読み筋だ、鎧の肘部分、刃状に尖った突起を、十字の傷跡目掛けて突き出した。が、屈強な筋肉に阻まれ傷は浅い。
攻撃の隙を突いて繰り出されるのはゾラトの連撃、左右の鉤爪から無数の銀閃が迸る。咄嗟に魔力を固めた装甲をものともせず、獅子の爪は鎧本体を鋭く斬り付けた。剥がれていく美麗な装飾が勿体無い!
猛撃を浴びながらも反撃、渾身の力で放つ大剣が風を薙ぐ。飛び上がってそれを避けたゾラトが、離れた場所に着地した。畜生、埒が明かない!
「す、すげえ……」 「あの人間族、強いんじゃないか?」 「獅子王様と互角に戦ってやがる!」
間合いを図り一呼吸を置く間、ギャラリーの感嘆が聞こえた。そうだろう、そうだろう。俺は強くて格好良いのだ。もっと崇めて奉れ!思わぬ賛辞に気を良くしながらも、戦闘の緊張感に張り詰めた思考は冷静に現状を分析する。
元々得意な獲物でも無いが、俺の大剣はゾラトに当たらない。いかに速く剣を振るおうが、奴の速度はそれを上回り、そもそも並程度の剣術では、奴には通用しないのかも知れない。
だが、ゾラトの方も決め手には欠けている。その秘密は、魔王の鎧にこそあった。
魔王の鎧は、身を守る板金の各所に大きな隙間が空いている。欠陥という訳ではない、動きを阻害しない為の構造だ。そこを魔力装甲が補うことで、ようやく本来の姿が完成する。それには何も難しいことなど無く、鎧に施された加工によって、通した魔力が自動的に装甲を精製する仕組みだ。
更に鎧には自己修復機能まで付いている。魔力ばかりか瘴気までもを取り込んで、破損した板金を勝手に復元していくのだ。つまり俺の魔力が尽きない限り、鎧本体と魔力装甲との両方が、ゾラトの攻撃を防いでくれるのだ。
こうして考えると、優勢なのは僅かにゾラトだろうか。このまま戦況が膠着すれば、いずれこちらの魔力は底を突くだろう。或いはセレブロのように、この状況を打破する大技を持っている可能性もある。だとすれば、それをどう凌ぐかが分かれ目か。
「さァて、そろそろ身体も温まった。本気で行くぜ」
噂をすれば、だ。獰猛な笑顔を見せつけながら、ゾラトは先程までの構えからさらに腰を落とした。磨き上げた体術を用いるセレブロとは違い、ゾラトは自身が持つ牙や爪こそを何よりの武器としている。そんなこいつは、一体どんな技を使ってくるのか。
「ぐ、おおオ、オオオォォッ!!」
響き渡る雄叫びと共に、鍛え抜かれたゾラトの肉体が一層膨れ上がる。そして同時にその全身からは、ドス黒い魔素が怒涛のように噴き出した……ってオイオイ、マジかよ!
獣人族は魔力を持たない、と言えば少し語弊がある。”魔法”とは、自身の”魔力”を以て大気中の”魔素”を操る術のことを言う。人間族もそうだが、魔力を持たない種族というのは存在しないのだ。
だが魔力を自在に扱う為には、膨大な魔力だとか魔素との感応力だとか、そういった先天的な素質こそが重要になる。もちろんこれは俺の持論では無い、生粋の魔法バカ、アルカナの弁である。
その先天的な素質というものが何よりの問題で、それを持つ種族は魔族、人族問わず非常に少ない。だからこそ、実質、魔法に適正を持つ種族は限られている、らしい。
目の前で起きている現象は、アルカナが提唱したそんな理論を、真っ向から否定している。少なくとも俺にはそう見えた。あの小娘に、これは一体どういうことなのかと問いただしたい気分だ。
生まれ持った才能か、修練の成せる業か。理屈はともかく、ゾラトは獣人族の身でありながらも、夥しい魔素を従え身に纏っている。
「そのふざけた鎧ごと、てめえをバラバラにしてやる」
背筋の凍る冷え切った殺意が、ゾラトから放たれた──刹那、姿を見失った。
決して視線を逸らした訳では無い、戦いの最中にあってそれは自殺行為だ。だとすれば答えは一つ、ゾラトが俺の”目にも映らない”速度で移動した、ということになる。何もない空間に、黒ずんだ魔素だけが浮かんでいた。
「ドコを見てやがる」
反応は出来なかった。しかしあらかじめ重ねた魔力が、鎧中を重厚に覆っている。そんなことは、今のゾラトの前では何の意味も成さない。
奔流する魔素の推力を以て繰り出された爪撃は、描く軌跡に闇色を滲ませ、いとも容易く重鎧を斬り裂いた。分断された左手甲の、肘から先の部分が、空中で放物線を描く。
振り向けば既にゾラトの姿は無く、漆黒を伴って再び現れた時にはもう遅い、鎧は綺麗に切断されている。
「オラオラァ!さっきまでの勢いはどうしたあ!」
刻々と面積を減らす重鎧の、前を、後ろを、大地を、空を。縦横無尽に駆けまわるゾラトの、動きを追うことすら叶いはしない。天地の境無く跳躍する獅子の鉤爪が、胴部を、胸甲を、兜を!鎧の至る所を、余す所なぐ削ぎ落としていく!
「これで終わりなら、とんだ期待ハズレだぜえ!人間族ッ!」
怒号を上げたゾラトは、右腕に力を溜める。主を失って崩れ落ちる鎧の残骸に向け、黒々と顕現した魔素の塊ごとそれを振るえば、生じた斬撃は、空間ごと全てを消し去ってしまう。そうして、魔王の遺した至高の鎧は、その欠片までもが塵と化した。
「……チッ。もう少し根性見せろよ、つまんねェ野郎だ……」
──あれは、ちゃんと元通りになるのか?そんな呆けたことを考えながら、俺はようやく飛び出した。目指すは一点、ゾラトの背面だ。
見物していた観客達が一斉にざわつき始める。慌てて俺を止めようとした獣人族は、オリガちゃんの伸ばした魔力糸が縛り上げた。
ゾラトの様子は勝利に酔いしれるというよりも、どこか落胆してすら見える。周囲に漂っていた魔素もすっかり消えた後ろ姿は、無防備だ。その背中を、両手に握りしめたショートソード、そこに形成した魔力の刃が貫いた。
「が、ハァッ……!?」
ゾラトの口から零れ出たのは、大量の血液だけではない。痛みに耐え兼ねた呻き、または疑問の声、あるいはその両方だった。
「て、めェ……誰、いや、何で……!」
「リビング・アーマーさ。これでも一対一だ、卑怯とは言うまいね」
「なん、だそりゃ……ぐッ、ハハ、ガハハハッ!」
かつて魔王が使った数ある戦術の内の一つ、リビング・アーマー。鎧の内部に通した魔力糸を遠隔操作することで、中身の存在しない鎧の兵士を作り上げる、というものだ。
俺に出来るのは不完全な再現だけだ。目の届かない場所では使えないし、動かせるのは精々鎧一着分。数百体のリビング・アーマーに、最低限とは言え自我まで持たせた魔王のそれとは、比べようも無い。
それでも、今はそれだけ出来れば充分だった。激戦の末に消耗し、その上決着がついた際に生まれる油断。そこを狙った一撃は、どんな猛者でも避けられる筈は無い。
しかし、こうまで一方的にやられるとは思ってもみなかった。遠くから鎧を操ったお陰でゾラトの動きがよく見え、俺自身が戦うよりも遥かに上手くやれたことは間違いない。
もし、あの鎧を身に付けて、本当に俺が対峙していたとしたら。そう考えると、背中を冷たいものが走った。
「前言撤回だ、魔王殿……てめえは最高に面白え奴だよ」
血反吐を吐きながらも喋り続けるゾラトは、存外、体力が残っているのかも知れない。これ以上傷めつけるのは気が進まないが、背に腹は変えられん。俺は柄を握り直し、黄褐色の背中に突き刺したままの直剣に、捻りを加えようとした。
加えようとして、果たしてその剣身が、ピクリとも動かないことに気付く。ゾラトの毛皮の内側、逞しく隆起した筋肉が、魔力の刀身をしっかりと固定している!
「だがなァ……残念ながらコイツは、致命傷じゃ、ねえ!」
躊躇わずに急所を狙っておくべきだったか!身を翻したゾラトの裏拳が、俺の頭部に直撃する。そのまま振り抜かれる衝撃に、直剣を手放したたらを踏んだ。
俺に正対したゾラトの背中から、刃を失った短い剣が抜け落ち、それが地面につくよりも早く、ゾラトの姿が目前に迫る。
「決闘は、オレの勝利だッ!!」
瞬く銀閃、右の鉤爪は俺の胸を穿ち、押し込まれた剛腕が背中を突き抜けた。
「ごふッ、が、ぐゥ!」
潰れた臓器の数は見当もつかない。咳と嗚咽と嘔吐とが一緒くたになって口から飛び出し、真っ赤な血潮が夥しく広場を汚す。俺の意思とは関係なく、全身が一瞬だけの激しい痙攣を起こした。
吹き飛びそうな意識では、最早痛みすらも感じない。俺はただ必死に奥歯を噛み締め、流れ出る血を抑え込みながら、吐き気を催す鉄の味を飲み込んだ。
先程までのどよめきとは打って変わって、広場を囲む人々は皆一様に、固唾を呑んで見守っていた。そんな中、ゾラトの声がゆっくりと広がる。
「……楽しかったぜェ、魔王殿」
時が止まったような静寂が、数秒、訪れた。
「……ど、どうなった?」 「決着か?」 「ザ、ゾラト様……」
「お、終わった、終わったぞ!」 「勝った、ゾラト様の勝利だ!」
「やったぞ!獅子王様バンザイ!」 「獅子王様、バンザーイ!」
割れんばかりの喝采が巻き起こる。喜色に染まる人々の群れに、オリガちゃんとソーニャの姿だけが浮いていた。青褪めた顔で涙を浮かべる彼女達に、心配しなくていいよ、そう伝えることさえ許さない身体が恨めしい。
「……あァ?」
大きく風穴を空けた胸を、貫通したままの右腕を引き抜こうとして、ゾラトは怪訝な声を上げた。微動だにしないその腕は、俺の魔力糸に縫い付けられている。さっきとは真逆の状況だな。
「残、念……だった、な……」
掠れた音色はきちんとゾラトの耳に届いただろうか。彼らは耳がいい、恐らく聞こえているだろう。
「こい、つは……致命傷、じゃ、ない」
「て、てめえ……ッ!!」
残された魔力を全て注ぎ込んでも、修復出来た装甲は全体の半分にも満たない。だが、剣さえ振れればそれで良い。
ゾラトの背後に忍び寄る漆黒のリビング・アーマーが、その後頭部に大剣を振り下ろした。
* * *
──随分と無茶な戦い方をしたものだ。最早呆れを通り越し、畏敬の念まで抱いたぞ。
そりゃ光栄だ。魔王の尊敬を受けられる人間なんてのは、世界中を探したって俺しかいないだろう。
──皮肉のつもりだったが、それすらも解さんか。貴様の脳は、質の悪い煙草と変わらんな。
何でまた、煙草なんだ?
──隙間ばかりが空いていて、肝心の中身が詰まっておらん。そういう意味だ。
なるほど、納得。
「って、随分と酷え言い草だな、オイ!」
あまりの毒舌に思わず生身で抗議の声をあげてしまった。その音のせいだろうか、隣のベッドに寝かされたゾラトが身じろぎしはじめた。
「む、グウ……」
「悪い、うるさかったか?」
「……ぐ……お、てめえ……いや、此処は……?」
「魔王城の兵舎だよ」
「ッ!!」
あれだけの深手を負いながら、もう動けるとは。俺も獣人族の頑丈さを見習いたいもんだね。
上体を起こして見回すゾラトは、どうやらこの場所に見覚えがあるらしい。一先ず納得のいった表情を浮かべたあと、再び眉間に皺を寄せた。その面貌は、どう見ても獅子そのものだ。
「……おい、てめえ。決闘はどうなった、オレは負けたのか?」
「おう、この俺に、完膚なきまでにな!」
「納得いかねェ……てめえ、どうやってあの傷から助かりやがった。胸にドデカい風穴開けたんだぞ、普通は即死だろォが」
その質問は絶対に来るだろうと思っていたが、さあて、何から話したものか。
「俺には、先代魔王の魂が宿っている。そのことは知ってたか?」
「……いいや、初耳だが……納得だァ」
思う所あったのだろう、しみじみと頷いたゾラトは、いつの間にか両腕を組んでいた。好きだな、そのポーズ。
「その力を利用してな、身体を再生したんだ」
魔王は無限とも思えるような再生能力を持っていた。頭を、胸を潰されても、次の瞬間にはたちまち傷は完治している。そんな反則じみた治癒魔法に、一度の戦いで何度絶望したことか。
「ありえねえな。先代殿の不死身加減はよォ、何百、何千っつう人族の生き血で成り立ってたんだ。それがてめえなんかに真似できる訳がねェ」
「一回限りなら、そうでもねえのさ」
生者の血液。それは手段の一つではあるが、全部では無い。
治癒の力、それも肉体の欠損すら修復出来るほどの異常な再生力は、膨大な生命力をその代償としている筈だ──そう語っていたのはこれまた当然、アルカナである。
だとすれば、その生命力を供給する代替品があればいいのだ。そして、この城にはうってつけの物があった。
「マンドレイクを使ったんだ。根っこの部分を、紐で奥歯に括りつけてな」
胸を貫かれた際に、そいつを噛み潰して飲み込んだ。マンドレイクは周囲の草木の分まで吸い尽くした高い生命力を持っている。それでも埋め切れない損傷は、魔力の糸で縫い合わせた。何度か気絶するくらい痛かったぜ。
「なんっつう強引な……」
「”骨を断たせて命を絶つ”、勇者の戦法さ」
一応、勇者は真っ当な人間族だ。だが、あいつも魔王と同じように不死の肉体を持っていた。どんな傷をもたちどころに治す身体をいいことに、危険を顧みずに戦うあいつのやり方を、まさか真似する日が来ようとは。
──筈なんだけどね。勇者の再生能力に関しては、僕にも説明がつけられない。かつてアルカナは、そうも語っていた。
「……まあ、いい。オレが負けたのは認めてやろう。だがてめえ、どうしてトドメを刺さなかった。それからこの包帯は何だ、治療のつもりか?」
ゾラトは自身の身体に巻き付けられた包帯を指差して言った。
「おーっと、言葉遣いがなっちゃいないなゾラト君。決闘の勝者は、この俺だぜ?」
「ぐッ……て、てめえッ!!」
「静かにしろバカ、オリガちゃん達が起きちゃうだろ!」
怒りを露わに叫ぶゾラトを制し、彼女達の姿を確認すると、良かった、安らかに眠ってる。オリガちゃんもソーニャも、長い間激痛に呻いていた俺を、ずっと看病してくれたのだ。今ぐらいは、寝かせてあげたい。
「こンの野郎ォォ……!」
「すまんすまん、冗談だって。そう怒るなよ」
そうやって戯けた態度をとったことを、俺はやっぱり後悔した。睨むだけで人が殺せる眼光は、流石は獅子王と言ったところか。
「その包帯は、あんたの部下が巻いたんだよ。随分と慕われてんだなあ、あんた」
皆心配してたぜ。獣人族の若い連中が、男泣きに咽びながらな。ただでさえむさ苦しい奴らの織りなす光景に、俺は卒倒しかけた程だった。
「そう、か……アイツらが……」
「あんたを殺さなかった理由だが、あんた、家族がいるだろ?それを悲しませるようなこと、俺には出来ねえよ」
特に奥さんと娘さんに関しては絶対だ。ゾラトの娘、”お嬢様”は、成熟すればきっと美人になる。そんな可愛い女の子を生んだ奥さんも、きっと綺麗な女性に違いない。悲しげな横顔の未亡人というのも素敵ではあるが、女性に悲しい涙を流させたりはしない。そいつは俺のポリシーだ。
「ケッ、随分甘ったれたことを言いやがる。弱い男に、生きてる価値なんざ無ェだろうが」
そういう話はしてないんだが、まあいい、合わせてやろう。
「あんたは強いさ、俺よりもな。今回の勝利は、不意打ちに不意打ちを重ねた、いわば反則勝ちみたいなもんだ。もし次やれば、確実に俺が負ける」
「だとしても、負けた事実に変わりは無え」
「だったら、獣人族長。獅子王ゾラトは、俺を主と、魔王として認めてくれるんだよな?」
どこまでも真っ直ぐに掟を守ろうとする獣人族の生き様は、なかなかどうして見上げたものだ。その生き様の体現者たるゾラトが、約束を違えるとは欠片も思えなかった。
「……あァ、そうだな。その通りだ、魔王殿」
そう言いながらゾラトはベッドから巨体を下ろし、俺の前で丁寧に跪いた。
「獅子王ゾラト、ならびにその配下たる獣人族全て。我等が命を以て──」
「それ、保留にしてくんねえかな?」
「──ハアッ!?て、てめえ何言ってやがる!」
ゾラトが驚くのも無理はない。しかしこれを言ったらまた怒られるんだろうか、いいやどの道避けられない、覚悟を決めろ。
「いやさ、正直な話、俺よりも強い奴なんか大勢いる。あんただってそうだし、他種族の長達もきっとそうだろう。六英雄なんかには、逆立ちしたって敵いっこない」
アビスフェルノで戦った獣人達にも、俺一人の実力では勝てる気がしなかった。
「……オウ、それで?」
「だから俺には、獣人族を統べる資格なんてない。ただ、俺や俺の仲間達を傷付けないでいてくれれば、それでいいからさ」
俺の言葉を受けてたっぷりと思案するゾラトは、大層悩んでいるようだった。しばらくそうしたあとで、ようやく口を開く。
「確かに、その通りだ。オレは二度とてめえには負けねえだろう。だがな、オレは公正な決闘の敗北者だ。おめおめと生きながらえたばかりか、その上なんにもしねえままで終わらせちまえば、獣人族長として立つ瀬が無ェ」
面倒くさいやつめ!野郎の暑苦しい顔はもう飽き飽きしてんだよ、察せよ鈍感ライオンが!そんなことを口に出した際には、頭と胴体が別れを告げることになるな。
「どうしてもってんなら、一個だけ。強さを求めて磨き続けた獣人族の力を、これからは、弱い者を守る為にこそ使って欲しい」
たとえば女の子とか、女の子とか、女の子とか。誰もが皆という訳ではないが、女性というものはやはりか弱いものだ。そんな彼女達に迫る危険が一つでも減るのなら、それはそのまま俺の幸せに直結する。
「……ッ!そうか、弱者の、下々の為にか……分かった、皆にもそう伝えてやる」
ゾラトは感銘を受けたように深々と頷いた。お、なんだこいつ、少しは話の分かる奴じゃないか。
「最後に聞かせてくれ。お前は人間族でありながら、なんだってそこまで魔族の為に動きやがる」
「別に魔族の為になんか動いちゃいないさ」
そう、オリガちゃんの願いを聞き入れたのも、ゾラトの娘を殺さなかったのも、虐げられるソーニャを助けたのも。それだけではない、これから先、魔族を飢餓から救うことでさえ。
「……だったら、今のお前を突き動かしてんのは。魔王となった先に目指すものは、一体何だってんだ」
「簡単だ。俺は──」
俺はその答えを、ようやく取り戻したばかりだった。だがきっと、二度と忘れることはないだろう。
「──モテたいから魔王になる。それだけだ」
他の誰の為でもない、自分自身の為にこそ。
あまりにも短絡的な衝動に裏付けされた思想はどこまでも単純で、だからこそ折れず曲がらず、その信念は何よりも固かった。
これにて一章はひとまず完結。エピローグなどはまた後日。




