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誰が為に、何の為に 3

怒涛の更新(当社比)。さあ、明日までに一章を終わらせられるか否か。

「重ったいなあ、これ……」


「その分、堅牢な作りにはなっております。お気に召しませんでしたか?」


「いや、これでいい」


 全身を覆う重鎧を着込んだままでは、動くことすらままならなかった。だがこの鎧は、人族の戦士などに広く普及しているプレートアーマーなんかよりも、よっぽど頑丈に出来ているらしい。なんでもその装甲は、俺が苦戦したマンティコアの牙や爪をも一切通さないとか。


 頭部を完全に保護するクローズ・ヘルムのバイザーを下ろすと、格子状に空いた隙間から外の様子が伺える、とは言え視界はすこぶる悪く、呼吸もしにくい。この状態で戦闘が可能かと問われれば、俺には少しばかり厳しいかもしれない。


 一先ずは満足だ、俺は鎧の各所に通した魔力を解き、身に付けた部品を一つずつ外していった。


「それにしても、魔法ってのは便利だなあ」


「よほど高い魔力をお持ちでなければ、それほど容易に使用することは出来ません」


「まあ、そりゃそうだろうけども」


 魔王の魂の欠片を身に宿しているということは、何も悪いことばかりでは無かった。特に、獣人族達との邂逅の際に一度その意識が表に出てからは、その長所と短所が随分と顕著に現れるようになった。


 長所と言えば、やはり自分の意思で魔法を扱えるようになったことだろう。思うまま自由自在にという訳にもいかず、目下訓練中ではあるが、多少なりとも魔力を躾けるコツは掴みつつあった。魔法に適正を持たない人間族としては、誰もが一度は憧れる力を手にすることができ、なんというか、感無量である。


 だがそれを補って尚余りある短所は、決して目を瞑れるようなものでは無い。魔王の意思は虎視眈々と俺の身体の支配権を狙っていて、四六時中気を抜くことすら出来やしない。徐々にその影響力は強まりつつあって、なんとか対抗手段を見出したいところだ。


 かつて魔王が使っていた防具、つまり”魔王の鎧”を脱ぎ終えて元の場所──武具を保管している倉庫の中心、一番目立つ所に立てかけられていた──に戻し、なるほど、改めて見ると……格好良いな。


 先代魔王の邪悪さを感じさせる漆黒の鎧には、上質な金を用いた繊細な装飾が散りばめられている。俺が愛用しているショートソードと同じく、装甲や彫り細工などの外装部分はドワーフ族の、内側に施された、魔力を通す機構などはエルフ族の手によるものだ。


 勿論、その内情は真逆である。善意による協力で出来上がった俺達の武具とは違い、魔王の持つそれらは彼らを脅し、奴隷のように働かせ、無理矢理作らせた物だとか。


 そういった経緯のある鎧を素直に称賛するのは、何だか少し良心の痛む話ではある。ではあるが、職人の卓越した業を感じさせる仕事に、思わず感服せずにはいられなかった。


「他には何か残ってないのか?」


「先代魔王様が崩御なされた折に、大勢の魔族達に、殆ど持って行かれてしまいまして……」


「となると、鎧と大剣だけか」


 先程見せてもらった大剣は、人間族の常識でいうそれとは全く別の代物だ。両手剣などという生易しいサイズでは無く、俺の背丈に迫るほどの刀身を持つ、無骨な剣だった。今の俺には到底振り回せそうに無い。そちらは圧倒的な重量で敵を叩き切る為のもので、特殊な力を持つ武器という訳では無いらしい。


「おし、見せてくれてありがとな」


「これらはもうアマデオ様の所有物でございます、ご自由にお使い下さい。大した物も残せず、申し訳ございません」


「いやいや、とりあえずは充分だ」


 現存する装備の確認を終えた俺達は、昨日とは打って変わって、埃一つ見当たらない程に片付けられた武具庫を出た。部屋中を埋め尽くすようにびっしりと蜘蛛の巣が張り巡らされていたのが、嘘のような清潔感だ。


 満足に城の掃除が出来なかった罰として、ゴブリン二匹は一日がかりでの大清掃を命じられていた。厳しく見張るオリガちゃんに、細かい所まで指導されながら、それでも立派にやり遂げた彼らは、主に忠実な下僕たるゴブリンの鑑だ。ただ、そうなる前にしっかりと仕事をこなしておけば、きっと怒られるようなことも無かっただろうに。


 そうしてゴブリン達が働くのを横目に、俺は一人寝室で休んでいた。一番始めに掃除をさせた綺麗な部屋の、天蓋付きの広いベッドに身体を預けると、疲れ切った心と体はすぐ眠りに就いてしまったらしい。


 昼過ぎにのそのそと起きると、ゴブリン達がようやく掃除を済ませた所だったようだ。一階の大広間ですれ違った際に、


「やい、人間、人間っ!このお城に来たって言うことは、あなたが新しい魔王様になってくれるんですかっ、どうなんですかっ!?」


 などとまくし立てた金髪の雌ゴブリン、確かトゥリーと呼ばれていた方が、とにかくやかましかった。


「……トゥリー、今日はやめようよ。もう疲れたよ、寝ようよぉ……」


 気怠げにトゥリーを連れ立って行く雄ゴブリン、ドゥヴァは、いつもこんな調子なんだろうか。だとすれば、さぞかし苦労しているのだろうなあ。彼らの姿を見ながら、そんなことを思った。


 その後、オリガちゃんに城内を一通り案内──魔王の記憶の影響で、その構造は大体把握していたが──して貰い、最後に、僅かに城に残された武具を確認していた、のだが。


 たっぷりと休養をとった筈の身体は、鉛のように重かった。魔王の鎧はとっくに脱いだというのに、まるで未だにその重量感バツグンの装甲が全身を包んでいるかのようだ。久し振りに重鎧を装着したせいで、疲れてしまったのだろうか?


 心無しか熱に浮かされているような気もする。気分も悪く、こいつは風邪だろうか。治療用の包帯や薬などが置かれた倉庫に、二本のマンドレイクがひっそりと保管してあるのを見た。あれを煎じて服用すれば、調子は万全になるかも知れないな──なんて上っ面の思考では、最早取り繕うことは出来なかった。


 明確に体調の異変に気が付いたのは、魔族達の集落を初めて見た夜からだ。自身が背負う飢餓という現実の、その途方も無い膨大さに打ちひしがれ、真っ暗闇の中を覚束ない足取りで一人歩くような、そんな気分にさせられた時だった。


 それからというもの、少しずつ身体を蝕んでいったこの異常の正体とは、一体何なのだろうか。考えるまでもない疑問を浮かべる思考が、どこか空々しかった。




「アマデオ様、今日はどのようになさいますか?長旅でお疲れでしょうし、もう一日くらい、お休みになられますでしょうか」


 城内を巡り終えた俺達は、再び玉座の間に戻って来ていた。豪華そのものを体現したかのような彩飾が眩しい玉座は、フカフカの座り心地も一級品である。それに腰掛ける俺に、オリガちゃんが尋ねた。


「ほんの少しとは言え、魔族の現状をこの目で見たんだ。今は流石にそんなこと言ってらんないって」


 そう口にはしたが、何よりも不調をきたしているのは精神面である。目の前に積み重なった問題に思索の手を伸ばそうとしてみても、頭は回らず心は沈んで、何一つ解決の手立てなんか見つかりはしない。

 病は気から、などというレベルでは無かった。酷く倦怠感を覚える身体の、指先を動かす気力さえ、全身から掻き集めなければならないような有様だ。


 ”瘴気ミアズマ病”──。ふと脳裏を過ぎったのは、オリガちゃんと一年振りに再会を果たした、あの日の会話だった。


 アビスフェルノを抜けた俺達は、魔族領の三分の一程を占める大森林を通り、そしてここ魔王城へと辿り着いた。それまでに通った道のりは、いや、今いるこの場所でさえも、濃厚な瘴気に満ち溢れている。魔族領に於いて、瘴気が蔓延していない土地など、どこにも存在しない。


 そうした穢れた瘴気を吸い続けたせいか、それとも、俺の心に巣食う魔王の魂こそが原因だろうか。どちらにしても俺の意識とは関係無く、或いは理由すらも無く、胸中は常に、暗く淀んだ影に支配されていた。


 もしもこうした症状がミアズマ病によるものだとしたら、対処のしようが無い。気合いだとか精神力だとか、そういった根性論を以て何とかしようとしても、その原動力となる気勢こそを根こそぎ奪われてしまうのだ。

 ここが人間領であれば、聖王教会の処置でなんとかなったかも知れない。とは言え今更あちらに戻る訳にもいかず、だとすれば考えても仕方のないことだ。


「アマデオ様?」


「おっと、ごめん」


 関係の無いことを考えていたのがバレたのだろうか、そんなに俺って顔に出やすいのかなあ。何はともあれ、いつの間にか逸れていた思考を元に戻し、さて、やるべきことは山程ある。一体どれから手を付けるべきか──動きの鈍い脳味噌を強引に働かせようとした時、それを遮るように、一人の兵士が部屋に駆け込んだ。


「失礼しますっ!」


「うおっ、ど、どうしたっ?」


「あ、えっと、その……」


 急な出来事に驚いて裏返った俺の声に、まるで合わせるかのように兵士は口篭っている。


「私でいいわ、何かあったの?」


 一人冷静なオリガちゃんは、なんとも頼りがいのある女性だ。本来なら俺が堂々と振る舞うべきなんだろうが、いや、そもそもどうなんだろう。俺はまだ、オリガちゃん以外の誰からも魔王だと認められてはいなかった。


「は、ハイっ!獣人族長が城にいらっしゃいまして、あの……」


「早く」


「す、すみません!ええと、人間族の魔王を、出すようにと……」


 獣人族長。その言葉が含む、どこまでも不穏な響きに、俺とオリガちゃんは黙って顔を見合わせた。




 ガシャガシャと装甲の関節部分を打ち鳴らしながら応接間への扉を開く。獣人族長との話し合いだ、何が起きるか分からない。非常事態に備えて、俺は魔王の鎧を着込んでいた。


「遅かったじゃねえか、人間」


 応接間に用意された来客用の座椅子に、毛むくじゃらの、獣人族の男が、腕を組んでふんぞり返っていた。人間と比べれば魔族は基本的に長身であり、そんな彼らの為に作られた大きめの椅子だというのに、その男は窮屈そうにして座っている。


「折角来てくれたってのに、悪いな。今日は何のもてなしも用意出来ないぜ」


 だっていきなり来るんだもんなあ、せめて事前に予定とか聞いてくれればさあ。自身の緊張と相手の警戒心を和らげようと、努めて軽い口調で話し始めたことを、俺は早くも後悔していた。鋭く縦に伸びる瞳孔には、思わず息を飲んでしまう迫力がある。


「それで、あの、本日はどういったご用件で?」


 尻込みした俺のことを、一体誰が責められようか。当たり前だろ、今は勇者達みたいな後ろ盾も無いんだぜ!?先日のセレブロ達とは違い、冷静な時に見る獣人族の姿は、なんというか、率直に言えば、怖い。


「ハッ、白々しいクチを利きやがる」


 こちらを横目で見ていた獣人族の男は、そう言いながら俺達に向き直った。


「この間は、オレの娘と部下達が、随分と世話になったそうじゃねェか。噂の人間族の魔王様が城に辿り着いたってんでな、そのツラを拝みに来たんだよ」


 しわがれた声を発する男の、その容姿は、毛並みは、そして何よりも胸の傷跡は。間違いない、俺はこいつに見覚えがある。


 今から二年程前、勇者達と出会ったばかりの頃だ。アビスフェルノで起きた魔王軍との紛争で、こいつの姿を目にした。人族の連合軍として、勇者たちと共に戦った仇敵──。


「お、前……金獅子、ゾラトか……!」


 魔王軍の大部隊を率いる指揮官、獣人族の猛将ゾラト。忘れようも無い、厚い胸板を十字に斬り付けたのは勇者の剣だった。俺はその様子を間近で見ていたのだ。


「ほう、オレを知ってるたあ、ちっとは勉強してるようだな」


 向こうは俺のことなんか覚えちゃいないだろう。勇者パーティのメンバーとは言え、俺の実力はそんじょそこらの一兵卒と何ら変わり無い。そして目の前のこの男は、俺とは次元の違う強さの持ち主だ。


「けどな、金獅子ゾラトってのも昔の呼び名だ。今のオレは獣人族長、獅子王ゾラト様だ」


 まさかこいつが獣人族長になっていたとは。いや、それも納得だろう、ゾラトは当時から獣人王に次ぐ戦士であると噂されていた。先代獣人王は一年前に俺達、というより勇者達によって倒され、その後を継ぐに相応しい猛者が、こいつを措いて他に居るとは思えない。


 世界を救った英雄たる勇者と、聖女ファビオラちゃん。そして六英雄の一人、竜人族の戦士マサムネ。彼ら三人を相手に互角の、ともすればそれ以上の戦いを繰り広げていた相手に、いくら魔王の力があったところで、俺が太刀打ち出来る筈が無い。とうとう眼前に迫った、圧倒的で逃れようの無い死の恐怖に、俺は瞬きすら忘れて立ち尽くした。


「そう怯えんじゃねえよ、この場じゃてめえに手は出さねェ」


 ゾラトの言葉を反芻し、安心したのも束の間。


「決闘だ。今日はその申込みに来た」


 矢継ぎ早に飛び出した台詞の意味は、果たして俺の脳内になかなか染み渡ろうとはしない。


「それは、どういう……」


「単刀直入に言うぜ。娘のことも、部下のことも、オレは別に恨んじゃいねェ。アイツらがいくらズタボロにされようが、そりゃあアイツらが弱かったのが悪ィんだからな」


 一瞬の静寂の後、「けどなァ!」という怒号に合わせて、木製のテーブルが叩き折られた。恐怖か脅威か驚愕か、俺の身体は竦み上がる。


「てめえが魔王になるってんなら、話は別だ。オレ達獣人族は、自分より弱え奴は認めねェ。この土地で、魔族の領土で、オレ達の縄張りで魔王を名乗れんのは、オレ達よりも強え奴だけだ」


 ゾラトが一言喋る度に、威圧感がまるで質量を持ったかのように伸し掛かる。いつの間にか額には脂汗が滲み、ちらりと目をやると、オリガちゃんも顔面蒼白、微動だにせず佇んでいた。


「オレはアイツらみてえに、人間族だから弱えなんて、そんな眠たくなるこたあ言わねェよ」


 人間族にも強え奴は居る。勇者とファビオラちゃんのことだろうか、ゾラトは少しだけ自嘲気味にそう呟いて、こう続けた。


「──だから、決闘だ。オレとお前、どっちが強えか。ハッキリさせようじゃねェか」


 ”より強き者に従う”という一族の流儀に、どこまでも純粋に従っているのだろう。迷い無く俺を見据えるゾラトの視線を、未だ迷ったままの俺の心は、バイザーの隙間からでさえ、見返すことを許さなかった。




「ふぅーっ……」


 いくら葉巻をふかしてみても、疲弊しきった心は一向に休まる気配が無い。


 決闘は三日後。場所は城下町の広場で、公衆の門前にて行う。ゾラト率いる獣人族が町で告知までして、盛大に人を集めるんだとか。武具や魔法の使用に制限は無し。一対一、手助け無用の勝負。


 一方的にそんな約束を押し付けて、ゾラトは去っていった。あとに残る砕け散ったテーブルを眺めながら、俺とオリガちゃんはしばらく呆然としたまま、見かねたゴブリンが声をかけるまで立ち竦んでいた。


「……大変なことに、なってしまいましたね……」


「……ああ……」


 力無く答える俺の視線は宙に浮いている。オリガちゃんも似たようなもので、心ここにあらずといった様子だ。あまりにも突然の出来事に、危機感を通り越して虚無感すら覚えた。


 玉座に備えられた灰皿に葉巻を捩じ込みながら、どうしたものかと考える。そしてすぐ結論に至った、どうしようもないな。


 人族の間には広く流通しているが、煙草は単なる嗜好品である。魔族領にもそんなものがあったのだろうか。灰皿を取り付けられた玉座に腰掛ける魔王の姿を、かつて見た記憶を元に想像してみる。そこに葉巻を持たせてみると、なるほど、絵にはなるな。思考は最早、現実逃避に走っていた。


「……どうなさるおつもりですか?」


「いっそボイコットしてみるか」


「名案です」


 もちろん、本当にそんなことが出来る筈は無かった。


 今頃ゾラトはあの勢いのまま、獣人族達を引き連れて広報しているのだろう。だとすれば、町に住む魔族達はこぞって見学に来るに違いない。


 俺は正式に魔王に就任した訳では無い。数多の人々が集う中で、人間族の魔王もどきが決闘から逃げ出したとなれば、この先俺が認められる日は、二度と来ない。


 そうでなくとも獣人族との問題をこれ以上先送りには出来ないだろう。なにせ獣人族長直々に出向く程だ、彼らにとって”強さ”というステータスがどれ程大事なものか、そのことがよく分かる。


 それにしても随分と勝手な話だ。あのように強引なやり口で、此方の事は何も考えていない。自分達の都合だけを押し通す、本当に、救いようの無い連中だ──そうは思わんかね、アマデオ君。


 頭の中で誰かが俺に問いかけた言葉は、何だか正論に聞こえてしまう。聞こえてしまうというのも変な言い草だ、正しく胸を打つのなら、それはきっと正しい言葉だ。そうに違いない。


 俺がこれだけ彼らの為を思って、必死に救いの手を差し伸べてやろうとしているのに、皆自分勝手なことばっかり言いやがる。どんな苦悩を抱いて俺が奔走しているか、知ろうとすらしない馬鹿共が。

 獣人族だけでは無い、俺を非難する魔人族も、そしてひたすら気随気儘きずいきままに、己の飢えを満たさんと争う全ての種族も、何もかもが気に食わない。


 そもそもだ。魔王となることを決意する、そのずっと前からそれは始まっていた。どれだけ俺が努力しようとも、誰一人として俺を認めようとはしなかった。いくら心身を削り、何度命を賭けてもだ──俺の命に価値などありはしない、お前らはそう言いたいのか!

 

 ──その通りだ。人々に見向きもされず、だというのに、一体何の為にそうまでして頑張る必要がある?さあもう少しだ、内側に溜まったドロドロとした感情を、余すこと無く吐き出してしまえ。


 人族全体を見通しても、強欲で愚鈍極まりない、救えない者ばかりだ。


 どこまでも欲深い人間族は、大陸中にその領土を広げながらも尚満足していない。魔族が現れる前、亜人族との戦争を繰り返していた彼らのなんと醜いことか。


 亜人族間にもいさかいは絶えない。ドワーフ族とエルフ族を筆頭に、竜人族ドラゴニュート人魚族マーフォークも、常日頃からいがみ合っているではないか。


 だから奪うのだ。彼奴らから、この世界に住まう全ての愚民共から、ありとあらゆるモノを略奪する。金を、武具を、家を、服を、糧を、そして命を。

 そうして奪い尽くしたあとには、何も残らない。魔族でさえもだ。生み出す術を持たない愚かな種族は、人族が地上から消え失せると同時に、絶滅を迎えるだろう。


 それで良い、素晴らしいじゃないか。この大陸に、世界に蔓延はびこる愚者を根絶やしにする、なんと素晴らしい構想なのだろう!

 穢れきった地上を浄化し、遍く生命の神秘が自然を謳歌する、それはきっと理想郷だ。


 ──そんな世界を、創り上げて見たくは無いかね。我と共に、なあ、アマデオ君。


「……うる、さい……」


「……?大丈夫ですか、アマデオ様?」


 オリガちゃんの言葉に答える余裕は無い。それどころか、床に膝を付いた身体を起こすことも、割れるように痛む頭を支えることも、激しい動悸を抑えようと、息を吸い込むことさえ!


「……ぐっ、うう……!」


「アマデオ様……!?だ、誰かっ!誰か、近くに居ないのか!!」


 揺さぶられる肩は込み上げる吐き気を増長させるだけだ。しかしそれを制する腕は上がらない。必死に叫ぶオリガちゃんの声に重なって、ゴブリンの返事が、遠のく意識に辛うじて聞こえた。


「はいご主人っ、ただいまお連れいたしました!」


「お連れ……って、貴女は!」


 トゥリーに連れられて玉座の間を訪れたのは、昨日出会った少女、ソーニャだった。


「勝手に人を通さないの!門前の兵士達は!?」


「だってだって、あの人達、いつもいつもずっと立ってるですよっ!かわいそだから、休みをあげちゃいましたっ」


「なんてことを……!彼らには、交代で休みを与えてるのっ!!」


 オリガちゃんとトゥリーが喋ると、その言霊が頭の中でぐるぐると渦を巻いて、回転しているのは俺か、部屋か。いや、もしかしたら世界が回っているのかも知れないなあ。咳き込み咽る苦しさが止まない。


「あ、あのっ、私、もしかして、ご迷惑……でしたか?」


「迷惑とか、今はそういう場合じゃっ……!いえ、ソーニャ。何でもいいわ、薬になるようなものは持ってる!?」


「ええ!?えと、えと、このお花でしたら!」


「は、花……!?くっ、ソーニャ、アマデオ様を看ていて、危険な状態なのっ!私は急いでマンドレイクを取ってくるわ!」


「うぇっ!?わ、わかりまし、た……行っちゃった」


「ご主人、待って!置いていかないでぇ!」


 今やそこにソーニャも加わり、ぐるぐるは更に著しく目まぐるしく息苦しい。ゆっくりとふわふわと俺に近付いてくるソーニャの胸に抱えられた白い花びらはとても澄んでいて清らかだ。だというのに、なんとも勿体無いことに、俺は今にも終わりを迎えようとしていた。


「ま、魔王様……!酷い汗、お顔も真っ青です!だ、大丈夫、ですか……?」


 じっと覗き込む紅玉のような両目は、俺を心配してくれているのだろうか?まだ年端もいかない少女だが、可愛い女の子に最期を看取って貰えるなら、それもいいかもなあ──終わるのはきっと、命ではない、もっと別の何かだろうけれども。


「……その、花……」


 なんとびっくり、驚くことに声が出せた。イタチの最後っ屁というやつだろうか、喉から絞り出したようなガラガラのそれだったが、しかしきっと意味は伝わっただろう。


「あっ、こ、このお花ですかっ!?……あの、ご迷惑で無ければ、魔王様に受け取っていただこうと、その……」


「俺……に……?」


 ソーニャは紫がかった肌をほんのり朱に染めながら、恥ずかしがっているのか、いじらしい動作で胸元の花束を差し出した。


「はい。さ、差し出がましいようですが、昨日のお礼にと……あっ!で、でも今はそんなことしてる場合じゃないですよねっ、すみません!」


 花を引っ込めようとしたソーニャの腕を、俺の右手はしっかりと掴んだ。よくよく見てみれば、あの後きちんと用意したのだろう、ソーニャは純白のワンピースを身に纏っている。髪はまだきちんと整えられていなかったが、磨きようはいくらでもある。


「この花を、俺の為に用意してくれたのか?昨日の、お礼に?」


 人族領の常識では、恐らくまだ成人にも満たない年齢だ。だがその小顔によく映えるつぶらな瞳は、この歳にして成功を約束された美人の片鱗を伺わせている。人間の目線からはちょっと奇抜に見える肌の色と鱗も、なんというか、その……うん、イケる!むしろこれはこれで、味があっていいかもしれない。


「え、えあっ!……はい、改めて言われると、お恥ずかしいのですが……昨日は、本当に、ありがとうございましたっ」


 買ったものか取ってきたものか。どちらにせよ瘴気に蝕まれた魔族領で、こんなに綺麗な花を手に入れるのが、どんなに難しいことか。それを俺の為に、だと?


「私を助けてくれた魔王様のお姿は、え、えと、その……か、格好良かったですっ!」


「今なんて?」 「え、ええっ!?」 「もう一度、大きな声で!」


「あ、あうう!ま、魔王様は格好良かったです!!」


「……く……クックック……」


 そうか、そうかそうか。いやはや、薄々気付いていたさ、そんなことくらいね。俺はおもむろに立ち上がり、地面に付けていた膝を両手で払った。


「あ、あの、魔王様?」


 埃など付いちゃいないが、こういうのは気分の問題だ。仕草はエレガントかつダイナミック、そして優雅にいかないとな。


「フハハ、フハハハハ!」


 なんたって、俺は、そう──格好良いのだ。


「だぁーっはっはっはっはっは!!」


 マンドレイクを握りしめたオリガちゃんが、唖然とした表情で俺を見つめていることに気が付いたのは、ひとしきり高笑いを続けたあとのことだった。

いかにも魔王らしい三段笑いが活用できて満足です。

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