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誰が為に、何の為に 1

かるーく鬱パート。2、3話くらい続きます。

 どこまで行っても木、木、木。アビスフェルノに居た時はあんなに恋しかった緑だったが、視界を埋め尽くす森の景色に、いい加減嫌気が差していた。霧に囲まれたべたつく湿気の中、鬱蒼と生い茂る草花を掻き分け押し退け、ああ、無骨な土色の地面が懐かしい。


 人間領を出てから大体二週間程だろうか。始めは思わぬアクシデントに見舞われたが、途中から俺の歩くペースが上がったおかげで、予定よりも随分と早く魔族領に到着できた。とは言っても、目の前の果てしない森を抜けないことには実感も沸かない。代わり映えのしない風景は相当に耐え難く、そう思えば思うほど、俺達の歩調は更に早まっていった。


「……なあ、オリガちゃん」


「……はい、何でしょうか」


「これだけ色んな植物や木の実があるってのに、食えるもんは何一つ無いってのは驚きだよなあ」


「……毒がございますので」


「ああ、そうだったっけ」


「ええ。……あの、アマデオ様」


「ん?」


「……そのお話は、もう十三度目でございます」


「……ああ、そうだったっけ……」


 干し肉を齧りながら歩く俺達は、既に疲弊しきっていた。無論、身体と精神との両方が、である。今の俺達の足を動かすものは、ただ少しでも早く森を抜けたい、その一心に尽きる。


 今にして思えば、アビスフェルノは恵まれた環境だったかもしれない。荒れ狂う天候は体力を奪いこそしたが、目に映るものは常に変化に富んでいた。中心部に走る巨大な亀裂から、黒々とした瘴気が全てを飲み込むように立ち昇るのも、圧巻の光景だった。


 オリガちゃんの口には合わなかったようだが、新鮮な魔物の肉を食べることが出来たのも大きかった。アビスフェルノで狩った魔物達から大量に作った保存用の干し肉は、どれもこれも固く筋張っていて、飲み込むのに時間がかかる。染み込んでいた瘴気まで薄れていて、全く味気が無い。顎が疲れるまでたっぷりと咀嚼してから胃袋に送り込んでいくのは、最早食事というよりも作業に近かった。


 そうして干し肉を頬張りながらひたすら無心に進む俺達は、一日に数える程しか言葉を交わさなかった。当然のことではあるが、どれほど疲れていても、オリガちゃんと話したくない訳では無い。むしろ彼女と喋った分だけ俺の心は潤っていくのだが、一つ、重大な問題がある。


 一体、何を話せばいいんだ!?


 次から次へと迫り来る自然一色は、視界への暴力だ。それに耐え兼ねた俺がオリガちゃんのことをじっと見つめていると、振り向いた彼女と目が合った。


 圧倒的な緑の中で、オリガちゃんの白色だけがどこまでも清らかだった。顔や首筋など、ローブから僅かに露出した柔肌を土が汚していたりなんかして、なんとも艶めかしくかつエキゾチックでエキセントリックな魅力を醸し出している。

 

「どうかなさいましたか?」


「君の美しい横顔に見蕩れていたのさ」


「……はあ……?」


 納得したようなしていないような間の抜けた声は、それでもオリガちゃんの持つ声色に彩られて凛とした響きを奏でる。


 俺の口説き文句は今まであらゆる女性に通用したことがなかったが、中でもオリガちゃんからの反応はとりわけ芳しくない。 自分では絶対の自信を持っているが、反応を省みて難色を示しているのが解らないほど、俺の頭は目出度くなかった。


 かと言って、俺の言葉のレパートリーから口説き文句を除いてしまえば他には何も残らない。勇者達と旅をしていた頃は人数もそこそこで、その上男女混合のパーティだった。だからこそ間が保たないということは無かったが、元来俺は、女性と二人きりで居続けることに慣れてなど居ないのだ。


 つまり、会話が弾まない。オリガちゃんはこちらの質問にこそ丁寧に答えてくれるが、それだけだ。他愛の無い話で盛り上がったり、なんてことは一度も無く、俺はどうにか、この息の詰まりそうな沈黙を何とかしたかった。


 勿論美人を隣に侍らせて歩く俺は、それだけでも天にも昇るような夢心地だ。だけど果たしてオリガちゃんは楽しんでいるのだろうか?目的があっての旅だ、楽しむ必要など無いと言われればそれまでだが、それでもつまらない思いをさせたくなかった。男として。



 いくらそう願ったところで、俺にはこの状況を打破する術など何一つ無い。結局二人は無言のまま、それでも足は先へと進んでいく訳で、草木と落ち葉を踏み締める音に飽き果てた頃、ようやく景色に変化が訪れた。


 まず最初に霧が晴れた。木々の隙間からは日の光が差し込みはじめ、時間の感覚などとっくに無くなっていた俺達は、その木漏れ日を見てようやく今が昼間だということを知った。

 出口が近い。そう思った瞬間に、うんざりするような緑が、跡形もなく消え失せた。まるでいきなり森から放り出されたかのような、呆気ない終わり方だった。久々に覗く青空には雲ひとつ無く、太陽が大地を照らすことの素晴らしさを、生涯で初めて味わった気分だ。


「……出口だ……」


「……出口ですね……」


 陰鬱な湿り気を帯びた森林のそれとは打って変わって、カラカラに乾いた空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺達はただ立ち尽くす。丸四日ほど寝食を共にした草木花の群れから開放されたことを、まだどこかで受け止められていないのだ。燦々と注ぐ日光を浴びながら、眩しさに目を細めることすら忘れている。


「……出口だ。抜けた、森を抜けた!オリガちゃん、森を抜けたぞ!!」


「……ええ、ええ。そのようです。ようやく、本当に、ようやく!」


 ゆっくりとその感動が胸中に広がった時には、既にそれを抑えることは難しく、俺達二人は子供のようにはしゃいで、感情のままに手と手を取って喜び合った。肉体ばかりか心の中までもを、ぬかるんだ泥に汚されていくような日々だったが、こんな風に清々しい最後を迎えるなら、また味わってみてもいいかも知れない。そんなことを考える俺の脳味噌は、どこまでも単純だった。



 * * *



 単純に考えすぎていた。そのことを、今更のように実感した。

 自生する植物は殆どが有毒であり、それらを間引いて刈り取って、そうして出来上がった枯れ果てた大地は、到底人が生きていける土地には見えなかった。たとえそれが魔族であっても、同じことだ。


「……魔王様……どうかご復活下さい……そして我等に、何卒お恵みを……」


「誰でもいいんです、何か、食べ物を……」


「お恵みを、お恵みを!」


「魔王様……」 「助けて下さい」 「お恵みを」 「恵んでくれぇ」


「ひもじいよお」 「死にたくない」 「誰か──」 「────」 「──」


 人々を見た。


 乾風に吹かれて舞い上がる砂埃が身体を叩いていく。そんな砂吹雪の中、雑な作りの、今にも朽ちてしまいそうな掘っ建て小屋が、不規則にいくつも並んでいた。その小屋の壁に寄りかかって座る、出入り口や吹き抜けの窓から顔を覗かせる、何もない土肌の地面に横たわる、人々を見た。


 今は亡き魔王に救いを求めて祈る老人の、幼子を抱え力なく項垂れる母親の、声を枯らした青年の、泣き叫ぶ少年の、少女の、助けを求める声が聞こえる。その声は、懇願と悔恨と悲鳴と怨嗟とを伴って、俺の耳にべったりとこびりついた。


「……今の私達には、彼らに出来ることは何もありません。先を急ぎましょう」


「……あ、あぁ……」


 悲痛な気持ちをぐっと堪えて言うオリガちゃんの言葉は、果たして俺には届かなかった。代わりに、絶望と恐怖とに塗れた呻きが、頭の奥で鳴り響いて止まない。そして、そうやって声を上げることのできる彼らは、あの集落ではまだ恵まれているのだという事実を、俺はどうしても認めなく無かった。


 喋ることさえ叶わぬ程に衰弱しきった、夥しい数の人々が、砂に塗れたまま倒れ伏していた。枯れ木のように痩せ細った彼らは、助けを求めることも出来ず、ただ”その時”を待つかのように、じっと息を潜めている。その窪んだ眼窩から飛び出しそうな濁色の瞳が、揺れ動くことも無く虚空を見つめる様に、胸が抉られる思いだ。


 そうした惨状から目を逸らそうとしてみても意味は無い。何故なら、ここではそれがありふれた光景だからだ。自身の無力さを呪いながら、それでも先を急ぐ俺の心に、彼らの姿は逃れようもなく、深く、深く刻み込まれていった。


 ひび割れた荒れ地を踏んで歩く足が、いつの間にか震えていた。これが、飢餓。


 飢えに苦しむ村々を見て来なかった訳では無い。傭兵として、あるいは勇者一行として各地を旅している間、そういった場所を訪れることは何度もあった。

 幼い少女が貧困に喘ぐのを見て、なんとかこの子を助けてあげられないだろうかと、必死に無い知恵を絞ったこともある。けれども結局、それらは全て他人事であったのだということを、どうしようもなく、痛い程に思い知らされた。




 乾ききった薪がよく燃え上がり、良質な火を灯していた。音も無く揺れる炎にあたる身体が、ゆっくりと暖まっていく。口に咥えた細身の葉巻を吸い込むと、その先端がジリジリと灰になっていく音が心地良い。

 俺とオリガちゃんは焚火を囲むように座っている。話し合うのは明日以降の予定についてだ。


「このまま進めば、明日にでも目的地に到着します。どうか今日はごゆっくりとお休み下さい」


 もうそんなところまで来たのか。ほんの三週間前までは、自分がこうして再び魔族領を訪れることになるとは、思ってもみなかった。そう考えると不思議なもんだ。


「目的地……魔王城か。今でも城は残ってるんだっけ」


 先代魔王の遺した城を拠点として使うことは、人間領を出る前に、フォルトの酒場で決めていた。


「ええ。残念ながら人手は殆ど残っておりませんが、建物自体は当時の姿のままでございます。これから先の拠点とするには丁度よいかと」


 これから先。そう言い放ったオリガちゃんは、実際に先を見据えているのだろう。その言葉には揺るぎない意思を感じる。


 対して俺は迷っていた。怖気づいた、とも言える。飢餓に襲われる魔族達の現状を目の当たりにして、果たしてこんな俺が、彼らに何をしてやれるのだろうかと、途方に暮れるような気持ちだ。

 魔王として魔族領に君臨するということは、その問題を、俺が一身に背負うということに等しい。彼らの穏やかな生活は、輝かしい発展は、全て俺の双肩にかかっているのだ。


 勿論それらは、他の誰でも無く、俺が決めたことである。今更オリガちゃんとの約束を違えることは出来ないし、また違えるつもりもない。それでも重くのしかかる責任感、その重圧に、逃げ出したくなってしまう。


 葉巻を持つ手が震えた。ここは大陸の最北端で、初冬を迎えた夜の空気は酷く冷たい。しかし寒さのせいではなかった、焚き火のおかげで身体は充分温まっている。


 左右の掌を見つめる。剣を握ることしかして来なかったこの両手で、本当に彼らを救えるのだろうか。オリガちゃんに、そして魔族の女の子にモテたい。余りにも単純で衝動的な動機しか持たない俺には、その資格があるのだろうか。俺が吐いた溜息と共に、吸い込んだ葉巻の紫煙が立ち昇り、風に流れて消えていった。


「……アマデオ様?」


 そんな俺を心配してか、オリガちゃんの紅い瞳がこちらを覗き込む。大丈夫だよ、ちょっと考え事しててさ。そうやって強がることも出来ない俺の弱さを、誰か笑ってくれ。


「ああ、ごめん……」


 一旦区切って、そこから繋ぐ言葉を、俺は見つけられない。脳裏には、服というにはあまりにも粗末な布切れを纏った、今日の命を繋ぐ糧を求めて呻く人々の姿が浮かんでいた。

 

 これまで訪れた集落で目にしたのは、基本的には魔人族だ。彼らは人族でいう人間族ヒューマンのようなもので、特別何かに秀でるわけでも、また何かを苦手とする訳でも無い。だが個体としての戦闘力は、肉体的に、あるいは魔法的に優れた他種族に劣ってしまう。


 ここでは、そうした力無き者から死んでいくのだ、と思った。”より強き者に従う”。獣人族の掟が胸に刺さる。それは弱肉強食という、この世の理そのものを示しているのかも知れない。決して略奪を肯定する訳では無いが、この枯れた土地にあって、奪うことすら出来ない彼らが生きていく術は、どこにも無いのだ。


 その獣人族はどうだろうか。アビスフェルノで彼らと衝突を起こした洞窟には、いくつも塩漬けの肉が保管されていた。あれはきっと獣人族の、冬を越える為の蓄えだろう。人族と戦えるだけの、また魔物を狩るだけの力を持つ彼らなら、この先を生き抜いて行くことが出来るのかも知れない。


 では、鬼族はどうか。獣人族と遜色ない屈強な身体を持つ彼らだが、その姿を人族領で見かけたことは無い。専守防衛、魔族領を守ることこそが彼らの役目だったのだろう。だとすれば、今は何をして過ごしているのだろうか。


 他にも種族は居る。空を自由に飛び回るガルーダ族は、どうしているのだろうか。呪術的な魔法に優れたナーガ族は?そうした疑問が次々と浮かんでは、消えること無く心の中に渦巻いていった。


「……随分と、お疲れのようですね。見張りは私がさせていただきます。アマデオ様、今日はお休みになって下さい」


「ん……悪い、そうさせてもらうよ」


 短くなった葉巻の火を地面に押し潰す。適当に放り投げて、そのまま仰向けに寝転んだ。平静を取り繕う余裕は、既に無い。


 泥の底に深く沈んでいくような思考に、ほとほと嫌気が差していた。だがそんな陰鬱とした気持ちのままでは眠れる訳も無く、頭を切り替えることも出来ずに、延々と同じことを考え続ける。


 明日にはオリガちゃんとの二人旅も終わる。先代魔王の城を拠点として、いよいよ俺が魔王となる為の行動を始めるのだ。そうすれば俺は本格的に、飢餓という、余りにも大きな困難と向き合って行かなければならない。そしてそれはずっと、オリガちゃんがたった独りで戦ってきた問題だ。


「なあ、オリガちゃん」


「何でしょう?」


「……いや。……何でもない、おやすみ」


「はい。お休みなさいませ、アマデオ様」


 オリガちゃんが強い女性では無いということを、俺は知っている。いつも彼女に押し寄せる不安がどれほどのものか、それも少しだけ理解できた。だけど、それでも冷静に振る舞える彼女のような強さが、俺にはあるだろうか?


 夜空をゆっくりと流れる雲はいずれ明日を連れて来るだろう。そうなればもう、迷っている暇は無い。果たして俺に何が出来るのか。いくら考えたところで、何一つとして答えは出ない。だが、たとえ答えが出なくても、やるしかないのだ。オリガちゃんの為に、また、全ての魔族の為に。

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