処女と訓練と実験
「……それで、これが証拠の?」
「はい。『ミノタウロスの舌』と『ミノタウロスの金棒』です」
素材売り場にいる茶ポニテ受付ちゃんに状況を説明し、ミノタウロスから得たドロップ品を渡した。
「確かにミノタウロスのものですね。しかし金棒まで……」
どうやら金棒はレアらしい。
『運』ゼロなのにドロップするとは、どういうことだ? 落とす時は落とすと?
よくわからない。今考えても無駄だろう。
「それで、これは例の事件と関係が?」
「えぇ、おそらく」
「やっぱり。で、その犯人についての情報は?」
受付ちゃんはちょっと困ったように、きれいな眉をハの字にした。
「ただ、同一犯かどうかは分かりませんよ? それに本当はこれ、Bランク以上の探索者に向けられた依頼なんです。だからそれをあなたたちに教えるのは規則違反でして……」
「被害に遭ったっていうのに?」
「これで復讐とか考えられると、余計に被害が出るだけなんですよ。だから教えるわけにはいきません。
ただ今回の場合、鈴森さんが狙われているんですよねぇ、ふーむ」
「そうですよ。気をつけようにも敵の姿がわからないんじゃ、話にならない」
「いや、それが実は、実際に犯人の顔を見たって人がいないです。オスかメスかバイかさえわかりません。その被害に遭われた方々は行方不明か、殺されたかのどちらかで、なんとか生き延びた人はあなたたちを除けばたった一組……相手は黒いフードを被った短めのファルカタ使いだったそうです」
「あるぱか?」
鈴森が細い顎に人差し指を当て、小首を傾げている。
「ファルカタだ」
「ふぁるかた……」
こちらを向いて復唱した。その目は暗に『なにそれおいしいの?』と申しておられる。
「ファルカタってのは剣の一種で、まぁそうだな、刀身が少し曲がった長い包丁みたいな感じだ」
「あと柄の部分が動物チックになってます」
受付ちゃんが補足する。
「へぇ~~」
ぽややんと返事をする鈴森を置き去りにし、話を進める。
「で、その柄の動物は?」
「そこまでは分からなかったそうです。ただ、ものすごく強く、洗練された動きをしていたそうです。ステータス自体は低かったらしく、逃げ切るのは容易だったみたいですが、なにせ今まで二十階層あたりを縄張りにしていたBランク探索者が逃げ帰ってきたって言うんで大騒ぎなんですよ」
なんだかんだこの受付ちゃん、結局全部話しているような気がする。わざとか天然かは知らないけど。
まぁそんなことはどうでもいい。それよりも気になることがある。
「ステータスが低いのに強い……それは具体的にどういうことですか?」
「話によると、戦闘経験が異常に高いだとか、攻撃がすべて急所を狙っていたとか。とにかく相当な数の経験を積んだ者の動きだったそうです」
そうか。ということはやはり。
俺の中で答えが出た時、鈴森が会話に参加してきた。いくら無知でも気づいたようだ。
「でも、それって変じゃないですか? かなり殺しているならステータスだって高いはずでしょう?」
「そうです。だから今までにない事態として大騒ぎなんですよ」
受付ちゃんは大きなため息をつくことで『仕事多くてやんなっちゃう』と伝えてきた。
「まぁ警備を増強してますし、町の中での犯行は起こっていませんのでご安心を。ダンジョン内ではなるたけ人気のないところにはいかないよう心がけてください」
これでおしまい、といった感じの区切り方。受付ちゃんは、親切に見えて案外ドライな性格をしておられる。
「あぁ、じゃあついでにその『ミノタウロスの舌』と『ゴブリンの牙』十二本を売らせてください」
「わかりました。『ゴブリンの牙』は一本十G。『ミノタウロスの舌』は一個六百Gで買い取らせていただきます」
さっすがボスドロップ。たかがベロのくせになかなかやる。
七百二十Gを受け取り、ギルドを後にした。
「さて、これからどうする? まだ昼までは時間があるけど、ダンジョンに来るか?」
「はいっ。お手数をおかけします」
「ほんとにな」
「あぅあ……」
鈴森は情けない声を出した。
あぁ、そういえば報酬の山分けがまだだったな。三百六十Gを袋ごと取り出す。
「七百二十Gだったから、半々で三百六十G……」
「えっ!? いやいや倒したのは神津さんじゃないですか! 要りませんよ!!」
あわてたように固辞してくる。
でもあれ呼び寄せちゃったの、俺の『運』が低すぎたせいでもあるんだよなぁ、たぶん。
たとえ人為的なものであっても、鉢合わせてしまうとはあまりにもツイてない。しかもそのせいで鈴森は目をつけられちゃってるし。
俺のスチール・ハートにも、さすがに罪悪感があるらしい。感情に従うことができるのは、時に大切だ。
「だめだ。お前がゴブリンを引き付けてくれたおかげで倒せたっていうこともあるし、一番価値のある『ミノタウロスの金棒』は俺がもらうんだからちょうどいい」
「でも……」
「これ以上遠慮するならドブに捨てるぞ? 俺は今そうしたい気分なんだ」
コインの入った袋を振り上げ、投げ捨てるポーズ。
「わわわっ! わかりましたいただきますっ! いただきますよ!!」
「そうしろ」
袋を下ろし、手渡す。
「まったく、極貧難民のくせしてとんでもないことするんですから……」
「こっちのセリフだ。極貧難民なんだから見栄とか気にしてないで体売ってでも金を無心しろ」
「んまっ!?」
真っ赤になった。どうやらシモ系の耐性は持っていないらしい。
「なんてことゆー(言う)んですか!? このうら若い純真乙女に対して!!」
「処女だったか」乙女=処女。
「そういう意味じゃありませんっ!!」
「とにかく、お前はもっと金にがめつくなれ」
「……もうじゃ……」
「そうだ。亡者だ」
「なんかそれ……汚い気が……」
「汚いわけあるか。ゴールドだぞゴールド! 黄金だ。黄金かき集めて汚くなる奴はこの世に存在しない」
「はぁ……」
釈然としないご様子。
「ともかく、金はすべてじゃないが大部分ではある。もらえる分はもらっておくんだ」
「……そんな真理、まだ知りたくなかったです……」
「あきらめろ」
「はぃ……」
まだ不服そうな顔をしている鈴森を引き連れ、再びダンジョンへ向かった。
「えいやっ! たやっ!」
「適当に振り回すなっ! 動きを読んで攻撃しろっ」
「ひゃいっ!」
蝙蝠相手に右往左往している鈴森に指示を出す。
蝙蝠は攻撃力が極端に低いから、ほとんど攻撃してこない。ただ素早いだけの的なのだ。だから練習台にはふさわしい。
俺の戦い方を見せ、最低限の動きの基礎を教えてから、あとは実戦。実践あるのみというのが俺の教育方針だった。
そんなこんなで鈴森が攻撃を始めてから数分、業を煮やしたのか、それともこいつには勝てると思ったのか。蝙蝠が急に攻撃へ転じた。
「ひゃあっ!」
鈴森は頭を抱えてかがみこみ、回避した。
「敵から目を離すなぁっ!!」
ターンして戻ってくる蝙蝠を撃退して一喝する。
俺はスパルタ訓練官だ。これもこいつが生きていくためには仕方のないこと。
心を鬼にして、さぁ怒鳴るぞぉお!!
気分はSM。
「ふ、ふぁいっ」
「なんだその気の抜けた返事はぁっ!!」
「もっ申し訳ございませんっ。さーっ!!」
「どもるなぁああっ!!」
「いえっさーっ!!」
さらに喝。鈴森は迅速に立ち上がり、敬礼する。結構ノリノリのようだ。
「よし。とりあえずいったん休憩。座れ」
「あ、ありがたきしあわせ……」
許可を出すと、疲れ果てた様子でその場に座り込み、水を飲んだ。
俺も周囲を警戒しつつ、その隣へ腰を下ろした。
まずい。あまりにも運動神経が鈍い。
これでは到底戦えない。
もしかすると、各自のステータス以外における能力値の差を、固有スキルが埋めているのかもしれない。
鈴森の固有スキル『結界魔法』は強すぎる能力だ。
限りなく絶対に近い防御結界を、一度張ったら意識せずとも半永久的に維持できる。これはチートと言ってもいい。なんせ初期の能力であの防御力だ。筋力の値に比例すると言っていたから、これからどんどん強くなっていく。
ならば、それを活かして戦えるようにするのが一番か。
「どうしました?」
「ん? あぁ、お前があまりにも運動音痴だったからどうしようか考えていたんだ」
「あぅぅ……ご苦労をおかけします、さ~」
『ほんと申し訳ないです』というニュアンスが込められていそうな返事だった。
「あぁ。それでだ、お前、今体力どれくらい残ってる?」
「えっと……二十五です」
どうやら体力は、スキルで消費した分も簡単に回復するらしい。
「じゃあ訓練の最後としてあと二回だけスキルを使ってもらうけど、平気か?」
「もちろんですっ! さー!」
立ち上がり、敬礼で応えてくる。
やる気十分だ。
「まずは……そうだな、円錐型の結界を作ってくれ。ただし、できる限り先端が尖ったやつ。小さめで頼む」
「はい」
高さ一メートルの結界がすぐに現れた。先端は鋭くとがっている。
先の部分に触れてみる。
そこはまるで刀の切っ先のように鋭利だった。殺傷能力は十分だろう。あとは耐久力か。
金棒を取り出した。
そして振り上げて、
「ふんぬっ!!」
「うぇええっ!?」
全力で振り下ろす。しかし、金棒はけたたましい金属音を上げて弾かれてしまった。
うぐぅ、腕が痺れる。
「か、かてぇ……」
「だ、大丈夫ですか?」
腕の痺れに悶えながら、結界を確認する。
傷一つついていないようだ。
「これなら戦いに使えるな」
「へ? ……あぁそうか、これで敵をグサってやるんですね!」
閃いた! と言わんばかりの笑顔だ。
「そういうことだ。使い方によっては相当強力な武器になるだろう」
「ふんふん」
それで? と目で聞いてくる。
「使い方は自分で考えろ」
「へっ?」
「お前の能力なんだから当然だろ? そこまで面倒は見きれん」
「うぅ……わかりました。さー」
ちょっとうなだれ気味に返事をしてきた。
この感じだと、まだ余裕はありそうだ。もう一つの実験もできるだろう。まぁあまりうまくいくとは思わないが。
「じゃあもう一つ」
「あっ、はいっ」
しゃきっとした。
「できる限りたくさんの穴が開いた結界を作ってくれ。穴の大きさはコインと同じぐらいで頼む」
「いえっさー!」
いいお返事。しかしいつまで経っても結界は形成されなかった。
やっぱ無理だったか。
「す、すみませぬ……」
うなだれている。
「いや、いい。予想してたから。じゃあ次に、ウニみたいな形の結界作ってくれるか?」
「うにってあのツンツンした?」
「あぁ」
「了解ですっ。さー!」
どんだけ気に入ってんだよそれ。というつっこみは次回に持ち越すことにした。
と、すぐ近くに透明な物体が姿を現した。
しかし形が妙だ。
確かに表面には、短いが棘がついている。棘と言っても先ほどの円錐のミニチュアが引っ付いているような感じだが。
それよりも概形だ。カーリングのストーンに似た厚い円盤型をしている。
なぜこうなったのか。いや、わかった。
「できましたぁ!」
ぱぁっと笑みを浮かべて、報告してきた。
「おぅ、ご苦労さん。と言いたいところだが、一ついいか?」
「はい、なんなりと」
「なぜバフン(うに)?」
「へ? ウニって言ったらこれでは?」
真顔だった。
「いや、ふつうはもっとこう、球体で真っ黒なやつをイメージするだろ?」
「いいや、メジャーなのは『ばふん』です」
鈴森は悲しくなるほど乏しい胸を張り、自信満々に答えた。シモ系は苦手なのに馬糞はいいのか。基準がよくわからない。
「まぁいいか。これなら普通のやつも作れるだろう。これもいい武器なる」
「こいつがですか?」
ばふんをつんつんしながら尋ねてくる。
「あぁ。例えばこれ、ふつうの結界の代わりに張れば、攻撃してきたやつに対して逆に棘でダメージ与えられるだろ?」
「ふむぅ、たしかに」
「まぁあとは自分で考えてくれ」
「……はぁい」
「それから体力に余裕があったら、自分でもいろいろ考えるんだぞ? そのスキル、案外汎用性が高い」
「半妖精?」
鈴森は『なにそれ?』と首をかしげて復唱した。
「いろいろ使い道があるってことだ」
「なるほど。確かに妖精さんっていろいろできそうですしね」
「?」
鈴森が何を言っているのかよくわからなかったが、そろそろ時間なので、この子を町まで送ることにした。