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お買いものと同棲

「あとは何が要りますかね?」

「あ~、ちょっと待ってくれ」


 二階に上ってすぐ左手に、依頼やランクアップを受け付けるカウンターがあり、突き当りに大きな店があった。

 店内にはマニュアルに載っていた商品以外にもいろいろあり、買い物には時間がかかってしまっている。

 今買おうとしている物は、傷薬二瓶に、五階層までの地図、毒消し丸一袋と水筒二本だ。

 傷薬は白い軟膏のようなもので、容器が小瓶だったため、念のために二瓶用意した。毒消し丸は一袋十二個入り。

 ポーションは一瓶千Gで、魔法瓶に至っては一本五千Gもする。今晩のことを考えると、ポーションでさえ高すぎて買えない。


「これでいいかな」

「にしても地図って高いんですねー。こんな紙切れ五枚で五百Gもするなんて」


 羊皮紙を見ながら、感心したように言ってきた。


「まぁあんな複雑なダンジョンの地図だからな。作るの大変そうだし妥当じゃないのか?」

「それにしても、傷薬の五倍って高すぎません?」

「それは傷薬が安いんだよ」

「あぁなるほど」


 納得したらしい。

 でも確かに、説明通りだとすれば傷薬は安い。傷薬がどの程度の回復力を持っているのかはわからないが、それでも止血効果までついていて百Gなら出来過ぎだ。

 本当に効果があるか、不安だな。

 カウンターに持っていき、金を払う。


「まいど!」


 占めて千G。懐が寒いぜ。おばちゃんの景気いい声が憎たらしい。

 

 ギルドを出た。


「これからどうする? 俺はせっかくだから東に何があるのか見て、それから宿を探そうと思ってるが」


 なんとなくここまでついてきているが、いつまでも一緒にいる必要はない。

 鈴森だって疲れているだろうし、三人組を探したいだろう。見つけた後どうするかはこの子次第だ。


「ならついていきますよ」


 即答だった。


「いいけど、三人組は探さなくていいのか?」

「あっ!」


 忘れていたらしい。


「そうでした……私を探してたら申し訳ないですし……」


 うつむいて、おろおろし出した。『どうしようどうしよう』という声が伝わってくるようだ。


「まぁその辺ぶらぶらしてたら見つかるかもしれないしな。行くか」

「は、はい……」


 まだ心なしか暗い面持ちの鈴森を連れ、東の街道へ行くことにした。



 街道へ到着。

 そこは今までとは打って変わって、戦闘用ではないチュニックを着た人で溢れていた。


「あれは、やおやさんでしょうか?」


 鈴森が、まだ少し暗い表情でつぶやく。


「肉も売ってるな。生活区域なのかもしれない」

「ですね」


 住人の生活区域とはいえこの世界の食べ物には興味があったので、冷やかすことにした。

 それはいいが、


「……」


 鈴森のテンションが低い。


「……なぁ、気になるのはわかるが……」

「すっすみません、目障りですよね……」

「あぁ、目障りだ」


 言って思った。

 きつすぎる。

 鈴森がすごい勢いで落ち込んでいくのが分かった。

 フォローをするんだ。

 自分に言い聞かせる。


「だから楽しめ」


 とっさに出たのは、そっけない一言だった。しかし反応して、顔を上げて見上げてきた。そして力なく笑う。


「ありがとうございます。でもあの人たちのことを思うと、私だけ楽しんでいるのも申し訳なくて……」

「だからってお前が落ち込んでて、三人組が得するのか? お前が楽しんでいようが落ち込んでいようが関係ないはずだ。それなら楽しめ。俺もお前も得する」

「でも……」


 何がそんなに気になるのか。

 冷静に考えれば、落ち込んだからって三人組が見つかるわけでもない。ならへらへら楽しんでいればいいのに。

 落ち込むだけ無駄だ。

……無駄、か。

『人を構成する要素のなかで、最も無駄だけど一番有意義なのが心、なんだよ?』

 不意に蘇る言葉。

 これもそうだというのだろうか。

 

「いや、そうですよね! 神津さんにも悪いですし、楽しみます!」


 考え込んでいるのを見て気を使ってくれたのか。鈴森が急に元気になる。

 しまった。


「いや、俺に悪いとかじゃなくて……」

「うわっあれなんでしょう!?」


 走っていく鈴森に、俺の声は届かない。


「まぁいいか」


 結果オーライかもしれない。俺にこれ以上は無理だ。

 ついていくことにした。

 

 鈴森は得体のしれない、巨大ナマコのような形をしたピンク色の物体に注目した。


「おじさん、これなんですか?」

「嬢ちゃん、そりゃミノタウロスの舌だ」

「舌ってベロですか!? おっきーいっ」

「へっへ、そうだろうそうだろう。なんたってこいつは五階層のボスだぜ? 先週一週間かけて俺が獲ってきたんだ!」


 このロリコン親父、鼻の下を伸ばし過ぎだ。でれでれ。

 鈴森は散々店を冷やかしてから、次の目的地へ向かった。

 

 次のターゲットは青果店。

 

「これってリンゴですよね?」


 鈴森から赤い果実を受け取る。

 ステータス・オープン。


・アプル……りんごに似た果実。甘さ強め。


「アプル、だってさ」

「えっ? 知ってるんですか?」

「いや、手に持ってからこれの情報が知りたいって念じればわかる」


 アプルを手渡す。

 鈴森はアプルを受け取ると、にらみつけるようにそれを凝視した。


「ほんとだ!! おもろい!!」


 歓声を上げる。どうやら見えたらしい。

 新たな武器を手にした鈴森は、店の果物と野菜すべてに自らの指紋を刻み込んで、店を後にした。


 そのあとも衣料品店や雑貨店など計十店舗を襲撃して、ようやく満足したらしい。

 そのことを確認して、街道を後にする。


「その、本当によかったんでしょうか、石鹸」

「あぁ。それに、これはお前のために買ったわけじゃない。俺が使うついでに、お前にも貸してやるだけだからな。自分の分は稼いでから買ってくれ」


 石鹸はあったのだが、一つ百Gもした。

 俺だけなら要らないところだが、さすがに鈴森は欲しいだろう。しかし鈴森の懐に余裕はない。だから少しだけ余裕がある俺が買って、二人で貸し合うことにした。

 遠慮があるのか鈴森は少しためらっていたが、考え直したらしく、

 

「ありがとうございますっ」


 と笑顔でお礼を言ってきた。

 無邪気な笑顔だ。なんとなく花を思い浮かべてしまう。こういう笑顔を見ると、どうしても思い出す。

 どう返していいのかわからなくて、あいまいな返事を残して会話を切った。


 気が付くと夕方。俺たちは安そうな宿を探して南の街道を徘徊している。

 この頃になると大勢の探索者で街道はにぎわう。

 きっとこの中にほかの挑戦者たちもいるのだろう。しかし判別はできない。挑戦者たちはすでに、その流れの中に溶け込みつつある。

 そんなことを考えながら歩いていると、木造の古い宿を見つけた。

 ここなら安そうだ。

 入店。

 入ってすぐの受付に向かう。


「いらしゃい」


 と挨拶してきたのは、痩せたおばさんだった。やさしそうだ。けれど皺が多い……苦労してんだな。


「一泊いくらですか?」

「百五十Gです。お湯は十G、食事は朝も晩も五十Gとなっています」


 あら手頃。レストランでの食事にかかった値段を思い出すとこの安さは魅力的だった。しかし俺たちの所持金を考えるとギリギリだ。

 鈴森が口を開いた。


「ツインとかダブルってありますか?」

「おっおいっ」

「二段ベッドならございますが」


 こっちを向いてくる。


「すみません、勝手に……神津さんはそれでも構いませんか?」

「あ、あぁ。俺は構わないけど、いいのか?」

「もちろんです」

 

 鈴森は即答して、受付の方を向いた。


「二段ベッドだと一泊いくらですか?」

「一部屋一泊二百Gになります」

「それじゃあ一泊。今日の夜と明日の朝ごはん、それからお湯は……」


 ちょっと迷っている。お財布と相談しているのだろう。

 お湯の値段、十G。それくらいは奢ってやるか。できる限り恩を着せてやろう。


「お湯は二つで」

「えっ? でも……」


 鈴森が見上げてくる。


「いい。お湯の代金は俺が持ってやる」

「でもそんな、悪いですよ。石鹸だって……」

「だからあれは俺のものだ。それに俺は簡単に稼げるが、お前は無理だろう? 俺は情が薄いから、いつまでもお前の面倒は見られない」

「は、はい……」


 鈴森は、なぜか少し落ち込んだように見えた。

 結局俺たちは、鈴森が二百G、俺が二百二十G払った。

 鍵を受け取る。

 お湯は後でもらうことにして、そのまま左手奥の食堂へ向かった。


 プレートに食料を乗せ、空いてる席へ着席。まだ探索者が帰ってくる時間じゃないのか、中はがらんどうだ。

 献立はライ麦パンとコンソメスープ。スープの中に具が入っていないように見えるのは、きっと煮込み過ぎて溶けてしまったからだろう。

 自らに暗示をかけ、手を合わせ、食す。


「か、かたひ……」


 鈴森がライ麦パンと格闘する。


「ひたして食べればいい」


 ライ麦パンをスープの中に投下した。


「な、なるほろ……」


 顎を痛めたのだろうか、発音がおかしくなっていた。鈴森も俺を真似して茶色のパンを水没させる。

 投下してから十秒。そろそろいいだろう。

 おもむろにパンをつまむ。

 スープを吸って幾分防御力の下がったライ麦パンを口の中へ放ると、食堂に探索者がいない理由がわかった気がした。


 食事を終えてお湯を受け取り、受付左の階段を上がって部屋へ。

 

「せまいな……」

「で、でも机もちゃんと二つあるし、何より久しぶりのベッドですよ?」


 鈴森が必死でフォローする。

 部屋を見た瞬間、高校の寮にある相部屋、それももっとも狭いランクのそれを想像させられた。

 二段ベッドと机、それ以外にスペースは全くない。


「あ、あの、神津さんが先に体を拭いてください。私は外で待っているので」


 おずおずとすすめてくる。

 しかしそれでは鈴森のお湯が冷めてしまう。なんでそんなことにも気づかなかったのだろう。別々にもらってくればよかったのに。


「いや、俺は後でいい。鈴森、お前から拭け」


 石鹸を取り出し、鈴森へ向かって突き出す。


「いや申し訳ないです! 神津さんからで」突き返される。

「俺は水でも構わない」押し返す。

「お金を出してもらってるんですから、そんなずうずうしいことできません!」


 さらに押し返される。

 ぬぅ、小癪な。いや、まてよ?

 脳内に天啓が降りた。


「じゃあこうしよう。一緒に拭けばいい」

「はぁ?」

「そうすれば二人とも温かいお湯で体を拭けるし、拭きづらい背中も洗いっこできる。これが一番効率がいい」


 真顔で力説する。


「あぁなるほどって、んなわけないです!!」


 鈴森渾身のノリ突込みが炸裂した。

 いくら純真無知(造語)な幼女(ミニマム)でも、さすがに騙せなかったらしい。


「だめか。やるなミニマム」

「あたりまえです! ていうかミニマム言うな!!」


 ミニマムのほうに強く反応した。気にしているらしい。


 結局問答無用で俺が出ていくことで、闘いは丸く収まった。

 あと、なりたてJKのお肌はすべすべつるつるの純白でした。ところにより淡いピンク。

 いかに小型ロリッ子と言えど、ドア一枚隔ててすっぽんぽんなら覗かないわけにはいかない。

 これは礼儀でありお約束でもあるのだ。

 超合金でできた我が心が、罪悪感など感じるはずもなかった。


 お湯を使ってさっぱりしたところで、だいぶ暗くなった。

 この世界にも明かりをつける魔法道具が存在しているらしく、外に目を向けると明かりがついている建物もちらほら見える。

 しかしこの宿には魔法道具は設置していなく、鈴森は結構困っていた。

 彼女のベッドはもちろん下だ。とてもこの暗闇の中で彼女が上にのぼれるとは思えない。

 まぁ俺は夜目が効くから問題ない。

 上にのぼり、横になる。


「神津さん?」


 ベッドの下から、鈴森の声がした。


「ん?」

「明日はどうします?」

「俺は一日中ダンジョンに引きこもるつもりだ。お前は?」

「私は……どうしましょう?」

「いや、俺に聞かれてもな……俺はお前の保護者じゃない」


 いつまでもこの子の面倒を見てたら、どんどん遅れていってしまう。そんな余裕はない。


「お金は稼がないとだめですし、でもあの人たちを探さないとですし……」


 そんなこだわる必要もないとは思うが、それは鈴森の勝手だしな。

 しばらく葛藤を聞き流した。

 しかし、

 

「じゃあ午前中はダンジョン、午後は三人組探しにすればいい。午前中だけなら……面倒見てやる」

「ほんとですか!? ありがとうございますっ!!」

 

 気が付くと、口を出していた。

 なぜそんなことを言ってしまったのだろうか。疲れるし、足手まといになるというのに。

 後悔した。




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