探索者ギルド
爆睡を決め込む鈴森をたたき起こしてギルドに到着。
ギルドは三階建ての巨大な建物だった。横にも広い。
機能性重視なのか凝った装飾の類はなく、異常に広い入り口は開け放たれている。
開けっ放しの理由は人の出入りが激しいからだ。今も探索者らしき人々が出入りしている。
さぁ行くか。
中へ突入。
「うわぁ……なんか……すごいっ!」
「小学生か」
鈴森の無教養な感想は、しかし的を射ている。
大理石(?)で造られた広大なフロア。横に長い直方体の頂点にはローマ建築に通ずる、立派な柱が立っている。丸くてぶっといやつ。正面には受付カウンターが並び、空きスペースには丸テーブル。高級ホテルを思い出すような立派な作りである。
そしてなにより、機能性ガン無視なファンタジー装備を身に着けた男女だ。
大勢いた。とは言っても建物が広いため、混雑するほどじゃない。
「あわわ……見えちゃうよぅ……」
鈴森は横乳から背中までがばぁっと開いたワンピースを身にまとう女を見てハラハラしている。
かと思えば、
「きゃっ」
上半身裸の青年を見て、小さく悲鳴のような歓声を上げた。男も女も考えることは一緒らしい。
「行くぞ」
「あっはい」
鈴森に声をかけ、受付へと向かう。
受け付けはやや左寄りの正面にあった。五つも窓口が用意されている。
見たところ右の方ではドロップ品を買い取っているようだ。受付よりさらに左には大きな階段がある。
「ようこそ、探索者ギルドへ」
「どもです」
「こんにちはです」
受け付けは類に漏れず若い女でした。
だからというわけじゃないけれど、軽いノリを意識したらおかしなあいさつになってしまった。鈴森の方がよっぽどしっかりとしたあいさつをかましてる。
「今日はどういったご用件で?」
気にしてはいないご様子。ピシッとした事務的な対応を崩さない。
「俺たちもギルドに登録したくて来たんですけど……」
よくわかりませんよアピール。いや、ここはずばっと聞くべきだったか? それとも挑戦者だって公言した方が良かったのか?
「承りました。ではまず、ギルドについて簡単に説明させていただきます」
さっすがプロ。ちゃんとくみ取ってくれた。
説明は淡々と行われていく。
その中にはけっこうウエイターから聞いた内容も含まれていたので、俺は聞きながらそれ以外の要点を頭の中でまとめることにした。
おにゃんの子を召喚!
脳内にネコ耳を生やしたグラマラス美少女が現れる。これにより俺の集中力は倍増するのだ。
Q・探索者ってなあに?
A・この町を陰で支える、縁の下の力持ちですぅぅぅ!!
町で使われる魔法道具や装備品、食べ物に至るまでありとあらゆるものは、モンスターからのドロップ品――通称『素材』によって賄われていますぅ。
そんな『素材』を集めてくるのが探索者なのです!
君も探索者になって、日々あくせくと命(タマ)張って、みんなのためにパシろうぜぃっ!!
Q・探索者ギルドに入るとなにかいいことあるのぉ?
A・モチです!
まずこの国での身分が保証されます! そしてその証として身分証がもらえちゃうんですぅ。
この国っていうのは五階層ごとに存在するレスト・スポットのことですが、みんなそれぞれ町を出るときと入るときにチェックされてますぅ。
これは警備員が持ってる魔法道具によって自動で行われてますが、それは町に初めて入る人を選別するためなんです!
下のレストスポットへ移動してから初めて町へ入るときには必ず引きとめられて、身分証の提示を求められますぅ。
もしこのとき身分証がなかったら……体中あちこち触られた挙句通行料払わなきゃなりません……。
セクハラ? そんな概念、この世界にはございません。
身分証って大切だぁ。
身分証がないとほかにも、取引とかで不利になったり、お金を借りられなかったり、家を買えなかったりと不便なことがたくさんありますぅ。
裏切りに満ちた世の中ですから、信用第一なんですね!
身分証のほかにも、依頼を受けることができたり、素材を簡単に売れたり……なにより、探索者としてランクが上がったらいろんなところで特権がつかえるようになるんです!! 権力です!!
ボーイズ・ビー・ア・マンオブパワー!! (少年よ、権力者を目指せ!!)
君も高ランク探索者になってイキがっちゃおー!!
Q・依頼って?
A・ゲームで言うクエストです。クリアしたら感謝されてお金ももらえてウハウハですぅ。
Q・ランクって?
A・ギルドにとってどれくらい重要か、それとも要らないかを記号化したものですぅ。
以下の通りになってます!
チョー必要! ⇒ イラネ
S>A>B>C>D>E>F
ランクはギルドが極めて私的な独断と偏見で決めてますぅ。
社会ってのはぁ、理不尽なものなのだよ、ボーイ。
Q・デメリットは無いの?
A・強いて言うなら税金がかかりますぅ。
ランクに応じて額が異なるのでチェックしてね!
S 12000G
A 10000G
B 8000G
C 6000G
D 4000G
E 2000G
F 1000G
ある時期になったら身分証を通してお知らせがあるので、バックれないようにしてくださいですぅ。
払わないと永久追放されちゃうのでご注意を。お金のトラブルは怖いのです!
「これにて説明は終わりです。何かご不明な点などございますか?」
なんかすげぇ寒いキャラ設定にしてしまったらしい。まぁ大体分かったからいいか。
それにしても、魔法道具って超ハイテクだな。電車の改札より高性能とは。
もしかしたらこの世界は、あの頃の下界よりも文明が進んでいるのかも入れない。
「いや、大丈夫です」
「では登録をするなら、ここに名前を」
そう言って受付の人は紙と筆ペンを渡してきた。
紙にはアルファベットが羅列してある。
これは英語で名前を書くべきなのか? それとも、日本語でOK?
日本語で書いてみた。
受け付けのお姉さんは何も言わない。
鈴森に渡す。同時に、英語で書くよう小声で指示しする。
鈴森はこくりと頷き、書き出した。
よしよし、意図は伝わっているらしい。
SUZUMORI TOUKA
「あほうかっ!」
「ヴぇっ!?」
鈴森の頭を軽く叩く。
鈴森は妙な擬音語を発した。
「なんでローマ字なんだよ。英語っつったろ? TOUKAのUが余計だ。あと苗字と名前反対」
「違うんですか?」
むむっ? と眉をひそめ、問いかけてくる。
「違う」
「どう違うんです?」
「あ~」
どう違うんだ? だってローマ字は文字で英語は言語だよな。でもそのまま言って通じるか? この小学生並みの頭脳に。
ていうか自分の名前くらい英語表記できるようになっとけよ。違いなんてなんとなくでいいからさ。
一秒間、真剣に悩んだ。
「音と旋律」
悩み過ぎて詩的になってしまった。
「ローマ字って音楽だったんですか!?」
「そういう意味じゃない。……まぁ今のは俺が悪かった。後で教える」
なんてくだらないやり取りをやっている間に回収されてしまった。
どうやらローマ字表記でも問題はないらしい。検証はできなかったが英語でもいいのだろう。
受け付けは次にカードと針を出した。
「このカードに血を一滴落としてください」
「え?」
耳を疑った。
「このカードに血を一滴落としてください」
表情一つ変えずに繰り返された。
この針でぶすってやっちゃえってことですか? なにそれ怖い。
「えいやっ」
鈴森のかわいらしい掛け声。つられて彼女を見ると、すでに事を終えていた。
「……」
「なんですか?」
「いや、意外と勇気あるな、君……」
「ちょっとぷすってするだけですよ?」
「くっ……」
『何を言ってるのかわかんない』と言いたげな表情をしている。
屈辱だ。まさかこんなおチビに負ける時が来ようとは。
けれどいつまでもうじうじしているわけにもいかない。
「かぁっ!!」
気合いとともに、針を振り下ろす!
さくっ。薄皮一枚貫いた。
「あの……」
「ちぃっリトライッ!!」
さくっ。薄皮一枚貫いた。
うなだれた。
「何やってんですか?」
「こ」
「こ?」
「こぇえんだよぉおおっ!!」
がばっと顔を上げる。
「うわっ!」
「なんで平然とできるんだ? 自分の指に針刺すとか正気の沙汰じゃない!」
「……はぁ」
あきれた表情をしてくる。
「し、しょうがないだろ? 俺は注射にトラウマがあるんだ!」
ちびっこJKに言い訳をする。必死だった。
「はぁ、わかりましたよ。それなら私がやったげます」
針を取り上げられた。
「へ? あ、いや、それはそれで……」
身の危険を感じる。トラウマとは別の危険を。
一歩下がろうとしたが、時すでに遅し。振り上げられた凶器は、振り下ろされるもの。高速の動きが、ひどくスローに見えた。
「えいやっ」
「いやぁあああっ!!」
チクリという感触。その直後、意識を失った。
数秒後。鈴森にたたき起こされた。
受付のお姉ちゃんは一切感情の無い目をしている。まるで虫けらを見るかのような目だ。
「ではこれが身分証――通称ギルドカードとなります。左上に書いてあるアルファベットが現在のランクです。ランクアップ可能であればお知らせするので、その際は二階で書き換えを行ってください」
「ありがとう、ございました……」
「ありがとうございました」
精神に大ダメージを負ったが、とにかく、ギルドカードゲットだぜ。
素材買い取りカウンターに到着。
受け付けは六つもあり、窓口も大きい。どんな素材でもどんと来いって感じの気概を感じた。
「おいっ!! いつまで待たせる気だ!? せっかくわざわざTWOから出向いてやったというのに……これだから素人は!!」
「もも、申し訳ございませんっ」
端の、ちょっと特別そうなカウンターから怒鳴り声が聞こえてきた。
怒鳴っているのは、でっぷりと太った金ぴかルックスのおっさん。若い女の受付ちゃんが泣きそうだ。
「おい……また商業ギルドの……」
「金乞い豚ね……きもっ……」
「なんか最近景気いいらしいぜ……この前『スレキャ』行くの見たって聞いたし」
「うわっ堂々と性奴隷囲ってんのかよ」
「きっめぇ」
周りからひそひそ声が聞こえてくる。
金豚はしかし、平気な顔をしている。全く気にしていないご様子。凍りつきそうなほど冷たい空気だというのに。どうやらあの脂肪は様々な寒さを遮断するらしい。
というか、性奴隷ってマジか? ちょ、俺も欲しいんですけど。
けれど雰囲気から察するに、この世界でもあまり性奴隷は褒められたことではないらしい。
いや、たくさん囲っているからか? それともあの”なり”だから?
いずれにせよ、楽しみがまた一つ増えた。
獣の耳を備えし少女……巨乳エルフ……ロリと巨乳、相反する二つの至高を兼ね備えたロリ巨乳……そして彼女たちは、こちらに絶対服従なのだ。ド変態プレイ、し放題。
妄想は暴走を続けた。
金豚が去り、白けた空気が収まるころ、ようやく番が回ってきた。
茶髪ポニテがキュートな受け付けの姉ちゃんと軽く会話し、
「これ売ります」
「うわっ!」
素材をカウンターに投下した。実体化させるとやはり量が多い。受付のちゃんねーを驚かせてしまった。
「すごい量ですねぇ……えっとゴブリンの牙は一つ十Gでスライムの核片は一つ五G、それから蝙蝠の羽は一つ十二Gでの取引となりますが、よろしいですか?」
「それでいいです。あと、これはいくらになるでしょうか」
スライムの核を見せる。結局これは一つしか得られなかった。
「おぉ、スライムの核ですか。珍しいものゲットしましたね」
「やっぱそうなんですか?」
「えぇ。なかなかこれを持ってくる人はいませんよ。まぁスライムからの素材ですから一つ百ゴールドにしかなりませんけど、鍛冶屋に持っていけばそれなりの武器を作ってくれるかもですよ」
にっこりと笑いかけてくれる。
親切な人だ。
黙って買い取ればいいものを、素人丸出しの俺らにアドバイスをくれる。
何か裏があるんじゃなかろうな?
「そうなんですか。じゃあ売るのはやめときます」
「わかりました。では少々お待ちください」
慣れた手つきで素材を数え始めた。鈴森はきょろきょろしている。邪魔するのもあれだから黙って待つことにした。
「お待たせしました。
ゴブリンの牙七十本、スライムの核片百一個、蝙蝠の羽二十九枚で千五百五十三Gになります」
「どうもです」
コインの入った袋を受け取る。
「それと次からはこんなにため込まないで下さいよ? 面倒くさいので」
ぶっちゃけるなぁこの人。
「いや、本当は一日で帰る予定が迷っちゃって、結局徹夜で戦い続けてたらこうなったわけです」
「え?」
受付さんの発した一文字には『何言ってんの?』と言う意味がこもっていた。
「じゃあこれ、一日分なのですか?」
「はい。普通じゃないんですか?」
「……一日にこれだけのモンスターと戦ったっていうのも驚きですけど、それ以上にこんなにたくさんのモンスターと鉢合わせるなんて異常です。
なにやったんですか?」
形のいい眉毛を軽くひそめ、詰問してきた。
「えぇっと……普通に歩いてました。あとトラップに二回引っかかりました。モンスターがわんさか湧いてくるやつです」
「『モンスターハウス』ですか……相当ツイてないようですね。ご愁傷様です。
それより迷ったって言ってましたけど、まさか地図もなしにダンジョンへ行ったんですか?」
「はい」
返事をすると、ため息をつかれた。
というかそんな便利なものがあるのか? さっきの受付からはそんな情報出てなかったぞ。
「玲奈ね……まったく、本当に必要最小限しか教えないんだから……。
えっとですね、ダンジョンはすごく危険なところなんです。だから準備はしっかりしていくこと。二階に売店があるから……」
そこまで言って、受付さんは一度奥に引っ込んで、何かを持ってきた。
「このマニュアル読んで、必要なものをそろえてください。今回の稼ぎがあれば十分ですから」
「ありがとうございます」
お礼を言って、受付さんから簡素なマニュアルを受け取った。
「とにかく、地図と飲み物は必須です。忘れないでくださいね。それからここ数日、ダンジョン内での人さらいや殺人が多発していますのでくれぐれも注意してください」
「はい。ありがとうございました」
もう一度お礼を言ってから、俺たちは受付から離れ、ロビーの丸テーブルに座った。
とりあえずマニュアルを見て、どんな道具があるか確認しよう。
<探索に最低限必要な道具>
・地図……無いと迷うよ。
・飲み物……水がおすすめ。怪我したときに傷口を洗い流すなどにも使えます。
・予備の武器……迷宮内ではトラブル必至! 必ずご準備を。
・食料……パンと干し肉が基本だけど、中にはビスケットとか持ってく人もいます。腹が減っては戦はできませぬ。
<あると便利>
・傷薬……塗ると傷の治りが速くなるほかに、止血効果もある。
・包帯……怪我したときに。
・ポーション……ほとんどの怪我をそっこーで治せる。高いけど、命には代えられませぬな。
・魔法瓶……水を生成する魔法石を内蔵してます。これがあれば飲み物に困ることがありません! ただし高い。
・毒消し丸……毒を持つモンスターがいる階層では必須です。
ほかにも特徴のある特別な階層があるので、その都度必要なものを調査して、万全の態勢で臨みましょう。
とりあえずこれらを買えるだけ買って、余ったお金で宿を探すか。
鈴森を引き連れ、二階へ向かった。