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鍛冶師オーイン

 探索者区からダンジョンと逆の方角へ歩くと商業区に着いた。

 商業区は朝からにぎわっている。武器屋に鍛冶屋、雑貨に休憩所など、ONEに比べるとアーケード街のような雰囲気が強い。

 しばらく歩き、目的地到着。

 小ぢんまりとした一軒家の戸口に立ち、先頭の斑尾が戸をノックした――返事がない。

 俺と鈴森は顔を合わせる。


「お留守なんでしょうか?」

「かもな」

「いや、違うぜ」


 斑尾は自信に満ちた声で言った。そして扉に向かい、

 ――ダンダンダンダンッ!! 

 ドラミングを始めた。

 周りから冷たい視線が注がれる。ザクザク刺さる。

 あぁぁ、恥ずいなぁ。ちょっと距離とろう。


「オーインさーん。いねえんならこのまま扉蹴破りますけどいいですかぁーっ!?」

「ちょっ斑尾さんっ!?」


 乱打、乱打。

 鈴森があわてて止めに入ろうとしたそのとき、

 ――がちゃっ。

 扉が開いた。


「なんじゃ貴様らは」


 ド低い声。ドスが効いてる。

 相当怒っているみたいだ。無理はない。

 だが、そんなことよりも。

 扉から出てきたその人物の姿かたちに、俺の意識は奪われていた。


「……(ちっちゃい)……」


 鈴森が小声でつぶやいた。

 こつぶ鈴森をしてそう言わしめるほどに小さな背丈。そして長い髭ともっさりとした髪の毛がその体積のおよそ三分の二を隠してしまっている。もはやどこまでが顔でどっからが体なのかさえわからない。

 かろうじて確認できる目が、ご立腹であることを訴えていた。


「オーインさんだな?」


 斑尾がなんの躊躇もせず、怪しげな笑みをたたえて歩み出る。


「朝っぱらから騒々しい真似しおって……そういう貴様らは何者じゃ?」


 うわぁ、怒ってる怒ってる。


「俺は斑尾岳人だ!」

「おちょくっておるのかっ!?」


 斑尾がこっちを向いた。

『なんでこんなにご立腹?』と、その眼が訴えかけてくる。

 いや、いくらこいつが自己中バカの肉食獣でも、わからないはずはない。あの眼はきっと『やばいどうしよう、あと任せてもいい?』って訴えかけてきてるのだ。

 黙殺する。

 斑尾が耐え兼ねたように口を開く。


「おい、お前らも自己紹介しろ」 


 予想したコースを大きく逸れた言葉が放たれた。

 こいつラリってんのか?

 鈴森が、おずおずと口を開く。


「えっと……鈴森愛蘭です」ぺこり。

「そういうことではないわっ!!」

「ふぇえっ!!」


 油を注ぐとよく燃えます。

 ああぁあー、もう。しょうがない、かくなる上は。

 上半身を折る。角度は四十五度。

 

「先ほどからの度重なるご無礼、大変申し訳ございません。この者たちは少し頭がかわいそうなのです。どうかご容赦ください」

「お、おい何してんだ神津」


 斑尾の呆気にとられたような声がする。


「黙れ」


 お辞儀したまま斑尾の顔を見上げ、一喝。 

 顔を上げる。


「私たちはしがない探索者でして、早朝から大変ぶしつけではございますが、オーインさんのお噂をお聞きして、ぜひ一度お会いしたいなと思い、ご訪問させていただいた次第でございます」


 オーインの目が少し開いた。


「……ふむ、そうか。じゃが、申し訳ないがお引き取り願おう。わしは今、商業ギルドの連中から受けた依頼で忙しいんじゃ」


 うん、知ってた。

 でも本当に忙しそうだな。イライラしているというか、切羽詰ってるって感じだ。

 オーインは頭を下げ、ドアを閉めようとした。


「ちょっと待てくれよオーインさん!!」


 がっしと、そのドアを斑尾が掴みとめる。


「何をす……」

「俺はあんたに会うために無理してONEから出てきたんだ! 話くらい聞かせてくれよ」

「……ONEから、じゃと……?」


 オーインの目が、驚いたというように開かれた。


「そうだ! 無理してバフォメットに挑んだ……命がけだったんだからな!!」


 斑尾は勢いのみで押していく。今にも飛び掛かりそうな剣幕だ。


「……まぁ、茶くらいは出そう」

「本当か!? ありがとうおっさん!!」

「ただし、さっさと帰るんじゃぞ」


 言って、オーインはドアを開けたまま中へ入って行った。


「(ぐっ)」


 斑尾が指を立ててウィンク飛ばしてきやがった。

 鈴森、その指にかじりつけ。 


 中へ。


 中はすぐ客間で、人間用の机と四つのいすがあり、そこに座らされた。


 オーインは奥へ消え、少ししてお茶を持ってきた。

 そして自分の椅子によじ登る。

 待ってましたとばかりに、斑尾が速攻口を開いた。

 

「なんで商業ギルドなんかの言いなりになってんだ? あんた」


 どういう質問だ? そんなの、金払いがいいからに決まっているんじゃないのか?

 しかし、オーインは答えに詰まっていた。


「……金だ」

「嘘だ」

「事実じゃ」

「いーや、嘘だね!」

「事実じゃと言うておろうが!」


 がたんと、斑尾が席を立った。

 

「あんたのことは、ある人からよく聞いてる。

 あんたは、相手を選ぶ職人だ。時には平気で依頼を断る頑固者だって聞いてた。わざわざこんな低階層のレスト・スポットにいるのも、前途有望な探索者のためだってこともな。

 それが、ブランド商品として高く売り飛ばすことだけが目的の、誰が使うかさえ分からない武器を自分から作っているなんて考えられない」


 斑尾がまともなことを話している。ちょっと信じがたい光景だった。

 話を聞いてオーインは、いわくありげに目を閉じる。

 数秒間そうしていて、やがて目を開いた。


「……深入りするんじゃない」

「でもっ!!」

「深入りすれば、お主らも厄介なことに巻き込まれるじゃろう」


 静かな声は、不思議な重さを持っていた。

 何かある。

 脳筋斑尾もそのことには気づいたらしい。  


「何があったんだ?」

「じゃから深入りするなと……」


 ――ドンドン。

 オーインの言葉を遮るように、入り口の扉が叩かれた。

 オーインが小さく舌打ちをするのが聞いて取れた。


「商業ギルドの者だ」


 扉の向こうから、男の無機質な声が響く。

 オーインは焦ったように、ぴょんと椅子から飛び降り、俺たちの方を向いた。


「そこの扉から奥へ行くんじゃ。まっすぐ行くと裏口がある。そこから帰れ」

「あ、あぁ……」


 急かされて、俺たちは扉の向こうへ逃げた。

 そこは廊下で、まっすぐ行った先には小さ目の扉があった。鈴森サイズだ。

 俺がまっすぐ行こうとすると、


「ちょい待ち」

「うぐっ!?」


 背後から服の襟を掴まれた。

 首が締まるっ!

 この手の暴虐は斑尾のものだ。

 首だけで振り返る。


「何するんだ」

「バカかお前は! 盗み聞きするに決まってんだろ」


 こそこそ話す。

 斑尾は、すでに扉にへばりついてスタンバイしていた。


「バカはお前だ! 厄介ごとはごめんなんだよ。鈴森、行くぞ」


 首をもとの位置へ、そして隣を見る。

 鈴森がいない。

 あれ、どこへ行った?


「神津さん、私、気になります!」


 体ごと完全に回転し、声の方を向くと、


「おい」


 鈴森は斑尾の下で丸くなって、扉にぺたりと張り付いていた。


「お前までなにを……」

「オーインさんお困りのようでした」

「……だから?」


 ちょっと脅しにかかる。


「だから……なにか、お力になれたらいいなぁと……」


 目が泳ぎつつ、自論を曲げてくれない。

 厄介だ。


「あのなぁ、そんな余裕……」

「お話だけでも!」


 うるうる光線。そんなもの俺には聞かないとまだわからないのか。

 だが、こいつはここから梃子でも動かないだろう。

 こいつを動かす労力と、話を聞く労力。

 天秤に乗せる。


「……話だけだぞ」


 結局こうなる。

 鈴森が、ぱぁぁっと輝くように笑顔になる。くそ、なんか負けたみたいで悔しい。

 視線を外して、


「いてっ!」

 

 斑尾の頭を押さえつけ、扉に耳を付けた。



「――――というわけで、十日後のこの時間、現物を納入してもらおう」

「……承知した。それで、あとどれくらい作れば、娘を解放してくださるのじゃ?」

「ふん。今後の働き次第、と言ったところだな」


 がたんという音がした。


「……約束は、守ってもらいますぞ?」


 震えを押し殺しているような声だ。扉の向こうに、オーインの憤怒の表情が透けて見える。今朝のレベルじゃない、もっと高濃度な、マグマを思わせるような怒り。


「あぁ、もちろん。あの娘はちゃんと返すとも」

「必ず、じゃぞ……」

「くどい」


 無機質な機械を思わせる、冷たい言葉がそれをあしらった。


「ではこれがサファイア・スライムの核だ。貴重な品であるから、くれぐれも、大切に扱うことだ。失敗は許されないぞ」

「……承知した」


 その後、椅子が引かれる音がした。

 耳を離す。


「とりあえず、俺たちもここを出よう」


 俺の小さな声に、ほかの二人はうなずきを返してきた。



 裏口から裏道に出て、もとの大通りに戻ってきた。

 鈴森が眉毛をハの字にして、小さく切りだす。


「娘をって……どういうことなんでしょうか?」

「決まってるぜチビ助」


 応じたのは斑尾。手を組み、厳めしい顔つきで何かを考えているようだ。

 先を俺が引き取った。


「奴隷だ」

「えっ?」

「たぶん人さらいか何かにあって奴隷落ちした娘さんを、このスポットの商業ギルドが買い取ったんだろう。金豚はよく『スレイブ・キャッスル』に行っていたらしいしな」


 衝撃で、鈴森は一瞬声を忘れているようだった。

 一拍置いて、震えた声が出る。


「……そ、そんな……でも、攫われて奴隷落ちしたってわかっているんだから、ふつう警備ギルドに掛け合えば解放してもらえるんじゃ……」

「それはないぜ」


 黙り込んでいた斑尾が、再び会話に入ってきた。 


「人さらいは確たる証拠がないとだめだ。何より、奴隷は買われた時点で所有者が確定しちまう。たとえ証拠があっても、現所有者が払ったお金と、同額は最低でも払わないと、普通は解放されないぜ」

「この国の法律は、どうなってるんだ?」


 責めるとかではなく、純粋に疑問だった。


「なんというか、曖昧すぎる。言い方によってはどうとでもとれるようなものばかりだった気がする」


 それは、ちょっと法律を調べただけでわかったことだ。

 たぶん、答えは分かるけど、現地人には聞いておきたい。


「……お察しの通りだよ。あれは、作ったやつらに、お偉いさんたちに抜け道を用意して差し上げるために、そうなってやがるんだ。今回もオーインが権力もってりゃあ、どうとでもなっただろうがな」

「やっぱり、そうか」

「そんなの……法律じゃないです」


 鈴森が顔を伏せてつぶやくように言った。

 

「娘さんが人さらいに遭ったってだけでもひどいことなのに……せっかく見つかっても、今度は人質みたいに扱われちゃうなんて……オーインさん、かわいそう」

「そうだなチビ助。だけど、俺たちにゃあどうすることもできねぇ」

「そんな……神津さんっ」


 助けを求めるように、こっちを向いてきた。共感能力が高いのか、鈴森の目は悲しそうに揺れている。

 他人だろうが。どうして必死になれるんだ?

 そんなこと、できるはずもないし、するメリットなんてない。

 

「……あきらめろ。斑尾の言うとおりだ。反抗するには、敵が大きすぎる」


 答えは簡単だった。でも、言う前に少しためらわれた。


「……はい」


 鈴森は納得したらしい。

 うなだれたが、それ以上キャンキャン騒ぐことはなかった。



 買い物をして、適当な宿をとった。


 鈴森と俺は、一人一部屋にした。

 どちらから言い出したわけでもない。ただ、その程度、節約する必要はなかったから、当然の成り行きだ。

 けれど少し妙な雰囲気が漂ったような気がするのは、どうしてだろうか。

 それはわからずじまいだった。


 食堂へ。

 この宿の食堂は評判がいい。

 そう斑尾に言われて、ここで食事をすることにした。三人で席を囲むと、いつもより騒がしい食事になる。


「シチューおいしいですっ!」

「な? 言ったとおりだろ!」

「あぁ、確かにうまい」

「のーこう~っ(濃厚)」

 

 午前中とは打って変わって、鈴森はテンションが高い。

 食を前にすると機嫌が直るのだ。

 というのもあるが、今日は特別テンションが高い。

 肉食獣が隣にいるにもかかわらずだ。


「神津さん! 浸パンにするともっとおいしいです!」

「そ、そうか……」


 シチューに浸したパンを人差し指と親指でちょんとつまみ、口へ運んでいる。


 テンションが高いのは、たぶん防具のせいだ。

 鈴森は今、黒ニーソ+セーラー服という、アン・ファンタジーな装備をしている。いや、これはれっきとした装備で、確かに性能が高い(防御力41)。しかもスカート丈が短く、オーソドックスにかわいい。

 名前は『女挑戦者の正装』。

 でも、ほかに様々なファンタジー装備があって、もっとかわいらしい『ふりふり服』がいくらでもあったのに、なんでわざわざそれなんだ?

 やっぱり、少しの間しか着れなかったからだろうか……。


「おチビ、前の服の方がよかったんじゃねぇか? そんな変な服じゃなくて」

「変って言わないでください! ……気に入ってるんです」


 斑尾に威嚇を入れ、おずおずとこちらを向いてきた。

 ちょっと上目遣い。大きな目が、揺れた。


「……神津さんも、そう、思いますか……?」


 恐々とした問いかけだった。小さな声の端々が揺れ、消えそうなほどだ。

 けれど、鮮明に届いた。


 なんで俺に聞く? なんでそんな恐る恐るなんだ?

 ぶわっと、疑問が一度に沸いて、頭の中が混乱した。

 落ち着け。

 適当にあしらえばいいじゃないか。

 いつも通り流そう。


 言おうとして、鈴森の顔が目に入ってきた。

 さっきまで興奮していたからか、ほんのり上気して、頬が桃色に染まっている。なぜか、今にも泣いてしまいそうだ。

 ちょっとマジな感じだぞ? ここは、相手の望んでる答えを与えるのがいいんじゃないか? そういうのは、慣れているはずだ。

 嘘を吐くのも装うのも、どうということはない。


「……どう、ですか?」


 目が合う。

 そんなに不安なら、聞かなきゃいいだろうに。

 似合っている。

 いや、似合っていないわけがないんだ。こいつは幼いけれど、女子高生なのだから。

 嘘を吐く必要もない。ただ、思ったこと、たった一言を言えばいいだけだった。

 似合っている、と。


 でも、なぜか躊躇われた。

 なんで? 

 装う必要もない。ただ、思ったことを言えばいい。

 簡単なはずだろう?

 

「……えっと、だな……」

「……は、はい……」


 競りあがっている。でも、なにか得体のしれない力が、それを押し込めようとしている。そんな気がした。

 あれ? こんなんだったか? いつもみたいにぶわっとふざけた感じで押し通せばいいだろ?

 なんかおかしい。

 エラーか? 

 昨日の戦闘の後遺症があるのだろうか。脳にダメージを負いすぎたのかもしれない。

 だとすれば、由々しき事態だ。

 今日は早く寝なければならない。

 こんなことで時間を取られている場合じゃない。


 視線を外した。


「……似合ってない……」

「えっ?」

「ことも……ない」

「はい?」


 席を立つ。


「俺は先に部屋へ行ってる。少し頭痛がするんだ。早めに寝ることにする」


 二人に背を向けて、食堂を後にした。


 



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