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ままならないこと

 ONE到着後、十日が経った。そろそろ次のレスト・スポットを目指そうと思っている。

 俺たちは午前中にダンジョンから帰ってきた。午後は自由。理由は次のレストスポットを目指す準備をするから。

 鈴森も買いたいものがあるだろうし、いったん解散だ。

 とはいえ、俺には特に欲しいものがない。茶でもしばくか、風俗リトライか。

 迷っているとポニテ発見。休みなのだろうか、私服だ。薄桃色のワンピース姿。珍しい。

 暇つぶしに声をかけることにした。


「よっす」

「げ」


 ポニテはたった一言で俺のスチールハートをへし折った。


「『げ』って……」

「じょ、冗談ですよ冗談。おほほー」


 笑ってごまかしてるのバレバレですよ? 目、泳ぎまくってるし。


「まぁいい。休みか? 珍しい」

「そうです。ひ~~~っさしぶりのバケーションなんです」


 ポニテはためることで連続就業日数を表現してみせた。すっと働きづめだったのだろう。


「ご愁傷様です」

「ご理解いただけて幸いです」

「それで、どこへ行こうと?」

「……」


 うわぁ、一瞬露骨にいやぁな顔したよ。どうやらおひとり様大好貴族(大好き族)のようだ。なんか親近感がわく。


「……まぁ、こうして休日が取れたのもこの人たちのおかげですから、やむをえますまい……」

「それ、心の声?」


 おかげとはどういう意味なのだろう。

 俺たちが少し前にランクアップしたから? それともほかに理由が?

 考えてもわからないから聞くことにした。


「おかげってどういうことだ?」

「あぁ、声に出ちゃいましたか」

「ばっちし」

「それは失礼。実はこの休みは、職場移動のための準備期間だったりするんですよ。あなたたちがそろそろ下のレストスポット目指すだろうから、それに合わせて移動しなくちゃいけないってことです」

「あぁ、なるほど」


 いくらブラックでもそれくらいの休みはもらえるらしい。というか、この女十日間働き通しだったってだけで愚痴っているのか? まったく、下界の社畜戦士たちを見習ってほしいものだ。

 まぁ俺は悠々自適ライフを満喫しているわけだけど。


「それで、どこへ行こうと?」

「うっ、覚えてやがりましたか」


 華麗に話題を逸らしたつもりだろうが甘いぜ。俺の粘着力はスライムのそれを大きく凌駕するのだ。


「俺を煙に巻こうなんて十年早いわ。さぁ薄情せい」

「うわっしつこい。しつこい男はモテませんよ?」

「犯すぞ」

「きゃーおそわれるー」


 思いっきり棒読みだ。このアマ、マジでヤッてやろうか。


「……」

「すみませんすみません、冗談ですから。荷造り済んで暇だったからお茶でもしようと思ってたんですよ。ご一緒にいかが?」


 別に避けられていたわけではないらしい。

 話しやすいが、扱いづらい女だ。


 喫茶店。

 ポニテが食べているのはなんとショートケーキ。使われている赤い果物はストロベリーじゃなくて『ロストベリー』。映画のタイトルのようなそれは、ストロベリーから種を無くした感じ。味はモノホンよりちょっと甘みが強い。

 俺は紅茶とサンドイッチをチョイス。きっと傍から見れば優雅なデートに見えるはず。


「……でね、ほんとにうっとおしいんですよ。まだEランクのくせしてもう一人前気取って……まぁ金乞い豚様に比べればどうってことは無いんですけどね」


 ただし会話はダーティー。いくら英国貴族風のアフターヌーンティーを楽しもうが、地は隠せないらしい。


「金乞い豚って何やってる豚なんだ?」

「知らないんですか? 金乞い豚は……ごほん、金乞い豚様はこの下のレスト・スポット、通称TWOの商業ギルドのトップです。最近ずば抜けて業績がいいとかで、今やZEROからTWOまでの商業ギルドを任されている権力者ですよ」


 言い直した意味が分からない。


「すげぇお偉いさんだな」

「えぇ。まぁ私たちから見ればただの金にがめついデブなんですけど、実際はすごい人かもしれませんね。でも生理的にアウトです」


 ぶっちゃけるなぁこの人。


「だが金は持ってるぞ。結婚すれば贅沢できる」

「心外ですね。私は別に金が欲しいわけじゃないんです」


 お? 結構まともなことを言ってる?


「わたしは適度な暮らしと適度な満足感が得られる適度に忙しい安全な職場と、それを約束してくれる適度に優しくて適度に背の高い適度なイケメンくんがいればそれで満足です」


 そんなわけなかった。この女、たった一文で六回も適度って言ったぞ?


「それはなかなかにハードな野望だな」

「まぁそんなのが実現するなんて、本気で信じちゃいないんですけどね。最終的には『人類』でありさえすればだれでもOKしちゃいそうです」

「人類、つまり豚は」

「アウトなわけです」


 極限まで下がったハードルも、金乞い豚を拾うことは叶わなかったらしい。


「そんなに嫌われてるのか、あれは」

「う~ん、もちろん見た目や性格が最悪ってのもあるんですけど……」


 それはオールBADでは?


「いろいろ噂があるわけなんですよ、これが」

「噂?」

「たくさん性奴隷を囲ってるだとか、ロリ好きだとか、裏で違法取引してるとか……」

「まぁあの見た目じゃやってそうだけどな……でも別に証拠があるわけじゃないんだろ?」

「それがそうでもないんです。しょっちゅう<スレキャ>から出てくるところが目撃されてるらしくて、少なくとも性奴隷は間違いないと思われます」

「へー」


 スレキャ=スレイヴ・キャッスル。

 まぁ金乞い豚が性奴隷囲ってようが何しようが知ったことじゃないがな。


 しばらく歓談して、店を後にした。

 だいぶ話し込まれていたらしい。ぐちぐちと。


「送ってこうか?」

「あら以外。紳士なとこもあるんですね」


 手のひらを口の前に持ってきて、上品そうに驚いた真似をしてきやがった。


「以外は余計だ。巣はどこ?」

「動物みたいに言わないでください。探索者ギルドのスタッフはほとんど、ギルドの近くにある寄宿舎に寝泊まりしています」

「わかった」


 ギルドへ向かって歩く。

 そういえば。


「あぁ、ついでに聞いておきたいことがある。ちょっと仕事っぽい話になるが、いいか?」

「いいですよ。さんざん愚痴を聞いてもらったお礼です」


 思ったより快い返事がもらえた。もっと不平垂れるかと思ったのに。


「十階層のボスについて、知ってることを教えてくれ」


 五階層のボスがそうだったからなのだが、おそらくレスト・スポット直前のボスはそれまでのボスと桁違いの強さをもっている。イメージ的には、それまでが中ボスで、五の倍数にラスボスがいるって感じ。

 大丈夫だとは思うが、せっかくだから情報ぐらいは仕入れておきたい。


「はい? まさかボスに挑もうというのに作戦はおろか情報すら持ってないのですか!?」

「もちろん。というか、そんなヤバいやつなのか?」

「っはぁ~」


 ため息ついて、わざとらしくあきれられた。


「いいですか、ほかの階層のならいざ知らず、レスト・スポット直前のボスと戦うときは入念な準備をするのが当たり前です。情報、作戦、必要ならば敵に効果的な武器を持つ探索者の雇用、ぽーしょんなどの回復薬の用意。そこまでやるのが常識なんです」

「わ、わかった」

「まぁいいでしょう。十階層のボスはバフォメットと呼ばれるモンスターです」


 ポニテの顔が真剣味を帯びる。


「黒ヤギの頭に人間の体、そして大きな黒い翼をもつ悪魔で、体長は二メートルほど。ミノタウロスとは違って、バランスの良いタイプと言えるでしょう。

 特徴としては、空中を飛び回る上に火の玉を落としてきます」


 飛ぶ上に魔法も使うのか。厄介だな。


「ほかに三又の槍を使った攻撃もあります。

 基本的な戦略は弓や投擲武器を使ってバフォメットを落とし、総攻撃をかけるというものです。ほかにも攻撃をするために降りてきたところで捕まえ、翼にダメージを与えるというのもありますが、いずれにせよ、バフォメットを空中から叩き落とすことが肝要です。

 いままでのボスとは段違いに強いので、くれぐれも油断などなさらないようにしてください」

「……あぁ。ありがとう」


 ポニテの真剣な声から、十階層のボスが危険であることがひしひしと伝わってきた。作戦は立てておくべきだな。 


 少し歩いて。


「ここです」


 探索者ギルドよりさらに奥へ行った場所に、それはあった。

 何の装飾性もない立方体。入り口が一つで窓がたくさんついているから、アパートと言うよりは寮といったところだろう。


「あぁ。それじゃあ……」

「あっ」


 別れようとした瞬間、ポニテが小さく声を上げた。

 ポニテは、俺の後ろを見ている。その視線を追い、振り返ると、槍を持った兵士たちがボロ布を纏った男四人を連行していた。その後ろにはうつむいた男の子と泣きじゃくる女の子がついている。


「……あいつら……」


 男四人、いつかの四人組だ。


「やっぱり、だめだったんですね……」


 ポニテはちょっと沈み気味の声でつぶやいた。


「どういうことだ」

「このONEには、もともと孤児院があったんです。ただ一年ほど前、経営を支えていたそこのOBである探索者パーティーがダンジョン内で壊滅するという事件があって……」

「潰れたんだな」

「はい。もともと商業ギルドに借金があったということもあり、土地と建物が差し押さえられ、子供たちはスラム行き。残ったOBでなんとか世話していたそうなんですけど、無理が祟っのか……いろいろあって、結局残ったのがあの四人だったんです。

 商業ギルドへの借金もあったそうです。でも状況が状況なので、子供たちが成長するまでは見逃してやろうという暗黙の了解がギルドにもあって、今までは何とかやってこれたんですけど……豚に代わってからはそれもなくなってしまって……」

「規則か」


 豚が悪い、と言うわけではないのだろう。豚は規則にのっとって、ごく普通の対応をしただけだ。

 ぼぉっと眺めていると、ゴリラと目があった。


「……」


 ゴリラは会釈をして、歩いていく。


「……規則、ですね。けれどああいう探索者さんがいなくなってしまうのは、やるせないことです」


 無表情なポニテ。しかしその目は、なんとなく寂しげな色をしている。


「よくあるのか? みんなあまり気にしていないようだが」

「えぇ、とくにここ最近は」

「……そうか」


 あとには男の子と女の子が取り残されていた。

 男の子は泣きじゃくる女の子を抱きながら、涙目で、それでも必死にこらえている。親に捨てられた仲のいい兄弟にも見える。

 またも、あの正体不明のもやもやが発生した。


「……親無し、頼り無し……か……」

「え?」


 一人で生きていかなければならない。そんな子供、ここにはいくらでもいるんだろう。

 徒党を組めばなんとか? いや、この感じだと人さらいとかで、結局奴隷落ちは確定だ。


「子供の数は?」

「え? ……あぁ、たしか八人だったはずです」

「子供がZEROへ行くにはいくらかかる?」

「一人五百Gです」

「……そうか」


 重なる。真に孤独だった少年と、世界から取り残されてしまった子供たち。だがあいつらには、まだ八つもの繋がりがある。少なくともあの二人の間には、本物の絆が存在している。

 あぁ、なんとなくもやもやの正体がわかった。

 気が付くと俺は、ガキの前に来ていた。らしくない。


「おいガキ」

「……なんだよ」


 五千Gを取り出し、突き出す。


「なんだよ、これ……」

「くれてやる」

「やめろよっ!! 施しなんて受けねえっ!! 中途半端な同情はやめろぉっ!!」


 その袋を、オスガキは叩き落とした。落ちた袋から金貨が数枚こぼれる。


「……ガキが」


 腹立たしい。

 オスガキの襟首をつかみあげる。


「……っっ!! んだよ……」

「てめえにはあんだろうが、本物が」


――ガキ相手に何熱くなってんだ。そこで縮こまってるメスガキに押し付けておしまいだろうが。嫉妬なんかしやがって。下界でそういう存在を作れなかったからって……みっともねえ。

 奥底から無機質な声が聞こえてくる。


「え?」

「守りたいもんあんだったらなりふり構わず守れや!! そこのガキ大切なんだろうが!? ならへらへら媚び売って汚ぇことやって惨めに生きろや!!」


 ガキは呆然としていた。

 まったく、何を言っているんだか。とても俺なんかが吐いていい言葉じゃなかった。

 けれど、吐いた言葉は戻らない。


「できんだろ、そんくらい」

「……あ、あたりまえ、だ……」


 手を離す。ガキはまだ呆けている。


「何ぼっと突っ立ってんだ……拾えっ!!」

「……っっ!!」


 ガキがせかせかと拾う。持ち上げて、ガキの顔が固まった。


「……こ、こんなに……?」

「いいかよく聞け。

 一人五百G、これでZEROに行くんだ。そこで『マッシヴ・ミート』ってレストランを訪ろ。南の街道のダンジョン近くにある。筋肉大好きな変態ばっかだが、住処ぐらいは工面してくれるはずだ。

 メスガキはそこに頼み込んで働かせてもらえ。オスガキは探索者だ。残った千Gで武器を買え。

 中古武具屋『花月』。そこの姉ちゃんはゆるふわだから媚び売っておけば安くていい武器を工面してくれる。

 とにかく困ったら『鈴森って女の紹介だ』と言うんだ。それでたいてい何とかなる。わかったな?」


 オスガキとメスガキはふんふんうなずく。


「あとは自分たちだけでなんとかするんだな」

「……あんがとよ」

「もうっカール!! ちゃんとおれいしなきゃだめよ。探索者さん、ありがとうございました」


 女の子がオスガキの頭を押さえつける。女の方が成長が速いというが、本当らしい。この年でもう体面を取り繕えるのか。


「ガキはガキらしく、ガキ同士仲良くお手手つないで生きていきやがれ」


 背を向けた。なんかこれ以上はまわりの視線が痛すぎる。

 何よりポニテのニヤケ面が気に食わない。


「おつかれさまです」

「にやにやすんな」

「これはポイント高いんじゃありません? 普段はむっつり粘着質の嫌味な男だからなおさら……」

「犯すぞ」

「やーんこわいですー」


 棒読み。くそっからかいやがって。


「それよりも……」

「はいはい。わかってますよ。スラム街の警備の手配はやっておきます」


 ガキに渡した金は、安くない。スラムで見せびらかせば、当然襲われることもあるだろう。一年とはいえスラムに住んでいる以上、ガキもそこまで馬鹿じゃないだろうが、警備の必要がある。


「わかってるならいい」

「休日出勤だけはしたくなかったんですけどね~。ちなみに手当は?」

「ありません。慈善活動だと思ってがんばりやがれ」

「はぁ~あ~」


 ため息つくポニテの顔は、そんな嫌そうではなかった。 

 




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