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襲撃二

 明るいホールの中央を、一気に突っ切っていく。

 向かいの出入り口を出て、向こう側の壁を壊せば外に脱出できる。敵が全員このホールに入ったら、鈴森の結界で閉じ込めてやれば完璧だ。ミノタウロスに破壊されてしまうかもしれないが、足止めにはなる。

 だいぶ人数を減らしたが、それでもまだ二十人以上はいた。

 加えてミノタウロスが五匹。

 戦うのは厳しいだろう。より安全に潰すためには、再度襲撃する方がいい。

 

「追え!!」

「逃がすな!!」


 背後から怒声が響いてくる。

 ミノタウロスの咆哮も聞こえる。


「くっははははっ!! 逃げるのか臆病者め!!」


 加太の声だ。

 そんな挑発乗ってたまるか。


「無駄だぜ!? 言っただろう!? お前らの顔は覚えた!! これから先、お前らはずっと俺たちの組織に狙われ続けるんだ!! あきらめな!!」


 厄介だ。

 加太は今、組織と言った。それはつまり、他の階層にもアジトがある、ということ。

 逃げてはだめだ。こいつらはここで、確実に始末しなければ。

 この感じだとまだ平気そうだが、組織とやらに伝われば、クリアに大きく支障が出る。

 いや、その時の獣人娘が、もう伝えているのか?

 いずれにしろ、いつまでもこいつらとじゃれ合ってはいられない。

 ちらと、背後を見やる。

 入り口から溢れるようにして敵が迫ってきていた。

 麻薬の小瓶をありったけ取り出す。

 いいだろう、戦争だ。目にものを見せてくれる。


「鈴森」

「はい?」

「合図したらあいつら全員を囲むように結界を張れ。閉じ込めてやる」

「はい」


 鈴森の返事を聞いて踵を返し、小瓶を思い切り投げつけた。


「鈴森っ!! 結界だ!!」

「たぁっ!!」


 気の抜けるような掛け声とともに、巨大な結界が形成されるのを確認した。そして次の瞬間、結界内で小瓶が砕け散る。

 

「なんだこれは!?」

「進めねえぞ!!」


 加太の顔がゆがんだ。


「ミノタウロス!! 破壊しろ!!」


 直後、ミノタウロスたちが一斉に結界を攻撃し始めた。

 結界がビリビリと震える。

 しかし、壊れない。傷一つつく気配はなかった。

 鈴森の筋力アップによって、結界が強化されているんだ。

 いいぞ! 

 最大のネックが取り払われた。あとは簡単だ。

 鈴森の方を向き、小樽を手渡した。


「これは?」

「油だ。ホントは灯油を用意したかったんだが、値段的にやっすいのしか買えなかった。まぁそれでも大丈夫だろう」

「え?」

「そこら中に撒け」


 言いつつ、自分の分の樽を出現させる。


「それって……」

「火責めだ。やるっつったろう?」

「ちょっ……」


 無視して、踵を返した。

 油をぶちまけつつ結界の周りを走る。ついでに昼間に用意しておいた薪やらクズ木やらも落としていく。


「キィェェエエエッ!?」

「きゃぁあっははは!!」


 奇声が聞こえた。

 結界の中からだ。

 見ると、中にいる人間が次々に奇行に走るところが見えた。

 叫び声をあげる者。笑いながらダンスする者。ミノタウロスに抱き着き、反撃を受けて倒れる者。殴り合う者。

 どうやら薬が効いたらしい。明らかな過剰投与に加え、複数の同時服用。キマるのは当然だった。


「来いやぁあああっ!!」

「死するぞゴラァアア!!」


 けれどまだ多くは、結界を叩き、こちらに向かって怒鳴り声をあげてくる。結界にぶつかっているにもかかわらず、ずっとこっちに向かって突き進もうとしているやつもいる。

 これはちょっとまずいな。

 半周回って止まる。

 空になった樽を捨て、結界の方を向いた。逆から回ってきた鈴森も撒き終えたらしく、こちらへ寄ってくる。

 

「聞け!! お前らぁっ!!」

 

 叫ぶ。

 一部がこちらを向いた。


「お前らがすべきことはなんだぁああっ!? 俺を捕まえることかぁああっ!?」


 叫ぶ。

 意味のない叫び声が返ってくる。


「ちがぁああうっ!! お前らはなんもわかっちゃいねぇええっ!!」

「あんだとコラァッ!!」


 一人の男の声に、同調するように叫び声が押し寄せる。


「いいか!? 人間ってのは欲だ!! 欲の塊だぁああ!! 食欲性欲睡眠欲……気持ちよくなること以外何一つ無い!!」


 意味のない叫び声が返ってくる。


「そして欲だけが生きていくために必要なものだ!! すべてだぁああっ!!」


 脈絡も糞も無い。言ってることの意味はさっぱり分からない。

 けれど叫び声が返ってきて、会話が続いていく。意味のない言葉に意味が籠っていく。


「食欲!! つまり食べること!! 睡眠欲!! 寝ることぉっ!! 性欲!! ヤルことぉおっ!! どうだ!!」

「こ、神津さん……?」


 叫び声が返ってくる。形成された波に、流されていくようにしてジャンキーどもが巻き込まれていく。

 鈴森だけが、取り残される。


「つまり!! お前らがやるべきことはただ一つ!! 気持ちよくなることじゃないのか!? 楽しむことじゃないのか!? そのために生きているんじゃないのか!? そうだろうがぁあああっ!!」


 金棒を取り出し、床を叩く。岩が砕け、轟音が響く。叫び声と混ざり、不協和音を醸し出す。


「踊れっ!! 歌えっ!! 騒げっ!!」

「うぉおおおおっ!!」


 何人かが狂ったように踊りだし、何人かが地面を転がり騒ぎ出す。


「踊れ!! 踊れ!! 旋律は俺が創ってやる!! お前らが生み出せる!! 踊れぇえええっ!!」


 金棒で結界を叩く。金属音が響く。結界内に音が反響し、漏れた音が不思議な歪みをもってこちらに伝わってくる。

 

「音楽だぁああっ!!」

「宴だぁああっ!!」


 結界の中から叫ぶ声が聞こえる。

 鈴森がドン引きしている。


「欲とは楽しいことでノリだぁああっ!! ノリ・ノリ・ノリ!! 世の中すべてノリ!! 俺らもすべてノリ!! この世は人で欲望でノリなんだぁああっ!! 踊れぇえええっ!!」


 叩く叩く叩く。わんわんグワングワン音が響く。奇妙な音が流れを生み出し、ジャンキーを引き寄せていく。


「うぉおおおっ!!」


 俺の声に同調するように、男が宙返りに失敗して後頭部から地面に落ちる。


「いやぁああっほぉおおおうっ!!」


 別の男が、奇声を発しながら、そいつに向かって思いっきりとび蹴りをかます。


「ノリだノリだノリノリだぁアあアっ!! ヒトだヒトだノリだノリ!! 粘着質で真っ黒で楽しいぃいっ!! ノリノリだぁあああっ!!」


 叩く叩く。歪んだ音が次々生み出され、渦をつくる。ジャンキーを飲み込んでいく。


「ノリで生きれば幸福だ!! ハッピーハッピーハッピーだ!! 騒げば人類ハッピー!! 人類六十億総ハッピー!! ハッピーセット大盛りで!! シェイクシェイクシェイク!!」


 叩く叩く叩く。

 結界の中から、同調するようにわけのわからない声が沸き起こる。わけがわからないが敵意はない。俺はいつの間にかジャンキーどもと一体となっていた。

 渦はミノタウロスも含めすべてを飲み込み、勢いを増していくばかり。

 そろそろいいだろう。

 現実世界に戻ってくる。

 振り返る。

 なぜか鈴森まで踊っている。


「おい鈴森。なにやってんだお前まで」

「へ?」

「結界を解いて、すぐそこの出入り口まで行ってろ」

「あっはい……」 


 真っ赤になって結界を解き、そそくさと行ってしまった。

 油入りの樽を取り出す。そしてふたを外し、ジャンキーどもの真上に放り出した。


「聖水だ!! エーテルエーテル!! 被るんだぁあああっ!!」


 叫んで、少し息を吸い込み、止めた。

 薬はまだ残っているはず。多少の耐性はあるが、あまり吸い過ぎるのはよくないだろう。未知の物質だろうし。

 叫び声が返ってくる。ジャンキーたちが我先にと樽の下へと群がっていく。

 魔法道具を取り出した。

 昼間に買っておいたものだ。燃料要らずのバーナー。薪に点火し、ジャンキーどものところへ向かって放る。


「(退散退散っと)」


 すたこらさっさ。鈴森のもとへ。

 出入口まで来て振り返る。ちょうどその時、男どもの中から火の手が上がった。

 もう少し火力を強めよう。

 薪に火を点け、周りの油に向けて放り投げる。


「鈴森、結界だ。この部屋全体を覆え」

「は、はいっ!!」


 ぼけっとしていた鈴森はようやく復活し、あわてたように結界を張った。

 結界の中で火だるまが意味不明な動きをしている。それを確認して、俺たちは館を後にした。



 翌日。

 遅めの時間に目をさまし、鈴森と宿を出た。


「……神津さん、結局ギルドに報告しなくてよかったのでしょうか?」


 鈴森が尋ねてくる。

 昨日俺たちは、あのあと逃げるように現場から立ち去り、宿に帰ってきた。警備ギルドには行っていない。


「いいんだ。もしやつらの組織が大きな権力を持ってたら、面倒なことになる」


 それにやりすぎたしな。

 この国の法律は知らないが、下手したら犯罪者にされてしまうかもしれない。

 正直、警備ギルドに押しかけられるんじゃないかと、朝からビクビクしている。使用したものとか調べられたら、一瞬で犯人が特定できてしまうだろう。

 警備ギルドがバカであることを祈るだけだ。


「そうですね」


 鈴森は納得した様子で、前を向いた。



 探索者ギルドに到着。

 ここに来た理由は、昨日のことがどれくらい事件として取り上げられているか知りたかったからだ。ギルドは、一般の情報を収集するのに便利だ。

 建物に入り、ぶらぶら歩きながらそれとなく聞き耳を立ててみる。  

 しばらく歩き回ってみたが、昨日のことについての話題はなかった。所詮スラム内での出来事、どうでもいいと思われているのだろうか。


 ポニテのところへ。

 朝だからか、さすがに暇そうにしていた。 


「おはよう」

「おはです」


 俺と鈴森があいさつする。


「お二人ともおはようございます。で、何の用です?」

「何の用とは失礼だな」

「他意はないのです」


 そうだろう。悪意は感じられなかった。

 でも礼儀的にはどうなんだ? 

 まぁいいか。


「まぁいい。昨日の夜、スラムで事件がなかったか?」

「あぁ、入り口の建物で火災が起きたってやつですね」


 どうやらニュースにはなっているらしい。


「大方身内内でのトラブルじゃないかと言うことで捜査が終わっていると、警備ギルドから聞いてますよ?」

「……警備ギルドにしては早い対応だな」


 全然間違ってるけど。


「明日ギルド内対抗戦があるんですよ。だから明日に持ち越さないよう、素早く動いたんじゃないでしょうか?」

「そういうことか」

「ほっ、よかったですぅ」


 鈴森がほっと一息つきやがった。

 このバカ。ポニテから見えないよう、鈴森の腕の肉をつねった。


「い、痛いです!!」

「……まさか……」


 ポニテの目が、何かを見透かすように細められた。


「……な、なんだ?」

「……はぁ。あんまり無茶苦茶なことやらかさないでくださいよ? 犯罪者は基本的に即奴隷行きですからね?」

「執行猶予は?」

「なんですかそれ?」


 概念自体ないらしい。


「……わ、わかった。気を付けよう」

「(こくこく)」


 鈴森がしきりに頷いた。

 あとでこの国の法律について、調べよう。

 そう誓った。



 


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