最初の街
気が付くと、石畳の上に突っ立っていた。
周りを見渡すと、俺と同じように棒立ちしている人々が目に入る。
みんな同じような茶色のチュニックを着ていて、腰には白の巾着袋をぶら下げていた。
ここはどこだ?
疑問に思い、さらに周囲を観察する。
正面をむいて百メートルほど先には、大きな噴水があった。
どうやらここは、どこかの町の広場みたいだ。数百メートルはある直径を持つ円状の空間にいる。
それにしても大きいな、この広場。広場がこれだけ広いとなると、この町も相当でかいのだろう。
左手のずっと先には、どこか中世ヨーロッパを思わせる大きな時計台がある。今は朝の九時だ。時間は下界と同じ単位らしい。
他の建物もレンガっぽいものでできていて、どこかおとぎの国を連想させる。かわいらしいのに、ちょっとスタイリッシュな感じだ。日本じゃない。
ゲームが、始まったんだ。
空気がある太陽の日差しが温かい!
当たり前なはずなのに、ひどく新鮮に感じた。
俺は、生きているのか?
一瞬呆けてしまったが、周りで歓声が上がるのを聞いて、我に返る。
ぼぉっとしてる時間はない。
いち早く踵を返す。
早くもこの世界に順応し始めているのか、すでに方向感覚があった。
この広場から出ている大きな道は、四つある。
それぞれ東西南北へ伸びているが、北には時計台があるから、その反対側、南の先にダンジョンとやらがあるんだろう。
とりあえず一番近い、西の道へ入る。
道はかなり広く、人々で溢れていた。
いろいろな服装の人がいるが、生地の素材は化学繊維ではなさそうだ。町の雰囲気といい、やはり生活水準は中世のヨーロッパをイメージしているのだろう。
でも、それだけじゃない。
明らかに天然ものではない薄くてなめらかな生地の服を着ている女に、厳つい銀色の鎧を身に着けているおっさんと、いろいろな人がいる。
そして、赤の女戦士。
「おぉおお……」
感・激!!
あぁ、あそこにおわしますは、ビキニアーマーではあ~りませんか(最上級の敬意)。
恥ずかしげもなくその巨大な双丘を揺らし、どうどうと闊歩しておられる。ぎちっぎちっと、アーマーを押し返す音がこちらにまで聞こえてきそうだ。『こんなちゃちい装甲なんかに、あちきの美肉はおさまらないわよっ!!』と言わんばかりのド迫力。きっとそのうち破裂する。
鋼の精神で視線を切り、前へ進む。
あちこちにエロい格好をした女の子がいる。
ミニスカに、胸元が大きくひらけた薄いタンクトップ。よく見ると突起。
生地が薄いのだ。近寄ってまじまじと観察すれば、その形までもわかるはず。それでいて防御力は高いのだろう。
エロさと固さ。
その相反する概念は往々にして、ファンタジーの世界において無視される。この世界も例外ではないということだ。(訳:エロ装備ってお決まりだよね!)
この世界には恒常的なエロが備わっている。
わかってる、この世界を作ったやつは、本当にわかってる。
とりあえず製作者(不明)に最大の賛辞を送り、おにゃごに目を奪われつつ散策を続ける。
ここの人たちの顔は日本人に近い。
黒人や白人もちらほらいるけど、半分以上はアジア系に見える。平均美男美女で、スタイルは外人に近いな。あとピンク髪とかもいる。
どことなくアニメ臭漂うデザインなのは、プレーヤーが日本人だからか?
いやいや、今はそんなことどうでもいいだろ。
それよりお店だお店。
どうやらこの通りは装備品をそろえるための場所らしい。
装備品。これから戦うことを考えれば当然必要になるのだが、とりあえず所持金を確認しなければ。
巾着袋を開く。
何もない。
「……へ?」
中は空だった。
どういうことだ? ゲームなら最初に、多少の支度金と初期装備があるはずだ。
あの時みたいに念じれば出てくるのか?
『何でもいいから情報教えてくれ』と念じる。
プレイヤーネーム
神津玲雄
ステータス
体力 30:30
筋力 10:10
敏捷力 10:10
運 10:10
スキル
改造者
状態
ふつう
所持金
500G
装備品
麻の服
錆びたナイフ
所持品
なし
ぶわわっと、たくさん文字が出てきた。例の、青に白抜きのホログラムだ。
あわてて周りを見渡す。
よかった、誰もこっちを見てない。
俺にしか見えていないんだ。たぶん全部知りたいと思ったから、今知ることのできる情報すべてが出てきたのだろう。
見ると、所持金は五百Gとある。
巾着袋には入ってなかったって言うのに……念じれば出てくるのか?
『金出てこい』と念じた。
「おぉ?」
目の前に小さな袋が現れた。
慌ててそれをキャッチし、中をあらためる。
そこには金色のコインが五枚入っていた。コインは五百円玉大で、100という数字が刻印されている。
なるほど。何となく理解できた。
『金戻れ』
消える。
『出でよ100G』
コインが一枚出現する。ただし袋なし。複数だと袋も一緒ということか。
コインを消してナイフを出した。
ナイフはしっかりと鞘に収まって出てきた。右手に握られるようイメージしたためか、ちゃんと手の中に納まっている。
抜いてみると、錆だらけの刀身があらわになった。
これじゃ攻撃力は期待できないな。
ナイフを消す。
確認終了。
とりあえず今必要なのは武器だ。ほかのやつらは安全にゆっくり進むだろうが、そんなんでクリアできるとは思えない。
これは、選定だ。
ということは、最下層についたからと言って必ず転生させてもらえるわけではないはず。
先着順か、あるいは別の基準があるのか。そして、それについてオーナーとかいうやつからの説明はなかった。
なぜか?
転生できる人数が少ないからだ。言えばパニックになると知っているから、言えない。
だから危険を冒してでも進まなければならない。基準がほかにあったとしても、ほかのプレイヤーより先んじることは必要だろう。
絶対に転生してやる。
気合を入れなおし、歩き出す。
ふつう初期の所持金を目いっぱい使えば、初期装備よりワンランクくらい上の武器を手に入れられるよな。
宿代はどれくらいだろうか。
それはたぶん、ゲーム内ほど安くはないはず。実際の生活に近いということだから、腹も空くだろうし眠くもなる。
そういうことを考えれば、お金はゲームよりシビアな問題になってくる。
だが、人間は数日食べなくても生きていけるし、宿以外でも寝られる場所はいくらでもある。
夜間戦闘も、夜行性の俺には問題ない。
決めた。全額武器へ投資しよう。
しばらく歩いて、突き当りまでやってきた。
突き当りは、コンクリのような壁だった。
たぶん町はこの壁で囲われているのだろう。
元来た道を引き返す。
どうせこの程度の所持金では、大したものは買えない。だからこの通りで一番雰囲気の良さげな中古店を目指した。
掘り出し物狙いだ。血が騒ぐ。
到着。
小さいながらも人の出入りがあった店。中古店のくせになかなかに清潔で、外装にはシミひとつない。看板には『FLOWER MOON』とあった。
ドアを押し開ける。
「いらっしゃいませ!」
待っていたのはエプロン姿のおぜうさん。
美人とまではいかないが、愛らしい作り笑顔が素晴らしい。無理して笑っているのがバレバレというところがミソ。初々しくて実によろしい。
このゲームは最高だ。
いい気分になって、中を見渡す。
店には様々な武器が氾濫していた。
なんというか、カオス。
武器が押し込まれた樽やら箱やらが散乱している。
とりあえず女の子が待つ正面カウンターへ進んだ。
「短剣が欲しい」
しまった、愛想が無さすぎる。
生前でさえ人と話をする機会が少なかったのに、しばらく誰とも話してなかったからな。とっさに言葉が出てこない。
いかんいかん、もっと取り繕わなければ。
「わかりました。しょしょおまちを~」
かーいい(かわいい)。そっけない言葉にも悪い顔せず、にっこりと対応してくれる。抱きしめたい。
店員さんはあせあせとこちら側へやってきて、俺の足元へしゃがみこんだ。カウンターの下をごそごそとまさぐる。そしてそこから、ずるずると小箱をいくつか引きずり出した。
店員さんが顔を上げる。
目が合う。
軽く上気した頬がちょっと色っぽい。
「すみませんっ。お値段はいかほどのものをご所望、でしょうか?」
たぶん俺の服装がいかにも貧乏人って感じだから、この質問なのだろう。そしてすみませんの一言。
いい子だ。謝る必要はないけどな。それに敬語もたどたどしい。まだ接客慣れしてないんだ。
「五百Gで頼む」
「ではこちらを。どうぞご覧になってください」
にっこりと渡された。……小箱ごと。
「あぁ、ありがとう」
受け取り、中を見る。
小箱の中には短剣たちが押し込まれていた。
中古にしては整備が行き届いているように見える。とはいえ、どれがいいのか見分けがつかない。
ふつうゲームって、ステータス表示されるよな?
一本手に取って念じてみた。
鉄のナイフ 攻撃12
なんだ、ちゃんとわかるじゃないか。
ただ、攻撃十二がどれほどのものかわからないので、手持ちのナイフを取り出して確認する。
錆びたナイフ 攻撃3
よっわ。
ついでに服も確認。
麻の服 防御3
カス。
どうやら鉄のナイフは結構いいものらしい。とはいえ慎重に選びたい。
全てチェキするまで決して妥協せんぞ!
……しばらくして。
どれも似たり寄ったりだったが、発見もあった。
同名の武器同士にも、攻撃の値に優劣がある。
一口に鉄のナイフと言っても、低いものは10から高いものは14まで様々。使っていくうちに切れ味が悪くなっていくというのを、数値で表現したんだろう。
店員さんに480G渡し(念じたら10Gのコインも出てきた)店を出たところで、買い物を早速装備した(腰に挿した)。
盗賊のナイフ 攻撃11 敏捷+2
我ながら、いい買い物をしたもんだ。この武器は、俺にとってすごく相性がいいはず。
さて、用事も済んだところで行こうか。
ダンジョンへ行くため、一度広場に出ると、がやがやと喧騒に襲われた。
すでにいろいろとグループができていて、みんな楽しそうに話している。たまにちびっこもいるが、その子たちもやさしそうな人々に囲まれていた。
しまった、これはボッチフラグが立ったのでは?
誰かに話しかけようか?
……やめよう。
今更グループに飛び込むなんて無理。一人ならまだしも、楽しく会話しているやつらの中に溶け込むなんて、できっこない。
すたこらさっさと、逃げるようにして広場を突っ切った。
これは戦略的撤退だ。決して敗北ではない。
南へ向かう。
南の街道、石畳の上をせっせと歩く。
……この匂いは、ビーフシチューか?
宿や食事処が整然と並ぶここでは、なんとなく懐かしいにおいが立ち込める。
「おいしいーーっ!!」
「あぁーー生き返るぜぇっ!!」
露店の前で牛串に見える物体を頬張り、叫び声をあげる男女グループがいた。
よくもまぁ、出会って早々あそこまで仲良くなれるものだ。
ぺっ、リア充どもめが。その肉、俺にもよこせ。
遠目に値段を確認する。
50G
唾液が口内に溜まるのをぐっと我慢し、足早に通過する。
「ビー・ゲリびしゃス(下痢ぶちまけろ)」
去り際に呪いの言葉を残した。
ダンジョンの入り口に到着。
コンクリの壁が途切れ、巨大な門のようになっている。その中に、洞窟の入り口があった。奥に階段がうっすらと見える。
でかい。
この先がダンジョンなのだろう。ゲームに出てくる冒険者みたいな人たちが下っていく。
複数いるコワモテ門番は、等間隔で洞窟の前に立っている。しかし、特に冒険者へ声をかけることもない。
なんのためにいるんだ? ダンジョンからモンスターが出てきたときのため?
まぁいい。
門番の横をスルーし、いざ、ダンジョンへ。