襲撃一
深夜。
しんと静まり返った町の中を、水晶片手に徘徊する。虫の音一つしない夜だ。下界とは違うということを、改めて理解させられる。
「(ぎゃっはっはっは……)」
「ひぅっ!?」
けれど時折、遠くの方から妙な笑い声がかすかに届いてくる。その度に、鈴森はビクッと反応した。
「こ、神津さん……」
ひきつった顔でこちらを見上げている。その顔は『こわいですぅう』と、雄弁に語っていた。
怖いならついてこなければいいのに。
「ん?」
「さっきのって……」
「歓楽街の方からだ。酒飲んでバカ笑いしてるんだろ」
「あぁ、なるほど……」
ほうっと、弛緩するのがわかった。
いつもならからかってやるところだが、今は我慢だ。これからやることを考えると、ここでこいつをビビらせるわけにはいかない。
スラムが見えてきた。
スラムと町の境界線を遠目に、建物の陰へ。
「あそこだ」
「へ?」
ぽかんとする鈴森に、左斜め前の大きな建物を指さして説明する。ちょうど、スラムと町の境界に建っていた。
「あれが、やつらのアジトだ」
「あれって……警備ギルドの駐屯所では?」
小首を傾げて尋ねてくる。
「いや、違うみたいだ」
目を凝らすと、入り口に二人の見張りがいるとわかった。
「見張りが立ってる」
「え?」
夜目が効く俺でもギリギリ見えるくらい。鈴森には見えないだろう。
「でも、それくらい当たり前じゃ……」
「こんな真夜中に見張りなんて立てるかよ。なにかあるって証拠だ」
何より、俺が絞り出した情報に間違いはないはずだ。あの後の尋問は、思いつく限り残虐にやったんだから。
まぁこいつには見せなかったけど。
「さて鈴森軍曹」
「イエッサーであります大佐」
敬礼で応えてくる。もはや決まりだ。
「任務だ。これ、支給品」
水晶を手渡した。
鈴森は両手でそれを受け取り、頭の上にクエスチョン・マークを創造してのけた、ように見えた。
「任務とは?」
「それ持って特攻」
鈴森、固まる。表情そのままに石化してしまった。
「具体的には、それ持って見張りの前まで行くだけでいい。あとは適当に、見張りの注意を引きつけてくれ。その隙を俺が突く」
「え……」
鈴森の口から、かろうじて音が漏れた。
「名付けて『人さらいホイホイ』。少女を餌に、犯罪者を釣るのだ」
「……」
「おい」
「……」
返事がない、ただの小動物のようだ。
しょうがない。起動スイッチを押すとしよう。
人差し指で、見るものに平原をイメージさせるほど起伏に乏しい鈴森の右胸部の、ある一点を突く。やや外寄り。
――ふにっ。
「ひゃぅっ!?」
起動完了。思ったよりソフトな感触で驚いた。骨と皮だけだと思っていたが。
「ななななにをなにをなにをっ!?」
目を凝らせばそれとわかる両胸を抱えている。
「ようやく再起動したか」
「これは起動スイッチじゃありません!!」
夜の街に、甲高い声はよく響く。
見張りがこちらを向いているのを感じた。
「よし、勢いがついたところで任務開始だ軍曹」
「あとで訴えます!!」
鈴森が怒り狂って建物の陰から出て行った。
いいぞ、これでやつらから見れば『痴話げんかで彼氏と別れ、怒り狂った、今は一人のカモネギ少女』のように見えるはず。目をつけられる可能性大。
物陰から様子を伺う。
目はすでに、暗闇に慣れ始めていた。
鈴森は、なんだかんだちゃんと仕事をこなしているようだ。
迷いのない足取りで、突き進む。まだ怒りの感情の方が恐怖より強いらしい。
しかし、徐々に速度が落ちていく。見張りの前まで直進し――
――通り過ぎた。
「……あのバカ……」
やっぱり怖かったらしい。
ガンつけろとまでは言わないが、せめて声くらいはかけろよ。
なんて思ったが、少女には無理な話か。
さて、どうするか……。
「お?」
鈴森、Uターン。
見張りの前でもじもじし始める。声をかけようかどうか迷っているようだ。
ハンターの前に、無防備な獣の図。放っておくはずがない。
見張りが動き出した。
――よくやった。
心の中で勇敢な小動物に喝采を送り、行動開始。
闇に紛れた。
「お嬢ちゃん、俺らになんかようかい?」
「へぇっ!? え、えぇっと、その……ご用と言うほどのものじゃなかったりして……」
あせあせと対応している。
見張りたちはにやにやして、鈴森に詰め寄る。
「へへっ、用があるなら言ってみな。俺たちが力になれるかも知んねえ」
まさに餓えたハイエナといった様子。
「あ、あぁ、やっぱ何でもなかったりしちゃって……えへへーー」
困ったときに使われる伝家の宝刀、苦笑い。鈴森はためらいもなく抜き放った。
鈴森、一歩後退。
こちらは近づいていく。
俺は金棒を取り出した。
「そりゃあねえだろ嬢ちゃん。せっかくだから……」
気配を消すのは慣れたもの。鈴森すら、俺の存在に気付いてないようだ。
空気になれば被害を受けない。子供のころに身に着けた技だ。
近づいて、
「俺たちと一緒にいいこと……」
金棒をバッターのように構え、
「しよう……」
「はいどーんっ!!」
「ぜっっ!!」
フルスイング!!
野郎二人程度いくらでもぶっ飛ばせるぜぃ。
二人は地面に数回バウンドし、動かぬ屍と化した。
装備を没収し、昼間に買っておいた縄で縛る。
口には猿轡(タオル使用)。用意は万全だ。
あきれ顔の鈴森に声をかける。
「あまり驚かなかったな」
「……なんとなくオチが読めてたので」
こんなおチビに読まれるとは。
「まぁいい。これからもこんな感じで行くからよろしく」
「……どっちが悪かわからなくなってきましたよぅ……」
「この世に善悪など存在しない。あるのは強弱だけだ」
「うぅ……ドライヤーの操作くらい単純な世の中ですぅ……」
ドライヤーには強弱に加え、ターボ、クールまである。
「そんなもんだ、世の中なんて」
鈴森を連れ、アジトへ。
アジトの扉は閉まっていた。カギは南京錠。
「どうします?」
「脅してくる。ここで待ってろ」
「ちょっ……」
鈴森が何か言いたそうだったが、スルーする。
一旦戻り、水をぶっかけて一人の目を覚まさせた。
「カギを出せ」
「……」
顔を背けやがった。あくまでシラを切るつもりらしい。
よかろう、ならば拷問だ。
三分経過。
持ち物全部没収し、再び気絶させて凱旋した。
鈴森が呆然としている。
「……何やったんですか神津さん……いくらなんでも早すぎます」
「拷問だ」
「……詳しくは聞かない方が、いいんでしょうね……」
「あっ、そう」
別に大したことをしているわけじゃない。基礎の基礎だ。年齢的には中学生あたりから十分に習得可能なスキル、だと思う。
カギを開け、なるべく音をたてないように、大きな両開き扉を開く。
中へ。
中はどっかの映画で出てきそうな洋館、のような造りだった。
入ってすぐエントランスホール。左右からは二階へと続く階段が伸び、正面には大きな両開きの扉。その左右奥からはさらにまっすぐ奥へと続く廊下が伸びている。
「鈴森、水晶をしまってくれ」
「え?」
「光があると、敵が目を覚ますかもしれない」
「は、はぃ……」
鈴森が水晶をしまうと、本格的に真っ暗となった。かろうじて射し込む月明かりが、かすかに物の配置を教えてくれる。
「大丈夫か?」
「な、何も見えないです……」
「……しょうがない。ほら」
「あっ……」
鈴森の手を引き、先へ進む。
正面の扉を慎重に開けた。
中は大ホールのようだ。ダンスパーティーとか開けそうだな。天井は相当高い。たぶん、二階まで吹き抜けになっているのだろう。
人の気配はない。
部屋を後にした。
左の廊下へ向かう。そして奥へと進んで行く。
廊下の左手には、いくつも部屋があった。
客室か、物置か、厨房か。一番目の扉を慎重に開ける。
「ぐぉーーっ」
「がーーっ」
とたん、間の抜けたいびきとむわっとした男臭にお出迎えされた。
二人部屋らしい。いや、一人用の客室を二人で使っているのか。
「鈴森、ここで待ってろ」
「は、はい……」
鈴森を入り口に立たせて、中へ。
正体不明のごみたちを避けるようにして中を進み、まずは床に転がる一人に近づく。
液体入りの小瓶を取り出した。
確かこれって、吸うだけでイケちゃうやつだよな。
ぐぉおっといびきを立てるむさい野郎を見下ろした。
吸わせるの、めんどい。
大口めがけて液体を一滴。見事口内に滑り込んでいった。
これでよし。
続いてベッドを占領しているもう一人にも同じ処置を施す。
心なしか、いびきが小さくなった気がした。
さてと。
まずは床の男に近づき、首に手を。一気に力を加えると、ありえない速度で落とすことができた。
ほぼ無音。楽勝だ。
もう一人も落とし、縄で拘束。
部屋を後にする。
鈴森はこちらを見るなり、おずおすと尋ねてきた。
「は、早いですね……なんか、慣れすぎじゃ、ありません……? まさか、寝てる人を……」
「気にするな。少なくともまだ死んでない」
「……まだ……」
それ以上は危険だと判断したのか、鈴森は深入りしてこなかった。
そんな感じでどんどん処理を済ませていく。
廊下の奥はキッチンとなっていて、なぜかそこにも三人の男が寝ていた。部屋が足りなかったのだろう。
廊下はそこで右に折れた。どうやら右側の廊下とつながっているらしい。ホールの出入り口らしき扉もある。囲むようにぐるりと一周しているようだ。
突き当りには二階へと続く階段がある。無視して右へ。一階から制圧していくのは基本だ。
右側も同様にして、処理完了。
二階へ向かって階段を上る。
「なんか、簡単ですね」
拍子抜け、そんな感じの声色で囁いた。
「そうだ、コツさえつかめばあとは作業」
「サクサク……」
のほほんとした空気が漂う。
「ボタン一つで即シャットダウン」
「そんな、パソコンじゃないんですから」
雑談が始まってしまった。
「構造自体は大差ないだろ」
「違いますよ」
「どこらへんが?」
「人間は生物です。パソコンは生きてません」
反論になっているような、いないような。
「まぁ人間が生物であることは認めよう。鮮度は大切だ」
特に女。
「生物じゃなくて生物! 生き物です! 妙な揚げ足とらないでくださいよ」
「パソコンだって生きてる」
「え?」
「かもしんないだろ?」
「はぁ……そうなの、です?」
眉間にキュゥっと皺を寄せている。
「さぁおしゃべりはおしまいだ。ちゃっちゃと制圧するぞ」
「はい」
鈴森の顔が険しさを取り戻した。
作業続行。
二階の方も構造的には一階と大差ない。ホールを中心に、廊下がその周りをぐるりと囲んでいるようだ。 ただ、二階は個室が多く、一人一部屋の割り当てになっている。着ている服が、というか装備が、一階のやつらよりまともなところを見ると、階級的に上位のやつらなのだろう。
右側から制圧していく。
「これで四つ目か」
部屋から出て、一息つく。
「部屋が多いと大変ですね」
「あぁ……入る時が一番気を遣うからな」
そんなことをだべりながら、横の部屋へ。
扉をゆっくりとあける。
というか、カギ閉めないのか? いや、廃墟だからカギがないのか。入り口も南京錠だったし。
そんなことを考えながら、ベッドへ近づく。ごみが散乱していて歩きづらいが、音を立てるような愚行は犯さない。
小瓶を取り出し――
――ジリリリリリッ!!
瞬間、廊下で、いや、廃墟内全体に、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。同時に、魔法道具の照明がパッと光を発した。
なんだ? 警報……なにかトラップを踏んでしまったのだろうか?
刹那、脳裏を疑問が過る。
「きゃあっ!!」
鈴森の悲鳴。
そして階下から、
「誰だぁっ!!」
「野郎ども起きろっ!! 襲撃だ!!」
怒鳴り声が響いてくる。
「誰だてめぇっ!!」
ベッドの上で鼾かいていた男が目を覚ます。
起動が速い。即座に小瓶をステータス欄へ。組み付いてきた男の腕を取り、背負い投げで床にたたき落とした。
扉の開く音がした。廊下から。割れたように怒声が響き渡る。
入口へ駆ける。
「鈴森っ逃げるぞ!!」
「は、はいっ!!」
鈴森は結界を張っていたらしい。奥から来た敵が結界にぶち当たり、倒れるのが確認できた。
部屋を出て左へ。速く脱出しなければ。
「くそっ!! すすめねえ!!」
「回り込め!!」
後ろから、声とともに遠ざかる足音が聞こえてくる。
出入口へ向かって駆け、曲がる。正面から、左の廊下から回ってきた集団がやってきた。
「鈴森、ちょい失礼っ」
「うぇっ?」
鈴森を抱え上げる。そして、
「きゃあああっ!!」
階下へ飛び降りる。それほど高くないのに、鈴森は大きな悲鳴を上げた。
「降りたぞっ!!」
「追えっ!!」
上から声が落ちてくる。
鈴森を下ろして入り口を見る。
――ミノタウロスがいた。それも、五匹。その手にある獲物は、金棒ではなく木でできた巨大な槌。
その前には、五人の人間がいる。
中心には加太。
浮いている。賊としてなじみ切れていない。
若すぎる。
しかし中心にいることから、まだリーダーであることは容易に理解できた。
実力は確かにある。
加太がにやりと笑った。
「まさかそっちから来てくれるとはなぁ……俺の金棒、返してもらおうか……」
出入口を、ちらりと流し見る。完全にミノタウロスたちによって、完全に封鎖されていた。
「逃がさねえぜ?」
愉悦のこもった声だ。楽しんでいる。この状況を。仲間の安否は気にならないらしい。
仲間じゃないんだ。手下と上司、いや、手駒くらいにしか思っていない。
「神津さん!!」
「あぁ」
だが、ぼんやりと止まっているわけにもいかない。
左右から敵が迫ってくるのを感じた。
「行けっミノタウロス!!」
加太の声とともに、咆哮が館を揺らした。
ミノタウロスが突進してくる。
囲まれた。
「こっちだっ!!」
「ふぁっ!?」
鈴森の手を引き、踵を返す。ホール内に飛び込んだ。




