スラムで盗賊
スラム到着。
スラムは、古ぼけた、というかところどころ虫食いのように穴の開いた欠陥住宅が立ち並ぶ、どこか荒廃した元田舎町といったような様相だ。
基本構造は町の住宅街と同じ。ただし臭い。あと、何の意図をもってか建物の外で腰を下ろし、朝っぱらから正体不明の液体を煽る男や、いかにもな服装をしたコワモテ集団、よくわからない店と、いやぁな感じが溢れている。
「……うぅ……」
鈴森が自然と俺の背後に隠れ、うめき声を漏らす。
左手の、唯一まともな大きい洋館――たぶん警備ギルドの駐屯所かなにか――も、鈴森の不安を癒せない。あいつら使えないから。
うめき声を黙殺して、いざ、聞き込み開始。
・酒臭い男性Aの証言。
「人さらい? 知らねえな」
・コワモテ男性Bの証言。
「人さらいかー。そりゃ兄ちゃん、商業ギルドの連中だぜ」
「商業?」
尋ねると、男は冗談めかした笑い声を上げた。
「あぁそうさ。金に困ってる連中に金貸しつけて、返せないと見るや引っ張ってって奴隷にしちまうんだ。あぁーこええこええ」
・色っぽいロングパツ金女性Aの証言。
「人さらい? そんなことよりこれ買ってよ」
妙な形のネックレスを差し出してきた。安っぽいピンク色の光沢を放っている。
「恋愛成就のネックレス。すっごく貴重なの。百万Gでいいからさー」
「そんな金持ってませんよ」
基本敬語な俺だ。
「いやいや、借りればいいじゃない」
「嫌です」
「こ、神津さん……」
女の後ろから二人のガチムチが姿を現す。鈴森が俺の後ろで服の袖を引くのがわかった。
「ロォオオン組めやぁあああっ!!」
女が豹変し、叫び声をあげて飛びかかってきた。手には短剣。残りの二人も武器を所持している。
「貴様が組めやぁあああっ!!」
見え見えなんだよこの野郎が!!
筋力極振り状態で金棒を構える。射程圏内に入った肉どもを、
「「「っぎゃぁああああっ!!」」」
「きゃぁっ!!」
問答無用でホームラン。全力爽快フルスイングでお出迎えした。
ドン引きする鈴森を置き去りにし、建物に突っ込んだ犠牲者から装備品を略奪する。
脱がせたから白い山とか野イチゴとか見えちゃったし触っちゃったし掴んじゃったし捻っちゃったけど、それは決して俺のせいじゃない。
去り際にパン一の男どもで隠してやったし、パンティだけは勘弁してやった。
俺ってマジ紳士。
・平凡男性Cの証言。
「ひひひ人さらいでごごございますか?」
ビビりまくりだ。
「そうです。何か知りませんか?」
「お、一昨日この辺で抗争があって、負けたやつとその女が引っ張って行かれたのは見ました」
「どこに?」
「すみませんわかりませんっ!!」
・ぱんぴー男性Dの証言。
「ひ、人さらいなら昨日あったぜ」
「詳しく」
「この先のバー『クズ野郎』で、酔いつぶれた男が引っ張って行かれたんだ」
「どこに?」
「す、すまねえ、それ以外は分かんねえんだ」
そんな感じで、路上で出会った人に聞きこみ続けた。
騒ぎのおかげか、意外と親切に教えてくれる。実にスムージー。しかしなかなか当たらない。そもそもここでは事件が日常茶飯事らしく、情報は錯綜し、混沌を呈していくばかり。
裏に通じてそうな店を当たるしかなさそうだ。
店を探す。
通りを変えて。
謎の露店に目を付けた。怪しさマウンテン。
目だけが異様にでかいおっさん店主に、さわやか(たぶん)に声をかける。
「こんにちは。お尋ねしたいことがあるんですが……」
「あん? 客じゃないなら出てけ」
「お話だけでも……」
「おいおい兄ちゃん、常識わきまえなよ? 舐めてんの?」
奥からコワモテ参上。威嚇してくる。
これはまた手厳しい。鈴森が不安そうな目でこちらを見上げてくる。
安心しろミニチュア。俺は紳士だ。礼儀はわきまえるさ。
「じゃ、じゃあせっかくなので何か買ってきましょう」
怯えた風に言って、商品棚に目を落とす。
ちょっと灰色がかった白い丸薬、薄桃色の丸薬など、色とりどりある。ほかにも液体や、ビン詰の粉まで。
そっち系の店だな。この世界、というかこの国では違法ではないのだろうか。
「これは?」
「へっへ、興味あるんで?」
「まぁ、ちょっとは……この液体は?」
「へぇ、いいものに目えつけやしたね。ちょっと吸うだけでハイになれますぜ」
「はぁ」
「一番強力なのはこいつですわ。まぁでも、まず手始めとしちゃあこっちのほうが……」
打って変わって上機嫌な店主は、饒舌に話し始めた。
しばらく話して、ちらりと鈴森を見やり、こちらに視線を戻してくる。
「……そっちですか旦那?」
「いやいや」
まんざらでもない風を装う。
「ならここあたりがいいですぜ」
にやりと口元を歪め、ピンクの粉入り小ビンを指す。
「これは?」
「とびっきり冷てぇやつでさぁ。ちょっと吸えばイケますぜ」
「いくらです?」
「知りたい情報は?」
質問に質問で返された。これの値段と情報は関係ないのでは?
疑問はあったが素直に答える。
「人さらい集団についてです」
店主の顔色が変わった。いかにも深刻そうなに目を細め、睨んでくる。
「そりゃあんた、相当積んでもらわねえといけねえやな」
「心当たりが?」
「危険な連中だ。できることなら関わりたくねえな」
ビンゴだ。必死さをアピールする。
「教えてください」
「いくら出す?」
「一万」
「話にならねえな。この粉の相場は十万だ」
店主がいやらしく口を歪める。
嘘だ。そんな明らかにそうとわかる嘘は、騙すための物ではなかった。
「じゃあほかのでいいです」
「だめだな。これがこの店の最低価格だ。なにか文句でもあるんか?」
ガチムチがこちら側に回ってくる。
いちゃもんつけて金だけ巻き上げるスンポーか? ガチムチの動きを目で追いながら、店主に声をかける。
「アジトの場所を教えろとは言いません。どこか、そいつらがひいきにしている場所の情報だけでもいいですから……」
ガチムチが退路をふさぐように、俺たちの背後へ立った。店主がにやりと笑う。
「おい、旦那。あんた踏み込んじゃいけねえ領域に入っちまったようだぜ? 生きては返さねえよ」
同時に、店の裏から四人の男が出てきた。ガチムチと合わせて五人。俺たちを取り囲む。
こいつら、人さらいとグルだ。俺らみたいのを捕まえる役目をしてやがるのか。どんだけでかいグループだよ。
「こっ神津さ……」
鈴森が怯えて、引っ付いてきた。
五人。しかしダンジョンで襲ってきたやつらよりは実力は下だろう。
「ひっ……す、すみませんっ! あのその、僕、ちょっとイキがってました……どうか、どうか命だけは……」
怯えた声で命乞いする。しゃがみこみ、両手を真上へ。降参のポーズだ。
「えっ? こ、神津さん……?」
鈴森が呆気にとられたというような声をかけてくる。
「……ふん、とらえな」
店主の興味が失せたような声がする。
鈴森がしゃがみこんできた。
「ちょっとどうしちゃったんですか神津さんっ!!」
「す、鈴森、お前も頭下げるんだっ!」
「きゃっ! ちょ、ちょっと……」
「いいから伏せてっ!」
その鈴森の頭を右手で押さえつける。
振り返り、顔を上げた。
「ど、どうか、命だけは……」
近づいてくるガチムチたちへ涙ながらに訴える。
「けっ、くだらねえ野郎だぜ」
「チキンだチキン」
「ひゃひゃひゃ、みっともねえ」
気にせず近づいてくる。距離、あと二メートル。
「そ、それ以上……来ないでくださいっ! で、でないと、……あ……ひ……」
さらに近づき、残り一メートルというところで、ガチムチが動いた。
金棒召喚からのマッチョ(筋力)・マックス!! 立ち上がり、力の限りぶん回す。
「ヒャァッハァアアアアッ!!」
「「「「グギャアッパラァアアッ!?」」」」
四人の顔面をぶち抜いた。芯を捕らえた感触がキンモチィイイイ!!
「んなっ!?」
運よくのがれた右側の男が発した声は、気の抜けたものだった。
「へっ?」
鈴森の素っ頓狂な声が下からする。
足をスライドし、勢いそのままに、
「テメエもだよブゥワァァッカめぇっ!!」
「ぐぎゃあっ!!」
もう一人をたたき飛ばす。
金棒を肩に担ぎ、呆然と立ち尽くす店主のもとへ。
「おい」
「……あ、え……?」
「詳しいこと教えろ」
情報ゲット。
ついでに店主も無力化し、六人の身ぐるみ剥がして紐で拘束。店主を脅して店の売り上げと商品の一部を強奪し、町の警備員へ通報した。
警備からは感謝だけだったのが残念だが、十分な稼ぎだった。
もはや盗賊以上に罪を犯している気もするが、手間賃と言うことで。俺の鋼鉄の心は罪悪感など感じません。
一旦スラムを後にし、昼休憩のためレストランへ。昼食をとるという文化がないため、中はがらんどうだった。
「いやー奪った金で飲む酒はサイコーだなー」
すこぶるいい気分だぜ。
ペッパーの効いた巨大セーソージ(ソーセージもどき)をかじり、真昼間っからルービーを煽るさまは、まさに盗賊。
「……絶対に間違ってる気がするんですけど……というかさっきのあれはなんだったんですか?」
鈴森の機嫌はすこぶる悪い。
「迫真の演技だったろ?」
「卑怯の極みでした」
レオンジジュースを飲みながら、あきれた声で返してくる。
「卑怯でいいんだよ。そもそもなりふり構わず先にふっかけてきたのはあいつらだ」
「……それは、そうですけど……」
「それにあいつら大勢だっただろ。卑怯はむしろあっちだ。俺は正当防衛しただけに過ぎない」
「過剰防衛でした!」
ルービー追加。鈴森はデザートにソフトクリームを頼んだ。アイスの類はこの国では高価な部類に入る。なんだかんだ、盗んだお金を消費するつもりらしい。
「思えばはじめっから妙に腰が低いなと思ってたんですよ。誘ってたんですね?」
「ん? 俺はいつでも紳士だろ。たまたまだ」
「絶対嘘です」
こいつに見破られるとは、ショックだ。
あとは他愛もなく話をして時間をつぶした。
鈴森は、それほど犯罪行為に対していろいろ言ってはこなかった。相手が犯罪者だからか、それとも俺と付き合っているうちに穢れてきているのか。
いい傾向だ。
その後、準備のために買い物に出かけ、そのあとでいったん宿に帰り、仮眠をとることにした。
「深夜二時には動き出すからな」
「はい」
真剣な返事だ。
「ていうか、ついてこなくてもいいんだぞ?」
というか、一人の方がむしろやりやすかったりもする。
「ダメです! 私のためでもあるんですから、申し訳ないです」
「まぁいいか。邪魔と口出しは禁止だぞ? あと、結界をたくさん使うことになるかもしれないからな」
「らじゃです!」
「寝坊すんなよ」
「しませんよ!」
ねんを押しまくって、仮眠に入った。




